ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
かつてワノ国兎丼にて天下の宝刀と称えられた一振りの太刀があった。
造りは飾太刀拵、刃は乱刃逆丁字、鍔は分銅型。名を『
最大の特徴は刀身である。その鋼は空にかざせば透き通るかの如く淡く鈍く輝いた。その色は数多の貴人を魅了し、ゆえに数奇な運命をたどることとなる。
「ハ~ハハマママ!! これが今回の戦利品かい。なるほど確かに美しい」
数々の欲にまみれた一振りは、人から人の手に渡り、ある海賊の下に流れ着く。ここは『
『旗』を貸していたとある小国が契約された期間内に所定のお菓子を納付できなかったので攻め滅ぼしたのだが、その際に略奪した品だった。
リンリンに刀の良し悪しはわからない。だが、三女アマンドの見立てによれば業物であるらしい。宝が好きな彼女にとっては高価なもの、珍しいものというだけで興味を引き立てられた。
「こいつはおれのコレクションに加えてやろう。宝物庫の肥やしになる前に愛でておこうか」
彼女の手に集められた力が薄氷にそそぎ込まれる。刀は『ソルソルの実』の能力により、魂を持つホーミーズとなった。意思を与えられ、目を覚ます。
物が魂や意思を持つ。この国においてはありふれたことだった。国民から徴収された膨大な量の魂がリンリンによって管理され、草木や動物、あらゆる物に分配されている。
それら誰のものともわからない魂が刀の中へと入り込み、もともと刀匠が込めた刀の神髄と混ざり合い、人格が形成される。
そして、自分を掴んでいる主人の姿を目にする。丸々と肥え太った異常な巨体の老婆が、息がかかるほど顔面を近づけてこちらを覗き込んでいた。
「にっ、にっ……にぎゃああああ!? なんだこのブサイクな生き物はああああ!?」
「……あァ?」
それまでにこやかに刀を鑑賞していたリンリンは呆気にとられた。手元の刀が何を叫んでいるのか、その意味を理解するのに数秒を要した。
「汚い手で触るんじゃない! この私を誰と心得る! 私は、私は――」
自分は何者か、薄氷はすぐに答えを出すことができなかった。なにせたった今芽生えたばかりの自我である。通常であれば生まれたばかりのホーミーズはリンリンから名前と命令を与えられ、それに従って生かされる。
ただ、彼らは人格を持たされるがゆえにその言動が主人の意に沿わないことはある。では、そのような『不良品』はどうなるか。
リンリンの腹心たるホーミーズ、ゼウスとプロメテウスは彼女の怒気を感じ取り、静かにその場から遠ざかった。「あーあ、やっちまったな」という哀れみの目を刀に向けながら。
「言うじゃねェか、このおれに……たかが刀風情がよ……!」
直情的な第一声を上げてしまった薄氷だったが、続く言葉はなかった。あまりにも恐ろしい主人の気迫に呑まれ、今さらながら震えあがる。
「コレクションにするのはやめだ。お前には使い道ができた」
そう言うとリンリンは刀の切っ先を床に押し付けた。そのままゆっくりと力を加えていく。みしみしと刀身が軋み始める。
「うわああ! やめてください! 私の美しいボディがあああ!!」
刀とは鉄の塊ではあるが、扱い方次第で容易く損傷してしまう。薄氷は必死に謝罪し、命乞いした。だが、リンリンはそれを聞き流す。
薄氷の位列は『業物』。美術品としての価値は高くとも、刀剣としての実用性から見れば並みの刀だ。桁外れの強者たちが鎬を削るこの海において、剣とは人を斬る道具以外の何者でもない。リンリンにとってはたとえ壊れてしまおうと、大して惜しいものではなかった。
「美しいものが最も美しく輝く時はいつだと思う? それはねぇ……悲鳴をあげながらブチ壊される瞬間さ! ママハハハハハ!!」
薄氷は根本からぽっきりと折られた。刀身は太い足で踏みつぶされて砕かれた。まさにそれは彼の精神そのものの状態だった。
刀身がなくなり、柄だけになってしまった薄氷はリンリンの命令で捨て置かれることになった。魂を抜いて物に戻すこともできたが、あえて彼女はそれをしなかった。無様な姿で生かしておく方がより苦しめられると考えたのだ。
豪華な鞘に柄だけ納められた薄氷は、城の兵士によってゴミ捨て場に運ばれた。薄氷は一晩中、泣いた。どうして主人に向かってあんな暴言を吐いてしまったのかと悔やんだ。時間を巻き戻してもう一度やり直すことはできないかと神に懇願した。
彼の声に耳を傾ける者など誰もいない。やがて泣きつかれて息をするのも嫌になった。ただ日は沈み、そして昇る。一晩が明けた頃、どこからか近づいてくる金属質な足音が聞こえてきた。やがてその人物は薄氷の前で止まった。
「おお、探したぜ。こんなところにあったか」
浅黒い肌をした黒髪の少女が話しかける。赤い
「この格好が気になるか? これはワノ国のサムライっつーイカす奴らのファッションだぜ」
盛大に勘違いしているが、ワノ国の情報はあまり外に出ないため世間に憶測が広がっているのだ。少女は商人の口車に乗せられてこの服を買っている。
しかし、最も目を引くところは服装ではなかった。常人離れした腕と指の長さだ。体形自体はやや筋肉質ながら齢15かそこらの普通の少女だが、指は50cmはあろうかという長さをしていた。かがむことなく地面に落ちていた薄氷を拾いあげてしまう。
よく見れば歯もギザギザの獣のような牙が生えている。ただの人間とは思えなかった。
「そんなことはどうでもいいんだよ。おれはお前の話を聞きにきたんだ」
確かに少女が何者であるかということなど薄氷にとってはどうでもいい。話すこともありはしない。どうせ笑いものにでもしようと言うのだろう。
「後ろ向きになるなって。おれは気に入ってんだ。あのビッグマムに逆らったホーミーズだぞ? 大したもんだ」
「何を言うのです。こっちはそのことを死ぬほど後悔してるんだ。もう一度やり直したい……あの時、主人に逆らわなければこんなことには……」
「やり直す? それはあのババアに媚びへつらって、命令されるがままに生きるってことか? 違うね、そういうのはやり直すとは言わねぇよ」
大海賊の船長にしてこの国の女王であるリンリンに対し、少女は唾棄するような言葉を向ける。
「やり直すってことはな、前よりもっと力をつけて、その時踏みとどまった自分を超えていくことを言うんだぜ」
そう言うと少女は刀を肩に担ぎ、来た道を引き返して行く。
「待ってください! こんな刃のない刀を持ち出して何をしようと言うんです!?」
「おれと来い。おれがテメェを鍛え直してやる」
いや、『練り直す』と言った方が適切か。少女は最近食べた悪魔の実の能力を検証するにあたり、その実験台――もとい、助手を探していた。なかなか面白い拾い物をしたとほくそ笑む。
「いいんですか……? こんな私を使ってくれるんですか……?」
さっきまで絶望の涙を流していた薄氷は、心の中の霧が晴れたかのように真逆の意味の涙を流していた。新たな主人のため決意を胸にする。
「今日からお前はおれの相棒だ。頼んだぜ、かまぼこ丸」
「はいっ! よろしくおねが……え? 今、何て言いました?」
「おれが考えたお前の新しい名前だ、かまぼこ丸」
「い、いやです!!」
「こういうのはインパクトが大事なんだ。小賢しい名前より強そうだろ」
「インパクトじゃないっ……バカなだけっ……ありえないっ、もっと真剣に考えてっ」
「
「ダメッ! ちょっとかっこいい感じで言ってもダメッ! かまぼこから離れてっ!」
「超新鮮かまぼこ丸」
「かまぼこから離れろっつってんの! なんで頑なにこだわるの!?」
「超新鮮丸」
「かまぼこだけ取ったらもう意味がわからんでしょうが!」
「ぼこぼこにすんぞ丸」
「私への感情を盛り込まないでくださいっ!」
こうして位列業物『薄氷』改め、位列なし『かまぼこ丸』が誕生した。
持ち主はシャーロット家40女『シャーロット・フォンデュ』。
その見た目にして実年齢わずか5歳。『黒雷』フォンデュと呼ばれ6500万の賞金をかけられた異端児だった。