ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
タルトシップによる入港手続きを終えた海賊船が到着する。船内から大量のお菓子が運び出されていく中、ひと際目立つ長身の男がタラップを降りて来た。鍛え上げられたその屈強な肉体もさることながら、5mを超える身長は足長族かと見紛うほどの偉丈夫だった。
「兄貴~!」「カタクリおにー様♥」
帰国するや否や、主人の帰りを待ちわびた犬のように飛びかかってくる妹たちをヒョイヒョイとかわして歩く。
「アンタなにどさくさに紛れて抱き着こうとしてんのよ!」
「これはガルチューっつーミンク族の挨拶だ。ペコムズに教えてもらったんだ。おれは半ミンクだからガルチューする権利があるんだ」
いつも通り騒がしい妹たちを見て、もう少し年相応の落ち着きを持ってほしいものだとカタクリはため息をつく。いや、年相応というならこんなものなのだろうか。彼はポケットから小さな箱を取り出してフォンデュに渡した。
「なんだこれ」
「来月はお前の誕生日だっただろう。おれはこの後、またすぐ外へ出向くことになるから今渡しておく」
「え゛っ!? プレゼントかっ!?」
フォンデュはめちゃくちゃな勢いで包装を破って箱を開けた。入っていたのは髪留めの飾り紐だ。実用性と丈夫さ重視のシックなデザインだった。
「お前も髪が伸びてきたようだし、あって困るものではないだろうと思ったが……気に入らないか?」
ぼーっと髪留めを眺めたまま立ち尽くしているフォンデュを見て、カタクリはプレゼント選びを失敗したかと思ったが、すぐに杞憂だとわかった。
「ヤッタアアアアア!!」
フォンデュは跳び上がって喜んだ。その表情は花が咲くような笑顔だった。普段の斜に構えた態度が嘘のようだ。他のきょうだいたちが見れば「誰だこいつ……」と思っただろう。その喜びのジャンプで埠頭の一部が破壊されかけたのでさすがにカタクリが止めた。
「あの、カタクリおにー様、私の、私のプレゼントは……!?」
そこでフランペが引きつった笑顔をしていることに気づく。フォンデュは誕生日が近かったので気にかけていたカタクリだったが、フランペにそのような事情はなかった。特に何も用意はしていない。
「……悪いな、フランペ。次に帰ってくる時は土産を買ってきてやろう」
フランペにしてみれば、ベスト妹ーティストである自分を差し置いてフォンデュだけがカタクリから贈り物を得る状況など、納得できるはずがなかった。誕生日だろうが何だろうが知ったことではない。
次の機会では駄目なのだ。今もらえなければ意味がない。プレゼントの中身の問題ではなく、自分がより特別扱いされることこそが彼女にとって最重要だった。
「うえ~~ん! おにーさまのばかああああ!!」
ガチ泣きして走り去っていくフランペ。この場でプレゼントなんて渡すべきではなかったなと、カタクリはバツが悪くなる。彼も四六時中“見聞色”を発動しているわけではないので、いつでも未来が見通せるわけではない。
「へへへ、これ大事にするからな、兄貴」
フォンデュは宝物をもらったように笑顔で飾り紐を握りしめる。カタクリはその頭を一つ撫でて城へ向かった。何重にも巻かれたファーで彼の表情は隠れていたが、その口元は笑っていた。
しかし、その大事な贈り物をフォンデュが紛失したことに気づいたのは翌朝のことだった。
「兄貴の髪紐がねえええええぇぇぇっ!?」
誘惑の森の一角に構えたフォンデュの隠れ家に絶叫が響き渡る。失くした髪紐を必死に探し回るがどこにもない。
まるで小学生が図工の時間に粘土で作った作品を一回床に落としちゃったみたいなデザインの家が森の中に建っているのだが、その中でフォンデュが暴れ回っているため、今はさらにひどい形になっている。一周回って芸術的かもしれない。
「どこに置いたか覚えてねぇか、かぼ丸!?」
「確か、そこの棚の中にしまってませんでしたか?」
カタクリと別れた後、この隠れ家に戻ったフォンデュは確かに棚の中に髪紐をしまい込んだ。修行をするつもりだったので汚れるかもしれないと思い、身につけなかったのだ。そのことは彼女も覚えている。
「じゃあ、なんでそこにねぇんだ! まさか……誰かに盗まれたか?」
「誰がこんなところに来るんです?」
わざわざ危険な誘惑の森に足を踏み入れるコソ泥はいないし、いたとしても猛獣のホーミーズたちが処分しているだろう。普段から貴重品も隠れ家には置いていなかったので施錠はしていなかった。しかし、疑いを拭いきれなかったフォンデュは外へ飛び出す。
「おいっ、ここに昨日誰か来なかったか!?」
隠れ家の近くにいた木のホーミーズに尋ねる。彼は鬼気迫る様子のフォンデュを見て、とっさに斜め45度の角度に視線をそらして口を3の形にしながら口笛を吹いていた。
「えっ、き、昨日ですかぁ……いやぁ、ワタクシ何も見てませんが……」
「ホットケーキの生地みたいにされたくなかったら正直に答えろ」
フォンデュの異常に長い指がつつつ、と木の幹をなぞる。
「見ましたアァァァン! フランペ様がここに来てましたアァァァン!」
どうやらフォンデュが一度帰宅し、それから修行に出かけて留守にしていた間にフランペが来ていたようだ。家の中に侵入していくところを見かけたが、ママの娘であるフランペにホーミーズが何か意見できるわけもない。
「あのやろう…………!!」
「ぎえええ!! フォンデュ様っ、指が食い込んでる!」
怒りの余り握りつぶしかけていた木を解放し、すぐさまフォンデュは髪紐を取り戻しに向かう。いつものツッパリサムライスタイルに着替えている暇も惜しんだため、寝起きのパジャマ姿だ。かまぼこ丸すら放り出して身軽になった彼女は風のような速さで海岸に出た。
万国はホールケーキアイランドを中心とする34の島々からなる国である。その一つ、ロクミツ島へ向け、海の上を『天破輪』で駆け抜ける。そのままフランペの居城へと進む。
「お待ちください! ここはフランペ様のハニカムキャッスル! いかに御姉妹のフォンデュ様といえども横暴はまかり通りま……」
城門まで来たフォンデュの威圧を受け、警備のチェス戎兵は動けなくなる。
フォンデュの暴走はこれが初めてのことではなかった。『刀狩り騒動』の影響で、チェス戎兵の装備の剣は鉄製からキャンディ製に置き換えられている。たとえキング兵だろうと抑え込める相手ではない。
「も~ん~♪ も~ん~♪ い~ま~は~、だれ~も~、と~さな~いよ~ホヌバアアアアあああッ!!」
歌う門を破壊して城内へ。見聞色で探し当てた部屋に入ると、朝食中のフランペがいた。
「ちょっと、何の騒ぎぃ? 私の優雅な朝食を邪魔するヤツは……」
はちみつがたっぷりかかったパンケーキを口に運んでいたフランペの手が止まる。鬼のような形相をしたフリースパジャマ姿のフォンデュを見て、かたかたとその手が震え出す。
「よぉ、きょうだい。忙しいところ悪いが急用なんだ。ちぃっとばかし探し物を手伝ってくれねぇか? じゃなきゃ、この城を隅々までブッ壊して調べなきゃならなくなる」
「なに!? なんのこと言ってるの!? 私は何も知らないわよ! 衛兵は何してるの! さっさと来てこいつを追い出して!」
フランペが逃げ出そうとする。その際に見せた、些細な視線の移動をフォンデュは見逃さなかった。部屋の隅に置いてあるゴミ箱の方へと向かう。その中を確認すると、ハサミでずたずたに切り裂かれた髪紐の残骸が見つかった。
フランペは確かに髪紐を盗んだ。最初はそれだけのつもりだったが、髪紐を見ているうちに嫉妬が沸々と湧き起こり、感情のままに切り刻んでしまったのだ。バカのフォンデュにバレるはずはないと高をくくって証拠隠滅もしていなかった。
「フゥゥラァァンンンペェェェェェ(↑)!!」
覇王色の覇気が紫電のようにほとばしる。部屋の近くに集まっていたフランペの部下たちは一瞬で気を失った。しかし、フランペ本人の意識ははっきりとしている。フォンデュは彼女に覇気を向けていなかった。簡単に気絶してもらっては困るからだ。
だが、フランペも異様な気配を肌で感じ取ったのだろう。生きた心地はしなかった。ようやく自分が虎の尾を踏み抜いてしまったことに気づく。
「待って! 謝るから! ね? そうだ! 私がもっとかわいいやつをプレゼントしてあげるわ! 私が前に使ってた髪留めがいっぱい余ってるから! それ全部あげるから!」
「今からテメェにおれの“世界”を押し付ける」
フォンデュは右手に覇気を込めた。武装色ではない。例えるならば、青白く光る文字のような記号の奔流だ。覇気を察知できないフランペにはわからないが、おぞましい気配だけは感じ取れた。
『見聞色』を拳に纏っている。
「ねぇ、なんなのそれ……」
「安心しろ。殺さねぇ程度に加減はしてやる。気はふれるかもしれねぇが」
「やめて! なんなのよアンタ! たかが髪紐一つでしょ! いくらカタクリおにー様からもらったものだからって、なんでそこまでこだわるのよ!」
「……やはり、か」
「え?」
「やはり、気になるか。おれとカタクリの兄貴がどれほど深く互いを信頼しているか、その絆の物語を」
急に何の話かと思ったが、ここが打開の糸口だと直感したフランペは死ぬ気で会話を掘り下げた。
「ウン、知りた~い! めちゃくちゃ知りた~い! 知りた過ぎてお尻も膨らんじゃうワ~!」
なんだか長い自分語りをされそうな気がして、正直ハナクソほどの興味もわかないが、状況を何とか好転させるためにフランペはフォンデュの話を聞くことにした。