上位存在のイケニエとして差し出された穀潰しの少年、なぜかめちゃくちゃ溺愛される 作:茨木野
ルシエラのもとで三十日間、話し相手になる。それが俺、アントニオに与えられた仕事だ。
自分のもとには長く居ない方がいい、と彼女からは警告された。
だから初日は、数時間ほど世間話をして部屋を出ることにしたのだった。
「おまえ、何故生きている?」
ルシエラの部屋を出て冷たい螺旋階段を下りると、そこには俺を連れてきた黒フードの男がいた。
顔は見えないが、おそらく酷く驚いているのだろう。声が微かに震えていた。
「さぁな」
「ま、まあいい。残り二十九日だ。せいぜい長生きしろよ」
「はいはい」
男は俺に食糧の入った革袋を押し付けると、そそくさと扉の向こうへ帰って行った。
どうやらこの塔は、最上階にルシエラがいて、一階には人が住める程度の設備が整っているらしい。
塔からの出入り口は完全に封鎖されている。強力な鍵でもかかっているのだろう。ドアも分厚く頑丈だ。
(残り二十九日。ただ話してるだけでいいなんて、割の良いバイトだ)
☆
翌朝、俺はルシエラの部屋へ向かう。
「よ」
「アントニオ。また来たのね」
ルシエラはベッドに腰掛けていた。ちら、とだけこちらを見て、またすぐに窓の外へそっぽを向いてしまう。
「まあ、そういうバイトだからさ」
「バイトじゃなかったら、あたしに会いたくないってこと?」
「そんなことはねーよ。他にやることもないし。それに、ちょっと気になってることもあるからさ」
俺はルシエラのもとへ歩み寄る。ぴくっ、と彼女の華奢な肩が動く。振り返り、彼女の紅い目が大きく見開かれた。
「あんた、それなに?」
俺の手には木製のお盆、そしてその上には、湯気を立てるシチューがのっている。
「シチューも知らんのか?」
「いや、知ってるけど。シチュー? なんで」
「俺を連れてきた男がよ、食材を置いてってくれたんだ。んで、ここの一階に簡単なキッチンがあってさ。そことこれ使ってシチュー作ったわけだ」
俺は実家で穀潰し扱いされていた。叔父からの扱いは、まあ酷いもんだった。
生かしてやるんだから飯くらい作れ、みたいに。まるで召使いのようにこき使われたのである。
そのおかげで、俺はそこそこの料理の腕を身につけたって次第だ。
「なんで?」
「おまえ、なんでなんでばっかりだな。あと言葉少なすぎ」
ルシエラは少し考えた後、ぽつりとつぶやいた。
「あんた、どうしてあたしのためにシチュー作ってくれたの?」
「そりゃ、腹減ってねーかなって思ってさ」
「自分の分だけでいいとは思わないの?」
「思わんね。腹すかせている人を前に、自分だけ飯食うなんてできないよ」
そんな性格がねじ曲がっているつもりはない。俺は穀潰しだけど、薄情な悪人にはなりたくなかった。
「馬鹿ね。あたしは、魔素《マナ》を摂取し、エネルギーに変換できるの。あんたたちが食糧からエネルギーを得るようにね」
「魔素《マナ》?」
「大気に漂う魔力の元みたいなものよ」
「ほぉん。じゃあ、余計だったかな」
しかし、シチューの入った器がふわりと宙を浮いて、ルシエラのもとへ向かう。その手に、お皿がすっぽりと収まる。おいおい。
「飯は要らないんじゃなかったのか?」
「活動に必要ないってだけ。これが要らないなんて、あたし言ってませんけど?」
変なやつだ。素直じゃねーの。でもそれが、なんだか年相応に可愛らしく感じるのだ。
「おいし」
ルシエラがシチューを一口啜り、小さくこぼす。
「そっか。そりゃ良かった。作ったかいがあるってもんだ」
「ふん。こんなので懐柔できるとは思わないことね」
「懐柔ってなんだよ」
「なんでもない。馬鹿」
しばらく、シチューを啜る音だけが部屋に響く。そして、空になった器が再び宙を舞い、こちらに移動してきた。
「おまえ、それすげえな。魔法って奴か?」
そう、気になっていたというのはこの子の力のことだ。どうやらこの子はすっごい魔力を体に秘めているらしいからな。
「これは魔法ですらないわ。あたしの魔力よ」
「何が違うんだよ」
「魔力っていうのは、魔素《マナ》から作り出され、世界に干渉できる純粋なエネルギーのことよ。物を動かす、物を消す。魔法は、魔力が持つ干渉力をより高め、世界に複雑に干渉できるように洗練された技術でしかないわ」
「…………」
うーん。さっぱり何言ってるのかわからん。
「魔力は純粋な力。魔法はそれを使って作られた複雑な力」
「なるほど。俺の反魔力は魔力とどう違うんだ?」
「昨日も言ったけど、魔力と対なる力よ。あなた、壁に手をついて、推してみて」
なんか唐突だな。まあやってみるけど。
石造りの壁に近づいて、ぐっ、と押す。当然ながら何も起きない。
「壁を押すとき、逆に押し返されるような感覚はない?」
「ああ、あるな」
「世界に存在するあらゆる力には、逆方向の力が作用するの。何かを押すとき、何かに押される。作用と反作用。作用が魔力なら、反魔力」
うーん。わかるような、わからないような。まあでも、魔力の逆、魔法の逆の力が俺にはあるってのは理解した。
「これって何ができるの?」
「魔力を打ち消すこと。それと、体の強化」
「え、体の強化できるの?」
「ええ。反対とはいえ、魔力の一種ではあるから」
「おお、どうすればできるの?」
すると、むすっとした表情でルシエラが言う。
「そんなの知ってどうするの?」
「ここ出たとき、金を稼ぐのにその力使えた方が便利だろ?」
じっ、とルシエラは俺を見つめる。そして、先に向こうから顔をそらした。
「あんたってノーテンキね」
「そう?」
「そうよ。明日自分が死ぬかもしれないって、微塵も想像できないなんて。羨ましいわ」
それは本気で羨ましいって思っているのか。それはわからなかった。でも、ひどく寂しそうにしているのはわかった。
「んじゃ、おまえも来いよ」
「……は?」
「二十九日経ったら、俺はバイト終わって自由になれる。そんとき、おまえも一緒に俺と外に出ようぜ。んで、一緒に冒険しよう」
多分、一人残されるのが寂しかったのだろう。だから、あんな卑屈なことを言ったのだと思った。
ルシエラは、何も言わなかった。呆れているのか。それとも、俺が唐突に変なこと言ったから怒っているのだろうか。
でも俺は本気だった。一人より二人の方が楽しそうだし。
ルシエラが居れば、俺はもっとこの力を自由に使えるようになると思ったのだ。
「ほんと?」
「おうよ」
「ほんとのほんきで言ってる?」
「ああ」
「あたし、重い女よ?」
「え? 太ってるようには見えないけど」
ルシエラはゆっくりと近づいてくる。そして、細い指先で俺の頬に触れた。
「やっぱり触れられる。反魔力が、あたしの魔力を打ち消してるから」
「昨日もそんなこと言っていたな」
ルシエラは目を閉じる。そして、小さくつぶやいた。
「わかった。あたしが、残り二十九日かけて、あんたを最強の戦士に育て上げる」
「急にどうした?」
「あんたが強くなってくれると、こっちにも都合が良いことが起きるの。二十九日をすぎると、あたしは。それはどうでもいいわね。とにかく、今日から本格的にあんたを鍛えてあげるわ」
「お、おう」
別に鍛えてほしいと頼んだわけではないのだが。でもまあ、確かにこの力を自在に使えるようにはなりたかった。
「そういや、お代は?」
「お代って」
「ただで色々教わるのは申し訳ねーだろ」
「律儀な人ね。じゃあ、毎日ご飯作って。あたしのために」
「なんだ、そんなんでいいの?」
「うん。それでいい」
「OK。じゃあ、それで」
「うん、契約成立ね。あんた、後悔しないでよね。重い女を背負ったって自覚が出たとしても」
さっきから言っているけど、こいつがそんなに太っているようには見えないのだけれどな。
「ところで、何か感じない? あたしに触れて、あたしの魔力を打ち消してるわけだけど」
おお、そういえば確かに。彼女に触れられている頬に、なにか、力的なものが流れているのがわかる。
「その流れをたどってみて」
「おう」
目を閉じると、俺の中にも、顔の部分以外にも力があることがわかった。
そいつは俺のへその辺りから湧き出て、体を巡っている。
今はその流れが肌に、ルシエラに触れている部分に集中して集まっているのがわかる。
ルシエラが俺からすっと離れる。
「今度はその力を、自分の拳だけに集中させて」
集中って言ってもな。姿形があるわけじゃないんだが。
いや、待てよ。無理に集めるんじゃ無くて、そうだな。川だ。川を引くようなイメージだ。
バケツで汲んでくるんじゃなくて、川が流れる道を、右腕に作ってやる。
すると、右腕に向かって力が勝手に流れていく。
「それで、壁を殴ってみて」
「こう?」
あんまり強く殴ったら、手が痛いと思った。だから手加減して、軽く小突いた。
どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
「……ほあ」
なん、じゃこれ。殴った場所。石造りの硬い壁が、大きくクレーター状にぶっ壊れたじゃないか。
「それが反魔力を使った身体強化。触れた魔法を打ち消す力で強化された拳。これなら、どんな防御魔法も紙くずのように貫いて、魔法使いを強化した拳で殴り殺せるわ」
「いや殺さないけど」
しかし、そうか。
「これが、魔法か」
「正確に言えば違うけど。まあ、大枠で言えばそうね」
「おおそうか! へえ。魔法って、すげえな!」
世界に干渉する力、かぁ。今まで穀潰しだった俺に、こんな可能性が秘められていたなんて。
「ありがとな、ルシエラ!」
「ご飯のお礼よ、アントニオ」
ルシエラは少しだけ頬を染めて、ツンと顔を背けた。