第三話 鋼鉄の拳と小さな贈り物
世の中には、理屈だけでは説明できないことがある。
もちろん、科学者や技術者にとって、それは決して歓迎すべきことではない。どんな現象にも原因があり、正しい手順で調べれば、いずれは答えに辿り着けるはずだからだ。
だが、目の前で人間の身体が赤熱し、素手で鋼鉄を溶かしている光景を見せられたら、さすがに驚かずにはいられない。
「……冗談だろう」
俺は監視カメラの映像を見つめながら、思わずそう呟いた。
画面の向こうでは、工房の敷地へ侵入してきた男が、閉ざされた鉄製の門扉へ手を押し当てていた。
次の瞬間、男の腕が内側から赤く輝き始めた。
ジュウッ、と嫌な音が響く。
分厚い鉄板が飴細工のように変形し、男の手が門扉を貫通した。
「……何なんだ、あいつは」
俺はすぐさま警報装置を作動させ、工房内のシャッターを閉鎖した。
足元にいたジャンク・シンクロンが顔を上げる。
「ジャンク、緊急避難プログラムを起動。ほかのシンクロンたちを地下の保管室へ移動させろ」
ジャンクは小さく頷くと、工房の奥へ走っていった。
俺は監視カメラへ視線を戻す。
男は既に門扉を破壊し、敷地内へ足を踏み入れていた。
どうやら、ただの強盗ではなさそうだ。
そして、俺には一つだけ心当たりがあった。
トニー・スターク。
数日前、俺の工房を訪れた世界的な天才発明家だ。
彼が追っていた奇妙な爆発事件。その調査に協力したことが、今回の襲撃と無関係だとは思えなかった。
「……まったく、厄介なことになったな」
そう呟きながら、俺は工房の奥へ向かった。
トニーが工房を訪れてから、数日が経過していた。
マーク42の修理を手伝った後、彼はハーレーとともに爆発事件の調査を続けていた。もっとも、俺自身は工房の仕事があるため、直接同行したわけではない。
その間にも、テレビではマンダリンに関する報道が繰り返されていた。
アメリカ各地で発生する爆破事件。
行方不明になったトニー・スターク。
そして、政府や軍を巻き込んだ大規模な捜査。
俺はそれらのニュースを横目に、ジャンク・ウォリアーの調整を進めていた。
トニーとの技術交流は、思っていた以上に有意義だった。
特に、右腕の瞬間出力によって発生する負荷の問題については、彼の助言が大きな参考になった。
単純に装甲を厚くするのではなく、衝撃を全身のフレームへ分散させる。
その考えをもとに、俺は新しい衝撃吸収機構を組み込んだ。
まだ十分な試験は終わっていないが、以前よりは安定している。
もっとも、実戦で使用することなど想定していなかった。
少なくとも、今日までは。
「……仕方ないか」
工房の奥にある作業区画。
そこには、固定台に収められた大型装甲が置かれていた。
青と銀を基調とした外装。頑丈な胸部装甲に、特徴的な両腕の大型機構。
ジャンク・ウォリアー。
俺が独自に開発した動力機関を搭載する、装着型パワードスーツだ。
「ジャンク・ウォリアー、起動準備」
音声入力に反応し、装甲の各部へ電力が供給される。
胸部のインジケーターが点灯し、固定台の拘束装置が解除された。
俺は装甲の背面へ回り込み、開放された搭乗部へ身体を収める。
「神経入力系統、正常。駆動系統、正常。動力機関、出力安定……」
端末に表示された数値を確認しながら、各部の装甲を閉鎖する。
最後に頭部の装甲が固定されると、視界に複数の情報が表示された。
「……よし」
両手を握り、ゆっくりと開く。
機械の指が、俺の動作に合わせて動いた。
問題ない。
そのとき、工房の外から轟音が響いた。
監視カメラの映像が途切れる。
「……来たか」
俺はジャンク・ウォリアーを歩かせ、作業区画の扉へ向かった。
「おい、スタークはどこだ?」
工房の入口を破壊して現れた男は、開口一番そう言った。
年齢は三十代ほどだろうか。
服装だけを見れば、どこにでもいる普通の男だった。
だが、腕には赤い光が走っている。
「……ここにはいない」
ジャンク・ウォリアーの外部スピーカーを通じて答えると、男は俺を見上げた。
「何だ、お前?」
「ここの経営者だ。用件があるなら、まず名乗ってもらおうか」
「経営者?」
男は鼻で笑った。
「なるほど。スタークが妙な廃品屋に出入りしていたって話は本当だったらしいな」
「……」
「お前、あいつの仲間か?」
「修理を頼まれただけだ」
「なら、何を修理した? 何を聞いた?」
男はゆっくりと歩み寄ってきた。
その腕が、再び赤く輝き始める。
「悪いが、答えてもらうぞ」
次の瞬間、男が床を蹴った。
「っ!」
反射的に両腕を構える。
男の拳がジャンク・ウォリアーの左腕へ叩き込まれた。
激しい衝撃。
装甲の表面温度が急上昇し、警告表示が視界を埋め尽くす。
「……高熱か!」
俺は左腕で攻撃を受け流し、右拳を男の腹部へ叩き込んだ。
鈍い衝撃音とともに、男の身体が後方へ吹き飛ぶ。
積み上げられていた廃材の山に突っ込み、金属片が周囲へ飛び散った。
「……やったか?」
そう呟いた直後だった。
廃材の中から、男がゆっくりと立ち上がった。
「……嘘だろう」
明らかに骨が折れていてもおかしくない一撃だった。
だが、男は平然としている。
それどころか、腹部に生じた傷が赤く輝き、みるみるうちに塞がっていった。
「……再生能力まであるのか」
男は首を鳴らし、こちらを睨みつけた。
「いいパンチだ。だが、その程度じゃ俺は殺せないぜ」
「……そうか」
俺は右腕の出力を確認した。
先ほどの打撃で、関節部に軽微な負荷が発生している。
まだ問題はない。
だが、最大出力を何度も使用するのは危険だろう。
「なら、別の方法を考えるだけだ」
俺は男へ向かって駆け出した。
エクストリミス。
後になって知ったことだが、男の異常な身体能力は、そう呼ばれる技術によるものだったらしい。
肉体を強化し、損傷を再生させ、さらには極めて高い熱を発生させる。
その能力は、普通の人間とは比較にならない。
そして、厄介なことに、ジャンク・ウォリアーの装甲もその高熱には長時間耐えられなかった。
「くっ……!」
男の腕が胸部装甲を掴む。
接触部分の温度が急上昇し、警告音が鳴り響いた。
俺は左腕で男の手首を掴み、強引に引き剥がす。
そのまま膝蹴りを叩き込み、距離を取った。
「どうした! もう終わりか!」
男は笑いながら迫ってくる。
「……冗談じゃない」
俺は周囲を確認した。
工房の内部には、回収した廃品や機械設備が大量に置かれている。
このまま戦闘を続ければ、火災が発生する可能性が高い。
それだけは避けなければならない。
「……外へ出てもらうぞ」
俺は男の攻撃をかわし、右腕を構えた。
瞬間的に動力機関の出力を上昇させる。
右腕の駆動装置が唸りを上げた。
「スクラップ――」
拳を引き絞る。
全身のフレームへ負荷を分散させながら、右腕の出力を限界近くまで引き上げる。
「――フィスト!」
渾身の一撃が、男の胸部へ直撃した。
凄まじい衝撃音。
男の身体は工房の入口を突き破り、敷地の外へ吹き飛んだ。
同時に、右腕の警告表示が赤く点滅する。
「……やはり、まだ負荷が大きいか」
だが、以前のように駆動機構が停止することはなかった。
トニーとの会話を参考に改良した衝撃分散機構が、どうにか機能してくれたらしい。
俺は男を追って外へ出た。
敷地の端では、男が再び立ち上がろうとしていた。
「……しぶといな」
相手は再生能力を持っている。
単純な打撃だけでは、いずれこちらが先に限界を迎えるだろう。
ならば、倒すのではなく、動きを封じる。
俺は工房の外に置かれていた大型の廃材用コンテナへ視線を向けた。
「……使わせてもらうぞ」
ジャンク・ウォリアーの両腕でコンテナを押し出す。
男がこちらへ向かって駆け出した瞬間、俺はその進路へコンテナを倒した。
「なっ――!」
男の身体が大量の金属廃材に押し潰されるようにして埋もれた。
もちろん、それだけで完全に拘束できるとは思っていない。
俺はすぐさま近くの重機を遠隔操作し、さらに別のコンテナを重ねた。
金属が激しく軋む音が響く。
廃材の隙間から、赤い光が漏れ出していた。
「……長くは持たないか」
俺はジャンク・ウォリアーの状態を確認する。
右腕の出力は低下していたが、歩行機能には問題がない。
まだ動ける。
そのとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
侵入を検知した際、警報装置が自動的に通報していたらしい。
男もそれに気づいたのだろう。
廃材の隙間から赤い光が強まり、金属の一部が溶け始めた。
やがて男は拘束を破り、こちらを睨みつけた。
「……覚えてろよ」
そう吐き捨てると、男は工房とは反対方向へ走り去っていった。
俺は追撃しなかった。
工房の被害を確認する方が先だったからだ。
「……やれやれ」
周囲を見回す。
破壊された門扉。
大きく損傷した入口。
散乱した廃材。
そして、ところどころに残る高熱による損傷。
「……修理代が馬鹿にならないな」
思わず溜息が漏れた。
◇
その後、俺はジャンク・ウォリアーを解除し、工房の被害を確認していた。
幸い、地下の保管室へ避難させていたシンクロンたちは無事だった。
ジャンクも、ほかのロボットたちを連れて戻ってきた。
「よくやった、ジャンク」
頭を撫でると、ジャンクは嬉しそうに両腕を上げた。
その姿を見て、ようやく少し安心できた。
工房は壊れたが、また直せばいい。
部品も設備も、時間をかければ取り戻せる。
だが、子供たちへ届ける予定だったロボットが失われていたら、そう簡単には割り切れなかっただろう。
「……さて」
俺は作業台に置かれた端末を手に取った。
連絡先を開き、トニーの番号を選択する。
数回の呼び出し音の後、聞き慣れた声が返ってきた。
『フドウか? どうした?』
「少し問題が起きまして」
『問題?』
「工房が襲撃されました」
電話の向こうで、沈黙が流れた。
『……怪我は?』
「ありません。工房は少し壊れましたが」
『誰にやられた?』
「身体が赤く発光する男です。異常な高熱を発生させて、傷もすぐに治っていました」
『……エクストリミスか』
トニーの声が低くなった。
「知っているんですか?」
『ああ。今、そいつらを追っている』
「……なるほど」
どうやら、予想は当たっていたらしい。
今回の襲撃は、トニーが追っている事件と関係している。
『悪かったな、フドウ。僕に関わったせいで』
「気にしないでください。修理の手伝いを引き受けたのは俺ですから」
『……そうか』
「それより、そちらは大丈夫なんですか?」
『ああ。これから少しばかり厄介な相手と決着をつけてくる』
「……キリアンという男ですか?」
『よく分かったな』
「ニュースとあなたの話を少し調べただけです」
電話の向こうで、トニーが小さく笑った。
『まったく、君も相当な変わり者だな』
「よく言われます」
『……それじゃ、またな』
「ええ。お気をつけて」
通話が切れた。
俺は端末を置き、工房の奥へ視線を向ける。
ジャンク・ウォリアーは右腕を損傷していたが、致命的な故障ではない。
修理すれば、また動かせるだろう。
「……俺も、まだまだだな」
世界的なヒーローは、これから自分の戦いへ向かう。
ならば、俺は俺の仕事をするだけだ。
「ジャンク、片付けを始めよう」
ジャンクは元気よく頷いた。
その夜。
トニー・スタークは、アルドリッチ・キリアンとの最終決戦に挑んでいた。
港湾施設に集結したアイアンマンの装甲群。
次々と投入されるエクストリミス兵士。
そして、激しい戦闘の末に明らかになる、事件の真相。
その戦いについて、俺が詳しく知ることになるのは、もう少し後のことだった。
俺自身は、工房の修理に追われていたからだ。
ただ、翌日のニュースで、マンダリン事件に関する大きな進展が報じられたときには、思わず作業の手を止めた。
「……終わったのか」
画面には、事件の首謀者とされるアルドリッチ・キリアンの名前が表示されていた。
トニー・スタークの生存も確認され、事件の全容について捜査が進められているという。
「……無事だったんだな」
俺は小さく息を吐いた。
そして、ふと思いついた。
「……そうだ」
工房の棚へ視線を向ける。
そこには、以前から製作を進めていた小さな試作品が保管されていた。
まだ一般販売する予定はない。
だが、性能試験は既に終わっている。
「……せっかくだ。あの人に贈ってみるか」
俺は棚から小さな箱を取り出した。
数日後。
カリフォルニア州。
トニー・スタークのもとへ、一つの小包が届けられた。
差出人は『FUDO JUNK WORKS』。
見覚えのある名前に、トニーは思わず口元を緩めた。
「……あいつか」
小包には、小さなメッセージカードが添えられていた。
『今回のお礼です。まだ試作品ですが、よければ使ってください。――フドウ』
「試作品、ねえ……」
トニーは興味深そうに箱を持ち上げた。
大きさの割には軽い。
箱の表面には、見慣れない小さなロボットのマークが印刷されている。
「さて、今度は何を作ったんだ?」
そう呟き、トニーは箱の蓋へ手を伸ばした。
――だが、その中身については、また別の機会に語るとしよう。
最後まで読んで頂きありがとうございます。皆さんは今日はカブトの20周年記念映画とゴジラ➖0.0を視聴して来ました。控えめに言って最高でした。ここ最近見た中ではスパイダーマンのブランニューデイをこしています。ゴジラに関しては今年のトップ3には入るかもです。
トニーにフドウが送ったものとは
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