ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
フォンデュをここまで育て上げたのは他ならぬカタクリである。その戦い方は熟知している。中でも彼女は覇気を“纏う”ことについて天性の才能があった。
覇気の使い手はそれぞれに得意な種類の覇気とその使い方がある。カタクリで言えば最も得意とする覇気は見聞色であり、未来視という特殊な使用法を体得するまでになった。
フォンデュの場合は武装色だ。これを自身の肉体や武器に纏わせる技を武装硬化と呼ぶが、彼女の場合は特に慣れ親しんだ武器でなくとも触れただけで物体をコーティングしてしまう。
優れた剣士でさえ剣の武装硬化を会得するまでに最低でも数年の修行を要することを考えれば並外れた適性であると言えるだろう。それが物体だけでなく、雷というエネルギーそのものにまで及ぶとなれば、もはやカタクリでさえ目にしたこともない領域である。
武装色で覆われた黒の雷は剣の刀身を伸ばすようにカタクリへ直進した。まるで稲妻が質量を持ったかのような槍である。確かにその技は彼の武装色では防ぎきれない威力を秘めているのだろう。この場でなければ素直に賞賛するほどの極められた剣技である。
しかし、それも彼の見聞色に対抗できるような技ではない。どれだけの威力があろうと当たらなければ無意味だ。カタクリは初見であるにも関わらず、フォンデュが技を繰り出す前からその概要を把握していた。
難なく回避する。そして反撃するために次の展開を予見した。その直後、瞠目する。
フォンデュはカタクリの背後にいた。いつの間にか、彼に気づかれずに背後を取っている。つまり、それはカタクリの見聞色をもってしてもフォンデュの動きを予見できなかったことを意味していた。
フォンデュは何をしたのか。技を放った直後、彼女はカタクリへと伸びる黒雷の“最後尾”を掴んだのだ。そのまま雷と共に、雷の速度に乗って弾け飛んだ。
その時、彼女は目を閉じ、視覚を断っていた。不用意にも思えるが、これが見聞色への対策だった。カタクリの未来予知は万能ではない。
見聞色は生物が発する気配を感知する技である。その対象の意思が介在しない行動については検知することができない。極端な話をすれば何も考えずに無心でいる者の行動を読むことはできない。
無論、戦闘中にそんな隙をさらすような敵であれば見聞色は使うまでもないだろう。自殺行為とわかった上で、彼女はカタクリを欺くために自ら情報を遮断した。
そして作戦は成る。攻撃を回避したカタクリは刹那の速度で接近してきたフォンデュの気配に気づけなかった。だが、不覚を取ったのはそこまでだ。次なる攻撃に転じようとするフォンデュは大きな気配を発していた。カタクリはすぐに応対する。
近づかれたからそれがどうしたと言うのか。カタクリが接近戦でフォンデュに劣るわけはない。むしろ、危険が増したのはフォンデュの方だろう。だからこそ、彼は気になった。なぜここまでの手間をかけて、わざわざ近づいてきたのか。
その答えがフォンデュの左手にあった。剣を持っている右手ではない。長い指を器用に握りしめたその左の拳に青白い覇気が宿る。それを見た瞬間、カタクリは最大級の警戒をあらわにした。
それが何なのか、カタクリにもわからない。武装色ではないことは確かだ。確認しようと未来を視るが、まるでわからない。正確に言えば未来が視えなくなったわけではなく、全く要領を得ない内容しか表れない。
(“見聞殺し”か……!?)
未来視はカタクリ固有の技というわけではない。見聞色を極めた者であれば発言しうる能力だ。それが猛威を振るうようになるといくつかの対抗策が現れた。
一つは、同じく未来を視ることで互いの有利を打ち消す策。そしてもう一つが『見聞殺し』と呼ばれる、未来視を一方的に封じる見聞色の使用法だ。
フォンデュはカタクリを倒す方法を来る日も来る日も考えてきた。最初は彼と同じように未来を視ようとしたがままならない。苦心の末に編み出した技こそが見聞色を“纏う”ことだった。
覇気を纏うことに特別の才ある彼女でも恐ろしく集中を要する技である。難易度で言えば覇王色を纏うことよりも難しい。この土壇場で一発成功させること自体が賭けだった。
まるで大技のように繰り出した『邪竜降撃』も、打倒カタクリのための本命ではない。単なる移動のための手段とした。これまでに仕掛けた技も受けた攻撃も、警戒させず接近するという目的を果たすための布石だった。
全てはこの左拳の一撃を当てるため。
カタクリはすぐに体をモチ化して逃れようとした。しかし、覇気の一撃は炸裂する。爆竹が弾ける程度の小規模な爆発ではあったが、その飛散した覇気は毒のようにカタクリの感覚を冒した。
「ぐうっ……!」
全身の肉がぐちゃぐちゃに撹拌され、すりみ状にされていくような凄まじい違和感が侵入してくる。まともに立っていられる状態ではない。
しかし、実際にそのような物理的なダメージを与える攻撃ではなかった。あくまでも感覚に異常をきたしているだけだ。見聞色も封じられているわけではないのだが、冷静な精神状態の維持を前提とする未来視の能力を使う余裕はなかった。
これは『見聞殺し』ではない。フォンデュはそもそもそのような技があることも知らない。カタクリを超えることだけを考えて編み出された、全く方向性の異なる技である。
本来であれば体内でしか機能しないはずの見聞色を無理やりに体外へと排出し、相手に自分の感覚を“押し付ける”。見聞色の覇気に長けた使い手ほどその違和感は甚大となる。言うなれば『見聞
これでようやくフォンデュのプランは半分まで達成できたと言える。そして、ここからが本当の正念場だ。
見聞色を外に吐き出した彼女の感覚は一時的に大きく弱まっていた。見える光景もぼんやりと薄らぎ、聞こえる音はくもぐり、空気を感じる肌の感覚も削ぎ落されていく。気絶する寸前まで見聞色を絞り出したからだ。
そこまでしなければカタクリを抑えきれない。この技による感覚の攪乱は一時的なものだ。とにかく大量の見聞色を注ぎ込み、一秒でも長く時間を稼がなければならない。
彼はすぐに正常な感覚を取り戻すだろう。未来視も復活する。そうなれば同じ手は絶対に通用しない。勝機はなくなる。
「歯ぁああ食いしばれオラアアアアアア!!」
ふらつく体に喝を入れるように彼女は叫ぶと左手に電気を溜める。五指に纏った雷撃を黒く染め、手首をひねりながらカタクリへと叩きつけた。
「『
縄をなうように編み上がった五条の雷がカタクリの体に巻き付いて拘束する。雷にも関わらず硬く、鋭く干渉する。それでいて触れれば膨大な量の電気が流れる。普段のカタクリであれば肉体を流動化させて逃げ出せただろうが、今の状態では不可能だ。
「『
今度は剣に武装色を込めてのゼロ距離射撃だ。剣撃がカタクリの肌を打ち、さらにそこへ飛ぶ斬撃を間髪入れずに打ち込んだ。これには鉄壁の防御を誇るカタクリの武装色もさすがに貫かれ、血飛沫が舞う。フォンデュはなおも手を緩めなかった。
「『
しかし、技を放とうとしたその時、フォンデュの周囲の大気が歪む。渦を巻くようにして空中にモチの輪が出現した。その技をフォンデュは知っている。
カタクリの覚醒技『無双ドーナツ』だ。高圧電流を放つ覇気の雷で拘束されていながらカタクリは反撃しようとしている。先ほどまで焦点の合っていなかった彼の目は真っすぐにフォンデュを捉えていた。
一旦距離を取って仕切り直さなければ反撃を食らってしまう。だが、彼女の本能はそれを否定した。ここで逃げてはならないと判断した。
カタクリは感覚を取り戻しつつある。無双ドーナツを使おうとしていることがその証拠だ。ここで攻勢を緩めれば流れは止まる。超人系能力者でありながら
今ならばまだ攻撃は当たるはずだ。完全に正気を取り戻す前に決着をつけなければならない。フォンデュは剣を振り抜いた。
武装色はあらかた剣に込めてしまった。体を守ることは間に合わない。そこへドーナツの穴から飛び出した巨大な拳が突き放たれた。めきめきと半身が軋みをあげる。痛みすら生温い喪失感に襲われる。
そして、一切の保身も考えずノーガードで繰り出されたフォンデュの攻撃もカタクリに届いていた。蛇行する黒い雷が体を穿つ。電流に乗った武装色がカタクリの全身を駆け回り、内部から組織を引き裂いていく。
意識が飛びそうになりながらも何とか堪え切ったカタクリは見た。フォンデュが二本の足で立ち、覇気を込めた剣を振りかぶっている。
どこからその体力は湧いてくるというのか。怪物の二文字が頭をよぎる。そして剣は二度、十文字に振り抜かれた。
「『
カタクリは避けなかった。新たに刻まれた二つの傷痕から血が噴き出す。今まで見たこともないほどに彼は血を流している。事実、カタクリをこれほどまでに追い詰めた敵はこれまでいなかった。
「おれを、超えると言ったか……フォンデュ……
叶わねぇ夢を見るな」
しかし、倒れることはない。フォンデュが死力を尽くしてなお、その片膝をつかせることさえあたわない。生まれてこの方、地に背をつけたことのない超人。月を背にして仁王立つ、その姿は真正の怪物だった。