ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
ここは
学ランに袴を着た少女が、蒔絵の施された煌びやかな太刀を天秤棒のように首の後ろに担いで歩く。草木のホーミーズたちは彼女が近づくとそそくさと離れて道をあけた。修行と称してめちゃくちゃやらかした前科があるからだ。その姿は侍というよりどちらかというと番長だった。
「ん?」
フォンデュが履いていた鉄下駄の歯が地面にめり込む。生クリーム沼の端に踏み込んでいたようだ。彼女は武装色をごく少量、クリームの表面に練り込んで硬化させ、その上に乗って歩く。
これは彼女が普段から使っている技で、応用すれば空気の上に乗ることもできる。『月歩』のように足をばたつかせずとも移動できるので重宝していた。
こんな技でも駆使しなければ日常生活もままならない。なにせ、かまぼこ丸の重さは200トンを超えている。ネリネリの実の能力によって鞘に無理やり収納しているが、その重さまで操作することはできなかった。
本人は筋トレ感覚で持ち歩いているのだが。
「しっかし、あのクザンとか言う奴、てっきりあいつが『黒ひげ』かと思ってたが、聞けばただの新入りだそうじゃねぇか」
あの強さの男を従える船長マーシャル・D・ティーチとはどれだけの高みにいるのか。外の海にはあのレベルの強者がごろごろいるのかと思うと、心が奮えるというものだ。
「次会った時はあんな無様は晒せねぇ。おれもお前も鍛えなおさにゃなぁ、かぼ丸」
「ハハハ……」
刀の柄のホーミーズ、かまぼこ丸は愛想笑いを返すだけだった。彼にしてみればクザンにしてもフォンデュにしても化け物過ぎてついていけないというのが本音だ。
「なに他人事にみたいなツラしてんだ。お前を世界最強の剣にしてやりてぇから言ってんだぜ」
「え、ご主人、私のために……!?」
「あたぼうよ。おれァ約束は守るオンナだぜ」
「ご主人~!」
「おっ、うまそうなチョコレートがあるじゃねぇか。ちょっと混ぜ込んでみるか、かぼ丸に」
「何作る気だアンタ!?」
フォンデュは手あたり次第に様々なものをかまぼこ丸に練り込んでいる。鉄、石、木、土、砂糖、ミルク、卵、小麦粉、バター、バニラエッセンス、納豆。とにかく何でも放り込んだ。
「試してみなきゃわからねーだろうが。めちゃくちゃ強くなるかもしれねーだろうが」
「食いモン混ぜて強くなるわきゃねぇんですよ」
「強くなるかも……しれねーだろ
「いきなり何その語尾は!?」
食べ物は論外として、剣の材料を得るだけなら鉄だけ練り込めばいいのではないだろうか。わざわざ剣を奪わなくてももっと効率的な鉄の集め方はあるだろう。なぜフォンデュは剣の収集にこだわっているのか。
「なんだ、わかってなかったの
「その語尾気に入ってんのかいっ」
「ただの鉄を練り込むだけじゃ意味がねぇ。おれが求めてんのは剣に眠る“神髄”よ」
そう言うとフォンデュはかまぼこ丸の柄を掴み、目を閉じてしばし集中する。
「こいつにするか。練り上げ再生『ネリメイク』」
練鉄を用いて剣を再構成する。その剣は以前に海賊から奪った業物の一本だ。姿形も、使い込まれた形跡も取り込んだ時のままの状態だった。
練り込まれた刀剣は鋳つぶされたわけではない。フォンデュが存在を忘れてさえいなければ、全く同じものを再現することができる。
そこには剣を作り上げた職人の技術と歴史が詰まっている。どろどろに練り込まれた鉄の中に膨大な知識が眠っている。それこそが最も価値ある財産であるとフォンデュは考える。
「全ての剣には職人が込めた魂がある。かまぼこ丸、お前がそうであるようにな。その神髄を蓄積し、集積し、そこにお前自身の魂を写すことで究極の一振りは完成する」
そうして生まれた一振りが、現時点におけるフォンデュの最高傑作『捻れ黒柿』である。彼女の覇気と、剣の素材と、集められた神髄と、そしてかまぼこ丸自身が持つ己のイメージ。そのどれもが不可欠だ。
「剣なら何でもいいわけじゃねぇんだ。お前だからできたんだ。自信を持てよ、相棒」
武器としてこれ以上の賛辞があるだろうか。ゴミ捨て場で拾われたあの日からかまぼこ丸の心は決まっている。この先、生涯、この主人に仕えると。じゃあ何で納豆まぜたの?という些細な疑問は飲み込んだ。
「おっと、そろそろ時間じゃねぇか?」
「何か用事でも?」
「ああ、カタクリの兄貴が帰ってくるんだよ」
先ほどから上機嫌で鼻歌でも口ずさんでいたのはそのためかと、かまぼこ丸は合点がいった。外海へ遠征に出ていたカタクリが帰港するようだ。こうした時、フォンデュが出迎えに行くのはよくあることだった。
先を急ぐかと、彼女は軽率に『天破輪』を使って移動した。ところどころお菓子の地形を破壊しながら港まで飛ぶ。一瞬で港町に到着したが、その際に誤って民家の壁に激突。大穴を開けてしまった。
「アビャビャビャ!! ごしゅヒン、ビリビリはひゃめて!!」
「剣が感電するわけねぇだろ。我慢しろ」
「おれの家があああああ!?」
「あ、悪ぃ、ぶっ壊しちまった。直しとくわ」
「いやいいです! 待ってフォンデュ様! 余計なことしないで!」
壁の穴だけ塞げばいいものを、よせばいいのにフォンデュは家全体を作り直した。戦闘中は鞘の中の練鉄を能力で操作するが、平時であれば材料は現地調達が基本である。彼女の長い指がレンガの壁に触れると、そこから渦を巻くように家屋がペースト状にされていく。
武器ついてはある程度精巧な造形ができるフォンデュだが、実はそれ以外の興味のない対象物のデザイン力は壊滅的だった。まるで小学生が図工の時間に粘土で作った作品が出来上がる。
「おれの家があああああ……」
家主が地面に手をついて泣き崩れる。ローンもまだあるのに……と悲痛な声をあげるものの、シャーロット家御令嬢であるフォンデュには何も言えなかった。本人は全くの善意であるところが悪質だった。
先ほどの森の中と同じく、フォンデュに対して住民たちはまるで腫れ物に触るような態度を隠そうともしない。その視線も意に介せず、彼女は港へ向かう。そこには先客がいた。
「なんであんたがこんなところにいるのよ、フォンデュ」
「そりゃこっちのセリフだ、フランペ」
見た目はフォンデュとそう変わらない年頃の少女だが、その服は風船のように膨らんでふわふわと宙に浮いていた。シャーロット家36女、シャーロット・フランペである。14歳にしてロクミツ島はちみつ大臣の要職を与えられている。
「もちろん、カタクリおにー様のお出迎えに決まってるでしょ。なんたって私はカタクリファンクラブ会長兼特攻隊長なんだからね」
「ファンクラブだぁ? そんな甘っちょろいモンは兄貴に必要ねぇ。舎弟のおれが一人いれば十分よ」
ぎゃーぎゃーとやかましく口喧嘩する二人だが、フォンデュはフランペのことをそこまで嫌っていない。変に委縮せず歯に衣着せぬ物言いをしてくる彼女をどちらかと言えば好意的に見ていた。
「アンタとはとことん馬が合わないわ! でも私はやさしいからアンタにも一応聞いてあげる。今年度ベストオブ
「まだやってんのかよそれ。1位は当然カタ…」
「だよねー♥ カタクリおにーさまに決まってるよねー♥ じゃあ、ついでにベストオブ
「姉ぇ? まぁ……コンポートじゃねぇか? あいつは強ぇぞ」
「えー、コンポートおねー様? 私はスムージーおねー様の方がいいと思うけど」
「スムージーか! 確かにあいつも強ぇからな」
「ちょっと、強いかどうかを聞いてるんじゃないのよ! まあ、いいわ。次はベストオブ
「弟……モンドール、とか?」
「だいぶ上いったわね!? モンドールおにー様は19男の37歳よ!?」
「知らねぇよ。だいたいうちは家族が多すぎるんだ。いちいち下のチビどもの名前なんか憶えてられるか」
「まったくどうしようもないバカなんだから。でも重要なのはここからよ。心して答えなさい。ベストオブ
「そりゃおめぇ、妹なら“おれ”に決まってんだろ」
「…………はぁ!? そんなわけないでしょ!? アンタみたいに野蛮でガサツな女が妹キャラだなんてありえない! どう考えても私の方が妹! なぜなら私は40人の兄が選ぶベストオブ妹ーティストに輝いた
「お前が何と言おうが末っ子の方が妹なんだよ。おっと、ベストオブ妹ーティストが決まっちまったなぁ~」
「ムキー! そんなこと言ってホントにいいの!? アンタの理屈だとベストオブ兄ーティストはペロス兄になっちゃうけど!」
「おれが間違ってたわ」
結局、フランペの方がより妹らしいということに決めつけられた。そもそもこの賞も彼女が勝手に言っているだけのことなので、フォンデュとしてはどうでもいい。
「だいたいねぇ、アンタがホントにママの子かどうかって点も怪しいのよ。その見た目で6歳なわけないでしょ。ママもアンタのことを相当嫌ってるみたいだし」
フォンデュの名前を出すだけでリンリンの機嫌が悪くなるので、詳しいことは子供たちも聞き出せないことが多かった。隠し子じゃないかと噂されているが、海賊女王として好き放題にやっているリンリンが自分の子供を隠す理由はない。
フランペが根掘り葉掘り聞いてくるが、フォンデュはどこ吹く風と言った様子で聞き流す。埠頭のビスコッティ製ボラードに腰掛けて、のん気にあくびをしていた。