上位存在のイケニエとして差し出された穀潰しの少年、なぜかめちゃくちゃ溺愛される 作:茨木野
五日が経過した。俺は朝昼晩と、三食作ってはルシエラのもとへ持って行く。
そして、彼女と一緒にご飯を食べる日々を続けていた。
「しかし。この塔、すげえな。壁をいくら壊してもすぐに元に戻るしよ」
この間、反魔力で強化した拳で、この石の壁をぶち破ってみたはずだった。でも、みるみるうちに壁が自ら動き出し、修復されていったのである。
その後も何度か練習でど突いてみたけれど、その都度、空いた穴は綺麗に修復されていっている。
「塔がすごいんじゃないわよ。あたしの魔力がすごいのっ」
ぷくっ、と頬を膨らませるルシエラ。最近わかったのだが、結構この子は焼き餅焼きなのだ。ちょっと自分以外のものを褒めると、すぐにこれである。
「で、ルシエラ。どういうことなん? 魔力がすごいって」
「この塔は、あたしのあふれ出る魔力を強制的に利用して、魔法を発動させているの。この修復機能も、塔に付与された魔法の一つよ」
「ほぉん。つまり、この壁が直るのは、ルシエラのおかげってことか」
「そーよっ。修復の魔法はかなり魔力が要るんだからねっ」
何度も修復されるということは、その都度魔力をかなり消費されているということだ。それなのに、ルシエラは何度も魔力を使われても全然へっちゃらそうにしている。
「うん、ルシエラはすごいな」
「わかればいいのよ、わかればっ」
ルシエラは今度は目を閉じて、えっへんと得意げに胸を張る。ご機嫌な証拠だ。まだ五日だが、奇妙な共同生活を送っているうちに、彼女の感情の起伏が少しずつ理解できるようになっていった。
どうやらルシエラは、凄まじい魔力を持っているらしい。それを利用しようとしたあの黒フードの男に捕まってしまった、ということのようだ。
俺はてっきり、この子も一ヶ月経てば外に出られるのかと思っていた。だが、この子はここに捕まって、一生外に出してもらえないのだという。
「あいつを殺して逃げる、みたいなことできねーの?」
「無理。あたしの強さって、魔力依存だから」
魔力を常に塔に吸い取られている万全ではない状態では、あいつには勝てないということらしい。
「万全な状態なら勝てるんだな?」
「当然よ。あんな雑魚。あたしの魔法で一発よ」
うーむ、勇ましい。
「俺があいつを倒すってのは、どうだろうか」
ふと、そんな言葉が口を突いて出た。「はぁ? 何急に」とルシエラが素っ頓狂な声を上げる。
「いや、だってこんな可愛い子を閉じ込めておくなんてさ、普通にむかつかね?」
あの男とは、食料を貰っているだけの間柄だ。それ以上でもそれ以下でもない。
一方で、ルシエラからは、反魔力についての知識を教わっている。自分の体質を活かす、生きるすべを教えて貰っているのだ。
「なんでそんな、自分事のように怒ってくれるわけ?」
「そりゃ、おまえが俺の先生だからな。魔法の」
正確には反魔法だけどさ。
「先生は、嫌」
ぷいっ、とそっぽ向いてしまうルシエラ。銀糸の髪がさらりと揺れた。
「嫌?」
「うん。なんか、一線を引かれて遠ざけられている感じがして、やだ」
うーん。別にそういうつもりはないのだけれど。普通に魔法の知識を教わっているわけだし。
先生が嫌だとなると。そうだな。
「じゃあ、友達で」
友達同士で勉強を教え合うみたいな、そういうこと。村で子供たちがやっているのを見かけたことがあるからな。
ルシエラはこちらを向き、顔をぐっと近づけてきた。
「友達? あたしとあんたが?」
「おうよ」
先生じゃないとすると、そうなるな。
ルシエラはじっと俺の目を見つめ、やがて。ボロボロと、ルビーのような瞳から大粒の涙を流し始めた。
「うぉっ。お、おまえどうした」
「う、うるぅうう。うるさぁい。こっち見んなよぉ〜っ」
「泣いてる子、ほっとけるわけねーだろ」
俺は服の袖で、ごしごしとルシエラの涙を拭ってやる。彼女は泣きじゃくりながら、俺の手のひらにすりすりと頬をこすりつけてきた。
どうにも、ルシエラはこの強大すぎる魔力のせいで、誰にも触れられずに生きてきたらしい。唯一、俺の持つ反魔力だけが彼女の魔力を打ち消し、人の肌に触れることができるようになるのだ。
「友達?」
「おう、友達」
「裏切ったらぶっ殺す」
「しねーだろ、おまえ。そんなこと」
俺がここへ来て五日。一度たりとも、彼女に傷つけられたことはない。
魔力ゼロの穀潰しの俺でもわかる。彼女は、決して悪い子じゃないって。
「じゃあ、友達。一生の友達よ。絶対に裏切らない。あんたはあたしを、あたしはあんたを」
「お、おう」
一生とか絶対とか、ちょっと重いワードを使ってくるな。
まあそれでも。
「OK」
「手出して」
「手?」
ルシエラが俺の右手を両手でぎゅっと握ってくる。すると、俺の手のひらに。
「あちぃいいいいいいいいいいいいっ」
な、なんか手の甲が熱いっ。火傷でもしたんかぁっ!?
傷つけてこないって言ったけど、やっぱムカついて俺を殺そうと。いやそんなことしないと思うんだけどっ。
「落ち着きなさい」
「これが落ち着いて。って、あれ。痛みが消えている」
俺の手の甲には、複雑な紋様を描いた円形の傷的なものが浮かび上がっていた。さっきまでこんなものなかったのに。
「反魔力に打ち消されるかと思ったけど、うまくいったみたいね。不思議」
「あのぉ、なにしたん?」
「あんたと契約を結んだのよ」
「け、契約ぅ?」
なんだそりゃ。なんでそんなことを。てゆーか。なんの契約なんだっ?
「あたしはあんたを裏切らない、あんたはあたしを裏切らない。そういう魂の契約。本来ならあたしからあんたへ魔力が供給されるはずなんだけど、反魔力が全部消しちゃってるわね」
「ええー」
まあ何で契約なんて魔法みたいなことができるのかわかんないけど。それって俺に利が全く無いじゃん。
まあ別に、友達に見返りなんて求めてねーからいいのだけれど。
「契約者は、契約主を守る武器を貸与されるの。出でよ、と念じてごらんなさい」
「出でよ?」
言われた通りに念じると、俺の手の甲の紋様から、黒い煙のようなものが噴き出してきた。
「うぉっ。なんじゃこの煙っ」
「あんたの魔力を糧に、冥界から呼び出された。神器よ」
「神器ぃっ」
黒い煙はみるみるうちに大きく膨れ上がっていく。
「ちょ。なによこのでかさっ!?」
俺の右腕を、黒い煙が覆っていく。それはやがて、硬質な金属の質感を持つ一つの太い筒を作った。
「大砲?」
身の丈ほどもある巨大な、無骨な黒い大砲。それが俺の右腕にすっぽりと装着されているのだ。
「神器はあたしという門を通じて、冥界より呼び出される、契約主を守る武器。確かにあたしの門は大きいけど、でも呼び出せる神器の強さは、契約者のポテンシャル次第のはず」
「なんかわっかんねえけど、これどうすりゃいいんだよっ。なんかめっちゃ熱くなってきてるんだけどっ!?」
大砲の筒が赤熱していく。俺のへその奥から、反魔力が凄まじい勢いで大砲へと吸い出されていくのがわかった。
「と、とりあえず上っ。上に向けなさいっ」
「わかったっ」
俺は重い砲身を無理やり頭上へと向ける。すると。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
大砲の口から吐き出されたのは、超高密度に圧縮された巨大な黒い塊。それが螺旋回転しながら凄まじい爆音と共にぶっ飛んでいった。
それは塔の堅牢な天井を、いともたやすくぶち抜いて粉砕したのである。
「は、ははっ。すごいわ。あんたの神器。自身の反魔力を砲弾にして飛ばせるのねっ」
砲弾は天井を跡形もなくぶち破った。本来なら修復の魔法が即座に発動して、すぐに天井が塞がれるはずなのだが。
ぽっかりと空いた天井の穴は、いつまで経っても修復されない。
「ただ反魔力を付与するんじゃない。反魔力を超圧縮させて放つ。あたしの魔力を食った修復の魔法すらも上回る魔法。これぞ反魔法だわ」
「おおっ。これが魔法なのか」
つまり俺は、この神器とやらを使えば、魔法が使えるということかっ。
「レベル1の神器は、反魔力を砲弾にして放つ。レベル1でこの威力なんだから、もっとレベルが上がれば、もっと強くなれるわよっ」
「おおっ。まじか。どうすりゃレベル上がるの?」
ルシエラは顔を赤らめながら「お、教えてあげないっ」とそっぽ向いてしまった。なんでや。もっと教えてほしいのだが。
そのときだった。
「おい。何してやがる。クソガキッ」
あ、俺をここに連れてきた黒フードの男だ。
フードで顔は見えないが、声のトーンから相当お冠のご様子。そりゃそうか。大事な塔をぶっ壊したのだから。
「天井に穴。貴様っ。ルシエラと契約しやがったなっ!? 一体どんな手使ったっ!?」
「いや、特別何かしたわけじゃ」
友達になったらなんか契約してたって感じだし。
「修復が発動しない。このままじゃルシエラが外に出てしまう。ここで、殺すしかないっ」
男が懐から禍々しい装飾の杖を取り出す。だが。
ぼとっ。
「「は?」」
男の右手が、杖ごと床に落ちたのだ。肘の辺りでスッパリと切断されている。
でも、なんで? だれが、いつの間に?
「ふっ。ふふふふっ」
ルシエラが、本当に楽しそうに笑い声を上げる。
「あはははははっ。塔がっ。一部とは言え完全に破壊されたっ。あたしから延々と魔力を奪い続ける忌まわしい塔がっ。あたしを縛る鎖がっ。壊れたっ」
なんだなんだ。ルシエラは嬉しそうに笑っている。一方で、腕を失ったあの男はガタガタと震えている。
こんなちっこい女の子に、あいつは萎縮しているのか?
いや、底知れぬ恐怖を抱いている?
「よくも、あたしをコケにしてくれたわね。下郎」
倒れ伏す男を、ルシエラはただ冷たい眼差しで睨みつける。ただそれだけで、男は泡を吹いて仰向けに倒れ、気絶してしまった。
ぱさり、と男のフードが取れる。
「なんか綺麗な顔してるな。おっさんかと思ってたけど、若い男みたい」
整った顔立ち。白い肌の美青年だった。うーん。予想が外れた。
「おい、殺しちゃだめだろ」
「わかってるわよ。殺してないわ。ただちょっと魔力で脅しただけ」
ふんっ、とルシエラが鼻を鳴らす。女の子を閉じ込めている時点で悪人だ。でも殺すことはない。
その俺の意思を、ルシエラは汲んでくれたようである。
こんな小娘が、大の大人一人を威圧感だけで気絶させられる。俺に神器を授けて、反魔法を使えるようにしてくれた。
そして、魂の契約。
さすがの鈍い俺でもわかる。
「なあ、ルシエラ。あんた何者?」
するとルシエラは優雅に微笑んで、ドレスのスカートの裾をつまみ、恭しく頭を下げる。
「あたしはルシエラ・ド・シュブ=ニグラス。魔神が一柱よ」