上位存在のイケニエとして差し出された穀潰しの少年、なぜかめちゃくちゃ溺愛される 作:茨木野
いやぁ、びっくりした。ルシエラのやつ、本当に空を蹴って飛ぶんだもんな。
耳元で凄まじい風切り音が鳴り、眼下の景色があっという間に流れていく。まさか空を飛ぶ体験をするなんて思わなかった。
で、俺が降り立った場所は。あれ?
「俺がいた村じゃん」
「ええ、そうね」
懐かしい、俺を穀潰しだと言って追い出した村である。土埃を巻き上げながら、村の入り口にルシエラがふわりと着地した。
「な、なんだぁっ!?」
「空から何か降ってきたぞっ!?」
「魔物かっ!?」
農作業をしていた村人たちが、鍬を放り出してざわめき立つ。そりゃあ、空から人が降ってくれば誰だってびっくりするだろう。
「ルシエラ、どーすんのさ、これから」
「あんたのおじさんのとこ」
「叔父さんの?」
ルシエラは一体何をしようとしているのだろうか。俺が尋ねる前に「あそこね」と的確に方向を定め、スタスタと歩き出してしまう。靴音が土の地面を硬く叩いた。
「なあ、ルシエラ。この村の場所や、叔父さんの家の所在って、一体どうやって調べたんだよ」
「わかるのよ」
「はあ、わかる?」
「ええ。あたし、ある程度心が読めるのよ」
「まじか。なんか特殊な魔法?」
「というより技術ね。相手の魔力が読めるの。魔力って、心からこぼれ出るものだから。魔力の動きで、相手の心の動きが手にとるように読めるのよ」
はー、そんなものなのか。
「反魔力使いのあんたも、練習すればできるようになるわよ」
おお、まじか。心が読めるようになったら、戦うときに便利そうだ。しかし、そうか。ルシエラは俺の心を読めたのか。それはなんだか、少し気恥ずかしいし大変そうだ。
「もうっ♡ アントニオは、やさしいんだからっ♡ もう絶対はなさないわよっ♡」
「お、おう」
ルシエラが頬を桜色に染め、俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。柔らかな感触と甘い香りが漂ってきた。
ややあって。俺たちは見慣れた叔父さんの家へとやって来た。
ルシエラは木製の古い扉をギィッと押し開け、遠慮無くずかずかと中に入っていく。
「な、なんだね君。って、アントニオっ!?」
「おっす、叔父さん。ただいま」
居間にいた叔父さん夫婦は、俺の突然の登場にひどく驚いたようである。ただ、俺よりも、隣に立つルシエラの常外れた美貌のほうに完全に目を奪われているように見えた。
「だ、誰なのだ。そのお方は。王都の貴族の娘さんなんてことはないな」
「ああ。この人は」
「あたしのダーリンよ」
いきなり何を言っているんだこいつは。
「あたし、この人と結婚するから。その許可を貰いにきたの。ほんとはアントニオを捨てたクソ人間のことなんて捨て置けばいいと思ったけど、彼が気にすると思って」
ルシエラが堂々と胸を張って宣言する。
叔父さんは「はぁ」と口を開けたまま、何が何やらという顔で固まっていた。
するとルシエラが、自身の真っ白な指先を小さな歯でちくりと噛み切った。その細い手を前へと突き出す。
パキパキッ。
澄んだ硬質な音が鳴り響き、目の前の空間に、美しい紫色の結晶がいくつも出現した。窓からの光を反射して、キラキラと幻想的に輝いている。
「こ、これはっ!? ま、魔力結晶っ!? しかもこの美しく澄んだ色。最上級ランクの魔力結晶じゃあないかっ!」
魔力結晶といえば、純粋な魔力の塊だ。ポーションや高度な魔道具の素材にされる、目ん玉が飛び出るほど高値で売れる代物である。
「これは結納と手切れ金よ。あと迷惑料。これでもうアントニオはあたしのものだし、二度とこの薄汚い村には帰ってこない」
なんだか急な話だし、俺にとっても寝耳に水なのだが。
「あんたも、ほら。お別れ言って」
「え、まあ」
うーん。まあ元々叔父さんには長年迷惑をかけてきたしな。自立した方がいいのだろう。
「あ、アントニオっ! ま、待ってくれぇっ!」
叔父さんが慌てて俺にすり寄り、肩をがしっと掴んできた。ひどく汗ばんだ手だ。血走った目が、ぎょろぎょろと嫌な光を帯びて動いている。なんだか、こわい。
「お、お別れなんてしなくていいんだぞ? そこのお嬢さんと一緒に、この村に住むのはどうだ? そ、そうだっ。村長に言って、立派な家を用意して貰おう。おまえ達夫婦のっ! うんっ! それがいいっ!」
なんだか急に猫撫で声で優しくなったな。俺がいたころは、いつも穀潰しのゴミ扱いして蹴り飛ばしてきたというのに。
すると、ルシエラが「はぁ?」と低い声でぶち切れた。
ごごごごごっ。
突如、ルシエラの細い体から凄まじい魔力が立ち上る。室内の空気が一気に重くなり、肌を刺すような冷気が立ち込めた。
そういえば、この子はこの村に入ったときから意図して魔力量を抑えていたな。あるいは近くにいる俺の反魔力の影響もあったのだろう。
「ひぃいっ!」
「おまえ。ふざけるのも大概にしなさいよ。あたしのアントニオに酷いこと言って、利用価値が出た途端、手のひら返し」
利用価値?
「あ、いや。決してそんなわけじゃ」
「アントニオ。こいつはね、あたしがほしいのよ。魔力結晶は金になる。それを際限なく産むあたしをそばにおいておきたいのよ。だからあんたに急に優しくしたのよ」
「い、いやっ! 決してそんなわけじゃっ」
叔父さんは顔を引きつらせ、慌てて首を横に振る。だが。いや、まあ、鈍い俺でもそれが嘘だということくらいはわかった。
叔父さんは金にうるさいからな。いつも金、金とぼやいていたし。
「すんません、俺、ルシエラと村を出ます」
「そ、そんなっ。どうしてっ!?」
「いや、叔父さんに今までずっと迷惑かけてきたし。もう迷惑かけたくないんで」
「だから迷惑だなんてっ」
「それに、ルシエラを。俺の友達を、そんな金のなる木みたいに思われて、利用されるのは。嫌なんで」
「アントニオっ! だいすきっ!」
ルシエラが勢いよく俺に抱きつく。温かい体温が伝わってきた。
ルシエラは、今までずっとあのフードの男達に利用されてきた。自由を奪われていたのだ。ここでもまた同じことをやられるのは、さすがに不憫だった。
「そういうことで」
「ま、待ってくれアントニオっ! いかないでくれぇっ! 家族だろぉっ!? なぁっ!」
俺の服の裾を掴み、必死に呼び止める叔父さんの見苦しい姿を見て。俺は、完全に冷めた。
「なあ、叔父さん。俺があのフードの男につれてかれるとき、どうして今みたいに引き留めてくれなかったの?」
つい、冷ややかな言葉が口を突いて出た。あんときは、ホクホク顔の笑顔で送り出したというのに。
理由はわかっている。厄介払いができてせいせいする、というところだろう。
今はルシエラという利用価値が出てきたから、必死に止めているだけだ。結局この叔父さんからすれば、俺なんて今も変わらず、ただの穀潰しなのだ。
そう思うと、叔父さんをおいていくことへの僅かな申し訳なさも、綺麗に消え去った。
「ルシエラ、また抱っこして飛んでくれよ」
「まかせてっ!」
外に出ると、ルシエラは俺の体をひょいと抱きかかえ、そのまま力強く空へと飛び上がった。
凄まじい風圧が顔を叩く。
「待ってっ! アントニオぉっ! いかないでくれぇっ!」
下を見下ろすと、地べたに這いつくばって手を伸ばす叔父さんがどんどんと小さくなっていく。俺には、もう未練なんて少しもなかった。前を向いて、これから新しい人生を生きていこう。
「これで終わりと思わないことね。あたしのアントニオをいじめたんだから、相応の報いを受けてもらうわよ」
「ルシエラ? なんかいった?」
「んーんっ♡ なーんにもっ♡」