ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
この一団は海賊島ハチノスで編成された雑多な海賊の寄せ集めであり、黒ひげの名を掲げてはいるが、元々団結した一つの組織というわけではなかった。
それでも黒ひげの名があれば恐れるものはない。襲撃者など想定していなかった。血相を変えた船員が崩れゆく船の中をひた走り、船長室のドアを激しくノックする。
「大将おおお! 起きてください大将おおお!」
大将と呼ばれた男は部屋のベッドの上でくつろいでいる。しかし、その呼び方がどうにも変だ。『船長』『キャプテン』『お頭』等ではなく『大将』である。
これはその男の特異な経歴が影響している。仲間からはいまいち信用されていなかったがその強さは折り紙付き。彼に意見できる者など黒ひげティーチを除いて他にいない。
「助けてくださいよ、クザンの大将!」
「だるいからパス」
頭にバンダナ、地味なコート、サングラスをかけた冴えない流れ者のような格好をしているが、かつて『青キジ』と呼ばれたその名を知らない海賊はいないだろう。
「そう言わずに! これ見てください、敵の手配書です!」
寝転がるクザンに船員が渡した手配書には、凶悪なギザギザの歯を剥き出しにして笑う少女の顔写真と名前、デッドオアライブ6500万ベリーの賞金額が記載されていた。
「シャーロット……?」
ビッグ・マムの手勢がなぜ襲ってきたのか気になるところはあったが、すぐに興味をなくした。
「6500万ならお前たちで何とかできるだろ」
「最初はおれたちもそう思ったんですが、これがとんでもねぇバケモノでして!」
「いや、任務帰りで疲れてるし……眠いし……ゴロゴロしたいし……」
そう言ってクザンは二度寝しようとする。船長室の壁は壊れ、亀裂が入った天井から破片が落ち、ベッドも二つに割れているというのに全く気にする様子はない。だんだんと離れていく分かれたベッドの上で踏ん張って堪えていた。
「いや、その体勢の方が逆にキツイでしょ!?」
「しょうがねぇなぁも~」
渋々といった様子でクザンが外へ向かう。甲板に出たところでとりあえず、船は直しておいた。
崩壊寸前だった船が一瞬にしてカチカチに凍り付く。これで沈む心配はなくなったが、今度は寒すぎて凍死しそうになる船員たち。剣を奪って練り込んでいたフォンデュもこれには驚いたが、ようやく出て来た骨のありそうな敵を歓迎する。
「お前、もう帰れ」
さあ、闘おうかという段で発せられたクザンの一言を聞いてフォンデュは訝しんだ。
「黒ひげは放任主義。“この程度”の損害でビッグ・マムと事を構えるようなことはしないだろう。おれもガキを殺す趣味はない。見なかったことにしてやるから、帰れ」
「つれねぇなぁ。まぁ、そう言わずに食らっていけよ……練り上げ塑造“釘千本”」
相手にされていない。下手な挑発をされるよりも頭にきたフォンデュはいきなり仕掛けた。鉄下駄で氷を蹴って跳び上がり、空中で剣を振り抜く。
「『ネリネイル』!」
鞘から引き出された鉄の塊は爆発するように飛散した。無数の釘となって降り注ぐ。クザンはそれを避けようともしなかった。氷の壁がせり上がり、全ての釘を巨大な氷塊の中に閉じ込める。
釘は回転しながら氷塊を砕き進もうとするが、やがて動きを止めた。とはいえ並の攻撃なら彼の氷に傷をつけることすら叶わなかっただろう。釘に込められた武装色の覇気の効果だ。
例えば銃弾などに覇気を纏わせる技は存在する。しかし、覇気は有限。このおびただしい数の釘一本一本に一度に覇気を込めるようなやり方は確かに強力ではあるが、無駄遣いが過ぎるというものだ。
その覇気の大盤振る舞いも、フォンデュにとっては牽制の一手に過ぎなかった。防御に回ったクザンの隙を突いて接近する。太刀を鞘ごと振り回してクザンを殴りつけた。
この鞘には全ての練鉄が詰まっており、その総重量をもって繰り出すただの殴打は、技名こそつけていないが実は遥かに危険な威力を持っている。
無論、武装色はたっぷりと込めていた。直撃を受けたクザンの体に亀裂が入る。
「痛ってぇなぁ。馬鹿みたいな量の覇気込めやがって」
「ハァ!?」
クザンの体は氷の結晶のような状態となり、砕かれてしまう。そこまではフォンデュも違和感なく事実を受け入れていた。
しかし覇気を込めた一撃であれば、たとえ肉体を流動させ物理的な攻撃を無効化できる能力者であってもダメージは免れないはずだった。避けられたとか覇気で防御されたというのならともかく、直撃した上で効いていないとは考えにくい。
だが、クザンは痛いと言うものの、何事もなかったかのように体を再生してしまった。
「テメェ、不死身か? 練り上げ塑造“カトラリー”……『ネリナイフ』」
これにはフォンデュも警戒して一旦退き、武器を練り出す。ナイフと言うが、その大きさは普通の剣くらいはあった。
「『ネリフォーク』」
続けて二本目の武器を練る。ナイフと同等の大きさのフォークだ。それを両手に持った二刀流の構えを取る。それに対してクザンも動いた。
「『
拳に冷気を纏わせている。二刀をもって打ち込んでくるフォンデュの攻撃を難なくいなした。単純な体術だけで圧倒される。それどころか打ち付けた武器の方が凍っていく。凝縮された密度の鉄が冷やされ、固まり、壊されてしまう。武器を持つ手まで凍らされないように立ち回るだけで精一杯だ。
「駄目だ、“纏うだけの”覇気じゃ効きやしねぇ!」
フォンデュにも正確な原理がわかったわけではないが、感覚的に理解した。クザンの冷気に触れた瞬間、武器が覇気ごと凍らされている。どんなに威力を込めても活動を停止させられてしまう。
覇気は能力者の実体を捉えるが、能力が覇気自体に及ぶこともあり得るわけか。途方もないクザンの実力があるからこそなせる技だろう。そのレベルに立てなければ攻撃を通すことすらできないというわけだ。
「面白れぇじゃねぇか……気合入れろよ、かぼ丸!」
「ハイヨロコンデー」
「イメージしろ。練り上げ鍛造“
それまで攻め込んでいたフォンデュが足を止めて居合の構えを取る。そこで初めて、クザンは警戒した。次の一手には何かあると察知して先手を取る。
「『
放たれた冷気は人間一人を凍らせるにしてはあまりにも過剰だった。周囲の一切が、空気までもが制止する。フォンデュの体表が白く氷結していく。その静寂の中で、かちりと鞘走る音が響いた。
その直後、冷気を引き裂いて飛来する斬撃に対処するためクザンは技を中断した。この戦闘において彼は初めて回避を選択する。
「『捻れ黒柿』」
刀を抜いたフォンデュが立っていた。その武器は覇気を刀自体に“練り込み”黒く染まった太刀だった。大きく反った長大な刀身。さらにそこへ纏わせた渾身の武装色が、まるで黒蜜をふりかけたように切っ先から滴り落ちている。そんな状態の覇気などクザンも感じたことがない。
「なぁ、あんた。三刀流って知ってるか?」
「ああ、見たことがある」
「ホントか? おれァ気になってたんだ。二本の腕でどうやって三刀使うのかってことよ」
「三本目は口で咥えるんだ」
「口で!? ……適当言ってんじゃねぇぞ。口で咥えてどうするってんだ」
「さあ、おれに文句言われてもな。で、何が言いたい?」
「だから、それを今から見せてやるってんだ。練り上げ塑造“腕二本”」
鞘から飛び出した練鉄がフォンデュの両肩にくっついて腕を形作る。その仮の手には『ネリナイフ』と『ネリフォーク』、そして彼女自身が持つ『捻れ黒柿』。三本の武器をもってクザンに迫る。
「三刀流『
目にもとまらぬ三連撃がクザンの防御を崩し、ついに黒柿の一刀がばっさりと斬り裂いた。クザンの胸部から流血が舞う。蜜のように甘く粘りつく覇気を受け流せてはいなかった。
「いやぁ、よくやる。まさか傷を残されるとは思わなかった」
しかし、そこまで。刀を振り抜いた体勢のまま、フォンデュの体は指一つすら動かせなくなる。刀がクザンの体を斬りつけた瞬間、そこから直接フォンデュの体内に大量の冷気が送り込まれたのだ。
「な、ん、の……これ、しきぃぃやぁああああ!!」
「オイオイ……どういう冗談だよ」
バキバキと肉体からするはずもない音を響かせながらフォンデュが体勢を変える。驚くべきことにまだ闘えるようだった。クザンは周囲10kmの海を一週間に渡り凍らせ続けるほどの冷気を体内に流し込んだにも関わらずだ。
「まさか、これでかったと、いうつもりか……?」
冷気をも弾き返すような覇気がフォンデュを中心に噴き出す。死んでいなければおかしいはずが、息をしているどころか戦意を失わずにいる。その覇気は覇王色だった。
ほんの一握りの才有る者しか扱えぬ覇気。しかし、少女の出自を考えれば持っていても不思議ではないのかもしれない。その姿にクザンは在りし日のシャーロット・リンリンの伝説を思い出して重ねていた。
「お前たち、そこまでだあああ! ペロリーーン!」
クザンが呆れていると、そこに待ったをかける声がかかる。ようやくフォンデュに追いついたペロスペローが船からキャンディロードを伸ばして駆けつけて来ていた。
「フォディ! お前という奴は! よりにもよって黒ひげに手を出すとは!」
いつもなら何を怒られようが軽口を叩いているフォンデュだが、さすがに寒さで口が回らないのか黙っていた。
「いやはや、うちの妹が申し訳ない。こいつは手の付けられない悪童でね。今回の一件は我が海賊団の本意ではないということを理解してもらいたい、青キジ殿?」
「その名でおれを呼ぶんじゃねぇよ」
ビッグ・マム海賊団はクザンが黒ひげと関わっていることについて一定の情報を得ていたが、まさかそれがこのような形で接触することになるとは思っていなかった。表面上は冷静さを取り繕っているペロスペローだが、内心では冷や汗をかいている。
思いがけないフォンデュの善戦と、そこに自分が加勢すればもしや青キジを討ち取れるのでは、という打算が頭をよぎる。
「なにも死に急ぐことはねぇだろ」
まるでその考えを呼んだかのようにクザンは威圧した。負傷したとはいえ既に傷は凍らせて止血しており、戦闘に支障はない。もちろんペロスペローは頭の中で考えただけでその案を実行する気はなかった。
「まあ、そう気を荒げないでくれ。所詮は子どものイタズラだ。なにせこのフォンデュはまだ6歳。分別がつかなくても当然というもの」
「は?」
「まさか元海軍大将が6歳児相手に本気を出したなんて噂が立ってはそちらも外聞が悪かろう」
フォンデュは必死に震える指で7を作って見せる。来月の誕生日で7歳を迎えるのだ。早熟という言葉では到底説明できないだろう。もはや生物としてのカテゴリを間違えているのではないかと、クザンは一層呆れた。
「そうかい、じゃあさっさとそのガキ引き取ってくれ。うちも大した被害は出てねぇし……」
クザンは周囲を見渡した。船は半壊の上、凍結。乗組員は全員氷漬け。
「まあ、『かすり傷』だ。これ以上騒ぎ立てるつもりもない」
「くくくく、さすが懐が深いな。感謝する。後で詫びを入れよう」
「むぎー! むぎー!」
フォンデュだけは納得がいかないようで駄々をこねたが、ペロスペローがキャンディを口に突っ込んで黙らせた。顔面蒼白で凍える彼女もキャンディをかじる時は笑顔だった。
二人は無事に万国へ帰ったが、それから一週間、フォンデュの周りだけ冬島のような気候になっていた。