時系列迷子です
時は遡る。時間は王国戦士長を助け、カルネ村に平和が戻った後。死柄木がトブの大森林に研究施設を作った後にまで戻る。
森の中を死柄木──の分身体が歩く。
最初は特に何もせず歩いていたが、途中で動物ボイスを使い虫を遠くに移動させ、ある程度快適な状態にしている。
流石に森の中なので靴を創造で用意し着用している。素足だと動物のフン等を踏むかもしれないから。
森の景色に見とれながら、この植物は地球にもあったっけ、と頭を悩ませること数分。
危機感知が発動する。
即座に片手を上げ、スティールと硬化、その他防御系個性を発動し、敵の攻撃を防ぐ。
「鞭?」
人外の視力で見れば自らに襲い掛かったのは緑色の鱗に覆われたしなる物質だった。
人の腕程の太さと俊敏性を兼ね備えてり驚異的な武器だ。
『某の初撃を防ぐとは。見事でござるな』
(ござる?)
敵の語尾に違和感を抱くも、今する思考ではないと辞める。
「なんだぁ、おい。隠れて不意打ちとか卑怯じゃないか。正々堂々戦えない臆病者か?」
『言うではござらぬか。では某の威容を見て畏怖するがよい!』
ドン、と大地を蹴り敵が現れる。
さて、どんな怪物が現れるのか。あるいは人間か。
警戒していた死柄木の前に現れたのは巨大な獣だった。
白銀の毛に包まれた体。小さい手足。蛇のように蠢く尻尾。可愛らしい瞳。
「ジャンガリアンハムスターじゃねぇか!」
思わず叫んだ。何で異世界にハムスターがいるんだ、と。
「なんと! 某の種族を知っているとは!」
ぶんぶんと犬のようにジャンガリアンハムスター……森の賢王と称される者は喜びをあらわにする。
「いやまぁ、知ってはいるが……」
外見は死柄木が良く知るジャンガリアンハムスターに酷似している。尻尾を除けば同じと言っていいだろう。
だがサイズが違う。死柄木の何倍も大きい。巨体であり、それこそトラックとまでは行かないが軽自動車ぐらいにはデカい。
「であれば、某の同族について知ってはござらんか? 生物として子孫を残さねば失格でござるが故」
(ぐふっ!)
森の賢王の台詞に死柄木はダメージを受ける。
この世界に来る前から経験は無く、その手の店にすら行った事が無い。更に
それにそもそもこの世界の住人と行為が出来るのか、出来たとして根本的に違う種族間で子が出来るのかという問題がある。
要約すると死柄木は一生童貞確定である。その中たかがハムスターに童貞煽りの様な台詞を言われ心に傷が出来た。
いや、たかが獣の言葉に惑わされるな、と心を持ち直す。
「はぁ、で。俺に何の用だ」
「とぼけるでないでござる! 先日森の動物を脅し、某の縄張りを荒らした罪。その命で償うがいいでござる!」
(あぁ、それか。面倒だな)
突進する森の賢王を死柄木は片手を突き出す事で防ぐ。
本気の突進だ。異形種の力任せの突進を片手だけで防ぐ。超越者としての力を持つ以上この程度の芸当は出来て当然だが。
「ほら、よ!」
掴み。そのまま遠くへ放り投げる。
人外の膂力で投げれば、軽自動車と同等のサイズだろうと一トン以上あろうが軽く飛ばせる。
森の賢王は無様に飛ばされ、森の木を一本へし折って止まる。
「ぐぬぬ。やるではござらぬか!」
「意外と頑丈だな」
ふかふかの毛皮じゃないのか、と少しがっくりする。
森の賢王は即座に体制を直し死柄木に向かって魔法を行使する。
それを死柄木は能力によって
「えい、でござる!」
危機感知が発動。しなる尻尾──二十メートル以上伸びる尻尾を使い森の賢王は木々の隙間を走らせ正確に死柄木の頭部を狙う。
「危ないな」
ぱしっと、死柄木は掴む。
遅すぎる。この程度危機感知が無くても認識、対応が可能だろう。
掴んだまま帯電の個性を使う。尻尾という体の一部を掴んだまま使えば当然。森の賢王にも雷のダメージが入る。
尻尾から全身に雷が迸り、小さくないダメージを与える。
(出力を抑えていたとはいえ、普通に耐えるとは──森の賢王の名は伊達ではないのか)
──既に死柄木は森の賢王成る存在についてある程度把握していた。
本体が行ったカルネ村の住人との会話。漆黒の剣なる冒険者達との聞き込み。
それらで得た情報は当然自我を共有し続けている分身体にも与えられる。
どれだけ距離が離れようが分身対は自我を共有し続けられる。流石に別世界等にぶち込まれればどうなるかわからないが、それでも地球の裏から表まで離れても共有できるという確信があった。
恐らくはオリジナルのオール・フォー・ワンと複製版のオール・フォー・ワン。両方を所持しているからこそだろう。
森の賢王は漆黒の剣などから得た情報と外見が一致──まぁしている。微妙にコレジャナイ感があるが、兎も角死柄木は森の賢王を知っていた。
そして、これを支配するためにここに来たのだ。
右腕を前面に押し出し、森の賢王に向かって構える。
「さて──空気を押し出す+重荷」
威力は最低限にして扱う。
巻き起こした風が木々を揺らし、森の賢王を吹き飛ばす。
意図せず不意打ちになった為か森の賢王は防御も回避も出来ていない。受けるがまま飛ばされ、木々にぶつかりながら奥に押し出される。
そして飛ばされた森の賢王に一瞬で接近。
「こ、これほどの実力者とは……」
この世界において死柄木は弱体化している。
個性を持っていないとかではない。僕のヒーローアカデミアの原作、アニメ。スピンオフに映画、それらすべての個性を持っている以上原作よりも強い。
だが、この異世界における物理法則。それによって弱体化している。
具体的には風圧パンチが出来ない。
本来ならば全力でパンチすればそれだけで街一つ消し飛ばせるはずだがそれが出来ない。
だが、大した弱体化でも無い。空気を押し出す個性を使えば普通に風圧アタックは出来るからだ。
弱体化というには微妙な弱体化である。だからこそ森の賢王を飛ばすのにわざわざ個性を使った訳だが。
「さて、どうする? まだやるか?」
左手に炎を。右手に氷を出す。
使うのは半冷半熱。属性攻撃だ。
「こ、降伏でござる! 某の負けでござるよ!」
(所詮は獣か)
絶対的な実力差。天地がひっくり返っても勝てない相手だとようやく森の賢王は理解した。
「じゃあ、生きるにはどうすればいいか──わかるよな?」
「殿に忠誠を誓うでござるよ!」
こうして死柄木弔はトブの大森林。南の地域を支配下に置いた。
■
「ここが拠点だ」
「おぉ。大きいでござるな……」
森の賢王──ハムスケと名付けた新しい配下が到着地であるトブの大森林に建設中の仮拠点に連れて来た。
仮、と付けた様に家としては非常にお粗末なモノだ。木を適当に家の形に成る様に置いただけ。と言っても本質は地下にある為外見は拘ってないが。
この家が作れたのも
現状ハイスペックを駆使して新しい家──というよりは屋敷の建築図を描いている。近日中に着手予定だ。
「む……?」
そこでハムスケがぴくぴくと鼻を鳴らす。
何かの匂いを嗅ぐようであり、頭には疑問符がついている。
「どうした?」
「いえ、殿の匂いが……?!」
そこまで言ったところでハムスケが驚愕に目を見開く。
小屋から出て来たのは当然、死柄木弔だ。小屋から出て来た死柄木と自身を連れて来た死柄木を頭をブンブン振るい見まくっている。
首が取れるんじゃないか、と不安に成るほどに首を動かす様は百貨店で売ってるダンシングフラワーにも見える。
お互いに片手をあげ、小屋から出た死柄木は空に飛びあがる。
「え、え、え? と、殿が二人……?」
「ああ、言ってなかったか。俺は複数いるんだ」
「──? ……? ……! 成程! そう言う事でござるな!」
ハムスケは思考を辞めた。
「森の賢王とは……?」
「も、申し訳ないでござるよ、殿」
ハムスケとの会話による情報収集は失敗した。
というのも、ハムスケは確かにこのトブの大森林の一角を支配していたが、それだけだ。
正確には縄張りに来るもの全員殺すというストロングスタイルによる暴君というか支配者でも無い行動によって成り立っていた。
つまりハムスケに部下はおらず、また本人も外に出たことが無いため外の情報を一切知らない。
精々が前に来た人間が自身に森の賢王と呼んだ事ぐらいしか知っていないのだ。
(まぁ、ハムスターが人間と会話できるレベルの知能があるのならあながち間違いじゃないんだろうが……)
はぁ、とため息をつく。
「よし、ハムスケ。出かけるぞ。この森を支配しに」
■
小屋を出て。死柄木はハムスケの背に乗り進む。
最初は辞退したが森での移動となるとハムスケに乗った方が便利だと本人が主張し、実際その方が楽だとわかったからだ。
死柄木の移動手段は幾つかあるがどれも森での移動には向いていない。目の前にあるモノ全部ぶち壊して突き進むにはいいが壊してはならないモノがある場合はそれが出来ない。
森林破壊などしたくない。自然は大事にしなければならないと死柄木が考えている以上それは不可能だった。
結果、大の男がハムスターに騎乗して進むという実にシュールな絵面となった。本人も割と本気で性転換の個性で美少女に成った方がいいのだろうかと悩む絵面だ。
「そろそろ休憩するか?」
「まだまだ大丈夫でござる!」
そうして進む事七時間。太陽が沈み始める。
既に人の領域は無く、人の手の入らない自然の森だ。草木が好き勝手成長し野生の動物やモンスターが動いた結果人にとっては非常に活動しずらい時間となる。
少し太陽が傾き始めただけなのに光は届かなくなり闇が訪れる。
ハムスケは
だが、ここらが潮時か、と死柄木はハムスケに呼びかける。
「よし、ここで一旦終わるぞ、止まれ」
「わかったでござる!」
死柄木はハムスケから降りる。
「では殿。今日はここで休むでござるか?」
「まさか。そんなの御免被る」
指先から黒い靄を生成し、一か所に集める。
次第に靄は円となり、渦となり道が繋がる。
「ゲート。ここを通るぞ」
「わ、わかったでござる」
若干ハムスケは怯えながら死柄木より先にワープゲートに入り遅れて死柄木も入る。
「ここは、先程の小屋?」
「ああ、ワープゲート……つまり転移の力だ」
「おお! 殿は凄いでござるな!」
真っすぐな感謝の言葉に死柄木はたじろぎながらも、おう、と短く返し二人は小屋に入っていった。
■
死柄木は食事はまずいらないが、ハムスケは要る。
個性の強奪や付与が本体にしか出来ない関係上ハムスケにエネルギー効率等の個性を与えることは出来ない。
それに現状拠点制作と科学道具の製造にかかりっきりである為個性複製が出来ていない今個性を手放す事は出来ない。
ではハムスケの食事はどうするか、となったがそれは本人が解決してくれた。
曰く食事はそこらの動物やたまに来るモンスターで充分、とのこと。基本的には
となれば問題は無い。分身体も食事や睡眠は不要。
死柄木はハムスケが眠った後。地図を描く。
(ここがカルネ村。ここが今日ハムスケと行った場所……)
作るのはトブの大森林の正確な地図だ。
空の上から確認した大雑把な地図を見ながら詳細版を描くという作業をしている。これもそれもトブの大森林を征服する為。
何故、死柄木がトブの大森林を征服するのか、となると既成事実を作るためだ。
つまり周辺国家に"既にトブの大森林は死柄木の所有地である"と主張するのだ。
国として認められるのに必要な要素は大きく三つ。領民。領土。武力。
領民はトブの大森林内のモンスター。領土はトブの大森林其の物。武力は自身と領民。
これで要素は揃う。
そうなれば後はどうとでもなる。自身という武力をカードに周辺国家に交渉でもすればいい。
ここ、トブの大森林は周辺三ヵ国における隙間だ。そこに国を創るとなるとどうしても小国にしかならないがそれでも交通の便を考えればここを利用しない手はなくなるだろう。
調べた限りではエ・ランテルが行ってるそれをこっちに持ってくるという訳だ。
無論エ・ランテル及び王国からの反感を買うだろう。なのでゆくゆくはエ・ランテルを攻め落とす必要もあるだろう。
あの三重の壁等を考えれば攻め落とすのは非常に難しいが崩壊を使えば都市を消し去る事は用意。しない理由も無い。
ただ問題は文官だ。圧倒的に配下が足りない。このトブの大森林に相応の者が居ればいいがそれは高望みという物だろう。
「さて、どうするか」
死柄木は頭を悩ませる。己の未来の為に。
■
(そろそろ見えてくるはずだが……)
死柄木本体が冒険者として登録した当日。今日も今日とて死柄木とハムスケは森を突き進む。
移動は基本的にハムスケだ。帰還と再開時のみワープゲートを使う事で途中から再開する形での調査。
「──見えて来たか」
そう呟いた数分後。二人は湖に到着した。
これで何日目かの森探索。ようやく死柄木は目的地にたどり着いた。
着いた先は湖だ。ひょうたんをひっくりかえした様な湖であり非常に広大。
空の上から確認していた場所であり、こここそが最初の目的地であり支配地にすべき場所。
というの空から見た際に何かしらの集落を発見したからだ。空の上というのもあり千里眼の個性でも詳細は分からないが少なくとも竪穴住居の様なモノと人型の生物を確認している。
つまりは文明を有する者達がいるのだ。支配しない理由が無い。
死柄木はハムスケから降り、周囲をぐるりと見る。
自然のど真ん中。人など居ない、都会から離れた場所。
田舎に住んでいた死柄木でもこのような所は始めてくる場所だ。キャンプでもすれば非常に楽しいのだろか、などと考えてしまう。
「殿! 殿! 魚がたくさんいるでござる!」
おほー! と興奮しながらハムスケが報告してくる。
感傷に浸っている間に勝手に動いていたらしく、湖を見て興奮している。
「魚か、ここで食──いや待てハムスケ。何もするな」
「どうしてでござる?」
キョトンとハムスケは疑問符を浮かべる。
元より食事はここで済ます予定だったが、ハムスケが見ていたモノを見て事情が変わった。
「これは生け簀、他人の物だ」
人かは兎も角として。
生け簀を作る程度の知恵と文明を有している存在がここに居る訳だ。
だが──
(縄文時代程度の文明レベルの奴らが生け簀を作るか?)
死柄木の知識では縄文時代に生け簀──養殖の技術があったのか知らない。
それに養殖をするという事は食糧難でも起きているのだろうか、と雑な推察をする。
(まずいな。支配するのに支障が出る)
あるいは適当に軍隊を作り、攻め落とす形で死者を多数出す事で食糧難を無理やり解決する必要もあるだろう。
今の死柄木は食料生産技術を有していない。オーバーホールやその他の個性で食糧生産の補助は出来るが食糧其の物ーーパンなどを直接作る事は出来ない。
支配するにあたって必要なのは力の誇示と、支配されることに対する利益の提示だ。
どちらか片方でも良いが、今の死柄木は利益を出せない──縄文程度の文明力ならうろ覚え知識でも役に立つかもしれないが──兎も角力を使って支配する予定だ。
その為の直に足を使った情報収集。その為の森の賢王。
「生け簀とはなんでござるか?」
「あー、魚だとかを自分で育てて食う為のモノだな、ようするに畑の魚版つう感じだ。魚を釣ったり漁獲するより手間が無いし、何より保存がきく。
育て方次第だが野生よりも味も質も上がる。まぁメリットばかりではなくデメリットも大きいな。
魚を育てる手間暇。実際に成長できるかの問題。魚の食料製作や病気対策。やること多いが軌道に乗れば安定した食料を用意できるのが強みだな」
あえて。この場で色々と──自身が知る限りの養殖に関する知識を披露する。
(さて、釣れるかな?)
これで釣れれば万々歳。釣れないのならばこの程度の知識に価値は無いとなる。
既に死柄木は気づいている。自らを遠くから見ている者が一人──あるいは一体いるのを。
空間把握や感知系個性を使えばあの程度の隠密は見破れる。最も敵が透明化などを使ってきた場合見れるか若干怪しいが。
がさり、と草木をかき分ける音が鳴る。
音が鳴る寸前。ハムスケが死柄木の前に出る。死柄木を守る様に。
どうやら既にハムスケも気づいていたらしい、と死柄木は気づく。
「その……少し、いいだろうか?」
やって来たのは生け簀の持ち主であり、異形の体を有する者であった。