地下階層・第六十層
薄暗い洞窟の中を、一人の少年が歩いていた。
黒い装備に身を包み、腰には一本の剣。
SAOでも最強クラスのソロプレイヤー、レイである。
彼は周囲の気配を探りながら、静かに足を進めていた。
目的はレベリング。
いつもと変わらない、地道な作業だ。
ただし、今日のレイには一つだけ、切実な願いがあった。
(……今日は、あの珍獣がいませんように)
普段なら、強敵との遭遇を恐れることなどない。
どれほど危険なモンスターが現れようと、冷静に対処し、必要ならば斬り伏せる。
だが、あの黄金色の珍獣だけは別だった。
強い。
異常に強い。
そして、何よりも厄介だ。
倒しても復活する。
復活すれば、こちらを見つけて喜ぶ。
喜んだ挙げ句、勝手に友達扱いして襲いかかってくる。
しかも、会うたびに少しずつ大きくなっている。
――意味が分からない。
(……頼むから、今日は静かにレベリングさせてくれ)
レイは小さく息を吐き、再び歩き始めた。
そのときだった。
「ダンディー! ダンディー! 今日もダンディーだぜ~!」
聞き覚えのある声が、洞窟の奥から響いた。
レイの足が止まる。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは、太陽のように黄金色に輝く珍獣だった。
黒いサングラス。
宙に浮かぶ身体。
そして、見る者の精神を試すかのような、圧倒的な存在感。
ユニークモンスター――《ダンディー》
「…………」
レイは無言で天を仰いだ。
地下洞窟に天井はある。
当然、空など見えない。
それでも、天を仰がずにはいられなかった。
(……最悪だ)
「おおっ! その姿、その気配! 待っていたぜ、我が宿敵!」
ダンディーは空中でくるりと回転した。
「宿敵と書いて友と呼ぶ! 待ってたぜ、我がライバルよ~!」
「友じゃないのかよ!」
思わず突っ込んでしまった。
言ってから、レイはわずかに眉をひそめた。
(……俺は何をやっているんだ)
相手はモンスターだ。
しかも、会話が成立しているようで成立していない。
まともに取り合うだけ無駄なのだ。
それなのに、つい反応してしまう。
「ハッハッハ! 細かいことは気にするな! 今日も我が肉体は美しいぃぃぃぃぃー!」
「……くだらない」
「さあ、始めようではないか! 我が友よ!」
「違う! ライバ……いや、違う! 友じゃない!」
「ダンディズム! ダンディズム!」
「……もういい」
レイは剣の柄に手をかけた。
会話を続けても、何の意味もない。
これまで何度も戦ってきたが、まともな会話が成立した試しなどなかった。
ならば、やることは一つだ。
「来い」
その短い言葉を合図に、レイは地面を蹴った。
◇
戦闘が始まった瞬間、ダンディーの身体が黄金色に輝いた。
「天高くそびえ立ち優雅に……フッ」
奇妙な掛け声とともに、ダンディーが急上昇する。
次の瞬間、その周囲に複数の光球が出現した。
レイの目が細くなる。
(来るか)
「ダンディズム・レイ!」
光球から、一斉に光線が放たれた。
レイは即座に横へ跳ぶ。
光線が、つい先ほどまで彼の立っていた地面を貫いた。
さらに、壁に衝突した光線が角度を変え、洞窟の中を跳ね回る。
右から。
左から。
背後から。
まるで意思を持っているかのように、複雑な軌道を描いて襲いかかってくる。
レイは身をひねり、剣で光線の軌道を逸らしながら、わずかな隙間を縫うように移動した。
一発でもまともに受ければ、無視できないダメージになる。
ふざけた言動とは裏腹に、攻撃の威力も精度も高い。
正面から力任せに押し切れる相手ではなかった。
「どうした、我がライバルよ! もっと熱くなれ!」
「……黙れ」
レイは低く答えた。
その直後、頭上から新たな光線が降り注ぐ。
レイは地面を蹴り、壁を足場にして跳躍した。
空中で身体をひねり、迫る光線をかわす。
そのままダンディーとの距離を一気に詰めた。
「おおっ! いい動きだ! 実にダンディー!」
「うるさい」
剣が閃く
しかし、ダンディーは寸前で上昇し、斬撃を回避した。
「ゴバーーーッ!? 危ないではないか、我が友よ!」
「友じゃない」
「照れるな、照れるな!」
「照れてない」
レイは表情一つ変えず、着地と同時に再び踏み込んだ。
斬撃!
回避
光線!
反射!!
そして、回避。
一進一退の攻防が続く。
ダンディーは上空を自在に飛び回り、反射する光線でレイの逃げ道を塞いでくる。
対するレイは、攻撃の軌道と反射角を見極め、少しずつ相手の動きを追い詰めていった。
その最中、レイはふと気づいた。
(……あのサングラス、邪魔だな)
攻撃の軌道を読むことには慣れてきた。
だが、あの黒いサングラスがある限り、ダンディーの目元は見えない。
そもそも、あれは何なのか。
装備なのか。
身体の一部なのか。
考えても分からない。
ただ、割れるかどうかは試す価値がある。
レイは次の攻撃を避けながら、ダンディーとの距離を詰めた。
「フハハハハ! どうした、我がライバルよ! 我輩の美しさに見惚れたか!」
「……その口を閉じろ」
「何と!? 我輩の美声を封じるつもりか!」
「そっちじゃない」
レイは短く答え、剣を振るった。
狙いは、黄金色の身体ではない。
黒いサングラスだった。
キィンッ!
鋭い音が響いた。
次の瞬間、サングラスに亀裂が走り、細かな破片となって砕け散った。
「ゴバーーーッ!?」
ダンディーの身体が空中で激しく揺れた。
「め、目が! 目がぁぁぁぁぁー!」
「……効くのか、それ」
レイは思わず呟いた。
サングラスを割っただけで、これほどの反応をするとは思わなかった。
「我輩の美しきマナコがぁぁぁ! ああっ、眩しい! 眩しすぎるぅぅぅ!」
ダンディーは両側から身体を押さえるように身をよじった。
もちろん、球体に腕らしきものはない。
それでも、本人は目を押さえているつもりらしい。
「……何なんだ、お前は」
「我輩の美しき眼を見たい気持ちは分かる! 分かるぞ、我が友よ! だが、サングラスを割るのは非常識ではないか!」
「……自分で見せる気はないんだな」
「当然だ! 我輩の眼は、選ばれし者だけが見ることを許される究極の美!」
「……くだらない」
レイは剣を構え直した。
これ以上、付き合うつもりはない。
そのときだった。
ダンディーの身体が、再び強烈な黄金色の光を放った。
「ぬおおおおっ! 我が美しき眼の輝きを見よぉぉぉー!」
「眩し!」
あまりの光量に、レイは反射的に顔を背けた。
すると、ダンディーが嬉しそうに声を弾ませる。
「な、何と! 眩しすぎて我輩の顔を直視できないと? フハハハハ! 照れるではないか~!」
「見たくないわ!」
即座に返した。
「またまた~! 我輩の美しさに心を奪われたのだな!」
「……お前の話は、どこへ向かっているんだ」
「天高く! 優雅に!」
「……もういい」
レイは深く息を吐いた。
サングラスを割っても、面倒くささは一切変わらない。
むしろ、余計に騒がしくなった気さえする。
(……次は口を塞ぐか)
そんな物騒なことを本気で考えながら、レイは再び攻撃に転じた。
やがて、ダンディーの光線が壁に当たり、予想外の角度で跳ね返った。
その先にいたのは――。
「ゴバーーーッ!?」
ダンディー自身だった。
自分の光線をまともに受け、黄金色の身体が大きく揺らぐ。
「ふ、不意打ちとは汚いぞ!」
レイは一瞬だけ動きを止めた。
(……何をやっているんだ、こいつは)
だが、好機を逃すほど甘くはない。
レイは地面を蹴り、ダンディーへと肉薄した。
「ダンディー! 汚い手だが、我が肉体に傷をつけるとは、やるではないか!」
「自分で当たっただけだろ」
「それもまたダンディズム!」
「……意味が分からん」
レイの剣が、鋭い軌跡を描いた。
一撃!
二撃!!
三撃!!!
ダンディーのHPバーが急速に減少していく。
「ぬおおおおっ! 我が美しき肉体がぁぁぁ!」
「終わりだ」
レイは剣を構え直した。
最後の一撃。
黒い剣が閃き、ダンディーの身体を捉えた。
HPバーがゼロになる。
黄金色の身体が空中で静止し、細かな光の粒子へと変わり始めた。
ようやく終わった。
レイは剣を下ろした。
「……やっと終わった」
何度も戦ってきた相手だ。
勝つこと自体は、もはや難しくない。
問題は、勝ったところで何も解決しないことだった。
どうせ、また現れる。
どうせ、また襲ってくる。
どうせ、また友達扱いしてくる。
(……本当に厄介な相手だったぜ~)
「…………」
レイは沈黙した。
今、何かがおかしかった。
だが、深く考える前に、消えかけていたダンディーの身体が突然、強烈な光を放った。
「……何だ?」
黄金色の光が洞窟を満たす。
まるで、小さな太陽が目の前に出現したかのようだった。
レイは思わず腕で目元をかばった。
そのとき
「今日のダンディーは一段と眩しいぜ~!」
ダンディーの声が響き渡った。
「…………は?」
◇
光は消えない。
むしろ、時間が経つほどに強くなっていく。
レイは腕で目元を覆いながら、警戒を解かなかった。
(……倒したはずだが)
HPバーはゼロになった。
身体も消えかけていた。
それなのに、どうしてまだ声が聞こえる。
そのときだった。
『キャー! ダンディー!』※ダンディーの裏声
『ダンディー! キャー!』※ダンディーの裏声
洞窟のどこからともなく、甲高い歓声が響き始めた。
いや、声が聞こえるのは洞窟の奥だけではない。
右から。
左から。
頭上から。
まるで、周囲を大勢の観客に取り囲まれているかのようだった。
『キャー、ダンディー!』※ダンディーの裏声
『ダンディー、キャー!』※ダンディーの裏声
しかも、その声はどれも妙に裏返っている。
『アンコール! アンコール! アンコール!』
※ダンディーの裏声
「…………」
レイは黙っていた。
何が起きているのか理解できない。
そもそも、ここは地下階層の洞窟だ。
観客などいるはずがない。
ましてや、ダンディーのアンコールを求める者がいるなど、考えたくもなかった。
「……何のアンコールだ」
誰に向けたものでもなく、レイは呟いた。
すると、黄金色の光の中心から、あの声が響き渡る。
「フハハハハ! 我輩の美しさを求める声が聞こえるぞぉぉぉー!」
『キャー! ダンディー!』※ダンディーの裏声
『アンコール! アンコール!』
※ダンディーの裏声
「……聞こえるわけがないだろ」
「聞こえるのだ! これぞ、究極のダンディズム!」
「……もう何でもいい」
レイはこめかみを押さえた。
今すぐ帰りたい。
心の底からそう思った。
だが、光はまだ収まらない。
「我が肉体よ! 天高くそびえ立ち、優雅に再び輝けぇぇぇー!」
「……嫌な予感しかしない」
レイが身構えた直後だった。
「ダンディー・アンコール!」
そして――
ぼんっ。
妙に軽い音とともに、黄金色の光が二つに分かれた。
光が収まる。
レイはゆっくりと腕を下ろした。
そこには。
一体だったはずのダンディーが、二体浮かんでいた。
どちらも黄金色の身体。
どちらも黒いサングラス。
どちらも、やたらと自信に満ちた様子で空中に浮いている。
「…………」
レイは固まった。
右を見る。
ダンディーがいる。
左を見る。
もう一体のダンディーがいる。
再び右を見る。
やはりいる。
もう一度、左を見る。
当然、いる。
「ダンディー! ダンディー!」
「今日の我輩も光ってるうぅぅぅぅぅー!」
二体の珍獣が、声をそろえて叫んだ。
「「ダンディズム! ダンディズム!」」
「…………」
レイは、しばらく何も言えなかった。
SAOの攻略
強敵との戦闘
危険な地形
予想外の奇襲
これまで、さまざまな困難を乗り越えてきた。
だが、これは何だ。
何をどう考えれば、一体倒したら二体に増えるという発想に至るのか。
(……悪夢だぜ~)
口から自然に言葉が漏れた。
言った直後、レイは目を閉じた。
(……違う)
(俺は、そんな言い方をする人間じゃない)
しかし、目の前の二体は、そんな彼の葛藤など知る由もない。
「おおっ! 見よ、我が友よ!」
右側のダンディーが叫んだ。
「我らは二人で一人!」
左側のダンディーが続ける。
「いや、一人で二人!」
「「これぞ究極のダンディズム!」」
「……帰りたい」
レイは本気でそう思った。
◇
その後の戦闘は、これまで以上に長引いた。
一体だけでも厄介だった反射光線が、二体分になったのだ。
片方の光線を避ければ、もう片方が襲いかかる。
壁に当たって跳ね返った光線が、別の光線と交差し、予測しにくい軌道を描く。
逃げ場を塞ぐように連携されれば、さすがのレイでも無傷ではいられなかった。
「ハッハッハ! どうだ、我がライバルよ!」
「二倍のダンディー! 二倍の美しさ!」
「二倍の面倒くささだな」
レイは淡々と返した。
「何だとぉ!?」
二体のダンディーが同時に反応する。
「我が肉体の美しさが二倍だと認めたのだな!」
「違う」
「照れるな、我が友よ!」
「友じゃない」
「「ダンディー! ダンディー!」」
「……本当に黙れ」
レイは剣を握り直した。
だが、内心では別の問題が浮かび上がっていた。
(……一体倒して二体になるなら、次はどうなる?)
三体か。
四体か。
まさか、倒すたびに増えていくのか。
考えたくもない。
(……いや、考えるな。今は目の前の敵を倒す)
レイは意識を切り替えた。
敵の動き。
光線の発射間隔。
反射角。
二体の連携に生じる、ほんのわずかな隙。
それらを一つずつ見極めていく。
ふざけた相手だからといって、油断するつもりはない。
この珍獣は、見た目も言動もふざけているが、れっきとした強敵なのだ。
「さあ、我が友よ! 我らの究極の連携を見せてやろう!」
右側のダンディーが高らかに宣言した。
「名付けて、ダンディー・ダブル・ダンディズム!」
左側のダンディーが胸を張るように身体を反らす。
「……ダンディーが二回あるだけだろ」
「何と! この素晴らしい名前の奥深さが分からぬとは!」
「奥深さなんてないだろ」
「ならば、こちらはどうだ! 必殺、ダンディー・ツイン・ローリング・スペシャル!」
二体が同時に回転を始めた。
黄金色の身体が、洞窟の中を勢いよく突進してくる。
「……名前が長い!」
レイは横へ跳んだ。
直後、二体がすれ違うように交差し、洞窟の壁へ激突した。
ゴガァァァン!
岩壁が大きく揺れる。
「ゴバーーーッ!?」
「ぬおおおおっ! 我が美しき身体が壁にぃぃぃ!」
「我輩の方が先にぶつかったぞ!」
「いや、我輩の方が優雅だった!」
「……何を競っているんだ、お前らは」
レイは呆れたように呟いた。
二体はすぐに体勢を立て直すと、再びレイへ向き直った。
「見たか、我がライバルよ! これぞ、息の合った連携!」
「……今、ぶつかってただろ」
「それもまた、究極のダンディズム!」
「便利な言葉だな、おい」
「さあ、第二幕だ!」
「アンコール! アンコール!」
※ダンディーの裏声
二体が勝手に盛り上がり始めた。
レイは一瞬だけ目を閉じた。
(……あの歓声まで続いているのか)
先ほど聞こえた、妙に甲高い声。
あれも、ダンディーの能力なのだろうか。
考えても答えは出ない。
ただ、分かることは一つ。
この戦闘は、まだ終わりそうにない。
「我が友よ! もっと熱くなれ!」
「我輩たちの美しさに、心を奪われるがいい!」
「……奪われるのは時間だけで十分だ」
レイは剣を構え直した。
二体が同時に光線を放つ。
レイは迫る光線を避け、壁に反射した一撃を剣で弾き、わずかな隙間を縫うように走った。
二体の攻撃は、単純に数が倍になっただけではない。
片方がレイの進路を塞ぎ、もう片方が逃げ道を狙う。
互いの攻撃を利用し、反射角まで計算したかのような連携を仕掛けてくる。
「フハハハハ! 逃げ場はないぞ、我がライバル!」
「二つの太陽に照らされる気分はどうだ!」
「……暑苦しい」
「何だとぉ!?」
「我らの輝きが足りぬというのか!」
「そういう意味じゃない」
「ならば、もっと輝こうではないか!」
「「ダンディー・レイ!」」
二体の身体が、同時に黄金色の光を放った。
「……また眩しいのかよ!」
レイは顔を背けながら、光の中で二体の位置を探った。
目を閉じている暇はない。
光線が来る。
そう判断した瞬間、レイは地面を蹴った。
予想どおり、二方向から光線が放たれる。
レイは身をひねり、片方をかわした。
もう片方は剣で軌道を逸らす。
弾かれた光線が壁に当たり、跳ね返った先で、二体のうち片方の身体をかすめた。
「ゴバーーーッ!?」
「ぬおおっ! 我が友よ、我輩を狙うとは何事だ!」
「そっちが勝手に当たったんだろ!」
思わずレイの口からツッコミが飛び出した。
言ってから、わずかに眉が動く。
(……いや、今のは普通だ)
そう自分に言い聞かせる。
だが、二体のダンディーは気にする様子もなく、また声をそろえた。
「「それもまたダンディズム!」」
「……最悪だ」
レイは深く息を吐いた。
やがて、二体の攻撃が重なる瞬間を見抜いた。
片方の光線を誘導し、もう片方の進路を塞ぐ。
二体の動きが、ほんの一瞬だけ乱れた。
その隙を、レイは見逃さなかった。
地面を蹴る。
低い姿勢で光線をかわし、反射してきた一撃を紙一重で避ける。
そして、最短距離で一体目へと斬り込んだ。
「なっ!?」
黄金色の身体が大きく揺れる。
間髪入れず、レイは反転した。
もう一体が放った光線を避け、その懐へと飛び込む。
「おおっ! 見事だ、我がライバルよ!」
「……黙れ」
一閃!
二閃!
最後の一撃が、二体目の身体を捉えた。
二つのHPバーが、相次いでゼロになる。
「我が美しき肉体がぁぁぁぁぁー!」
「さらばだ、我が友よぉぉぉー!」
二体のダンディーが、同時に光の粒子へと変わっていく。
レイは剣を下ろした。
今度こそ。
今度こそ、終わった。
「……やっと終わった」
心の底からの言葉だった。
だが、消えゆく二体のダンディーは、最後まで余計なことを言い残していった。
「さらばだ、我が宿敵!」
「また会おう、我がライバル!」
そして、二体は声をそろえた。
「「あばよ、友よ!」」
光が消えた。
洞窟に静寂が戻る。
レイはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……またな」
言ってから、動きが止まった。
「…………」
今、何と言った?
またな?
誰に?
まさか。
レイは、先ほどまでダンディーが浮かんでいた場所を見つめた。
当然、そこには何もいない。
「…………」
数秒後。
レイは片手で顔を覆った。
(……駄目だ)
(完全に侵食されている)
戦闘中の口癖だけではない。
言い回しまで、自然に出てくるようになっている。
しかも、本人は無意識だった。
あの珍獣と何度も戦い、何度も奇妙な会話を繰り返した結果、知らず知らずのうちに影響を受けているらしい。
(……どうすればいい)
真剣に考えても、答えは出なかった。
そもそも、モンスターの口癖がうつるなど、聞いたこともない。
正式な状態異常なのかどうかも分からない。
ただ一つ確かなことがある。
このままでは、いずれ日常会話にまで侵食が及ぶかもしれない。
例えば、アスナと会ったとき。
『また明日な、アスナ』
そう言うつもりが。
『また明日だぜ~、アスナ! ダンディズム!』
……などとなったら、どうなる。
「…………」
レイは想像を打ち切った。
考えるだけで頭が痛くなる。
(……対策を考える必要があるな)
そう結論づけると、レイは帰路についた。
◇
地下階層の帰還地点へ向かう道中。
レイは、いつもどおり周囲を警戒しながら歩いていた。
危険なモンスターの気配はない。
奇襲の兆候もない。
ダンディーの姿もない。
ようやく、平穏が戻ってきた。
……はずだった。
「ダンディー、ダンディー……」
レイの口から、小さな声が漏れた。
本人は気づいていない。
「今日もダンディーだぜ~……」
足を止める。
「…………」
数秒後、レイは自分の口元を押さえた。
(……またか)
気落ちした様子で、ゆっくりと歩き出す。
黒い装備に身を包んだ最強のソロプレイヤー。
数々の強敵を退けてきた少年。
その彼が今、たった一体の珍獣に精神的な苦戦を強いられていた。
しかも、その珍獣は倒しても復活する。
そして今日、新たに分かったことがある。
倒したら二体に増えた。
「……最悪だぜ~」
ぽつりと呟き、レイは再び顔を覆った。
もちろん、今回も本人に自覚はない。
今日もまた、最強のソロプレイヤーは珍獣に悩まされるのだった。
【ダンディーの必殺技集】
① ダンディー・レイ一本の光線を放つ必殺技。
② ダンディズム・レイ身体を回転させながら、無数の光線を放つ必殺技。
③ ダンディー・ファントムステップ複数の残像を生み出し、相手を惑わせる必殺技。
④ ダンディー・ローリングスペシャル身体を回転させながら、勢いよく突進する必殺技。
⑤ ダンディー・アンコール天高く舞い上がって黄金色に輝き、光が収まると二体に分裂する必殺技。