ねりものソードかまぼこ丸 作:さしみ
カタクリの強さを目の当たりにしたフォンデュは、不思議と悔しさを感じていなかった。むしろ誇らしさで満たされてくる。
ずっとその強さに憧れてきた。兄のようになろうとした。悪魔の実を食べれば近づけるかと思った。その結果がこのざまだ。
身を滅ぼすほどに愚かしい。しかし、彼女は止まれなかった。立ち止まれば前を進む者には追い付けない。怒涛のように過ぎ去る時間の中で老いさらばえる気がした。「やればできる」なんてことはない。やらなければ何者にもなれはしない。
「夢なんか見ちゃいねぇよ。未来なんか見えやしねぇ。今この瞬間を全力で生きるだけだ」
フォンデュは重々しく剣を構えた。カタクリの武装色とかち合った剣はガタが来始めている。もう長い付き合いだ。覇気で保護しながら使い続けてきたが寿命はとうに迎えていた。しかしあと一度だけ、もってくれと頼み込む。
「ならば来い。お前が生きた証を見せてみろ」
妹の前で無様な姿を見せるわけにはいかない。カタクリは倒れそうになる体を気合で動かしていた。まだ完全に『見聞映し』が抜けたわけではない。しばらくは未来視も使えないだろう。
フォンデュの強さはカタクリの予想を遥かに超えていた。その全てを受け止めた上で引導を渡す。それが兄として最後にしてやれる手向けだった。
互いに次の一手が決着となることを理解していた。覇気の高まりが大気を震わせる。まずフォンデュが動いた。両手で持った剣を背負うように大きく振りかぶる。その周囲には雷鳴がとどろいていた。
それに合わせるようにカタクリが駆けた。自分自身をドーナツ状に変形させ、車輪のように回転しながらフォンデュへ迫る。力を溜める彼女へ真っ向から勝負に臨む。
生半可な攻撃ではないと感じ取れた。フォンデュがどのような技を仕掛けようとしているのか、カタクリにはわからない。だが、既視感があった。初めて見るはずの技になぜか覚えがある。
「『
雷条の尾を引きながら剣を振る。彼女の前方に立ちふさがる全てを破壊するかのように衝撃が大気へ食い込んだ。その威力に耐え切れず、刀身に亀裂が走っていく。
カタクリは確信した。彼はその技の原型を知っている。リンリンの『威国』だ。エルバフの槍と呼ばれた巨人族の技である。リンリンがそれをフォンデュに教えたとは思えなかった。
教えてもらったのではない。見て覚えたのだ。
ある時、威勢よくこの国へ攻め込んできた身の程知らずの海賊が、リンリンの手によって壊滅させられたことがあった。普通は彼女自身がそのように手を下すことはないのだが、たまたま虫の居所が悪かったのか、鬱憤晴らしの餌にされた。
『威国』よって風穴を開けられ破壊される海賊船の様子を、幼いフォンデュは遠くから見ていた。その時、フォンデュはまだ獣に近い姿をしており言葉も理解してはいなかった。ただ圧倒的な暴力に対する畏怖が記憶の根底に刻まれたのである。
その一度見ただけの、本人自身も覚えのない記憶を頼りに練り上げられた最後の一振り。極大の雷光が横へ落ちた。水あめの海を蒸発させながら軌道上を直進し、ペロスペロー治めるキャンディ島の一部を抉った。
持てる力は出し尽くした。フォンデュの体から覇気が消える。彼女は初めて覇気の枯渇を体験していた。エレクトロも出せない。まともに動く体力すら残っていない。緊張の糸が切れてしまった。
「『斬』」
しかし、カタクリは夜を埋め尽くすような光の奔流を乗り越えた。迫り来る速度は一切落ちていない。フォンデュはとっさに剣で防御したが、覇気も込められていない壊れかけの剣は一瞬で砕け散る。
「『切』」
回転の遠心力を最大まで高めて繰り出されたラリアットが直撃した。武装硬化され棘まで突き出た腕がフォンデュを捕らえる。そのまま吹き飛ばされれば幾分か衝撃は分散されたかもしれないが、モチの粘着力がそれを許さない。
「『餅』」
止めとばかりにもう一本の腕を同様にフォンデュへ打ちつけた。二つの腕に挟み込まれ、逃げ場なく破壊力が浸透する。肉がひしゃげる音がして、スイカを割ったように赤が飛び散る。即死は免れぬ一撃。抱擁から解かれたフォンデュは辛うじてだが息があった。
「なぜだ、フォンデュ……なぜ、手を抜いた!」
勝利を掴んだはずのカタクリは怒気を滾らせていた。その結果に納得がいかない。
相打ちすら覚悟した決死の特攻のはずだった。それがどういうわけか、彼はあれだけの大技を食らって無傷で突破できている。彼は異変に気づいていた。技の軌道が途中から明らかに変わったのだ。
カタクリはわずかに逸れた技の間隙を掻い潜ることができた。肉体の損傷や疲労からフォンデュの手元が狂ったのだろうか。そんなはずはない。技を目の前で受けたからこそ彼にはわかった。フォンデュは剣を最後まで振り抜かなかった。
躊躇したのだ。どんな理由があろうとも、勝負の土壇場で怖気づくなど戦士にあるまじき醜態である。侮辱にも等しいその愚行を彼は許せなかった。
「すあ、ねぇ……すまねぇ……さいごに、あにきのことを……かんがえちまった……」
蚊の鳴くような声で彼女は謝罪していた。最後の技を撃ち放つというその瞬間、体が固まってしまった。このままではカタクリを本当に殺してしまうのではないかと思った。たとえそれがとんでもない自惚れであり、杞憂であったとしても一度考えてしまえば頭から離れなかった。
剣を向けたその相手を戦士としてではなく、家族として見てしまったのだ。フォンデュは命乞いなどしなかった。ただ最後まで真剣に闘えなかったことを悔やみ、カタクリに謝り続けていた。
「もう、謝らなくていい」
フォンデュの言葉を聞いたカタクリは体内から取り出した『土竜』の切っ先を彼女へ向ける。ここで命を奪わなければならない相手だ。“シャーロット”の名を背負う以上、その覚悟を持たなければならない。
決闘が始まってからずっと、そのことだけを考えていた。それ以外のことを考えないようにしていた。ぼろきれのように横たわるフォンデュを殺すことは造作もない。しかし、振り上げた槍の動きが止まる。彼女が最後に見せた“甘さ”がなければ、非情になり切れたというのに。
最初に会った日のことを思い出してしまった。暴れ回る毛玉をなんとか風呂で洗ってやったこと。病に苦しむ彼女を背負って医者を尋ねて回ったこと。お気に入りのドーナツを食われて喧嘩したこと。その詫びのつもりか下手くそなドーナツを作ってもってきたこと。それを二人でまずいと言いながら食ったこと。
きっと砂糖と塩を間違えたのだろう。あの時食べたドーナツも“こんな味”だった。
「もう謝るな……おれも、同じだ……」
妹どころか我が子も同然の存在を、人間ならばどうして殺すことができようか。槍は標的を捉えることなく地面を転がる。彼はフォンデュに止めを刺すことができなかった。
決闘は甘すぎた終わりを迎える。当然、リンリンは納得しなかったので、代わりにカタクリは自分の命を差し出すことにした。リンリンが最初に述べた通り、全ての不手際と責任は自分にあると。
初めてカタクリは母の命令に反した。命を懸けた相手に対してリンリンの脅しも通じない。フォンデュだけならまだしも、さすがにカタクリという大戦力を失うわけにはいかなかった。
そこで見かねたペロスペローが間に入る。情に流された部分があるとはいえ、ここまでカタクリと健闘するほどの実力を持つフォンデュを利用しない手はないだろう。悪魔の実を食ったのだからその分の働きはしてもらわなければ丸損だとリンリンを説き伏せた。
最終的にフォンデュは悪魔の実の基本相場である1億ベリーの借金を課せられることで手打ちとなった。彼女も自分だけでなくカタクリの命がかかっているとあっては逆らうこともできず決定を受け入れた。
無法者なフォンデュだが『約束を守る女』を自負しているためか借金を踏み倒す気はないようだった。リンリン自体を恐れていない彼女もこの弱みに付け込めば寿命をわずかなり掠め取れるので、存外に手綱として機能している。
まあ、その後も性懲りもなくフォンデュは問題行動を起こして借金は減るどころか膨れ上がり、現在5億ベリーになっているのだが。
「――ってなわけよ。これが兄貴とおれの、燃える漢の美談なのさ」
いきさつを聞かされたフランペだったが率直な感想を述べさせてもらうなら、反吐が出そうだった。
いくらなんでも脚色が過ぎる。カタクリと言えば10億5700万の懸賞金を誇るビッグ・マム海賊団きっての大幹部。その戦闘力はリンリンに次ぐナンバー2だ。そして全ての妹と弟の憧れの存在でもある。
そのカタクリと互角に渡り合うなんてありえない。話を盛りすぎ。聞くに堪えない。それでも反論できる空気ではなかったので黙って聞いていたが、あまりに馬鹿らしくて眠くなるくらいだった。
というか、寝ていた。鼻ちょうちんも出ていた。
「くかーっ」
「……ファック!」
その後、『見聞映し』を食らったフランペは食べた物の食感が全部すりみになるという地味な制裁を受けた。そのくらいなら命に関わることもないし、大したことはないと最初は思ったフランペだったが、1カ月も経つとノイローゼになっていた。
どんなに美味い料理も全てがまるでペースト状の流動食。本当の食感がわからないので固焼きビスケットを食べて歯が欠けたりもした。しかもその症状はいつまでも治る気配がない。
結局、カタクリに泣きついて事情を話し、フォンデュを説得してもらうまで罰は続いたのだった。