ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
本拠地『万国』を出立した巨大なガレオン船が海上を進んでいた。海賊団の主力艦たるクイーン・ママ・シャンテ号に比べれば劣るものの、この規模の大帆船をいくつも所有しているという事実が力の証でもあった。
船を率いるはシャーロット家長男、ペロスペローである。女王であるリンリンが国外に出向くことはまずなく、外での仕事は上位の子息たちが受け持っている。今回の任務は新たに拡げた縄張りの視察が目的だった。
『黒ひげ』の支配域に近い場所だけあってペロスペローが直々に引き受けたが、その点はさほど心配していない。彼の懸念はむしろ身内に向けられていた。この船には乗組員以外に数名のシャーロット家関係者が乗っているのだが、中でも最大の問題児が一人いた。
「なんでカタクリの兄貴がいないんだよ。ペロスじゃやる気が出ねぇ」
「生意気だぞ、フォディ」
末の妹シャーロット・フォンデュの存在に頭を悩ませていた。いつもの自称サムライの格好をした少女が、甲板の樽の上に腰掛けて無気力そうな顔をしている。その背中には豪華な太刀が背負われていた。
長身痩躯のピエロのような格好をした兄と並ぶと海賊と言うより劇団員のコンビのようにも見えた。
「私のことはペロス兄と呼べといつも言っているだろう」
「おれが兄と呼ぶのはカタクリの兄貴だけだ」
「いいから言うことを聞け! ペロス兄さんだ!」
「ペロスおじさん♥」
「だれがおじさんだァ!? おれはまだピチピチの49歳だ!」
「その歳でピチピチとか言っちゃうからそんな服が着れるんだろうな」
「ファッションのことでテメェにとやかく言われる筋合いはねェ!」
「あっ、キャンディくれよ」
「今このタイミングでそれ要求する!?」
何だかんだ言いながらもペロスペローは自分の帽子につけていたロリポップキャンディを一つ取ってフォンデュに渡す。彼女は喜んでそれにかじりついた。
「まったく、カタクリだけじゃなく少しは他の兄姉たちにも敬意を払え」
「尊敬してないわけじゃねぇよ。あんたの飴の造形力に関しちゃ、おれは到底敵わないからな」
ペロスペローは最高幹部である『将星』の地位にこそないが、その懸賞金額は実に7億。フォンデュも強さを認める身内の一人である。
「いいか、キャンディは舐めてもいいが勝手な行動は取るなよ。お前は海賊の仕事を知らなすぎる」
「それくらいおれにもわかるぜ。海賊、見つける。宝、奪う。船、沈める」
「何もわかってねェ! 略奪するなと言ってるんじゃない。襲う前に少しは考えろ」
これまでにもフォンデュは任務中、独断専行で通りかかった海賊船を強襲して略奪行為を繰り返していた。海賊としては真っ当な仕事かもしれないが、これにはリスクが存在する。
敵の強さのことを言っているのではない。ビッグ・マム海賊団に比肩する敵など同じ四皇くらいのものだ。問題は他の四皇が傘下に収めている海賊に手を出してしまう危険性だった。
新世界に入った新参の海賊団が生き残ろうと考えるなら、まず四皇のいずれかの勢力に庇護を求めなければならない。上を目指すにしてもまず付き従って機をうかがわなければ這い上がる目なんてものは巡ってこない。
つまり、そこらにいる野良海賊が他の四皇と友誼を交わしている可能性もなくはないのだ。その地雷を踏み抜けば、後々厄介なことになる。場合によっては戦争を回避するために面倒な交渉をしなければならなくなる。
「せこせこと野良海賊なんか襲わなくても、我々は莫大な富とお菓子を巻き上げるシステムを構築している。もちろん武力を振るう時はあるにしてもだ。海賊はビジネスの時代さ」
「悪党が板についてるな、ペロス」
「当たり前だ。お前の何倍生きてると思ってる。お前が敵船から刀剣をちょろまかすために張り切っていることも知っている。私の手を煩わせるようならキャンディマンにして舐めちゃうぜ」
なぜこれだけ勝手な行動を取るフォンデュが許容されているのか。単純に強いからだ。実力だけなら既に上級幹部クラスはある。6歳にしてこれなのだから末恐ろしい。だからこそ今の内から徹底的に教育しておく必要があった。言うことを聞かないことを承知の上で仕事にも参加させている。
ペロスペローが説教していると、フォンデュがあらぬ方向を見ていることに気づいた。水平線の彼方をじっと見つめている。
「あっちの方から海賊船が来てるな。ちょっと行ってくる」
「おれの話聞いてた!? ねぇ!?」
どこにも船の姿など見えない。おそらくマストの上にいる観測手も気づいていないだろう。だが、フォンデュの特殊な感知器官と見聞色は船の存在を感じ取っていた。
彼女の指先から電撃がほとばしる。比喩ではなく、文字通りの『電気』である。指先がぐるぐると円を描くと、それは何重もの輪となって空中に固定されていた。
「『
これは悪魔の実の能力、ではない。
ミンク族という種族が生得的に使える戦闘技能『エレクトロ』だ。人体を流れる微量な生体電流を何倍にも増幅させ、体外へと放出する。
フォンデュはリンリンとミンク族との間に生まれたコウモリの半ミンク。コウモリは翼手目とも呼ばれる。彼女の長い腕と指は翼の名残だ。
「待て、フォディ!」
ペロスペローがキャンディを操り、フォンデュを捕えようとするが間に合わない。輪の中に飛び込んだ彼女は、音速を超える速度で自身を電磁投射した。
衝撃波をまき起こしながら飛翔した彼女は一瞬のうちに敵船へ到達する。その勢いのままメインマストに衝突してぽっきりと圧し折った。
船体は激震に揺れ、船員たちは大混乱に陥った。海王ダツでも飛んで来たのかと恐れおののく。そして瓦礫の中から起き上がる異形の少女の姿を見た。
「おうおうおう! お前らにゃ何の恨みもありゃしねぇが、ここで会ったが運の尽き。有り金全部渡してくんな」
誰が海賊の襲撃など予想できただろう。しかもたった一人で乗り込んできた。その名を聞けば誰もが震え上がるであろう、この海賊団の船にだ。
「寝ぼけてんのか!? この旗を見ろ! おれたちゃ『黒ひげ』傘下だぞ!」
三つの髑髏が描かれた海賊旗を掲げて見せる。下っ端ではあるのだろうが、間違いなく四皇黒ひげ海賊団の一部と言えた。
「黒ひげェ? 誰だそいつは」
しかし、少女は獰猛に笑うだけだ。空中を蹴って船の上空へと跳び上がると、背中の太刀の柄に手をかける。
「練り上げ塑造“
ずるずると鞘から引き出された刀身は刀の形をしていなかった。船上に影を落とすほどの巨大なハンマーだ。どう考えても鞘の中に収まる大きさではないそれを振りかぶり、学ランをはためかせながら落下する。
彼女は超人系悪魔の実『ネリネリの実』の食べた『練り込み自在人間』。あらゆる物を自由に練り合わせ、形を操ることができる。万国中から剣をかき集め、一つの武器にまとめてしまった。鞘の中には大量の『
それでもまだ飽き足りず、質の良い素材を求めて船を襲う。奇剣妖刀なんでもござれ。片っ端からぶち込んで、目指すは世界最強の剣『かまぼこ丸』の作製である。
「『鏡開き』」
途轍もない密度と質量を有するハンマーが船の甲板に突き刺さった。衝撃はひび割れとなって船体全域に広がり、その反動で船員たちは宙を舞った。まるでクッキーでも砕くかのように帆船が一撃で崩壊していく。
「命が惜しけりゃ剣を置いてきなァ!」
目的のためなら他人のことなどお構いなし。その姿はまさにリンリンの娘だった。