地下階層・第四十層
第五十七層で、あの奇妙なユニークモンスターと遭遇してから、しばらくの時間が経過していた。
レイは相変わらず、誰にも知られていない地下階層でレベリングを続けていた。
ただし、現在活動している場所は、以前ダンディーと遭遇した第五十七層ではない。
あの一件以来、レイは五十層台を避け、第四十層まで移動していた。
理由は単純だ。
また、あの珍獣に遭遇するのが嫌だったからである。
もちろん、モンスターとしての強さだけを考えれば、レイが逃げ回る必要などない。
あれほどの強敵であっても、最終的には倒せる。
実際、前回もどうにか撃破している。
問題は、そこではなかった。
「ダンディー……ダンディー……」
「…………」
レイは足を止めた。
聞き覚えのある声。
いや、聞き覚えがありすぎる声だった。
通路の先に浮かんでいるのは、バスケットボールほどの大きさをした黄金色の球体。……いや、以前より若干大きくなっている気もする。
太陽のような身体に、黒いサングラス。
そして、自分の美しさを疑うことなど一切なさそうな、妙に得意げな表情。
間違いない。
ユニークモンスター――《ダンディー》である。
「……またお前か」
レイは心底うんざりした様子で呟いた。
五十層台を避けて、わざわざ四十層まで移動したというのに。
まさか、こんなところで再会するとは思わなかった。
いや、そもそも再会という表現でいいのだろうか。
前回、確かに倒したはずなのだ。
それなのに、目の前のダンディーは何事もなかったかのように浮かんでいる。
しかも、レイを見つけるなり、嬉しそうに声を上げた。
「おお! 今日も会ったな、ダンディー!」
「……会いたくなかったんだが」
「天高くそびえ立ち優雅に……みよ!」
シュバッ!
ダンディーが勢いよく上空へ飛び上がった。
「みねーよ!」
思わず声を荒らげるレイ。
すると、ダンディーは空中でくるりと一回転し、いつもの調子で叫んだ。
「今日もダンディーだぜ~!」
「……待て」
レイは眉間に皺を寄せた。
「……前はそんな口調じゃなかっただろ」
前回も十分に意味不明なことを言っていたが、少なくとも、こんな妙に軽い語尾を連発していた記憶はない。
いや、そもそも、そんなことを気にしている時点でおかしい気もする。
「お前、倒されたことは覚えているのか?」
「ダンディー! ダンディー!」
「……質問に答えろ」
「我が肉体は美しい!」
「聞いてない」
相変わらず、会話が成立しない。
それどころか、倒されたことを覚えているのかという質問に対し、まるで聞く耳を持たない。
記憶があるのか、ないのか。
そもそも、こいつは何度でも復活する仕様なのか。
考え始めれば疑問は尽きないが、本人に聞いても答えが返ってくるとは思えなかった。
「……面倒な奴だな」
レイは小さく息を吐いた。
第四十層まで逃げてきた意味が、早くもなくなった気がする。
しかも、こいつの厄介なところは、見た目や言動だけではない。
前回、身をもって思い知らされた。
こいつは、見た目に反して恐ろしく強い。
そして、何よりも厄介なのは――。
「ダンディズム! ダンディズム!」
「……さっさと終わらせるか」
レイは腰の剣に手をかけた。
もはや、まともな会話を試みるだけ無駄だった。
相手が何を考えていようと関係ない。
倒せるのなら、倒す。
それだけだ。
「さあ、我が肉体の美しさを、その身に刻むがいい! ダンディー!」
「……くだらない」
レイは剣を抜いた。
黄金色の球体が、眩い光を放ち始める。
戦闘開始だった。
◇
「ダンディズム! ダンディズム!」
ダンディーが高速回転を始めた。
その身体を中心に、黄金色の光が渦を巻く。
「君を使わせてもらおう! 我輩の必殺技――ダンディズム・レイをな!」
「……名前違いだ!」
レイは思わず叫んだ。
ダンディーの技名は《ダンディズム・レイ》だ。
自分の名前を技名に使われた覚えはない。
「……いや、待て」
そこで、レイはふと気づいた。
「……何で俺の名前を知ってるんだ?」
「フハハハハ! 我がライバルの名を知らぬわけがなかろう! ダンディー!」
「……誰がライバルだ」
レイは呆れたように呟いた。
いつの間にライバル認定されたのか。
そもそも、モンスターに自分の名前を知られていること自体が不可解だった。
しかし、考えている暇はなかった。
「必殺――ダンディズム・レイ!」
次の瞬間、無数の光線が四方八方へ放たれた。
「……っ!」
レイは横へ跳び、迫り来る光線をかわした。
光線は壁に当たると跳ね返り、さらに別の壁へと突き刺さる。
その軌道が複雑に交差し、空間全体が危険地帯へと変わっていく。
一本を避ければ、別の一本が死角から迫る。
二本をかわしても、跳ね返った光線が背後から襲いかかる。
単純な攻撃に見えて、その実態は極めて厄介だった。
「今日も我が肉体は美しい!」
「うるさい!」
レイは光線の隙間を駆け抜け、ダンディーとの距離を詰めた。
剣を振るう。
しかし、ダンディーは素早く上昇して回避した。
「ダンディーだぜ~! ダンディー!」
「逃げるな!」
「逃げているのではない! 優雅に舞っているのだぜ~!」
「どうでもいい!」
レイは思わず叫んだ。
戦闘中にここまで会話が成立しない相手は初めてだった。
しかも、相手は会話をする気がないどころか、そもそも会話という概念を理解しているのかすら怪しい。
それでも、攻撃だけは容赦がない。
レイは光線を避けながら、反撃の機会を窺った。
そして、ダンディーが再び回転を始める直前。
「そこだ!」
地面を蹴り、一気に跳躍する。
剣が黄金色の身体へと迫った。
ダンディーも反応し、迎撃の光線を放つ。
だが、レイは空中で身体をひねり、光線をぎりぎりでかわした。
「もらった!」
渾身の一撃が、ダンディーの身体に直撃する。
「ゴバーーーッ!?」
ダンディーが悲鳴を上げ、勢いよく吹き飛ばされた。
「…………」
レイの動きが一瞬止まる。
今、何と言った?
ダンディーはサングラスをずらしながら、空中をぐるぐると回っていた。
「ゴバーッ! ゴバーッ! ダンディー!?」
「…………」
レイは剣を構えたまま、なんとも言えない表情でその光景を眺めていた。
……何だ、今の声は。
レイの攻撃を受けて、自分で驚いているのか?
いや、そもそも攻撃を仕掛けてきたのは向こうだ。
なのに、どうしてこちらが気まずい気分にならなければならないのか。
「……なんか、恥ずかしいんだが」
もちろん、ダンディーには聞こえていない。
いや、聞こえていたとしても、気にするとは思えなかった。
「我が肉体に傷が……! だが、我が肉体は美しい!」
ダンディーはサングラスをかけ直し、再び身体を輝かせた。
どうやってサングラスを直しているのかは、相変わらず謎である。
「ダンディズム! ダンディズム!」
「……もういい。さっさと終われ」
レイは頭痛をこらえるように眉間を押さえた。
しかし、ダンディーは止まらなかった。
むしろ、先ほどの一撃で何かのスイッチが入ったらしい。
「見よ! 我が肉体の残像を!」
「……残像?」
ダンディーの身体が、ふっと揺らいだ。
次の瞬間。
シュンッ!
黄金色の球体が、二つに増えた。
いや、違う。
さらに三つ、四つと増えていく。
一瞬で、ダンディーの姿が通路のあちこちに現れた。
「……分身か?」
レイは目を細めた。
しかし、よく見れば、それらは完全に独立して動いているわけではない。
本体の動きに遅れて、残像が空間に焼きついている。
そう理解した瞬間、すべての残像が一斉にレイへと向き直った。
「必殺――ダンディー・ファントムステップ!」
「……名前までつけたのか」
レイが呆れた声を漏らした直後、残像の一つが突進してきた。
「っ!」
反射的に剣を振るう。
だが、刃は空を切った。
残像は霧のように消え、その直後、背後から衝撃が襲った。
「ぐっ……!」
レイの身体が前方へ押し出される。
HPバーがわずかに減少した。
「……本体はどこだ」
振り返る。
しかし、視界に映るのは黄金色の球体ばかりだった。
右
左
頭上
背後
残像が次々と位置を変え、レイを取り囲む。視界がやかましい。
そして、そのすべてが同時に動き出した。
「ダンディー! ダンディー! 我が肉体は美しいんだぜ~!」
「うるさい!」
レイは迫る残像を避けながら、剣を構え直した。
一つ目
斬る。
消えた。
二つ目
避ける。
背後に回り込まれる。
三つ目
剣を振るう直前、別の残像が横から突っ込んできた。
「……っ!」
レイはとっさに身体をひねった。
直撃こそ避けたものの、肩をかすめた衝撃に顔をしかめる。
攻撃そのものは致命的ではない。
だが、厄介だった。
残像の数が多いだけではない。
それぞれが本体と同じように動くため、どれが攻撃してくるのか判別しづらいのだ。
「……面倒な技を使いやがって」
レイは一度距離を取った。
そして、目を閉じる。
視覚に頼っていては、残像に惑わされるだけだ。
ならば、動きの癖を読む。
本体が移動した直後、残像がどのように残るのか。
攻撃の直前、光の流れにどんな変化があるのか。
一つずつ観察し、頭の中で整理していく。
数秒後
レイは目を開いた。
「……そこか」
一体の残像が、正面から迫ってくる。
レイは避けなかった。
剣を引き、相手の動きに合わせて踏み込む。
残像が目前まで迫った瞬間、刃を横薙ぎに振るった。
手応えがあった。
「ゴバーーーッ!?」
黄金色の身体が大きく弾き飛ばされる。
今度こそ本体だった。
「……ようやく当たったか」
レイは短く息を吐いた。
だが、安堵する暇はなかった。
吹き飛ばされたダンディーが、空中でくるりと回転する。
「おお……! 我輩の肉体を見切るとは! なんたる眼力! なんたる美しさ!」
「……俺を褒めながら自分を褒めるな」
「だが、我が肉体の美しさは、まだまだこんなものではない!」
ダンディーの身体が、再び黄金色に輝いた。
嫌な予感がした。
レイは即座に身構える。
すると、ダンディーは身体を横向きにし、ものすごい勢いで回転し始めた。
ギュルルルルルルルッ!
空気が唸る。
球体の周囲に黄金色の光が集まり、まるで小さな太陽が暴れ出したかのようだった。
「必殺――ダンディー・ローリングスペシャル!」
「…………は?」
一瞬、レイの思考が止まった。
技名を聞いたせいではない。
いや、技名も十分に問題だった。
問題は、ダンディーの身体が凄まじい勢いでこちらへ突進してきたことだ。
「っ、速い!」
レイは横へ跳んだ。
直後、ダンディーがいた場所を通過する。
ドゴォォォンッ!
衝突した壁が大きく砕け、破片が周囲へ飛び散った。
レイは空中で体勢を整えながら、思わず目を見開いた。
……威力が高い。
見た目も、名前も、あまりにもふざけている。
だが、攻撃そのものは冗談では済まされなかった。
直撃していれば、相当なダメージを受けていたはずだ。
「……おい」
レイは着地すると、砕けた壁を一瞥した。
「名前も威力もふざけてるだろ、お前……!」
「フハハハハ! これぞ、我が肉体が織りなす究極の美! ダンディー!」
「どこがだ!」
「ダンディー・ローリングスペシャル! その美しさ、恐れ入ったか!」
「名前を二回も言うな!」
レイは剣を握り直した。
あまりにもくだらない。
本当に、心の底からくだらない。
だが、あの突進をまともに受けるわけにはいかなかった。
ダンディーは再び身体を回転させ始める。
今度は先ほどよりも速い。
黄金色の光が球体を包み込み、周囲の空気を震わせた。
「……また来るか」
レイは呼吸を整えた。
突進の速度は速い。
威力も高い。
正面から受け止めるのは危険だ。
ならば、進路を見極めて回避し、すれ違いざまに攻撃する。
単純だが、それしかない。
「ダンディー・ローリングスペシャル!」
「名前がダサいし長い!」
叫びながら、レイは地面を蹴った。
黄金色の球体が一直線に突っ込んでくる。
レイはぎりぎりまで引きつけ、横へ跳んだ。
ダンディーの身体が目の前を通過する。
その瞬間、レイは剣を振り抜いた。
キィンッ!
刃が黄金色の表面をかすめ、火花が散った。
しかし、ダンディーは止まらない。
勢いを殺さず、そのまま通路の奥へ突っ込んでいく。
ドゴォォォンッ!
再び壁が砕けた。
「ゴバーーーッ!? 我が肉体が壁にぃぃぃ!」
「……自分で突っ込んだんだろ」
レイは冷静に言い放った。
どうやら、あの技は威力が高い代わりに、方向転換が難しいらしい。
それなら、避け続ければいい。
そう判断したレイだったが、次の瞬間、ダンディーの身体が再び回転を始めた。
「……まさか」
「壁に突っ込んでも美しいダンディー・ローリングスペシャル! 第二幕!」
「二幕もあるのかよ!」
黄金色の球体が、今度は壁を蹴るようにして進路を変えた。
いや、壁にぶつかった反動を利用して、強引に軌道を変えたのだ。
「っ!」
レイは剣を構え、迫る球体を見据えた。
先ほどまでの単純な直線攻撃ではない。
壁を利用して、複雑な軌道でこちらへ迫ってくる。
避けた先にも、次の進路が待ち構えていた。
「……本当に厄介だな」
レイは歯を食いしばった。
ダンディーの身体が、右の壁に衝突する。
次は左。
さらに天井。
反射するように軌道を変えながら、黄金色の球体が迫ってくる。
「我が肉体は美しいぃぃぃ!何故にこんなにも我輩は美しいのだあぁぁ!」
「黙れ!」
レイは床を蹴り、壁際へと跳んだ。
球体が通過する瞬間、足場を変えて身体をひねる。
黒いコートの裾が黄金色の光にかすめられた。
危なかった。
あと少し遅れていれば、まともに衝突していたところだ。
しかし、これで終わりではない。
ダンディーは通路の奥で回転を続けていた。
「ダンディー! ダンディー! 我が肉体は無敵なり!」
「……無敵ならダメージで叫ぶな」
レイは吐き捨てるように言った。
だが、内心では別のことを考えていた。
あの攻撃は強力だ。
それは間違いない。
しかし、何度も繰り返せば、必ず隙が生まれる。
突進の直後。
方向転換を行う瞬間。
そして、回転を止めた直後。
そのいずれかに、反撃の機会があるはずだ。
レイは剣を構えたまま、ダンディーの動きを観察した。
「ダンディー・ローリングスペシャル!」
再び、黄金色の球体が突進してくる。
レイは逃げなかった。
いや、正確には、逃げる必要がなかった。
球体が迫る。
速度、角度、距離。
すべてを見極める。
そして、衝突する直前。
レイは身体を沈め、ダンディーの軌道からわずかに外れた。
黄金色の球体が頭上を通過する。
その直後、回転の勢いを殺しきれずに動きが鈍った。
「……今だ」
レイは地面を蹴った。
剣を振り抜く。
一撃
二撃
三撃
連続した斬撃が、ダンディーの身体を捉えた。
「ゴバーーーッ!? な、何ぃぃぃ!?」
「……驚くな。自分で突っ込んできただろ」
「我輩の計算が……! いや、待て! これは我が肉体の美しさを引き立てるための演出!」
「……そうかよ」
レイは追撃を加えた。
黄金色の身体が弾き飛ばされ、壁にぶつかる。
「ゴバーッ! ゴバーッ! ダンディー!?」
「……いちいち叫ぶな」
ダンディーはふらふらと浮かび上がった。
サングラスが少し傾いている。
それでも、本人はまったく気にしていないらしい。
「我が肉体は美しい! いかなる攻撃を受けようとも、我が美しさは永遠なり!」
「……お前、その口撃やめろ」
レイの言葉は、地下迷宮の壁に虚しく響いた。
その後も戦闘は続いた。
ダンディーは光線を放ち、残像を生み出し、回転しながら突進してくる。
レイはそれらを避け、見極め、隙を突いて反撃した。
ときには、ダンディー自身の放った光線が壁に反射し、そのまま自分の身体に直撃することもあった。
「ゴバーーーッ!?」
「…………」
「ゴバーッ! ダンディー!?」
「…………」
レイは剣を構えたまま、しばらく黙っていた。
そして、とうとう耐えきれなくなったように口を開いた。
「……お前、今、自分の攻撃に驚いただろ」
「な、何を言う! 我輩は驚いてなどいない!」
「……じゃあ、何でそんなに慌ててるんだ」
「これは……そう! 我が肉体の美しさに、地下迷宮そのものが感動しているのだ!地響きもあったではないか」
「壁に反射した光線が、お前に当たっただけだろ」
「ゴバーーーッ!?」
「……また当たった」
ダンディーはしばらく空中をふらついたあと、何事もなかったかのように姿勢を整えた。
「フッ……これもまた、ダンディーだぜ~!」
「……都合のいい言葉だな」
レイは深く息を吐いた。
強い。
間違いなく強い。
攻撃の種類も多く、単純な力押しだけでは対処しづらい。
だが、それ以上に。
「……疲れる」
精神的に疲れる相手だった。
そして、最後はいつも通りだった。
残像を見切り、突進をかわし、光線の隙間を抜けたレイの剣が、ついにダンディーの身体を捉えた。
鋭い一撃が黄金色の球体に深く食い込む。
その表面に、亀裂が走った。
「ダ、ダンディィィィィィ!!」
「これで終わりだ」
「我が肉体は何故に!最後まで!こんなに美しいぃぃぃぃぃー!!」
パァァァンッ!
ダンディーは最後まで謎の自信を失わないまま、光の粒子となって消滅した。
静寂が訪れる。
レイは剣を鞘に戻した。
「…………」
しばらく、無言で立ち尽くす。
そして
「……疲れた」
ぽつりと呟いた。
強敵との戦闘で疲れたのは間違いない。
だが、それ以上に精神的な疲労が大きかった。
あの奇妙な言動。
あの意味不明な自信。
あの残像攻撃。
そして、名前も威力もふざけた突進技。
何もかもが、妙に頭に残る。
「……何なんだ、あいつ」
レイは深々とため息をつき、帰路についた。
◇
帰り道。
レイは一人、地下迷宮の通路を歩いていた。
戦闘は終わった。
ダンディーも倒した。
もう、あの妙な声を聞くことはない。
……はずだった。
「ダンディー……ダンディー……」
「…………」
レイは足を止めた。
まただ。
頭の中で、あの声が繰り返されている。
「天高くそびえ立ち優雅に……みよ」
「今日もダンディーだぜ~!」
「ダンディズム! ダンディズム!」
「ダンディー・ローリングスペシャル!」
「…………」
レイは目を閉じた。
忘れよう。
あんなものは忘れるべきだ。
そもそも、なぜ自分があんなモンスターの口癖や技名を覚えているのか。
戦闘中に何度も聞かされたからだろう。
そうに違いない。
「……くだらない」
レイは再び歩き始めた。
数歩進んだところで、ふと口が動いた。
「……ダンディー、ダンディー」
ピタリ。
レイは立ち止まった。
「…………」
自分の口から出た言葉を、頭の中で反芻する。
……今、自分で言ったのか?
周囲を見回す。
誰もいない。
当然だ。
ここは地下階層であり、そもそもこの場所を知っているのは自分だけなのだから。
「…………」
レイは無表情のまま、再び歩き始めた。
気のせいだ。
きっと、戦闘の疲れで頭がおかしくなっているだけだ。
そう結論づけ、意識を別のことへ向けようとする。
だが。
「ダンディー……ダンディー……」
また呟いていた。
しかも、妙に自然だった。
まるで、昔から知っている歌でも口ずさむかのように。
「…………」
レイはとうとう、諦めたように小さく息を吐いた。
「……厄介な相手だったぜ~」
言った。
完全に言った。
しかし、本人はまったく気づいていない。
いや、正確には、口にした直後に違和感を覚えていた。
だが、その違和感の正体を深く考えることはなかった。
「…………」
レイは無言で歩き続ける。
その姿は、いつも通りの冷静なソロプレイヤーだった。
黒いコートを翻し、剣を携え、誰も知らない地下迷宮を一人で進んでいく。
地下階層の攻略は順調だった。
レベリングも問題ない。
敵に苦戦することも、基本的にはない。
ただ一つだけ、どうにもならない問題がある。
一度遭遇したら、戦闘が終わっても頭から離れない。
何度倒しても、いつの間にか再び現れる。
そして、ごく稀に自分の攻撃を受けて「ゴバーッ!」と叫ぶ。
そんな奇妙なユニークモンスターが存在することだった。
「……我が名はダンディズム・レイ」
今日もまた、レイの口から小さな呟きが漏れる。
本人だけが、その異変に気づいていなかった。