光り輝く太陽に導かれ   作:光り輝くダンディー

11 / 23
第11話 交わらない二つの道

 

地下第一層・最奥部

 

地下第一層のフロアボスを撃破したレイは、静かにシステムウィンドウを閉じた。

 

黒暁剣リュクシオンを腰に収め、夜渡りの外套を翻しながら、地下迷宮の通路を歩いていく。

 

先ほど、地上の第一層フロアボスが撃破されたという通知が届いた。

 

地上の攻略組が、ついに第一層を攻略したのだ。

 

「……ようやくか」

 

レイは短く呟いた。

 

地上の攻略が進んだこと自体は、別に驚くことではない。時間をかければ、いずれ突破するだろうと考えていた。

 

しかし、そこでふと気になることがあった。

 

レイは、地下第一層のフロアボスを倒したときに表示された通知を思い返す。

 

《地下第一層の攻略が完了しました》

 

あの通知は、誰に届いているのだろうか。

 

地下第一層を攻略した際、レイの視界には明確に攻略完了のメッセージが表示された。

 

一方、地上の第一層を攻略した際にも、同じように通知が表示された。

 

ならば、地下の攻略完了通知も、全プレイヤーに届いているのだろうか。

 

レイは、地下第一層の攻略完了通知が表示されたときのことを思い返した。

 

当然ながら、地下にはほかのプレイヤーはいなかった。

 

そのため、通知が自分以外のプレイヤーにも表示されたのかどうかは、確認できていない。

 

地上の第一層フロアボス撃破の通知については違う。

 

あの通知は、レイが地下迷宮を探索している最中に届いたものだ。

 

つまり、地上で攻略を進めていたプレイヤーたちが、地下の攻略完了通知を受け取ったかどうかは分からない。

 

「……確認するか」

 

レイはシステムメニューを開き、攻略情報に関する項目を調べ始めた。

 

通常の攻略情報には、地上の第一層フロアボス撃破の記録が表示されている。

 

しかし、地下第一層の攻略記録は見当たらなかった。

 

さらに調べてみても、地下の攻略完了を示す項目は、レイのメニューにしか存在していないようだった。

 

「……そういう仕様か」

 

レイは、一つの仮説にたどり着いた。

 

地下に関する情報は、地下へ足を踏み入れたプレイヤーにしか表示されない。

 

そして、現時点で地下の存在を知っているプレイヤーは――自分だけ。

 

もちろん、断定するには情報が足りない。

 

しかし、今のところ、それが最も自然な結論だった。

 

レイはメニューを閉じ、静かに息を吐いた。

 

「……なるほどな」

 

地下の存在を知らないプレイヤーたちには、地下攻略の通知も届いていない。

 

そう考えれば、地上の攻略組が地下の存在に気づいていないことにも説明がつく。

 

地上の第一層攻略が成功した今、プレイヤーたちはようやく希望を見いだしたところだろう。

 

その状況で、地下にも別の攻略ルートが存在すると知ったらどうなるか。

 

地上の攻略だけでは不十分なのではないか。

 

地下にもフロアボスがいるなら、そちらも攻略しなければならないのではないか。

 

そんな疑念が広がり、せっかく生まれた希望が不安へと変わる可能性がある。

 

「……わざわざ混乱させる必要はないか」

 

レイにとって、地下攻略を進めること自体は難しくない。

 

だが、ほかのプレイヤーたちは違う。

 

地上の第一層を攻略するだけでも、多くの時間と労力を必要とした。

 

それなのに、さらに地下の攻略が必要かもしれないと知らされれば、気落ちする者もいるだろう。

 

まして、地下がどれほど広いのか、どれほど強い敵がいるのか、まだ誰も知らないのだ。

 

「地上は、あいつらに任せるか」

 

レイはそう結論づけた。

 

地上の攻略は、地上の攻略組に任せる。

 

そして自分は、地下攻略を進める。

 

それが、今の自分にできる最善の選択だと思った。

 

レイは地下迷宮の通路を歩きながら、さらに考えを巡らせていた。

 

そもそも、なぜ地下第一層などというものが存在するのか。

 

通常の攻略ルートとは別に、隠された階層が用意されている。

 

しかも、そこには独自のモンスターが存在し、独自のフロアボスまで配置されていた。

 

偶然用意されたものとは考えにくい。

 

「……運営が、意味もなくこんなものを用意するとは思えないな」

 

この世界は、ただのゲームではない。

 

一度でもHPがゼロになれば、現実世界の肉体も命を失う。

 

そう宣言されたデスゲームだ。

 

ならば、ゲームシステムに存在するものには、何らかの意味があるのかもしれない。

 

もちろん、地下攻略が必須だと決まったわけではない。

 

地上の攻略だけでクリアできる可能性もある。

 

しかし、もし違ったら。

 

もし、地上のすべての階層を攻略しても、地下に未攻略の階層が残っている限り、ゲームクリアと認められない仕組みだったら。

 

そのとき、地下攻略を後回しにしていたらどうなるだろうか。

 

地上を最上層まで攻略したあと、初めて地下の存在が明らかになる。

 

そこから地下攻略を始めることになれば、どれほどの時間が必要になるか分からない。

 

「……可能性は、潰しておくべきだな」

 

レイは足を止めた。

 

そして、黒暁剣リュクシオンの柄に軽く触れる。

 

地上の攻略組が、地上の階層を攻略していく。

 

その間に、自分は地下の階層を攻略する。

 

そうすれば、仮に地上と地下の両方を完全攻略する必要があったとしても、最後になって慌てることはない。

 

さらに、地下の攻略を進めれば、地上の攻略に役立つアイテムや情報を得られる可能性もある。

 

「……悪くない」

 

レイは再び歩き始めた。

 

地下の存在を他人に知らせるつもりは、今のところなかった。

 

必要になれば、そのときに伝えればいい。

 

それまでは、誰にも知られずに攻略を進める。

 

それが、彼の出した結論だった。

 

◇

 

数日後

 

第一層の主街区は、以前よりも活気づいていた。

 

第一層フロアボスの撃破は、多くのプレイヤーに希望を与えた。

 

この世界から脱出する方法は、確かに存在する。

 

そう信じられるようになった者も多かった。

 

もちろん、デスゲームが終わったわけではない。

 

第二層以降の攻略はこれからだし、危険なモンスターがいなくなったわけでもない。

 

それでも、第一層を突破できたことは大きかった。

 

そんな街の大通りを、アスナは一人で歩いていた。

 

攻略の成功以降、彼女は以前よりも積極的に情報を集めるようになっていた。

 

キリトと組んで戦う機会も増え、迷宮区での戦闘にも少しずつ慣れてきている。

 

それでも、時折ある人物のことを考えてしまう。

 

(……レイ君、どうしてるかな)

 

第一層攻略の集まりには、結局レイは現れなかった。

 

その後も、街や迷宮区で姿を見かけることがなかった。

 

以前は、まるで偶然が重なったかのように、何度も顔を合わせていたのに。

 

街の道具屋。

 

迷宮区へ続く道。

 

宿屋の近く。

 

少し歩けば、どこかでレイに出会えるような気がしていた。

 

けれど、ここ数日は一度も会えていない。

 

(……忙しいのかな)

 

レイはソロプレイヤーだ。

 

誰かと行動を共にすることも少なく、自分のペースで攻略を進めているのだろう。

 

そう考えるのが自然だった。

 

それでも、アスナは少し寂しかった。

 

また会いたい。

 

少し話したい。

 

できれば、一緒に狩りにも行きたい。

 

そんな気持ちが、日に日に強くなっている気がした。

 

「……はぁ」

 

小さく息を吐き、アスナは顔を上げた。

 

その瞬間。

 

通りの向こうに、見覚えのある黒い姿が見えた。

 

「……えっ?」

 

黒い髪。

 

黒い装備。

 

そして、周囲を気にする様子もなく、淡々と歩いている少年。

 

見間違えるはずがなかった。

 

「……レイ君!」

 

気づけば、アスナは声を上げていた。

 

レイが足を止め、こちらを振り向く。

 

「……アスナか」

 

いつもと変わらない声。

 

いつもと変わらない表情。

 

けれど、アスナの胸には、抑えきれないほどの喜びが込み上げていた。

 

(……会えた!)

 

本当に、会えた。

 

たった数日、姿を見ていなかっただけなのに。

 

まるで、ずっと会えていなかったような気分だった。

 

アスナは小走りで近づき、レイの前で足を止めた。

 

「久しぶりね、レイ君!」

 

「ああ。そうだな」

 

「最近、全然見かけなかったから……どうしてるのかなって思ってたの」

 

言ってから、アスナは少しだけ恥ずかしくなった。

 

まるで、ずっと彼のことを気にしていたと告白しているようではないか。

 

実際、気にしていたのだが。

 

「……そうか」

 

レイは短く答えた。

 

それから、アスナの顔を見て、少しだけ首を傾げた。

 

「アスナは、元気そうだな」

 

「うん。第一層も攻略できたしね」

 

「ああ。通知は見た」

 

「……そっか」

 

アスナは笑顔を浮かべた。

 

「すごかったのよ。みんなで協力して、なんとか倒せたの。私もキリト君と組んで戦ったんだけど……」

 

そこまで話して、アスナは少しだけ言葉を止めた。

 

本当は、もっと話したいことがあった。

 

攻略のこと。

 

ボス戦のこと。

 

その後のこと。

 

そして、レイがいなかったこと。

 

けれど、何から話せばいいのか分からなかった。

 

ディアベルの死についても話したかったが、今は久しぶりに会えた喜びが大きく、うまく言葉にできなかった。

 

「……レイ君は、何をしてたの?」

 

そう尋ねると、レイは特に表情を変えずに答えた。

 

「レベリングだ」

 

「レベリング?」

 

「ああ。しばらく、経験値を稼ぐことに集中してた」

 

もちろん、それは地下攻略について触れないための答えだった。

 

地下の存在を隠すと決めた以上、詳しい事情を話すわけにはいかない。

 

それを聞いたアスナは、納得したように頷いた。

 

レイなら、そういうこともあるだろう。

 

誰かとパーティーを組むより、一人で効率よく狩りをしたほうがいいと考えているのかもしれない。

 

「……だから、見かけなかったのね」

 

「そういうことだ」

 

「そっか……」

 

アスナは、少しだけ視線を落とした。

 

会えなかった理由が分かったのは嬉しい。

 

けれど、同時に、少しだけ寂しくもあった。

 

◇

 

「……これからも、レベリングを続けるの?」

 

アスナは、できるだけ自然な口調で尋ねた。

 

「ああ。しばらくは集中するつもりだ」

 

「……しばらく?」

 

「地上の攻略が進む前に、できるだけ強くなっておきたい」

 

レイの答えは、もっともだった。

 

第一層が攻略された以上、次は第二層の攻略が始まる。

 

より強いモンスターが現れるだろうし、攻略が進むにつれて、必要とされる実力も上がっていく。

 

レイが自分の力を高めようとするのは、何も不思議なことではない。

 

アスナだって、もっと強くならなければならないと思っている。

 

それなのに。

 

「……そうなんだ」

 

声が、ほんの少しだけ小さくなった。

 

レイは、そんなアスナを見ていた。

 

そして、何気ない口調で続けた。

 

「だから、こうして偶然会うことも、しばらくないかもしれないな」

 

――その言葉に、アスナの胸がきゅっと締めつけられた。

 

「…………え?」

 

思わず、顔を上げた。

 

レイは相変わらず落ち着いていた。

 

別に、二度と会えなくなると言っているわけではない。

 

ただ、レベリングに集中するから、以前のように街や迷宮区で顔を合わせる機会が減るかもしれない。

 

それだけの話だ。

 

頭では、分かっていた。

 

分かっているのに。

 

(……そっか)

 

これから、また会えなくなるのかもしれない。

 

今までのように、街で偶然出会うことも。

 

迷宮区で一緒に狩りをすることも。

 

並んで歩きながら、何でもない話をすることも。

 

しばらくは、なくなってしまうのかもしれない。

 

アスナは、無意識のうちにレイの服の裾を掴みそうになった。

 

けれど、寸前で手を止めた。

 

そんなことをする理由はない。

 

自分たちは恋人ではないし、レイにはレイの目的がある。

 

彼の邪魔をするわけにはいかなかった。

 

「……そっか。レイ君も、頑張ってるんだもんね」

 

アスナは、笑顔を作った。

 

「私も、もっと強くならなきゃ」

 

「そうだな」

 

レイは頷いた。

 

そして、少しだけ間を置いてから言った。

 

「アスナなら、大丈夫だろ」

 

「……え?」

 

「お前は、自分で考えて動ける。無理さえしなければ、もっと強くなる」

 

アスナは、目を見開いた。

 

レイが、自分を評価してくれた。

 

それだけではない。

 

彼は、自分がもっと強くなれると信じてくれている。

 

そのことが、嬉しかった。

 

けれど、今はその嬉しさよりも、別の気持ちのほうが強かった。

 

「……ありがとう、レイ君」

 

アスナは微笑んだ。

 

「レイ君も、無理しないでね」

 

「ああ」

 

「ちゃんと休むこと。回復アイテムも、必要な分は持っておくこと。あと、危ないと思ったら無理に戦わないこと」

 

言いながら、アスナは自分でも驚いていた。

 

まるで、レイのことを心配しているみたいだ。

 

いや、実際に心配している。

 

彼は強い。

 

自分とは比べものにならないほどの実力を持っている。

 

それでも、この世界では何が起こるか分からない。

 

どれほど強くても、絶対に安全だとは言い切れないのだ。

 

「……分かった」

 

レイは、素直に頷いた。

 

「アスナもな」

 

「……うん」

 

その一言が、アスナの胸にじんわりと染み込んだ。

 

自分のことも気にかけてくれている。

 

そう感じられるだけで、少しだけ気持ちが明るくなった。

 

けれど、やはり寂しさは消えなかった。

 

◇

 

「……じゃあ、俺は行く」

 

レイが言った。

 

「うん……」

 

アスナは頷いたものの、すぐには動けなかった。

 

本当は、もう少し話していたかった。

 

せっかく会えたのだから。

 

数日ぶりに顔を見られたのだから。

 

もう少しだけ、一緒にいたかった。

 

けれど、引き止める理由が見つからない。

 

「……またな、アスナ」

 

レイは軽く手を上げた。

 

「……うん。またね、レイ君」

 

アスナも笑顔で返した。

 

レイはそのまま歩き出す。

 

いつもと変わらない足取りで、人混みの中へと進んでいく。

 

アスナは、その背中を見送った。

 

以前なら、もう少し気軽に声をかけられた気がする。

 

また会ったら一緒に歩こう、と。

 

今度は一緒に狩りをしよう、と。

 

そんな言葉を、自然に口にできたはずなのに。

 

今は、なぜか言えなかった。

 

(……レイ君)

 

胸の奥が、少しだけ痛んだ。

 

会えたことは嬉しかった。

 

元気そうな姿を見られて、安心した。

 

話せたことも、嬉しかった。

 

それなのに、別れたあとの寂しさは、以前よりもずっと大きかった。

 

(……私、こんなにレイ君に会いたかったんだ)

 

ようやく、そのことを認められた気がした。

 

レイに会えない日が続くと、何をしているのか気になってしまう。

 

街を歩いていると、つい彼の姿を探してしまう。

 

そして、見つけた瞬間には、胸が弾むほど嬉しくなる。

 

今まで、こんなことはなかった。

 

誰かと会うことを、これほど楽しみにしたことも。

 

誰かと別れることを、これほど寂しく感じたことも。

 

「……ふぅ」

 

アスナは、小さく息を吐いた。

 

そして、レイが去っていった方向をもう一度見つめた。

 

「……また、会えるよね」

 

誰に尋ねるでもなく、そっと呟く。

 

レイは、しばらくレベリングに集中すると言っていた。

 

だから、以前のように偶然会うことは減るのだろう。

 

それは仕方のないことだ。

 

自分だって、攻略を進めなければならない。

 

いつまでも、彼に会いたいという気持ちばかりを優先するわけにはいかない。

 

分かっている。

 

それでも。

 

(……今度会ったら、ちゃんと伝えよう)

 

一緒に狩りができて楽しかったこと。

 

また会えて嬉しかったこと。

 

そして――

 

(……また、一緒に歩きたいって)

 

そこまで考えて、アスナは頬を赤くした。

 

「……もう。何考えてるのよ、私……」

 

小さく呟きながらも、その表情には微かな笑みが浮かんでいた。

 

寂しい

 

けれど、また会えるかもしれない。

 

その小さな期待が、今のアスナを支えていた。

 

◇

 

通りを歩くレイは、先ほどのアスナの表情を思い返していた。

 

別れ際、彼女は笑っていた。

 

けれど、その笑顔は、いつもより少しだけ寂しそうに見えた。

 

「…………」

 

レイは足を止めることなく、静かに歩き続けた。

 

なぜ、あんな表情をしたのか。

 

彼には、まだ分からなかった。

 

ただ。

 

(……また会うこともあるだろう)

 

そう考えていた。

 

そのときの彼は、まだ知らない。

 

自分が地下攻略を進めるために選んだ道が、アスナとの距離にも少しずつ影響を与えていくことを。

 

そして、彼女が自分の姿を探してしまうほど、会いたいと思うようになっていることを。

 

二人の道は、今は少しだけ離れていた。

 

けれど、その距離が二人の気持ちを遠ざけるのか。

 

それとも、互いの存在の大切さに気づかせるのか。

 

それは、まだ誰にも分からなかった。




次回、階層が一気に飛びます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。