ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
キャンディ島南東に位置する岩礁地帯を一隻の小船が進む。まもなく日が沈む頃、この水あめ海域は徐々に冷えて固まり、夜になれば航行不能となる。海の上は固まった水あめによってまるで広大な陸地となる。壊して困る物はなく、決戦の地としては十分な広さだろう。
常ならば、どこからともなく現れる大量の海アリが船を食い荒らしにやってくるのだが、その小船を取り囲むように環になるばかりでそれ以上近づこうとはしなかった。せめぎ合う二つの覇王色が邪魔者たちを寄せ付けない。海アリは、さながら観衆のように動きを止めている。
公開される演目はシャーロット・フォンデュの処刑である。
彼女はその当時まだワノ国かぶれではなかったので、アラバスタ王国から輸入された踊り子の衣装を普段着にしていた。この期に及んで逃げるつもりはなく、海楼石の錠も外されていた。帯剣まで許されている。
「せめてもの情けだ。死にざまを選ばせてやる」
そう冷酷に告げ、カタクリは槍を構えた。多くの海賊の血を吸った三叉槍『土竜』を実の妹へと差し向ける。両者の体格差は歴然。身長は4倍ほども離れている。
リンリンの命令はフォンデュの首を取ってくることだ。その方法については指図しなかった。フォンデュに決闘の機会を与えたのはカタクリの判断である。せめて戦士として最期は恥のない終わり方をさせてやろうとしていた。
「死ぬ気はねぇぞ。おれは、ここでアンタを超える」
フォンデュも抜剣する。その剣はカタクリが練習用に買い与えた安物のシャムシールだった。彼女はずっとその剣一本を愛用していた。墨を含ませた筆を引くように刀身に黒色が入っていく。
「ああ、お前なら、いつかおれを超えただろう。だが、もうその機会は永遠にない。浅はかなことをしたな。なぜ、ママに逆らった……?」
「逆にこっちが聞きてぇよ。いつまで親の背中を眺めてる気だ。なんでテメェが前に出ねぇんだ、カタクリ!」
「それがわからねぇから……お前はガキだと言うんだ、フォンデュ!」
極限まで高まった覇王色の衝突は、両者の始動と同時に弾けた。山のように静謐と構えるカタクリにフォンデュは立ち向かう。体の大きさも、手足の長さも、武器のリーチまで何もかもが圧倒的に劣っている。
悪魔の実を食べたフォンデュだが、その能力を使うつもりはなかった。と言うよりも使うことができない。彼女自身まだ自分の能力がどのようなものか、よくわかっていないからだ。付け焼刃の作戦を組み込もうものなら一瞬で隙を突かれて屍を晒すことになるだろう。
ならば、これまでに積み上げて来た戦い方を貫くまでだ。敵の射程は致死の領域。そこへ踏み込まずに闘うためには間合いの外から攻撃するしかない。フォンデュは剣を振り抜き、斬撃を飛ばした。
「『
何の細工もない剣から飛び道具のように攻撃が撃ち出されるとは信じがたい話だが、修練を積んだ剣士はこれを可能とする。斬るべきものを斬ることが剣の極致であるとすれば、それが離れた場所において及ぶことも一つの演繹である。
彼女はそこへ武装色の覇気を込める。剣に纏わせていた硬化の覇気を斬撃と共に射出する。極めて高い技量を必要とする技ではあるが、カタクリほどの強敵が相手であれば、ここまでやってようやく通用する水準だ。
そしてさらに斬撃に“電気”を上乗せした。ミンク族のエレクトロは体に纏わせるばかりではなく、武器を通して攻撃と同時に電撃を与える使い方もできる。しかし、フォンデュのそれは一般的なエレクトロとはかけ離れた出力だった。
まるで雷だ。飛ぶ斬撃+武装色+エレクトロの三重攻撃。その威力は落雷を凌駕する。当たれば切り裂かれ、消し炭になるほどの雷斬撃が夜闇を退けるように瞬いた。カタクリをしても何の前情報もなければ食らっていただろう。
「『モチ突』」
しかし、それはあり得ない仮定だ。彼の見聞色は未来を図に起こしたように見通す。フォンデュが技を繰り出す前から既にそれを見抜いていた。カタクリでも落雷を完全に回避することは難しいが、攻撃が来る場所がわかるなら話は別だ。
斬撃を回避したカタクリは攻撃体勢に入っていた。モチモチの実の能力により槍を持つ腕がモチ化する。回転を加え、強烈なひねりと共に繰り出された刺突が伸びる。伸ばされた腕がフォンデュ目がけて飛んでくる。
見た目のリーチを無視した攻撃ができるのはフォンデュだけではない。しかもそれは未来予知によって相手の行動を把握した上で狙いを定めた攻撃である。避けられるはずがない。
スクリューのように回転する槍がフォンデュの体を抉る。一切の手加減はなかった。それがカタクリにできる唯一の慈悲である。苦しませず、ひと思いに殺すため全力の殺意を込めていた。
未来予知。詰まるところ、それが最たる脅威だ。何か行使に制限のある能力というわけでもなく、戦闘中は常に一手先の展開を予知されてしまう。単なる予想ではなく、なるべくして起きる“予知”という点が極めて凶悪。不意打ちすら通用しない。
見聞色を攻略できなければカタクリに勝つことは不可能である。そして、フォンデュはその領域まで覇気の練度を高めることはできていない。まずもって、どれだけ鍛えたところで適性がなければ不可能な使い方だ。
彼女にできることと言えば事後対応だけだ。カタクリが技を繰り出してからそれが自分に到達するまでの一瞬にも満たないわずかな時間だけが猶予である。当然のこと、相手の攻撃を見てから頭で対処を考えて行動を起こしていたのでは間に合わない。
見聞色で予想するのだ。カタクリには全く及ばないまでも彼女は見聞色の覇気が使える。その覇気の行使とこれまで体に叩き込んできた訓練によって反射的に対応する。それでもせいぜい威力を軽減させるくらいのことしかできないが、何とか致命傷だけは防いでいた。
「いくぞオラァァアァ!!」
身を削りながら攻撃を受け、それでもフォンデュは笑っていた。そうでなければいけない。これはただの喧嘩ではなく、誇りをかけた決闘だ。ならば互いの全力がぶつかわり合わなければ嘘だろう。
直撃してなお回転と威力を落とさない槍を押しとどめるように剣を合わせる。衝撃で全身が吹き飛ばされそうになるのを堪え、電撃を放った。槍を通して直接、相手に電気を送り込む。これならば回避する暇はない。
無論、その行動は予知されていた。フォンデュの上空からカタクリが降下する。槍を持った腕は既に切り離して本人は跳躍していた。腕はつながっていないので感電もしない。
「『焼モチ』」
カタクリの腕は鋼鉄でかたどられたように四角く形成され、武装色で硬化している。その腕の一部が、網の上で焼かれたモチのように膨張し、破裂した。その爆発を推進力にして拳が発射される。飛ぶ斬撃ならぬ、飛ぶ拳打。
炎を纏った拳がフォンデュに直撃し、水あめの地面に叩きつけて圧し潰した。まだ『モチ突』の槍に抗っている最中のフォンデュにかわす術はない。轢かれたカエルのように血反吐をぶちまける。
カタクリは彼女を侮ってはいなかった。直接体が接触するような攻撃をすればエレクトロの反撃を受けるだろう。たとえそれが無意味な攻撃だったとしてもわざわざ受ける必要はない。彼は次の未来を観測している。
押しつぶされながらもフォンデュはカタクリを睨みつけていた。周囲に大量の電撃がばら撒かれる。だが、その時カタクリは既にモチの腕を伸ばして安全圏に離脱していた。
「『
吐血をものともせず立ち上がったフォンデュは電気と覇気を剣に溜め、一振りで十数発の斬撃を発射した。さながら散弾銃である。ただし、単発火力は落ちている。威力よりも範囲を重視した技だ。
「『流れモチ』」
それに対してカタクリは自分の足元の地面を殴りつけた。水あめの海がモチ化していく。波動のように海の表面を伝播する衝撃がモチの津波を巻き起こした。覚醒した
「『加々身モチ』」
カタクリの容赦ない追撃は続く。モチの波はただ押し寄せるだけでなく、能動的にフォンデュへと襲い掛かった。四方八方から逃げ場を奪う。これだけ膨大な量のモチに包み込まれれば全身の骨が砕け内臓は破裂するだろう。
仮に武装色で体を守ったとしても窒息は必至。まとわりつくモチは強力な粘着性を有し、体も武器も絡めとって自由を奪う。一度捕まれば確実な死が待っている。
固まったモチの巨塊を残して海は再び凪いだ。決着はついたかと思われたその時、カタクリは未来を予測し身構えた。まだ、闘いは終わっていない。
「こんなものかァ?」
モチを切り裂いてフォンデュが姿を現す。その全身は血にまみれていた。モチによる圧迫が原因ではない。剣で自らを切り刻んだのである。
モチモチの実の弱点として水に濡れると粘着力が落ちるという特徴があった。彼女は自分の血を大量に使って拘束から逃れたのだ。
「何が“将星”! 何が“10億”! 何が“最高傑作”! この程度とは笑わせる!」
誰がどう見ても強がりでしかない。死にかけているのは彼女の方だ。実力の差は歴然だった。しかし、その眼はまだ死んでいない。
「いいか、目ン玉かっ開いてよーく見とけ」
フォンデュが剣にエレクトロを纏わせた。しかし、それだけでは終わらない。剣の形が変わっていく。否、剣に纏った電撃が黒く硬化し、外殻のように剣を覆っている。
「『