「どこだよ、ここ」
平原。見渡す限りの緑の中。男は顔を上げた。
逞しい男だ。一目見て鍛え上げられたとわかる筋肉を持つ。
上半身は裸。ズボンしかはいておらず靴も付けていない。
特徴的なのは老人の様に白い髪を持っているところと赤い瞳を持っている。
ぼりぼり、と手で頬をかき──なんだこれ、と男は自分の手を見て、体を見て驚いた。
「なんだ、これ」
それと同時に感じる違和感。
いや、違和感ではない。違和感が無いことが違和感。
まず第一に、自分はこんな体ではない。
こんな逞しい体をしていないしズボンなんか見た事も無いモノだ。というか常識的に考えればズボン一つで外出している今の状況は有り得ない。
そして意識を集中すればわかる。今の自分に何が出来るのか。
「『崩壊』『蒼炎』『半冷半熱』『危機感知』──ヒロアカの個性じゃないか」
僕のヒーローアカデミア。
一言で言えば民度アメコミの人類全員超能力者な世界でヒーローを目指す漫画である。
その作品に登場する超常こそが個性。水を出したり炎を出したり、中には時間を戻すというのもある。
そして、基本一人一能力で複数の能力持ちは有り得ないとされている。
だがまぁ、少年漫画。当然のように主人公は複数の能力持ってるしラスボスも持ってる。
そして自分はラスボスの様に複数の能力を持っているという訳で。
(いや、違うな)
正確には"僕のヒーローアカデミア"の能力の様に思えた。
この体も、白い体も思い返せばラスボスの体に非常に酷似、というか同一に思える。
意識すれば腕や足から口を生やす事が出来る。非常に気持ち悪い。
ただ、本来のラスボスの体はもっと背が低かったはずだが、もう一人のラスボスとの中間ぐらいに思える。
そして。
(俺は誰だ? ──わからん)
記憶障害。
いや、自分が何者かは分かる。これまでの経歴も家族の名前も、何もかも。
だが名前だけが思い出せない。名字でさえも。
余りにも可笑しい状態だ。家族の名字が思い出せるのだからそれが自身の名字のはずなのに、どうしてもそれを自分の名前なのだと認識できない。
「まぁ、いいか」
問題はこれからどうするか、というところだ。
とりあえず跳躍。素の身体能力──パンチ一つで天候を変えれるバケモン身体能力でジャンプすれば何十メートルと飛び、空に浮かべる。
そこで個性を発動。今回使うのは浮遊。
他にもエアウォークや飛行。ジェットなどの滞空出来る個性は幾つかあるが最初にシンプルな物を使う。
無事に個性は使えた。空の上に立つ。
「…………本当に何処だよ、ここ」
見渡す限りの平原。
人外の領域に半歩どころか全身浸っている体ならば遠くまで見れる。その視力を使えば広大な森さえも見えてくる。
そこに千里眼等の幾つかの視力強化系の個性を使えばさらに遠い所まで見えてくる。
そして見えるのは、ろくに整備されていない道と、村。
そう、村だ。コンクリートは見当たらず。木で出来た家々が良く見える。
流石に人までは小さ過ぎてよく見えないが、現代の様にスーツを着ている者は一人も見えない。
「どうするか」
悩んで悩みながら。男は頭を捻らせた。
■
(うっひょー! たーのしぃー!)
空の上。男が一人飛んでいた。
空を歩き、背中から翼を生やす等をして飛び回る姿は無邪気な子供にも見える。
身長190台の男が空の上ではしゃぐというのは少々絵面が有れだが。
兎も角男は飛んで遊びまわり、人の域を超えた聴覚でとある声を聴いた。
それは、悲鳴。苦痛にあえぐ声。
「あ?」
何だ、と思い幾つかの個性を併用し声の方を見る。
既に空の上で色々試しているためその気になれば個性を併用する事で音速での飛行でさえ可能となっている。する気は無いが。
声の法と距離があった為多少飛行し、そこから視力を強化する。
そして見た先で映るのは──虐殺。
騎士風の鎧を着た者が、村人たちを殺して周っている。
それだけか、と男は思う。
この体になったから、思考回路も変わったわけではない。元からこういうのだ。
テレビの先で災害で死者が出ているとしても、虐殺が起こっているにしても、気にはしない。"なんか大変そうだな"と思う程度。
現実感の喪失、と言ってもいいだろう。テレビやスマートフォン越しで見ている感覚だ。
だからこそ、男は無視を決めた。
推定だがここは異世界、あるいは過去、多分無いが未来。
つまるところここが何処でどういう世界なのか一切合切が不明。
その状態で騎士──決まった武装をした集団と戦うなど愚の骨頂。
そもそも勝てるかも怪しい。確かにこの体は最強無敵。その気になれば日本全土を一週間もあれば更地に出来る程の力を持っている。
だが、もしかしたら騎士の中に日本どころか地球を小指で突くだけで破壊できるようなトンデモ能力を持っている者が居るかもしれない。
ならば助けるというのは愚者のすることだと判断する。命をベットするには相応しくない。
そもそも殺される理由が村人側にあるのかもしれない。雑に考えるならば疫病や、麻薬などを育てていたり村ぐるみで何かしらの犯罪をしている等。
というか一番の問題として言葉が通じるのか、という問題がある。何かの奇跡でこの世界の住人全員日本語を使っているのならばコミュニケーションに問題は無いがそんなことは無いだろう。
日本語か英語かあるいはまったくもって別系統の言語か。助けるという行為そのものが出来るかも怪しい。
だからこそ助ける理由は無いし利益も無い。
だが──
「ふむ。助ける利益もまぁあるな」
そもそも言葉が通じるのか、とか。何で殺されてるのか、とか。
あるいはここら辺の常識や地理等もわかるだろう。
まぁ、この世界の住人には通じない可能性も当然ある。その場合は助けた恩やなんなら真実吐きや洗脳で聞き出せばいい。言葉が通じるのならば。
だが、やはり村に飛び込み乱入するにはリスクが高すぎる。
「……試してみるか」
左手を突き出し。泥を生成する。
泥は次第にヒトガタとなり、ズボンが生えて自分と完全に同一の姿となる。
これはトゥワイスの個性、二倍。自分を増やせる力。
「頼んだよ、僕」
「任された、僕」
見かけだけの会話をする。
目論見通りだ。増えた自分との意識の共有が出来ている。
本来ならば出来ない。二倍で増えるのは完全な自分自身。記憶や意識の共有は不可能という欠点がある。
だがそれをAFOで補うことが出来た。AFOは特殊な個性であり例え複製品であろうとそれを持つ状態ならばオリジナルのAFOを持つ相手と意識を共有できる。
ならば二倍で増やした完全に同一のAFOを持つ相手と意識や自我の共有が出来ないはずがない。
無事に出来てよかった。最悪増えた自分と殺し合いするという事態になるかもしれなかったのだから。
だが、これは何体まで出来るのかという問題が出てくる。二つや三つなら無事だろうが百や万、億単位で作ればどうなるか予測がつかない。
増えたもう一人の自分は村のはずれ──騎士に追いやられ逃げようとしている少女達に向かって落下する。
実に好都合だ。もしこんなのが無く村の中で全員殺されそうだったら無視して放置しただろう。あるいは全員死んだ後に死体から情報だけ得られるようハイエナの様に忍んでいたか。
「さて、どうなるかな?」
「手間取らせやがって……!」
全身鎧。顔も伺えないヘルムを纏った騎士が怒りと共に声を上げる。
纏っている鎧は隣国であるバハルス帝国のモノだ。少なくとも王国では用意できない鎧。
鎧の質は王国では有り得ない物。碌な知識が無い追われている少女であっても自国のモノではないとわかる。
(せめて、せめて、妹だけでも──)
追いかけられていた少女のうち、背の大きい方は小さい方をーー妹を庇いながらそう考える。
もう、逃げられない。背中を斬られ、足もだるい。もう、どうしようもない。
そこに──空からふわりと、男が降りて来た。
大きな音と共に風を起こしながら降りた男はこの場の全員を見渡す。
老人の様に白い髪。この場の誰よりも大きい体。赤い瞳。
一番の特徴はズボンだけで上半身裸というところだろう。よく見れば靴すら履いていない。
「な、何だお前は」
騎士の一人が男にそう問いかける。まったくもって妥当な質問だ。
問いかけと同時に騎士たちは少女から離れ、剣を構える。
「──おいおい。随分な質問だな。人にものを訪ねるならまず名を名乗れよ」
はぁ、と男は溜息をつきニヤリと笑う。
それは、言葉が通じた事に対する安堵。もし言葉が通じなければ全員殺して無かったことにしようとでも思っていた。
殺せるかは兎も角。
半裸の男に対し騎士二人は警戒する。
空から降りて来たという事は
あるいは、モンク。飛行自体は何かしらのマジックアイテムによるもので素手での戦いに長けた者である可能性。
二人が動く前に、男が動いた。
「帯電+増電」
男がそう言うと当時に右手を突き出し雷を纏う。
雷は正確に騎士の片方に直撃し、焼き焦がす、
余りにも高い電圧によって人の体は容易く焼かれる。雷に直撃するよりも酷い惨状となる。
「ま、
無事だった片方が剣を構え、男に突撃する。
その剣は。容易く防がれた。
「は?」
防御された訳ではない。無防備な男の首に剣は当たり、騎士の剣で容易く斬り落とせるはずだった。
だが、剣は通じず。小さな切り傷を創ることもあざを作ることも出来無い。意味が無かった。
「危機感知が碌に動かないからいいと思ったが……弱いなぁ、お前」
騎士が最後に見たのは、己の頭を掴む男の手だった。
(ーー人を殺しても何とも思わない、か)
明らかに自分の手で殺したというのに男の内心は穏やかで、波一つ立っていなかった。
現実感の喪失。あるいは危機的状況であるが故。はたまたキャラクターの体だからか。
騎士を塵に変え、少女二人を見る。
よく見れば片方の少女は背中を斬られて怪我をしている。
出血も酷い。放置すれば死ぬだろう。
「大丈夫か?」
声をかけながら男は考える。
(さて、どうするか)
治癒系の個性は幾つか持っている。だがこれほどの傷となると難しいかもしれない。
持っている治癒系はオーバーホールと細胞活性と治癒の三つ。
だがオーバーホールは人体に関する知識が必要。細胞活性はそもそもこの世界の人類は細胞を持っているのかという問題があり使えるのは治癒だろう。
治癒は生命として持つ治癒能力を活性化させる力だ。血が出ている以上は生命だろうと辺りを付ける。これで違ったらまァどんまいという事で。
「その怪我、治してやる」
一歩、歩く。女が怯える。
まぁ、半裸の男に近づかれれば誰でも恐怖するわな、と納得し余り気にしない。というか逃げ出さないだけ奇跡と言えるだろう。
女に触れ、個性を使い治癒を使う。
「傷が、治った……?」
疑問を抱く女に俺が直した、と肯定する。
「さて、幾つか聞きたいことがあるんだが……」
まずは何を問いかけるか。あるいはこのままこの少女二人を連れて逃げるべきか。考える。
だがここから逃げるのは難しいだろう。騎士が包囲するように動いてるのを上空から視認している。
泥ワープでなら逃げだせるが転移に対する阻害をされているかもしれないしこの程度の親密度では親しい人間判定に成らず使えない可能性もある。
ワープゲートもあるが、あれは目立ちすぎる。
さてどうするか。思案する時間は一秒か二秒程度。
答えを出す前に少女が動く。
「あの、村を──家族を、助けてください! 図々しい願いだとはわかっています、それでも!」
(む……)
困った、と男は考える。
情報源である少女は助けた。ならば村に固執する理由はもはやない。
だが、たかが少女とその他のーー成人しているであろう村人。あるいは村長などの地位に就くモノであれば後者の方が圧倒的に知識は多いだろう。
助ける際にリスクはまだある。顔を変えていない以上顔を覚えられれば今後問題が生じ得る。
だが、助けを求める少女を無視できるほど図太くは無いし、見捨てる程狭量でも無い。
「ああ、生きていたら助けてやる。生きてたら、な」
生きていたらというのを強調し。少女に告げる。
それだけでも少女には救いだったようで二人合わせて頭を下げている。
「お、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「名前?」
名前。今の自分を表す名は何だろうか。
本名は分からない。適当に名乗るならジェン・ドゥかネームレスなどだろうか。
あるいは田中太郎とか。
本名は分からない。自分を示すモノも。
ただ、どうせ名乗るならば。
「俺は、死柄木弔だ」
あえて、今はこの名を名乗ろう。
その名にふさわしい外見と力を持っているのだから。
「さて、どうするか」
空の上の死柄木は独り言を呟きながら。村を見下ろす。
空の上でも下から見上げられればバレる為透明化の個性を使っている。出力を上げれば人間一人を完全な透明状態にするのは簡単だ。服を透明化出来ないなんてことは無い。
村の中心、広場の様な場所に村人が集められ、周囲には騎士がいる。
誰一人逃がす気は見られない。それに感情識別の個性で見れば明らかに性欲等をたぎらせ、女を睨んでいる者もいる。
このまま放置すれば絶対に良くない事が起こるだろう。少し見てみたい気もするが。
(この世界の仮称人間は地球人類と同一なのか? 生殖器もあるのか? というかこいつら性欲は抱いてるっぽいが俺に対して抱く事はあるのか?)
疑問は幾らでも沸いてくる。全てを検証したくなってくる。
だが、観察はここまでだろう。助けに行くべきだ。
ゆっくりと──緩慢とさえいえる速度で空から降りて中心に降りる。
当然そんなことをすれば全員に気づかれる。騎士たちにも勿論。
「な、何者だ、お前は!」
騎士の一人──この中では多少マシと思える騎士が声を上げ、剣を構える。
「そうだな、答えてもいいと思ったが……うん。やめだ」
鋲突。指先から先を変形し黒く、そして赤く脈打つ刃に変え五メートルは離れている騎士の頭部を貫く。
即座に絶命。兜──最低でも鉄鎧を纏っているというのに関係なく頭蓋事貫く事に成功する。
「は?」
一人の騎士が間抜けな声を上げた。
「さて、死にたく無いなら抗え」
トン、と軽く地面を蹴り接近。阿呆みたいな面を晒している騎士の胸を素手で貫く。
鉄製であろう騎士鎧──実際には魔法効果もついているマジックアイテム──を軽く破壊し、心臓を壊し殺す。
「弱いなぁ、おい」
はは、と軽く笑う。
雑兵。塵芥。警戒していたのが馬鹿らしくなるほどに弱い。
だが、問題は勝った後だ。殺し尽くした後にこそ問題は起きる。
二人、五人と常人では視認できない速度での移動を繰り返し殺害を繰り返す。
途端、声がかかる。
「ま、待て! 待ってください!」
声を上げたのは騎士。残った騎士の一人が「ペリュース隊長……」と呟いたのを聞き逃さず相手が隊長格だとすぐにわかる。
「なんだ?」
殺した騎士を投げ捨てて、その場に留まる。
それを相手は話を聞いてくれると勘違いしたのか、顔を少し綻ばせ喚きだす。
「お、俺を生かしてくれたら二百──いや、三百! 金貨三百枚を用意する! します! だから、助けてください!」
(仮にも隊長の地位に就くやつがそれはどうなんだ)
思わず呆れる。というか騎士たちも呆れている。
大方金で入ったか親の地位が高いとかのボンボンなのだろう。金さえあれば何でもできるという気概を感じる台詞だ。
それに感情識別では恐怖一色。嘘感知等に反応が無いのが本当にこいつは金を払って自分だけ助かろうという気概が目に見える。
(というか、金貨三百とか言われてもその価値がわからないんだが)
この盤面で金貨という物を出して来たという事はそこそこの価値があるのだろう。だが具体的にどれほどかわからない。
この騎士たちの一月の給料分なのか、一軒家が買える程なのか。あるいは平均収入程度なのか、生涯年収と同程度なのか。
まぁ、仮に何兆円とかいう単位だとしてもこの場では断るしかないが。
「そうか、それは、お前の後ろにいる奴らに言うべきだな」
「はい……? そ」
間抜けな声を漏らすと同時に接近。相手の胸を貫く。
そのまま衝撃波の個性で遠くに飛ばす。
後は単なる掃除に過ぎない。雑魚は瞬く間に殺して終わりだ。
「あ、あなた様は……?」
村人であろう者の一人が声を上げ、問いかけてくる。
答えは決まっている。
「俺は、死柄木弔だ」