ヤマトに対して藤堂本部長からの通信が来た直後、ハレカゼには芹沢軍務局長からの通信が届いた。
『冥王星基地の破壊、ご苦労だった』
「……ありがとうございます」
岬艦長と芹沢軍務局長との通信は、どこかぎこちないもののように見えた。
『あ、敢えて言っておくが、くれぐれも無茶はするな。自分の役目を忘れず、人類を救う事を最優先に考えろ』
「分かっています」
それを最後に通信は終わった。軍務局長なりに激励したつもりなのかもしれないが、プレッシャーを掛けているようにしか見えなかった。
ヤマトから赤道祭の開催を告げれたのは、その通信から数時間後のことだった。
「赤道祭ですか。宇宙に赤道はありませんが……」
「ヘリオポーズを赤道に見立てたという事なんでしょうか」
「地球と最後の交信ができるタイミングだから、ヤマトでは希望者に地球との交信を許可するみたい。もちろん、ハレカゼでも許可するよ」
その言葉に、全員の顔に自然と笑みが浮かんだ。イスカンダルへの旅は突如として発表された。ろくに家族と話す事なく出発した者もいる。今回の交信は喜ばれるだろう。
「それと、ハレカゼの赤道祭実行委員長は……」
「マロンが担当するんでい!」
大きな音を立てて艦橋に入ってきたのは、機関長の
「副委員長は応急長の
準備期間は二日。ハレカゼに乗せられている物資は限りある。あまり大掛かりなものはできない。
「必要ならヤマトから多少の物資援助は受けられるけど、あまり期待しないでね。詳しい事はヤマトからの補給担当であるしろちゃんに聞いてね」
そんな艦長の言葉とは裏腹に、実行委員の二人はさまざまなものを要求してきた。
「木材なんて貴重なもの一体何に使うんだ」
遊星爆弾で地表が焼き払われた事で、植物の生育場所は地下都市の極一部にしか無くなった。そんな貴重植物、木材がヤマトにあるわけがない。
「神輿を作ろうと思って」
「ダメだ。却下する」
和住三尉がいたずらがバレた子供のような表情を浮かべた。元から無理だと悟っていたのだろう。
「祭りといえば神輿なんでい!」
「いくらヤマトでもそんなものあるわけ無いだろ!」
和住三尉の発案に柳原一尉がノリノリで乗っかったせいで止めるのも一苦労だ。
他にも艦内での火の使用許可を要求してきた事もあった。
「艦内は火気厳禁だ。提灯に蝋燭で火をつけるなんてして良いわけ無いだろ。電球で我慢しろ」
「電球は風情がないなぁ」
「狭い艦内で火なんて使ったら火傷するだろ」
「そのくらい根性で耐えろってんでい」
根性論なんて言う、何世紀も前の考え方を持ち出したりする機関長にはほとほと呆れた。機関長ほどではないにせよ、和住三尉もなかなか厄介だ。応急長だけあって無駄に手先が器用だから、本物の祭りのような事をしたがる。屋台を作るのは百歩譲って良いが、それを木材で作ろうとするのは止めて欲しい。鉄ならヤマトにも在庫があるからせめてそっちで作って欲しいものだ。
「しかしまさか出し物を要求されるとは思わなかったな」
当初はハレカゼ乗組員全員に対して、何らかの出し物を要求してきたがそれは流石に却下された。最低限の運用要員は残さないといけないから、全員は無理だ。
「しかもヤマト側にもそれを要求して、お互いの出し物をスクリーンで流すなんて。よくヤマト側が了承しましたね」
「向こうにも祭り好きがいたんじゃないのか」
ヤマトが断ってくれれば、あるいはこちらも出し物をなしにできたかもしれない。だが何故か向こうは、古代戦術長は即断せずに持ち帰った。沖田艦長かそれとも真田副長か知らないが、どちらかがゴーサインを出したのだろう。まったく、余計な事をしてくれる。
「艦橋からは出し物何にしますか?」
「出すのか? ヤマトクルーと他のハレカゼ乗組員がやれば、我々は何もする必要はないと思うが」
「だって言い出したのはハレカゼですよ。幹部乗組員が何かしないわけにはいきませんよ」
言い出したのは柳原一尉だが、ヤマトからすればハレカゼからの提言だ。私達が知らんぷりはできないか。
「あ、それなら私は出れないよ」
「逃げるんですか艦長?」
「今回の赤道祭は乗組員達の為にやるのであって、艦長はいわばホストなんだよ。ゲストと一緒になって楽しむわけにはいかないでしょ。最初の挨拶が済んだら大人しく艦橋に引き下がるよ」
艦長席からは艦の運行に必要な全てがコントロールできるから、艦橋は一人でも問題ない。後は機関室辺りも人が必要だが、それは機関科で決めてもらおう。だがそれはそれとして、艦長一人逃すのも癪だ。
「それなら私も艦橋に残ります。艦長一人では不安ですから」
「ありがとうしろちゃん。だけどダメだよ。しろちゃんはマロンちゃん達同様、赤道祭を無事行わせる義務がある。現場に出てみんなを楽しませないと」
「私は実行委員ではありません」
「だけどヤマトと物資に関して交渉したりしたでしょ。実行委員みたいなものだよ。赤道祭中に物資が不足すればしろちゃんが補給を担当しないといけない。現場にいた方が迅速に対応できる。これは命令だよ」
色々と反論は思いつくが、うまく誤魔化されるような気がしてならない。おまけに最後には命令とまで言われてしまった。従わないわけにはいかない。
何故かやる気満々な納沙二尉と共に艦橋を出て、私は赤道祭の準備に協力する事になった。
「しかしみんなやる気がないな」
「祭りそのものは楽しみかもしれませんが、その準備までは自分でしたくないんでしょうね。それで、艦橋からは何をしますか?」
手の空いている戦術科や主計科を中心に、艦内は赤道祭の準備が進められている。だがその準備は順調とは言い難かった。予定していたほど館内の飾り付けは進んでおらず、一部の担当者は隠れて遊んでいる者もいる始末だった。
「小笠原宙曹、武田宙曹、日置宙曹。お前達は赤道祭の準備係だったはずだが?」
談話室でダーツをしていた主砲運用員の三人を見つけ出した。
「それが機関長達、屋台やら神輿やらの準備に忙しいらしくて、内装について何にも指示してくれないんです」
三人は顔を見合わせると、代表して小笠原宙曹が言った。
「なら柳原一尉に方向性だけでも聞いて自分達で判断しろ」
「そう言われても、そもそも材料がどこにあるかもわかんないですし」
不満を示したのは武田宙曹だ。
「必要なものがあれば、私に言え。私の権限が許す限りの範囲で揃えよう」
「副長、実行委員だったの?」
「実行委員ではない。ヤマトと物資のやり取りをする担当者が私と言うだけだ、日置宙曹」
今回は彼女達の証言を全面的に信じる事にするが、正直にわかには信じ難い。釘はさしておくべきだろう。
「次サボっているところを見掛けたら、赤道祭ではこちらの指定した出し物をやってもらうから、そのつもりでいるんだな」
おそらくからが一番嫌がるだろう。そう思って告げたら案の定だった。三人は顔を青ざめさせて、赤道祭の準備に取り掛かった。
それから二日かけて、食堂には屋台。談話室と廊下には提灯がつけられ祭りらしさが出てきた。
さらにはどうやったのか、軽い金属で神輿を作り、塗装までされたものが完成していた。
「皆さん、本日は赤道祭です。次にこんな大規模な宴会が開かれるのは、イスカンダルに着いた時になるでしょう。イスカンダルに到達した時の喜びを、より大きなものにする為に、今日は精一杯楽しんでください」
岬艦長の挨拶が終わると、今度は沖田艦長の番だ。
『諸君、諸君らの働きでメ二号作戦を成功に導く事ができた。これでもう、地球に遊星爆弾が落ちることはない。艦長として礼を言う。これより、太陽系赤道祭を始める。だが、航海はまだ始まったばかりだ。これが終わったら地球を振り返るな。前を見ろ。イスカンダルまでの道を見据えるのだ。赤道祭の成功を祈る。乾杯』
ヤマトクルーは酒を持って乾杯したのかもしれないが、ハレカゼの場合はソフトドリンクだ。三尉以下は、大抵の場合未成年でありハレカゼではその数は過半数を超える。そしてその未成年連中への配慮として、艦長が飲酒を禁じたからだ。
「それじゃあしろちゃん。私は艦橋にいる三人と変わってくるよ。後はよろしくね」
現在艦橋には立石一尉、レーダー手に
「了解しました。後で何か食べ物と飲み物を持っていきましょうか?」
「気を遣ってくれてありがとう。けど大丈夫。軽い食事は、みかんちゃんが持ってきてくれるって言ってたから」
みかんちゃんと言うと、給養長の
地球との最後の交信は、赤道祭の開催中絶え間なく行われた。顔が見えなくなったと思えば、暫くしたら希望に満ちた顔をして帰ってきたり、逆に意気消沈している者もいた。地球との最後の交信は、良いことばかりではない。不慮の仕事で身内を亡くしていた報告を聞いたりした人もいるかもしれない。
私の順番は、一番最後だった。
『久しぶりね、真白。冥王星の話は聞いたわ』
通信映像に映ったのは母さんだった。
「真霜姉さんはどうしたんですか?」
真霜姉さんも、私と同じ軍人だ。ほんの少し嫌な予感が胸をよぎった。
『心配しなくてもいいわ。予定が合わなくてここにはいないだけよ。今日も元気に極東司令部に出勤してるわ』
「そっか。なら良かった」
『貴女の元気そうな姿が見れて良かったわ。ハレカゼごヤマトと共に冥王星基地を攻略したと聞いた時は、肝が冷えたわ。あの岬艦長が指揮しているのだから、そう簡単には沈まないと思っていたけど、それでも心配な事には変わらないのよ。貴女まで真冬みたいになったらと思うと……』
真冬姉さんは冥王星から帰って来られなかった。よく考えたら、私はその葬式に出ることもできずにここまできてしまった。
「母さん、私は姉さんみたいにはならないよ。必ず帰ってくる。だからその時まで、私が帰る地球をお願いします」
それが最後の通信だった。通信室から戻ると、航海科が後悔ラップとか言う出し物をしているところだった。他の艦橋メンバーのもとに行こうとしたが、納沙二尉と知床二尉の姿が見えない。よく見るとあんなに赤道祭を楽しみにしていた柳原一尉もだ。
「宗谷先輩、ここ空いてるわよ」
少し気になったが、まぁ些細な事だ。気にする必要は無いだろう。
◇◆◇
「艦長、変わりますよ」
持ち込まれた軽食を摘んでいた岬が振り返ると、そこには納沙と知床の姿があった。
「二人ともまだ赤道祭は終わってないでしょ。私は大丈夫だから楽しんできなよ」
「艦長にとっても、こう言う機会は最後になるかもしれねぇんだ。ちょっとは楽しむべきだってんでい」
小柄だったから姿が見えなかったが、二人の後ろには祭りと書かれた半被を着た柳原がいた。その手には、美伊と書かれた一升瓶があった。
「ハレカゼは飲酒禁止だよ」
「酒瓶持ってるだけで罰せられるわけじゃねえだろ。ちょっと付き合えよ」
「ここは私とリンちゃんで大丈夫ですから」
そう言って岬は艦橋を追い出され、艦長室に連れ出された。岬は制帽を脱ぎ、ベッドに座る柳原と向き合う形で椅子に座った。
「それで、こんなものまで用意して一体何のつもりなの」
酒の注がれた杯を受け取り、どちらともなく杯を胸ほどの高さに上げて合わせると一息に呑んだ。
「同期と語らうのに、理由なんか必要ないんでい」
「それもそうだね」
岬は瞳を閉じると、暫くして口を開いた。
「思えばマロンちゃんとは随分長い付き合いになるね。士官学校、キリシマ、クマノ計画。そしてハレカゼ。私の軍での生活には必ずマロンちゃんがいた」
「キリシマでは二人ともただの機関員、航海士だったってのにいつの間にか随分と水を開けられちまったな」
「機関科の功績は目に見えにくいからね。マロンちゃんの昇進が停滞するのは仕方ないよ」
苦笑いを浮かべる岬の杯が空になっているのを見て、マロンは酒を注いだ。しばらくの間、二人は無言で酒を交わし合った。
「ハレカゼは良い
「私もキリシマよりハレカゼの方が好きだよ。艦長の贔屓目かもしれないけどね」
「乗組員も気のいい奴ばっかりだしな。宗谷はもう少し馴染んだ方がいいけど、それもきっと時間が解決する」
柳原の言葉に、岬は静かに頷いた。
「アイツらを死なせたくねぇな」
「そうだね。全員生きて、必ずこの航海を成功させてみせる」
柳原麻侖
2176年8月8日日 誕生
2192年4月1日 宇宙軍士官学校入学。
2196年3月31日 宇宙軍士官学校を卒業。三等宙尉。同日付で戦艦キリシマ機関員に。
2197年4月1日 二等宙尉
2198年3月12日 晴風艤装副委員長に。一等宙尉に昇進。
2199年2月11日 宇宙嚮導駆逐艦ハレカゼ機関長兼クマノ計画副責任者に任官。