ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
フォンデュの父にあたる人物はイヌのミンク族だった。コウモリではない。これはミンク族の生態からすれば普通のことで、彼らの子供は親の特徴を引き継がないことが多い。血筋に刻まれた様々な因子の中からランダムに決定される。
しかしそれが人間との交配であった場合、どうなるかについてはまだ統計学的な所見を得られるほどの事例がない。しかもそれがリンリンという特異個体であれば、何が起きるか予測は不可能と言えるだろう。
リンリン61歳の時である。あるイヌのミンク族を拉致監禁し、薬物投与の上、強制性交に及ぶ。心身ともに破壊されたミンク族の男はその後一命を取り留めたが、食事も喉を通らなくなり衰弱死した。
彼女にしてみればミンク族と人間のハーフを見てみたいという興味本位の試みだった。それが万国の方針でもある。全ての種族が暮らす国を作ることが彼女の夢の一つだ。
「それにしても今度の“つわり”はひどいねぇ」
それまでに85人の子供を産んできたリンリンだったが、体にこたえたのはこれが初めてのことだった。特に胎動が凄まじく、腹の中から突き破って外に出ようとするかのごとく暴れ回る。これが普通の人間の母体であれば死んでいただろう。
「おとなしくしな! オラァ!」
そんな時、リンリンは自分の腹をボコボコに殴って黙らせた。当然ながら普通の胎児であれば死んでいる。この母子だからこそ乗り越えられたと言える。
そして出産の時、胎から飛び出した新生児は白い毛むくじゃらの物体だった。それは産婆の手をすり抜けて床に着地すると壁を駆け上り、天井に張り付いてぶら下がった。毛の中から覗くその目は爛々と赤く輝いていた。
「ママハハハハ! なんておかしな珍獣だい! 誰かそいつを捕まえなァ!」
母が子へ、最初にかけた言葉である。毛むくじゃらは素早く窓の外へ飛び出すと、皮膜の羽を広げて空を飛ぶ。国中にその珍獣の捜索命令が出されたが、どこを探しても見つからないまま一月が過ぎた。
そんなある日のこと、カタクリは夜のスイートシティを歩いていた。厳選された素材を持ち込み、シェフに頼んで焼き上げてもらった極上の巨大ドーナツを抱えていた。自室に戻って誰にも邪魔されず甘味を味わうつもりだった。
物陰の小さな隙間から覗き込む視線に気づく。彼の卓越した見聞色がなければ気づけなかっただろう。カタクリはそれが例の珍獣であることを察したが、すぐには動かなかった。
捜索命令のことは知っている。直ちに捕獲するべきだろう。しかし、どこかやるせない気持ちがあった。実の母から獣と言われ、捕らえれればどうなるか。いかに言葉が人を傷つけ、心に深い傷を残すかを彼は知っている。
「食うか?」
差し出されたドーナツの前に珍獣は恐る恐る姿を現すと、焼き立ての甘いにおいを嗅ぎ始めた。そして一心不乱に食べ始める。
逃亡していたひと月の間、彼女は食うものに困ることはなかった。この国には食材があふれている。しかし、それでは足りなかった。
“ヒト”は愛なくして生きてはいけない。ドーナツをむさぼりながら、彼女は生まれて初めて大声をあげ泣いた。彼女はこの日、ヒトの扱いを受けた。それからカタクリはリンリンに、彼女の処遇について嘆願した。
「ああ、いいとも。好きにしな。そいつもお前に懐いているようだし、しっかり育てるんだよ」
意外にもリンリンはこれを快諾する。珍獣が暴れるようならモンドールの書物に閉じ込めるつもりだったのだが、大人しく自分の手元に収まるというのであればリンリンに文句はなかった。
それはいいとして、育児まで任せられることになるとはカタクリも思っていなかった。だが実際、毛むくじゃらはカタクリを除いて他の誰にも心を開こうとはしなかったので、彼以外に適任はいなかった。
この時、ようやく彼女は『フォンデュ』と命名される。
この一連の騒動のせいもあってか、シャーロット家の子供たちはフォンデュに関する正確な情報を共有できていなかった。事実を知る者はペロスペローやカタクリなど限られたごく数人である。
リンリンも最初はその物体を自分の子とは認めていなかったし、カタクリもフォンデュが偏見の目にさらされることを危惧して誰にも真実は話さなかった。彼女は人目につかず育てられることになる。
とはいえ、カタクリも育児の経験はなく、海賊業で忙しい身だ。人並みの世話を焼くことはできなかったが、フォンデュはすくすくと成長した。動物としては生まれた時から自立しているようなものだったので人間の赤ちゃんのように手はかからなかった。
だがフォンデュが3歳になった頃、事件は起きた。突如として彼女は自分の毛を掻きむしり始める。何かの病気かとカタクリは医者に診せたが原因はわからず、ついには体毛だけでなく全身の皮膚までも自分で剥がし、翼の被膜も破り捨て、眼球までも潰してしまった。
カタクリが気づいた時には遅かった。自傷行為の末、フォンデュは生死の境をさまよう。もはや助かるまいと思われたが、驚異的な回復力で完治してしまった。しかし、包帯を解かれたその姿は以前の獣然としたものではなく、人間に近い形に変化していた。
これについてカタクリはいくつか仮説を立てたが『スーロン化』が関係していると見ている。ミンク族は満月の夜にのみ、月を目視することで秘められた野生の力を解放する『
この時、肉体は巨大化し、体毛は白色に、瞳の色は赤く変化する。その特徴は奇しくもフォンデュの生まれた時の姿と類似していた。だが、月の満ち欠けとは関係なく常にその姿だったこともあり、特に気にしてはいなかった。
力を解放することで本来の姿を取り戻す方法があるのだとすれば、逆に封じ込めることも可能ではないのか。この『逆スーロン化』現象によってフォンデュは人間に近づこうとしたのではないかとカタクリは考えた。
その後、フォンデュの身体能力は以前よりも落ちたが知能面は劇的に成長した。この頃から言葉を話すようになり、カタクリのそばをついて回るようになった。ミンク族の特徴は多少残っているが、珍獣扱いされることはもうないだろうと判断し、カタクリも彼女の存在を隠すことはしなくなった。
武術の鍛錬もするようになる。カタクリはフォンデュを甘やかすことはなかった。この海で生きていくためには戦う技術が必要だ。3歳児とは思えないバイタリティでフォンデュは指導に食らいついた。
驚くべきことにその肉体は、4歳になる頃には人間でいうところの二次性徴の段階に入っていた。カタクリ自身も少しやり過ぎたかもしれないと思うほどの過酷な戦闘訓練を堪え抜き、既に三色の覇気を扱えるようになっていた。
実績こそないが頭角を現し始めたフォンデュの存在は、一体何者かと話題になった。カタクリの子供ではないか、結婚していたのかという噂まで立つ始末。リンリンの実子に結婚の自由はないし、カタクリ本人も噂を否定したのだがそれでも収拾がつかなかった。
「マ~マママ! 今まで言ってなかったけどねぇ、フォンデュはおれの子さ! 仲良くしてやんな」
この頃になってリンリンはフォンデュが自分の娘であると公表した。成長して力を身につけたフォンデュは海賊団の戦力増強に役立つと考えたからだ。伸びしろを見ても破格の逸材であることは間違いない。
特に覇王色を扱える点は替えが利かない。覇気の使い手を大勢抱えるビッグ・マム海賊団においてもリンリン、カタクリ、フォンデュの三名しかいない。単身でも“億越え”の海賊として名を馳せて不思議ではない才覚があると言えるだろう。
だが、手のひらを返したように母親ツラをしてきたリンリンを受け入れるフォンデュではなかった。カタクリ以外に心を開かないところは相変わらず。それどころか茶会の席で、あろうことかリンリンを“ババア”と罵った。
これには家族全員が青ざめて、カタクリはフォンデュに頭を下げさせた。リンリンに対してそんな口の利き方ができる者と言えばカイドウくらいだろう。リンリンは気分を害したが、それでもフォンデュを懐柔するためにその場は咎めず水に流した。以降、フォンデュが茶会に呼ばれることはなくなった。
それからフォンデュの“反抗期”はひどくなる一方だった。親同然のカタクリにさえ逆らうようになる。毎日のように暴れ回り、島々のお菓子を食い散らかしていた。今現在のフォンデュも粗暴ではあるが、この頃に比べれば随分丸くなったと言える。
カタクリは何とかフォンデュを更生させようとした。鍛錬だけは真面目に取り組んでいたため、その強さに対する熱意を伸ばそうと徹底的に鍛え上げた。彼女に必要なものは社会的な評価だ。フォンデュの実力があれば幼くとも幹部の地位が与えられる日は近いだろう。責任ある立場となれば自然と分別も身につくと考えた。
折しもその時、海賊団はとある筋から悪魔の実に関する情報をつかみ、襲撃によってそれを手に入れた。悪魔の実の発見は時の運。いくら金を積んだところで見つかるものではない。協議の末、その実はスイート4将星の一人であるスナックが食べることになった。
それこそが『ネリネリの実』である。
結局、その実が彼の口に入ることはなかった。保管庫に押し入ったフォンデュが先に食べてしまったのだ。これにはリンリンも激怒した。
「今までお前のわがままに目をつむってきたが、もう我慢ならないよフォンデュ! 『ライフ オア デス』!?」
海楼石の錠につながれリンリンの前に引き出されたフォンデュは『
死ぬか、寿命を差し出すか。後者であればまだ生きる目があるかもしれないが、それもリンリンの匙加減。100年分だろうが取り立てられ、足りなければ死ぬまでだ。その二択にフォンデュは笑って答えた。
「
『魂への言葉』を受けてもフォンデュは動じなかった。たとえ言葉でどう言い繕おうとも死にたくないと少しでも思えば寿命が体から抜け出ていただろう。それはこの絶望的な状況において、彼女がリンリンに対してわずかな恐怖も持っていないことを意味する。その場にいる誰もがあり得ないものを見る目を向けていた。
「ママママ……大した度胸だ。殺すには惜しいが、自分の言葉には責任を持たなくちゃね。望み通りにしてやるよ。カタクリ、そいつを殺せ」
しかし、リンリンは自ら手を下そうとはしなかった。カタクリにフォンデュの処刑を命じる。これには他の子供たちも慌てて仲裁に入ろうとした。カタクリがどれだけフォンデュをかわいがっていたか知っている。なにもその本人にやらせなくてもいいだろう。
「だから言ってんだよォ! お前がフォンデュの育て方を間違えたからこんな出来損ないになっちまったんだろうが! 全部お前のせいだよカタクリ! ケジメをつけるのは当然だろ!? それとも何かい。お前までおれに逆らおうってんじゃねぇだろうな……?」
カタクリはリンリンの命令に従うしかなかった。