翌朝の穏やかな日差しが差し込む総武高校の教室。
いつもの見慣れた日常に戻ったはずの空間には、昨日までの修学旅行を経て、ほんのりと空気を変えた温かな余韻が残っていた。
ざわめくクラスの喧騒の中、八幡たちの席へとやってきたのは――葉山、戸部、そして海老名の三人だった。
「比企谷、昨日は本当にありがとう。助かったよ」
真っ直ぐな目でそう言って頭を下げる葉山に続き、戸部が少し照れくさそうに、けれど昨日よりもずっと頼もしい笑みを浮かべて口を開く。
「マジでさ、ヒキタニくんのおかげで俺、一生モノの勇気もらえたわ! 告白の件……あの後、海老名さんとも改めて少し話してさ!」
戸部の言葉に、隣にいた海老名がフッと柔らかく眼鏡を押し上げながら、小さく、けれどはっきりと頷いた。
「うん……戸部くんの気持ち、すごく嬉しかったから。……これからも、今までみたいに、ううん、それ以上に大切に向き合っていきたいなって思ってるの」
まだ正式な「恋人」としての返事ではない。けれど、お互いの距離が確実に縮まり、心の底から信頼し合っているのが見て取れる二人。
その様子を眺めながら、八幡は椅子に浅く腰掛けたまま、気だるげに片手をひらひらと振った。
「まあ、本人たちがそれで納得してなら、外野がとやかく言うことじゃないだろ。……よかったんじゃないですかね」
「うん、本当によかったよ! 戸部っちも海老名ちゃんも、すっごくいい顔してるもん!」
結衣がパッと満面の笑みを咲かせて二人に手を振り、雪乃も優しくカップの紅茶を傾けながら微笑んだ。
「ええ。二人でちゃんと向き合って出した答えなら、それが一番よ。おめでとう、二人とも」
奉仕部の面々からの祝福の言葉に、戸部は照れ隠しのように頭をポリポリとかき、海老名は小さく嬉しそうにはにかんだ。葉山もそんな二人と奉仕部を温かい目で見守りながら、満足そうに頷いている。
騒がしくもかけがえのない青春の一ページが、また一つ、誰も傷つくことなく美しく塗り替えられていく――そんな穏やかな朝のひとコマだった。
放課後の静けさが戻りつつある部室。
窓から差し込む夕陽が教室をほんのり橙色に染め上げる中、二人きりになった部活の空間で、雪乃は手元の本からふと顔を上げた。
「……あの、そういえば昨日はありがとう。母のことも、姉のことも」
いつもより少しだけ素直な、けれど真摯な響きを含んだ声。
雪ノ下家の重く冷たい呪縛を鮮やかに解きほぐしてくれたことへの、偽りのない感謝がそこにあった。
八幡は自席の椅子にふんぞりかえったまま、面倒くさそうに片手で軽くそれを制すように手を振る。
「……べつに。頼まれたわけでもないし、俺が勝手にやっただけだ。気にするなよ」
「……そういう言い方をするのね、あなたは」
呆れたように、けれどどこか愛おしそうに小さく息をつく雪乃。
その美しい横顔を見つめながら、八幡は自分の言葉に照れ隠しをするように、ごく自然に、けれどまっすぐなトーンで言い放った。
「……まあ、恋人だからな」
「――っ……///」
そのたった一言に、雪乃は驚いたようにピクリと肩を跳ねさせ、持っていた本を机にパタンと伏せた。
普段は冷静沈着な彼女が、耳の先まで一気に真っ赤に染めて言葉を詰まらせている。
「な……何をサラッと……そんな気恥ずかしいことを……っ」
「事実だろ。お前が俺の彼女で、あの家族の面倒臭い問題も、まとめて丸ごと引き受ける覚悟くらいあるってことだよ」
八幡がどこ吹く風といった様子でそう付け加えると、雪乃はもう顔を隠すしかなくなり、両手で真っ赤になった両頬を覆ったまま、机に突っ伏してしまった。
「……もう……本当に、あなたのそういうところよ……ずるいわね……///」
夕陽に照らされた部室の隅で、二人の間に流れる甘く穏やかな時間が、いつまでも心地よく続いていくのだった。
夕陽がすっかり沈みかけ、校舎全体が薄明かりに包まれた放課後の部室。
すっかり静まり返った部屋の中で、約束の時間がやってきていた。
「――で、本当にここでやるのかよ」
八幡が呆れたような、しかしどこか逃げ場のないようなため息をつきながら、椅子に座る結衣を見下ろす。
「やる! 絶対にやるって約束したもん! ヒッキー、昨日お母さんにあんなに気持ち良さそうにして……ずるいもん!」
結衣は椅子に浅く腰掛け、制服のブラウスの上からでも分かる華奢な肩を差し出すように身を乗り出していた。その瞳には期待と、少しばかりの緊張が混じっている。
「はあ……言った手前、引くのも格好悪いか。ほら、力加減は知らねえぞ」
八幡が後ろに回り込み、そのしなやかな指先が結衣の凝り固まった肩口にそっと触れた瞬間――。
「ひゃっ……!? ん、あ……っ……!」
結衣の口から、自分でも驚くような甘い声が漏れた。
昨日、雪ノ下母をもトロトロに溶かしたあの神業のツボ押しが、容赦なく結衣の神経を捉える。肩甲骨のきわ、首筋のライン、そして溜まっていたコリが嘘のようにスルスルと解されていく。
「あ……ぅっ……そこ……、そこ気持ちいい……! んぁ……っ、やばい……これ、本当に溶けちゃう……っ///!」
結衣は両手で机の端をギュッと掴み、背中を反らせながら、あふれ出る快感に必死で耐えていた。頭が真っ白になり、体中の力がスッと抜けていく感覚。
「おい、力抜けよ。変に変に力入れると余計痛むぞ」
「だ、だって……こんなの反則だよぉ……ヒッキーの手、魔法みたい……っああっ……!」
全身を駆け巡る心地よい刺激に、結衣の瞳はすっかり潤み、頬は桃色に染まっている。あまりの気持ちよさに、下半身の感覚がトロトロと緩み、意識の奥が熱くなっていくのを必死で隠していた。
(――やばい、これ……本当に気持ちよすぎて、なんだか変な声出ちゃうし、下の方までじわって熱くなってきた……っ……///!)
あまりの快感の余韻に、結衣は完全に夢見心地でフニャフニャになっていた。
そんな一部始終を、少し離れた席からじっと見つめていた雪乃が、ゴクッと小さく喉を鳴らした。
(……あんなに気持ちよさそうな顔をして……ずるい、わね……)
昨日、母親がトロけていた理由を身をもって理解した雪乃の胸のうちは、言い知れない好奇心と、かすかなジェラシー、そして何より――あの手で自分も触れられたいという抑えきれない衝動でいっぱいになっていた。
結衣がフラフラになりながら「はぁ……はぁ……もう無理……溶ける……」と机に突っ伏したあと、雪乃はスッと立ち上がり、真っ赤になった顔を隠すようにそっと八幡の袖を引っ張った。
「……っ。次は、私よ。比企谷くん」
「……お前まで参戦するのかよ」
「……当然よ。あんなに見せつけられて、私だけ我慢できるわけないでしょう……///?」
普段のクールな仮面はどこへやら、潤んだ瞳でまっすぐ上を向いてねだってくる雪乃。
八幡は「やれやれ」と頭を抱えつつも、結局拒みきれず、再びその温かい手を構えるのだった。
そして、その絶妙な指先が雪乃の肩に触れた瞬間――。
「んっ……ぁ……っ……!」
雪乃の口からも、普段絶対に聞けないような甘い吐息が零れ落ちる。
二人揃って八幡の圧倒的な手技に夢見心地でトロけきり、胸も股間も熱く潤っていくのを必死に堪えながら、部室の空気は甘く危険な熱に満たされていくのだった。
夕陽のすっかり沈んだ静かな部室。
結衣に続いて八幡の神業マッサージを受け、すっかり心も身体もトロトロに溶かされていた雪乃は、顔を真っ赤に染めたまま、うっとりとため息を漏らした。
「……っはぁ……。……これ、は……本当に、癖になりそうね……っ///」
普段の冷徹で完璧な「雪ノ下雪乃」の面影は微塵もなく、潤んだ瞳で乱れた息を整えている。
その隣で、同じく全身の力が抜けてフニャフニャになっていた結衣も、トロンとした目でコクコクと大きく頷いた。
「うん……っ、やばいよね、これ……。癖になるっていうか、もう頭の中真っ白になっちゃう……っ」
二人のあまりの無防備さと、色香を帯びた反応に、八幡のなめらかな指先がふとピタリと止まった。
(……やばい。この流れ、完全にマズい領域に入ってないか……?)
理性のブレーキが悲鳴を上げる中、八幡はふっと息を吐き出すと、そのまま後ろから雪乃の華奢な肩を回し、さらにその肩甲骨から胸元へと続く絶妙なリンパのラインへとスライドさせた。
「……っ!?」
雪乃の背筋がビクッと跳ねる。
肩から首筋、そして――その延長線上にある、少女の柔らかな胸元を包み込むような、あまりにもスリリングで的確な手つき。
「ひ……っ!? ば、馬鹿ねあなた、いったいどこを……っ……///!」
あまりの不意打ちと、心臓が跳ね上がるような刺激に、雪乃は顔を真っ赤に染め上げてひっくり返りそうになりながら狼狽えた。
普段なら冷たい鉄槌を下しているはずの声も、今はただ甘く震え、潤んだ瞳で八幡を睨むのが精一杯だった。
だが、八幡は動じない。むしろその真剣な職人のような(?)トーンで、低く呟いた。
「文句言うな。肩のコリってのはな、大体胸の筋肉や鎖骨周りと繋がってんだよ。ここを解さなきゃ根本的な解決にならねえんだ」
「そ、そんなの言い訳よ……っ! あんなところ、マッサージなんて……っんぁ……っ!?」
抗議しようとした言葉の途中で、八幡の指先がふわりと柔らかい膨らみを捉え、絶妙な力加減でグリッと揉みほぐされた。
「――っっは……んぁっ……!!」
雪乃の口から、先ほどまでの比ではない艶やかな嬌声が漏れる。
頭のてっぺんから足のつま先まで一気に熱が駆け巡り、恥ずかしさと快感のあまり、雪乃は八幡の腕にしがみつくようにしてその場に崩れ落ちそうになった。
「……もう、ダメ……そんなにグリグリされたら、私、変になっちゃう……っ///!」
狼狽え、涙目になりながらも、その心地よさに身体の力が勝手に抜けていく。
八幡は「ほら、力抜けって言ったろ」と呆れ顔を浮かべつつも、その手を緩めることなく、プロの技(?)でそのまま揉み続けた。
そして、その一部始終を目の前で――文字通りかじりつくように見ていた結衣は、自分のことのように顔を真っ赤に赤らめ、頭から湯気を出しそうになっていた。
「うぅ……っ……! ひ、ヒッキーのいけず……! あたしの時より絶対すごいことになってるじゃん……っ///!」
恥ずかしさと、自分ももう一度味わいたいという抑えきれない欲求の間で、結衣は自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめ、真っ赤な顔でジタバタと身悶えするのだった。
薄暗い放課後の部室は、甘い熱と、彼女たちの高鳴る鼓動で完全に満たされていく――。
放課後の静まり返った部室。
もはや理性のリミッターが完全に吹き飛んだ空間で、八幡の手はさらなる禁断の領域へと踏み込んでいた。
「っ……ま、待っ……さすがにそこは――っ!?」
雪乃の制服のブラウスのボタンに八幡の指がかかった瞬間、彼女の顔面はトマトのように真っ赤を通り越して真っ白になり、脳内がショートしたように完全にパニックに陥った。
だが、八幡の動きは止まらない。
迷いのない手つきでブラウスをわずかに開き、服の上から、あるいはその熱を帯びた皮膚を捉えるように――八幡はそのまま雪乃の胸元へと顔を寄せ、柔らかく突起した先端を優しく、しかし確実にとらえて甘く舐め上げた。
「――っひゃああああっっっ――!!!???」
部室の天井が抜けたかのような、雪乃の人生最大級の悲鳴と嬌声が響き渡る。
「あ、ぁうっ……っ! うそ……嘘よ、こんなの……っ、学校の部室で、そんなの……っ、あぁ、頭がっ、頭が真っ白に……っ///!!」
完璧主義で知られる雪ノ下雪乃が、背中を弓なりに反らせ、八幡の髪を夢中で掴みながら、全身を痙攣させるように大パニックを起こして震えている。
快感と羞恥心の津波に飲まれ、思考の糸は完全にプツリと途切れていた。
そして、その凄まじい光景を目の当たりにして固まっていた結衣の脳天に、さらなる衝撃が突き刺さる。
(うそ、ゆきのんが……ヒッキーにそんなことされてる……っ!? あんな可愛い声……やだ、頭がおかしくなりそう……っ///!)
あまりのショックと、自分のなかに渦巻くドロドロとした独占欲と熱に当てられ、結衣がその場でヘナヘナと座り込みかけたその瞬間――。
「――っ、お前もこっち来い、結衣」
「えっ……ひゃあっ!?」
八幡の空いていたもう片方の手が、背後から回り込んで結衣の制服の上から柔らかい膨らみをガッチリと鷲掴みにし、容赦なく揉みしだいた。
「ひぁっ……んんっ……!!? む、無理っ、そこはダメっ……! おっぱい揉まれながらゆきのんが見てるのっ、恥ずかしすぎるぅ……っ///!!」
雪乃が八幡に乳首を舐められて頭を真っ白にさせられているその真横で、今度は自分ももう片方の手でこれでもかと胸を揉み揉みされ、結衣の口からもおかしな喘ぎ声が漏れ出す。
「ちょっ……二人とも少しは落ち着け……!」
「落ち着けるわけないでしょう――っ!! あなたがそんなことするからじゃない――っ///!」
「そうだよ、ヒッキーのいけずぅ……っ! あたしも頭おかしくなっちゃう……っ!」
雪乃は涙目で抗議しながらも八幡の頭を抱きしめて離そうとせず、結衣はもう片方の手で自分の口を塞ぎながら全身をビクビクと震わせている。
片手で結衣の胸を激しく揉みしだきながら、もう片方の口では雪乃の胸を執拗に攻め立てる八幡。
もはや部活の延長どころか、完全にとんでもない修羅場と快楽の坩堝が融合した、文字通り完全なカオス状態がそこにあった。
「はぁ、はぁっ……もうだめ……私、完全に壊れちゃう……っ……///!」
夕闇に包まれた狭い部室は、二人の美少女たちの甘い嬌声と、熱を帯びた吐息でいつまでも満たされ続けるのだった。
荒れ狂うような熱狂と快感の嵐が少しだけ凪ぎ、夕闇に沈む静まり返った部室。
乱れた制服のボタンを慌てて留め直し、顔を真っ赤にして息を荒らげる雪乃と結衣の間に、気まずい沈黙が落ちていた。
やがて、八幡が頭をポリポリとかきながら、バツが悪そうにぽつりと口を開いた。
「……すまん。なんか、お前らがすげえ揉んでほしいような顔してるから調子に乗ったというか……俺もなんか、こう、我慢できなくなって舐めたくなって……気づいたら歯止めがきかなくなってたわ……」
そのあまりにも素直すぎる(そして羞恥心をさらに抉る)謝罪の言葉に、雪乃と結衣はカッッと再び顔を沸騰させた。
「なっ……! なによそれ、人のせいにするんじゃないわよ――っ///!」
「そうだよヒッキー! あんなの反則だし、心臓に悪いってば……っ///!」
口々に怒りながらも、二人の声に怒気は全く含まれていない。それどころか、心のどこかでは「――でも、本当は揉んで欲しかったから、まんざらでもない(むしろ最高だった)」という本音が透けて見えていた。
雪乃はツンと顔を逸らしながら、耳まで真っ赤にしてボソッと呟く。
「……べ、別に、たまになら……許してあげなくもないけれど……」
結衣も、自分の熱を持った胸元をそっと押さえながら、照れくさそうに頬を緩めて否定しなかった。
「……うぅ、否定できないあたしが悔しい……」
そんな二人の様子を横目に、八幡はふと自分の身体の異変に気づいた。
(……やべえな、これ以上ここにいたら本当に理性が音を立てて崩壊するぞ……)
下半身の熱が急上昇し、これ以上は本当に一線を越えてしまいそうになった八幡は、冷や汗を流しながらパッと両手を上げた。
「い、いや、やめとこう! 今日はこのへんで解散! 健全な高校生らしく帰るぞ!」
しかし、その必死の撤退宣言を、雪乃は許さなかった。
すっと立ち上がった雪乃は、潤んだ瞳で八幡をまっすぐに見据えると、悪戯っぽく、けれど絶対に逃がさないという強い意志を込めてこう言い放った。
「だめよ。逃がさないわ」
「え?」
「これからは――毎週末、うちのマンションに三人で泊まるわよ。文句は言わせないわ」
「ゆ、ゆきのん……っ!? さすがにそれは急に大胆すぎない――っ///!?」
結衣が目を丸くしてひっくり返りそうになる中、八幡はガクッと膝をつきそうになりながら頭を抱えた。
「おいおい……! こっちはこれ以上暴走しないように必死で我慢してんだが……! お前ら、わざわざトラップを増やしてどうすんだよ……!」
「ふふっ、知ったことではないわ。覚悟しなさい、比企谷くん」
完全に主導権を握った不敵な笑みを浮かべる雪乃と、恥ずかしがりながらも嬉しそうにそれに続く結衣。
圧倒的な包容力を見せたはずの八幡が、彼女たちの甘い罠にすっかり絡め取られていく、最高に刺激的で危険な放課後の幕引きだった。
夜の闇が深まり、静まり返った雪ノ下家の主寝室。
大きなベッドに一人横たわる雪ノ下母は、ふと昨日の昼間、応接室で起きた出来事を思い出していた。
カチコチに凝り固まった肩や首筋を捉えた、あの完璧で温かい指先の感触。
自分でも信じられないような甘い吐息を漏らし、言い知れない心地よさに心身がトロトロと溶かされていく感覚が、今でも鮮明に皮膚の記憶として残っている。
「……っ……」
無意識のうちに自分の肩から首筋、そしてあの時マッサージされたラインをなぞるように、細く白い指が這っていく。
あの空間にあったのは、ただの「マッサージ」だったはずなのに。
比企谷八幡という、あのつかみどころのない少年が持つ異様なまでの包容力と色気が、冷え切っていた彼女の心の奥底――そして女性としての感覚を、激しく揺さぶっていた。
「はぁ……っ……」
吐息が少しずつ熱を帯びる。
下半身の奥底からじわりと広がる熱情に抗うように、雪ノ下母は片手でシーツをぎゅっと掴みしめた。
頭の中に蘇るのは、自分をまっすぐに見据え、不敵で、けれどどこか温かい眼差しを向けたあの少年の顔だ。
「……っ、ん……あ……っ……」
背徳感と、長年抑え込んできた孤独と渇望が混ざり合い、理性の一線がプツリと音を立てて切れる。
彼女は自分の身体を抱きしめるようにしながら、奔流となって押し寄せる快感の波に身を委ねた。
「は、ぁ……っ、比企谷……くん……っ……///!」
艶やかな嬌声を小さく漏らしながら、雪ノ下母は激しい震えとともに、夜の闇の中で幾重もの絶頂を迎えた。
◇
やがて、荒い息が整い、静寂が戻ったベッドの上。
雪ノ下母は天井を見つめながら、乱れた髪をそっと掻き上げた。
「……私は、いったい一人で何をやっているのかしら……」
自分の娘たちの恋人(?)であり、一回りも年下の高校生を思い出してこんな姿になるなど、経営者として、そして母親として、本来なら正気を疑うような大失態だ。
だが、心の底から湧き上がる熱と、長年の重圧から解放されたような妙な気だるさの中で、彼女はふっと自嘲気味に、けれどどこか満足げに微笑んだ。
「……まあ。でも、悪くなかったわね……あんな風に、私の中の緊張を全部解いてくれた男なんて……あの人以外にいないのだから」
誰にも見せない秘密の余韻を胸に、雪ノ下母はふわりと目を閉じ、穏やかな眠りへと落ちていくのだった。
夜の静けさが漂う雪ノ下家の自室。
ベッドに潜り込んだ雪乃は、布団を頭からすっぽりとかぶったまま、真っ赤に火照った顔を両手で覆っていた。
(うそ……信じられない……あんな学校の部室で、あんな恥ずかしい声を……っ!)
昼間の放課後、八幡に胸を揉みしだかれ、さらにはその先端を甘く舐め上げられたときの圧倒的な快感と衝撃が、脳裏からどうしても離れない。
「雪ノ下雪乃」としてのプライドや冷徹な仮面は、あの瞬間完全に粉々に砕け散り、残ったのはただ、ひとりの女としての生々しい熱と渇望だった。
「……っ……ぁ……っ」
無意識のうちに、震える指先が自分の制服のブラウスの上から、あの時執拗に攻め立てられた胸元へとそっと這っていく。
当時の感触がそのまま皮膚の記憶として蘇り、下半身の奥底からじわりと熱い波が押し寄せてきた。
(比企谷くんの、あの大きな手と……温かい口づけが……っ……)
恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなる一方で、胸の奥ではあの時以上の刺激を求めてしまう自分がいる。
理性のタガが完全に外れ、溢れ出る快感の奔流に抗えなくなった雪乃は、シーツをきゅっと掴みながら、小さく身体を震わせた。
「はぁ、っ……くぅ……っ……!」
頭が真っ白になり、甘い息が漏れる。
冷徹で完璧だったはずの少女は、今やたった一人の少年の記憶に全身を支配され、抗えない快楽のなかで甘美な絶頂へと溺れていく。
やがて、激しい波が引き、荒い息を整えながら天井を見つめる雪乃。
暗闇の中、彼女はトロリと潤んだ瞳のまま、誰にも聞かれないように、けれど愛おしさを込めてその名を小さく呟いた。
「……比企谷くん……っ……」
週末のマンションでの宿泊生活を想像し、まだ見ぬさらなる甘い蜜の時間を予感しながら、雪乃は熱を持った身体のまま、甘い余韻の中に深く沈んでいくのだった。
夜のとばりが下り、静まり返った由比ヶ浜家の自室。
自分のベッドに潜り込んだ結衣は、掛け布団をぎゅっと首元まで引き上げながら、真っ赤に火照った顔を両手で埋めていた。
(うぅ……っ……どうしよう、頭から離れない……っ!)
昼間、部室のあの薄暗い空気の中で、八幡の大きな手に胸を鷲掴みにされ、容赦なく揉みしだかれたときの生々しい感触と熱が、脳裏からこびりついて離れない。
「女の子としてどうなの」という羞恥心と、あの時身体の芯からトロトロと溶かされていくような、かつて味わったことのない甘い快感。
「……っ……ぁ……」
無意識に、結衣の震える指先がパジャマの上から自分の胸元へとそっと這っていく。
あの時、八幡がその手のひらで形を確かめるように、たっぷりと愛おしむように揉んでくれた感触をなぞるだけで、全身の皮膚が敏感に波立った。
(ヒッキーの手……すごく大きくて、温かくて……あんなに乱暴に、でもどこか優しくされたら……っ……!)
思い出すだけで、下半身の奥底がじわりと熱い蜜で濡れていくのが分かる。
恥ずかしさに身悶えしながらも、もう止まらない。高鳴る鼓動と昂る欲求に導かれるように、結衣は自らの手で甘い快感を貪るように身体を震わせた。
「はぁ、っ……んぁ……っ! ひ、ヒッキー……っ……!」
頭が真っ白になり、理性のリミッターが完全に崩壊していく。
雪乃と同じように、あの少年の手の温もりと圧倒的な存在感に全身を支配され、結衣は甘く切ない絶頂の波へと呑み込まれていった。
「はぁ……はぁっ……ん……っ……!」
激しい痙攣のあと、ぐったりとベッドに沈み込み、荒い息を整える結衣。
部屋の隅の薄闇の中、彼女は潤んだ瞳のまま天井を見上げ、とろけるような笑みを浮かべながら、愛おしさと熱を込めてその名前をそっと零した。
「……ヒッキー……っ……大好き……っ」
週末のマンションでの宿泊生活――三人で過ごす甘く危険な日々を思い描きながら、結衣は心地よい気だるさと満足りた余韻に包まれて、幸せな眠りへと落ちていくのだった。
同じ夜、一人暮らしの自室。
ベッドの上に仰向けになった八幡は、静まり返った天井をじっと見つめていた。
(……はあ)
深いため息が、静かな部屋にぽつりと落ちる。
昼間の部室の記憶が、いやでも脳裏を支配していた。
手のひらに残る雪乃と結衣の柔らかな感触、甘く潤んだ瞳、そして普段の二人からは想像もつかない艶やかな嬌声。理性でいくら押し込めようとしても、若さゆえの血の気と男としての本能が、激しく下腹部を突き動かしていた。
(……俺も、大概にしとけよ)
一度火がついた熱は冷めることを知らず、八幡は自嘲気味に息を吐きながら、暗闇の中で自らの手を伸ばした。
自分を制することができなかったことへの苦笑いと、二人を心底から愛おしく思ってしまう甘い感情。
雪ノ下母をあそこまで骨抜きにし、娘二人の心も体も完全に掌握しておきながら、その果てに自分もこうして二人を思い出して悶々としているのだから、世話がない。
「……っ……、は……」
暗闇の中、二人から与えられた熱と自分の情動を静かに吐き出し、幾重かの熱い溜息とともにようやくのことで興奮を鎮めた。
少し荒くなった息を整えながら、八幡は額に手を当て、ぽつりと呟いた。
「……俺も若いな」
自分の「男」としての面を突きつけられたことに苦笑しつつも、心の中に広がるのは不思議と嫌な気分のしない、温かく充実した満足感だった。
『毎週末はうちのマンションで3人泊まるわよ』
今週末から始まる、あの危険で甘い「週末同棲」の生活。
二人の少女がどんな顔をして自分を待っているのか、そして自分はどれだけ理性を保てるのか――。
八幡はもう一度小さくため息をつきながら、どこか覚悟を決めたように目を閉じるのだった。
生徒会室に重苦しい空気が漂っていた。
一色いろはが生徒会長選挙に推薦され、意図せぬ形で追いつめられている――その裏にある「悪意」と「いじめ」の構造を、八幡は一瞬で見抜いていた。ただの悪ふざけでも、期待でもない。断れない性格の彼女を矢面に立たせ、失敗させて嘲笑おうとする、歪んだ悪意。
「……なんで、私がこんな目に遭わなきゃいけないんですか……」
弱音を吐き、困惑するいろはの前に、八幡は無言で歩み寄った。
そして、戸惑う隙すら与えず、彼女の華奢な体を強く、優しく抱きしめた。
「ひゃっ……!? え、ちょっと、先輩……!? 何やって――」
突如として距離をゼロにされたいろはがパニックになり、八幡の胸の中でバタバタと騒ぎ立てる。しかし、八幡の腕は緩まない。
ふと、いろはは自分の肩に落ちてきた温かい雫に気づき、動きを止めた。
八幡の瞳から、静かに涙が溢れていた。
誰にも気づかれないところで押し付けられた悪意、逃げ場もなく追い詰められていたいろはの孤独と痛み。それを自分のことのように感じ取り、悔しさと愛おしさで胸を痛めた八幡の、偽りのない涙だった。
「……なんで、泣くんですか……っ」
いろはの声が震える。
いつもは完璧に計算された「あざとさ」で自分を甘やかし、立ち回ってきた少女の防波堤が、八幡の涙によって一瞬で決壊した。
「ずるいですよ、先輩……そんな風に泣かれたら……私だって……っ!」
いろはは八幡の制服の裾をキュッと握りしめ、彼の胸に顔をうずめて声を上げて泣き出した。自分が傷ついていたことすら誤魔化そうとしていた少女が、初めて見せた素の感情だった。
◇
その光景を前に、周囲の人間は完全に固まっていた。
状況を説明しようと立ち会っていた巡り先輩は、目を見開いたまま開いた口が塞がらない。
「……え、比企谷くん……!?」
普段は冷静な平塚先生すらも、咥えていたタバコを落とそうになりながら、目の前の劇的な光景にあっけにとられて絶句していた。
そして、その場に同席していた雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
「……まったく、相変わらずの人たらしね」
雪乃は呆れたように息を吐きながらも、どこか誇らしげな、愛おしさの混ざった眼差しで八幡を見つめていた。八幡が一色の抱える痛みに誰よりも早く気づき、その持ち前の異常なまでの洞察力と包容力で少女の心を救ってしまったことを悟っていたからだ。
「うん……でも、ヒッキーだからね。あそこまでやられたら、いろはちゃんも落ちちゃうよね……」
結衣も苦笑いを浮かべつつ、少しだけ焼きもちを焼きながらも達観した様子で二人の絆を見守っていた。
言葉の暴力を振るうわけでも、策を弄するわけでもない。ただ相手の痛みに寄り添い、共に涙を流すという圧巻の「感情の掌握」。
八幡という男の底知れないカリスマ性と人間味が、また一人、傷ついた少女の心を救い上げ、雪ノ下家のみならず生徒会までもを彼の色に染め上げていくのだった。
「……で、その推薦状を出した担任……殺すか?」
八幡が、全く冗談に見えない冷徹で静かなトーンでポツリと呟いた。
「「「「「殺さないでください(!/!?)」」」」」
いろはが涙目になりながら叫び、応接室にいた全員の声が綺麗にハモる。
「ヒッ、ヒッキーダメだよ!? 犯罪だからね!?」
「比企谷くん、あなたの思考回路はどうしていつも極端なの……っ!」
慌てふためく結衣と雪乃の制止をよそに、八幡は至って真面目な顔のまま、肩をすくめて息を吐いた。
「まあ……殺すのは法的にアレだから置いとくとしてだ」
八幡はいろはの涙で濡れた頬を自分の指先で優しく拭うと、まっすぐにその瞳を見つめ直し、静かだが絶対的な力強さを込めて言った。
「一色、安心しろ。俺がお前を守る」
「……っ///!」
余計な飾りのない、男としての圧倒的な頼もしさと包容力。その一言に、いろはの瞳が再びうるうると大きな涙で潤む。八幡の胸元にギュッと顔を押し付けながら、「先輩……っ」と甘えるように小さく頷いた。
その横で、雪乃は呆れたように小さく息をつきつつも、どこか凛とした笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。この人を暴走させないためにも、私たちがしっかり守り切るわ。安心して頂戴、一色さん」
「うんっ! あたしたちも絶対いろはちゃんの味方だからね!」
結衣も腕をギュッと組んで力強く微笑む。
そんな奉仕部の圧巻の絆と、八幡の異次元のカリスマ性を間近で見せつけられた巡り先輩は、胸元を押さえながら顔をぽっと赤らめていた。
(……な、なにこれ……! 比企谷くん、ものすごく格好いい……っ! ドキドキが止まらないんだけど……!?)
そして、その一部始終を一番近くで見ていた平塚先生は――。
「………………」
咥えていたタバコをポロッと床に落としそうになりながら、完全に思考が停止していた。
(え……何……? 殺す……? いや、守る……? なんで一色が急に比企谷の胸に収まってるんだ……? 奉仕部の二人もなんで当然のように受け入れているんだ……??)
持ち前の洞察力と圧倒的な包容力で、一色の心を一瞬で救い出し、その場の空気を一気に支配してしまった八幡。
平塚先生の混乱を置き去りにしたまま、生徒会選挙を巡る新たな戦い――いや、八幡を中心とした新たな絆の物語が動き出そうとしていた。
「問題は担任だけじゃないしなあ……」
八幡が腕を組んでボソリと呟くと、生徒会室の空気が再びピリッと引き締まった。今回の件は担任が勝手に暴走したというより、校内の人間関係や、面白半分にいじめを仕組んだ生徒たちの悪意が複雑に絡み合っている。
「どういうこと、ヒッキー?」
結衣が不安そうに問いかけると、八幡は冷ややかに目を細め、どこか悪巧みでもするような低い声で言った。
「いっそ、校長を通じて担任もいじめっ子もまとめて脅すか?」
「――っ! ちょっと、過激すぎよ、比企谷くん!」
雪乃がすかさず冷ややかなツッコミを入れる。だが、その隣で平塚先生は目を見開き、冷や汗を流しながらガッと八幡の肩を掴んだ。
「お、おい比企谷……! いくらなんでも校長を巻き込んで脅すなんて真似、一歩間違えばお前が退学処分だぞ! そんな脅す材料なんて、お前が持っているわけ――」
先生の必死の制止を、八幡はひらりと片手でかわす。
「いや、脅すって言っても大したことじゃないですって。……まあ、いじめの事実を放置していた責任問題と、それを隠蔽しようとした形跡。あと、定年間近の校長や担任が一番嫌がる『外部(教育委員会やマスコミ)へのリーク』って最高のスパイスがあるじゃないですか」
八幡は淡々と、しかし恐ろしいほどの説得力を持って続ける。
「あいつら、自分の保身が第一だからルールの正義なんて通用しない。でも、『このままだとあなたの平穏な定年生活と退職金がパーになりますよ』ってそれとなく――まあ、丁寧な物言いで脅し……じゃなくて、忠告してやればいいんです」
「定年前に問題を起こしたくないから、それとなく伝えたら……勝手に動いてくれませんかね?」
そのあまりにも合理的で、かつえげつない「比企谷式・最短解決ルート」の全貌を聞いた瞬間、部屋にいた全員の脳裏に、その作戦が完璧に成功する未来が鮮明に浮かび上がった。
(……間違いなく、あの保身主義の校長なら、青い顔をして一瞬で保身のために動き出すわね……)
雪乃は冷や汗をかきながらも、その圧倒的な効率の良さに納得せざるを得なかった。
(ひ、ヒッキーの裏の顔が本気ですごい……! でも、それだけいろはちゃんのために怒ってくれてるんだ……っ)
結衣は胸を熱くしながら、少し引くのと感動するのとが同時にやってきていた。
(……この男、敵に回したら絶対に日本社会で生きていけないタイプの怪物だわ……)
一色は、自分を守るためにここまで黒い知略を巡らせてくれる八幡を見上げ、胸をときめかせると同時に恐怖すら覚えていた。
そして、当事者である平塚先生もまた、タバコを忘れたまま呆然と呟くしかなかった。
「……いや、お前な……。間違いなく動きそうだけどさぁ、高校生がやる手段じゃねぇぞ、それ……」
誰一人として「無理だ」とは言わない。むしろ、全員が「この男なら確実にやり遂げる」と確信してしまう絶妙な説得力の中、八幡は面倒くさそうに頭を掻くのだった。
不意に、八幡は腕を組んで天井を見上げながら、面倒くさそうにボソッと呟いた。
「……まあ、いっそ俺が生徒会長、なるかなあ」
そのあまりにも斜め上を行く発言に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。直後、平塚先生が盛大にむせ返りながら叫んだ。
「な、なれるわけないだろ、比企谷! 生徒会長はお前の人気取りのイスじゃないし、第一お前が生徒会に立候補したって全校生徒の過半数が恐怖に震えるわ!」
「えー、でも他にまともに立候補する奴なんていないでしょ。人望厚い俺なら余裕じゃないですか」
「お前のどこに人望があるんだ、人徳の欠片もない男め!」
平塚先生が頭を抱えてツッコミを入れる中、八幡は淡々と自分の現実的な計算を並べ立てる。
「いや、冷静に考えてみてくださいよ。今回の件で貸しを作った葉山や戸部、三浦や海老名あたりも、裏から回せば協力してくれますし。そもそも、他に立候補する奴がいないなら、むしろ俺が生徒会長にならない理由って何かあります?」
「……」
誰もが返す言葉を失った。
冗談半分のように聞こえて、八幡の言うことは驚くほど論理的で、かつ実現可能なルートとしてカチッとハマっていた。
一色を矢面に立たせて潰そうとした悪質な仕組みそのものを、自分が生徒会長の座に就くことで根本から粉砕し、全校の権力構造を上からひっくり返す――。
「それに、一色は無理に会長なんかやらせるより、身動きの取りやすい書記あたりにでも配置しておけば、生徒会という組織の権限でガッチリ守れますしね。その方が効率がいい」
「――っ……先輩……」
自分のためにそこまで緻密に、しかも最短かつ安全なポジションニングまで計算してくれていたことを知った一色は、胸がいっぱいになり、潤んだ瞳で八幡を見つめた。
その場にいた巡り先輩は、両手を頬に当てて感心したように息を漏らした。
「すご……! 比企谷くん、ちゃんとそこまで先回りして考えてたんだ……。なんだか、本当にもう生徒会長の風格が出てるよ……!」
平塚先生も、呆れを通り越して深いため息をつきながら、ガシガシと頭を掻いた。
「……まったく。お前のその曲がったねじ曲がった思考回路が、時々恐ろしいほどの救済になるんだから困る……」
そして、雪乃と結衣は、そんな八幡の背中を温かい目で見守りながらクスリと笑った。
「本当に、相変わらずずるい人ね……。でも、あなたがそこまで言うなら、本当にやりかねないわね」
「うん! ヒッキーが会長なら、誰もいろはちゃんにいじわるできなくなるもんね!」
極悪非道な脅し文句から一転して、完璧すぎる生徒会乗っ取り計画(=一色徹底保護プラン)を平然と語る八幡。
周りの大人や仲間たちが次々とその手腕に感心させられる中、新たな「比企谷生徒会」の影の幕開けは、着実に現実味を帯びていくのだった。
選挙管理委員会から正式に告示された結果、他に対立候補が名乗り出ることもなく、一色いろはの「面倒な生徒会長レース」は、演説も投票すら行うことなく――文字通り、無風のまま幕を閉じた。
「……え、本当にこれで終わりですか? 私、何も演説とかしてませんけど……」
生徒会室の椅子に深く腰掛け、一色は拍子抜けしたような、しかし心の底から安堵したような顔で天井を見上げた。
誰も自分を追い詰めず、理不尽な悪意に怯える必要もない、完全で平和な「安住の地」。それが今、彼女の手の中にあった。
その一色の頭に、ぽんと優しく手が置かれる。見上げると、八幡がれっきとした保護者のような呆れ顔で立っていた。
「よかったな、無敗の勝利だ。……まあ、最初から俺が根回ししてやったから当然だけどな」
「もう、そこは素直に先輩のおかげって言ってくださいよー! ……でも、ありがとうございます、先輩。私、もう二度であのクラスに戻りたくないくらい安心しました……」
安堵のあまり、一色はふにゃりと柔らかい笑みを浮かべ、八幡の袖をぎゅっと掴んで甘えた。
その様子を少し離れた場所から眺めながら、八幡の背中を囲むようにして、雪乃と結衣が腕を組んでいた。
「ふん、結局あなたの言う通りになったわね。誰も立候補しないように周りを根回ししつつ、一色さんを安全な書記ポジションに収めるなんて……相変わらず抜け目がないというか、なんというか」
「うんうん! いろはちゃんが泣かずに済んで本当によかったけど……ねえ、ヒッキー?」
結衣がクスリと笑いながら、じっと八幡の顔を覗き込む。
「で? あの後、例の担任といじめっ子連中には、結局どういう処置をとったわけ?」
結衣のその問いに、八幡はフッと不敵な笑みを浮かべ、淡々と答えた。
「ああ、生徒会の仕事はそっくりそのまま、あの担任といじめっ子グループの連中に丸投げしてやったよ。『生徒会の補佐業務』という名のパシリな」
「「「――は……?」」」
あまりの斜め上のブラック労働の提案に、一色と結衣、そして近くにいた巡り先輩までが絶句した。
「だってそうだろ。自分で蒔いた種なんだから自分で刈り取るのが筋だし、生徒会の雑務をやらせておけば一石二鳥だ。それに――」
八幡は平然と言ってのける。
「あとあと面倒な報復とか隠蔽をされても困るからさ。校長経由で、『このいじめ問題と隠蔽工作が外部に漏れたら、定年後の穏やかな余生も退職金も綺麗さっぱり吹っ飛ぶと思いますよ』って、それとなく……いや、極めて丁重に脅しといた。だから、向こうから進んで綺麗に片付けてくれるはずだ」
その恐ろしいまでの「完全犯罪的・事後処理スキーム」を聞いた瞬間、雪乃と結衣は同時に天を仰ぎ、盛大に深いタメ息をついた。
「……やっぱり、あなた、やっちゃったのね……」
「うん……ヒッキー、それもう脅迫じゃなくて立派な黒幕の仕事だよ……」
呆れ果て、頭を抱える二人だったが、その瞳の奥にはどこか「この人ならやっぱりやりかねない」という諦めと、圧倒的な安心感が混ざっていた。
もう誰も一色に手出しはできない。担任もいじめっ子も、校長という絶対的な権力の圧力と八幡の牙城の前にひれ伏すしかないのだから。
「ま、そういうわけだ。これからは俺たちが後ろに控えてるんだから、一色は安心して生徒会の書類でも片付けてろ」
「はいっ! もう先輩がいれば、私、一生無敵な気がします!」
満面の笑みで敬礼する一色と、それをやれやれと見守る奉仕部の面々。
こうして、総武高校の裏の支配者(?)・比企谷八幡を中心とした新しい生徒会体制は、誰にも逆らえない圧倒的な平和(と恐怖)の下に、静かに、そして強固に動き始めたのだった。
生徒会室の窓から差し込む斜光が、静寂を取り戻した室内のテーブルを柔らかく照らしていた。
八幡は手元の上質なカップを傾け、温かい紅茶を一口含んでから、ふと手元の書類に目を落としてポツリと呟いた。
「……今思うと、生徒会長なんてのは言ってみれば組織の看板みたいなもんだろ。だったら別に雪ノ下でも良かったし、俺である必要も全然なかったな」
八幡のその言葉に、一番に反応したのは、書類の整理をしながら八幡の隣にちょこんと腰掛けていた一色だった。
一色はあざとく首をかしげると、悪戯っぽい笑みを浮かべて八幡を覗き込む。
「なに言ってるんですかー、先輩。むしろ先輩の方がしっくり来てますよ? ほら、こう……裏で全部の糸を引いてる『圧倒的黒幕感』がありますから、割と似合ってますって」
「……そうかな?」
八幡がどこか拍子抜けしたように片眉を上げると、周囲にいた面々の視線が一斉に八幡へと注がれた。
雪乃は優雅に紅茶のカップをソーサーに戻すと、フッと満足げな笑みを浮かべて沈黙を守った。否定する気は毛頭ないらしい。
結衣も「うーん……まあ、言われてみれば納得かも……」と言いたげな顔でクスリと笑い、小さく頷いている。
さらに、前生徒会長の巡り先輩までが、両手をぽんと合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「うん! 比企谷くんのその独特のオーラ、なんだかすごく頼もしい黒幕さんって感じでぴったりだと思うよ〜」
「……ふっ、否定の余地すらないのが悲しいところだな、比企谷」
壁に寄りかかっていた平塚先生までが、咥えたタバコを指で挟みながら呆れ混じりの笑みを零した。
室内にいる全員の満場一致の無言の肯首に、八幡はやれやれと軽く肩をすくめるしかない。
まあ、自分が黒幕として裏から睨みを効かせているおかげで、一色が脅かされることもなく、雪乃や結衣と過ごすこの静かな時間を誰も邪魔してこないのだから、悪くはない役回りだ。
八幡はもう一度カップに口をつけ、鼻から抜ける香りを楽しみながら静かに吐息をついた。
「……ま、紅茶がうまいから何でもいいか」
「ふふ、そうね。あなたがそこにいてくれるなら、私も文句はないわ」
雪乃の少しだけ素直な言葉と、結衣や一色の弾んだ笑い声が交差する。
不敵で圧倒的な「影の生徒会長」の足元で、彼らの甘く穏やかな日常は、より一層強固なものとして深まっていくのだった。