上位存在のイケニエとして差し出された穀潰しの少年、なぜかめちゃくちゃ溺愛される   作:茨木野

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第2話 魔神とレッスン

 ルシエラのもとで三十日間、話し相手になる。それが俺、アントニオに与えられた仕事だ。

 自分のもとには長く居ない方がいい、と彼女からは警告された。

 

 だから初日は、数時間ほど世間話をして部屋を出ることにしたのだった。

 

「おまえ、何故生きている?」

 

 ルシエラの部屋を出て冷たい螺旋階段を下りると、そこには俺を連れてきた黒フードの男がいた。

 顔は見えないが、おそらく酷く驚いているのだろう。声が微かに震えていた。

 

「さぁな」

 

「ま、まあいい。残り二十九日だ。せいぜい長生きしろよ」

 

「はいはい」

 

 男は俺に食糧の入った革袋を押し付けると、そそくさと扉の向こうへ帰って行った。

 どうやらこの塔は、最上階にルシエラがいて、一階には人が住める程度の設備が整っているらしい。

 

 塔からの出入り口は完全に封鎖されている。強力な鍵でもかかっているのだろう。ドアも分厚く頑丈だ。

 

(残り二十九日。ただ話してるだけでいいなんて、割の良いバイトだ)

 

    ☆

 

 翌朝、俺はルシエラの部屋へ向かう。

 

「よ」

 

「アントニオ。また来たのね」

 

 ルシエラはベッドに腰掛けていた。ちら、とだけこちらを見て、またすぐに窓の外へそっぽを向いてしまう。

 

「まあ、そういうバイトだからさ」

 

「バイトじゃなかったら、あたしに会いたくないってこと?」

 

「そんなことはねーよ。他にやることもないし。それに、ちょっと気になってることもあるからさ」

 

 俺はルシエラのもとへ歩み寄る。ぴくっ、と彼女の華奢な肩が動く。振り返り、彼女の紅い目が大きく見開かれた。

 

「あんた、それなに?」

 

 俺の手には木製のお盆、そしてその上には、湯気を立てるシチューがのっている。

 

「シチューも知らんのか?」

 

「いや、知ってるけど。シチュー? なんで」

 

「俺を連れてきた男がよ、食材を置いてってくれたんだ。んで、ここの一階に簡単なキッチンがあってさ。そことこれ使ってシチュー作ったわけだ」

 

 俺は実家で穀潰し扱いされていた。叔父からの扱いは、まあ酷いもんだった。

 生かしてやるんだから飯くらい作れ、みたいに。まるで召使いのようにこき使われたのである。

 

 そのおかげで、俺はそこそこの料理の腕を身につけたって次第だ。

 

「なんで?」

 

「おまえ、なんでなんでばっかりだな。あと言葉少なすぎ」

 

 ルシエラは少し考えた後、ぽつりとつぶやいた。

 

「あんた、どうしてあたしのためにシチュー作ってくれたの?」

 

「そりゃ、腹減ってねーかなって思ってさ」

 

「自分の分だけでいいとは思わないの?」

 

「思わんね。腹すかせている人を前に、自分だけ飯食うなんてできないよ」

 

 そんな性格がねじ曲がっているつもりはない。俺は穀潰しだけど、薄情な悪人にはなりたくなかった。

 

「馬鹿ね。あたしは、魔素《マナ》を摂取し、エネルギーに変換できるの。あんたたちが食糧からエネルギーを得るようにね」

 

「魔素《マナ》?」

 

「大気に漂う魔力の元みたいなものよ」

 

「ほぉん。じゃあ、余計だったかな」

 

 しかし、シチューの入った器がふわりと宙を浮いて、ルシエラのもとへ向かう。その手に、お皿がすっぽりと収まる。おいおい。

 

「飯は要らないんじゃなかったのか?」

 

「活動に必要ないってだけ。これが要らないなんて、あたし言ってませんけど?」

 

 変なやつだ。素直じゃねーの。でもそれが、なんだか年相応に可愛らしく感じるのだ。

 

「おいし」

 

 ルシエラがシチューを一口啜り、小さくこぼす。

 

「そっか。そりゃ良かった。作ったかいがあるってもんだ」

 

「ふん。こんなので懐柔できるとは思わないことね」

 

「懐柔ってなんだよ」

 

「なんでもない。馬鹿」

 

 しばらく、シチューを啜る音だけが部屋に響く。そして、空になった器が再び宙を舞い、こちらに移動してきた。

 

「おまえ、それすげえな。魔法って奴か?」

 

 そう、気になっていたというのはこの子の力のことだ。どうやらこの子はすっごい魔力を体に秘めているらしいからな。

 

「これは魔法ですらないわ。あたしの魔力よ」

 

「何が違うんだよ」

 

「魔力っていうのは、魔素《マナ》から作り出され、世界に干渉できる純粋なエネルギーのことよ。物を動かす、物を消す。魔法は、魔力が持つ干渉力をより高め、世界に複雑に干渉できるように洗練された技術でしかないわ」

 

「…………」

 

 うーん。さっぱり何言ってるのかわからん。

 

「魔力は純粋な力。魔法はそれを使って作られた複雑な力」

 

「なるほど。俺の反魔力は魔力とどう違うんだ?」

 

「昨日も言ったけど、魔力と対なる力よ。あなた、壁に手をついて、推してみて」

 

 なんか唐突だな。まあやってみるけど。

 石造りの壁に近づいて、ぐっ、と押す。当然ながら何も起きない。

 

「壁を押すとき、逆に押し返されるような感覚はない?」

 

「ああ、あるな」

 

「世界に存在するあらゆる力には、逆方向の力が作用するの。何かを押すとき、何かに押される。作用と反作用。作用が魔力なら、反魔力」

 

 うーん。わかるような、わからないような。まあでも、魔力の逆、魔法の逆の力が俺にはあるってのは理解した。

 

「これって何ができるの?」

 

「魔力を打ち消すこと。それと、体の強化」

 

「え、体の強化できるの?」

 

「ええ。反対とはいえ、魔力の一種ではあるから」

 

「おお、どうすればできるの?」

 

 すると、むすっとした表情でルシエラが言う。

 

「そんなの知ってどうするの?」

 

「ここ出たとき、金を稼ぐのにその力使えた方が便利だろ?」

 

 じっ、とルシエラは俺を見つめる。そして、先に向こうから顔をそらした。

 

「あんたってノーテンキね」

 

「そう?」

 

「そうよ。明日自分が死ぬかもしれないって、微塵も想像できないなんて。羨ましいわ」

 

 それは本気で羨ましいって思っているのか。それはわからなかった。でも、ひどく寂しそうにしているのはわかった。

 

「んじゃ、おまえも来いよ」

 

「……は?」

 

「二十九日経ったら、俺はバイト終わって自由になれる。そんとき、おまえも一緒に俺と外に出ようぜ。んで、一緒に冒険しよう」

 

 多分、一人残されるのが寂しかったのだろう。だから、あんな卑屈なことを言ったのだと思った。

 

 ルシエラは、何も言わなかった。呆れているのか。それとも、俺が唐突に変なこと言ったから怒っているのだろうか。

 

 でも俺は本気だった。一人より二人の方が楽しそうだし。

 ルシエラが居れば、俺はもっとこの力を自由に使えるようになると思ったのだ。

 

「ほんと?」

 

「おうよ」

 

「ほんとのほんきで言ってる?」

 

「ああ」

 

「あたし、重い女よ?」

 

「え? 太ってるようには見えないけど」

 

 ルシエラはゆっくりと近づいてくる。そして、細い指先で俺の頬に触れた。

 

「やっぱり触れられる。反魔力が、あたしの魔力を打ち消してるから」

 

「昨日もそんなこと言っていたな」

 

 ルシエラは目を閉じる。そして、小さくつぶやいた。

 

「わかった。あたしが、残り二十九日かけて、あんたを最強の戦士に育て上げる」

 

「急にどうした?」

 

「あんたが強くなってくれると、こっちにも都合が良いことが起きるの。二十九日をすぎると、あたしは。それはどうでもいいわね。とにかく、今日から本格的にあんたを鍛えてあげるわ」

 

「お、おう」

 

 別に鍛えてほしいと頼んだわけではないのだが。でもまあ、確かにこの力を自在に使えるようにはなりたかった。

 

「そういや、お代は?」

 

「お代って」

 

「ただで色々教わるのは申し訳ねーだろ」

 

「律儀な人ね。じゃあ、毎日ご飯作って。あたしのために」

 

「なんだ、そんなんでいいの?」

 

「うん。それでいい」

 

「OK。じゃあ、それで」

 

「うん、契約成立ね。あんた、後悔しないでよね。重い女を背負ったって自覚が出たとしても」

 

 さっきから言っているけど、こいつがそんなに太っているようには見えないのだけれどな。

 

「ところで、何か感じない? あたしに触れて、あたしの魔力を打ち消してるわけだけど」

 

 おお、そういえば確かに。彼女に触れられている頬に、なにか、力的なものが流れているのがわかる。

 

「その流れをたどってみて」

 

「おう」

 

 目を閉じると、俺の中にも、顔の部分以外にも力があることがわかった。

 そいつは俺のへその辺りから湧き出て、体を巡っている。

 

 今はその流れが肌に、ルシエラに触れている部分に集中して集まっているのがわかる。

 

 ルシエラが俺からすっと離れる。

 

「今度はその力を、自分の拳だけに集中させて」

 

 集中って言ってもな。姿形があるわけじゃないんだが。

 いや、待てよ。無理に集めるんじゃ無くて、そうだな。川だ。川を引くようなイメージだ。

 バケツで汲んでくるんじゃなくて、川が流れる道を、右腕に作ってやる。

 

 すると、右腕に向かって力が勝手に流れていく。

 

「それで、壁を殴ってみて」

 

「こう?」

 

 あんまり強く殴ったら、手が痛いと思った。だから手加減して、軽く小突いた。

 

 どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!

 

「……ほあ」

 

 なん、じゃこれ。殴った場所。石造りの硬い壁が、大きくクレーター状にぶっ壊れたじゃないか。

 

「それが反魔力を使った身体強化。触れた魔法を打ち消す力で強化された拳。これなら、どんな防御魔法も紙くずのように貫いて、魔法使いを強化した拳で殴り殺せるわ」

 

「いや殺さないけど」

 

 しかし、そうか。

 

「これが、魔法か」

 

「正確に言えば違うけど。まあ、大枠で言えばそうね」

 

「おおそうか! へえ。魔法って、すげえな!」

 

 世界に干渉する力、かぁ。今まで穀潰しだった俺に、こんな可能性が秘められていたなんて。

 

「ありがとな、ルシエラ!」

 

「ご飯のお礼よ、アントニオ」

 

 ルシエラは少しだけ頬を染めて、ツンと顔を背けた。

 

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