第七十四層まで攻略が進んだ今、レイの日常にも少しずつ変化が生まれていた。
以前は、ほとんど1人で過ごしていた。
攻略も、食事も、休息も。
誰かと行動する必要性を感じなかったし、誰かと一緒にいたいとも思わなかった。
だが、最近は違う。
「でよ! そのとき俺は思ったわけだ! こいつは絶対に俺が倒すしかねえってな!」
「クライン、それ前にも聞いたぞ」
「なにぃ!? キリト、細けえことは気にすんな!」
「細かくないだろ……」
「ふふっ、クラインってば」
アスナが笑う。
リズも呆れたように肩をすくめ、シリカは楽しそうに話を聞いていた。
エギルはそんな一同を眺めながら、静かに飲み物を口に運んでいる。
そして、その輪の中にはレイもいた。
「なあ、レイ! お前もそう思うだろ?」
突然話を振られ、レイはクラインに視線を向けた。
「……何がだ?」
「だから、強敵を前にしたら、男なら逃げずに立ち向かうべきだって話だ!」
「状況による」
「おいおい、そこは同意してくれよ!」
「勝てない相手に無策で挑むのは馬鹿だろ」
「ぐっ……! 正論で返しやがって!」
キリトが苦笑した。
「まあ、レイの言うとおりだな。勝てる見込みがないなら、撤退も選択肢だ」
「キリトまでそっちかよ!」
「クラインさん、落ち着いてください!」
シリカが慌てて声をかける。
そんな騒がしいやり取りを、レイは黙って眺めていた。
(……悪くない)
そう思っていた。
もちろん、自分から積極的に会話を盛り上げるつもりはない。
クラインのように騒ぐのは性に合わないし、リズのように遠慮なく話しかけてくる相手への対応にも、まだ少しばかり慣れていない。
それでも、不思議と居心地は悪くなかった。
会話に無理に参加する必要はない。
黙っていても、誰かが勝手に話しかけてくる。
答えれば、それで話が続く。
そして何より――
「レイ君、これ美味しいよ。食べてみる?」
隣に座っていたアスナが、料理を差し出してきた。
「……ああ」
レイはそれを受け取った。
「どう?」
「悪くない」
「もう、レイ君ってば。美味しいなら美味しいって言えばいいのに」
アスナは小さく笑った。
「美味しいものは、美味しいって素直に言ってくれた方が嬉しいよ?」
「……美味しい」
「うん!」
満足そうに微笑むアスナ。
その笑顔を見て、レイはわずかに視線を逸らした。
(……調子が狂う)
彼女と2人で過ごす時間も、もちろん嫌いではない。
むしろ、最近では楽しみにしている自分がいる。
ただ、こうして7人で集まる時間も、思いのほか気に入っていた。
騒がしくて、賑やかで、ときどき面倒くさい。
それでも、誰かと一緒にいることが、必ずしも煩わしいわけではない。
そんな当たり前のことを、レイは少しずつ理解し始めていた。
もっとも、本人はそれをわざわざ口にするつもりなどなかったが。
◇
「そういや、みんな!」
一通り話が落ち着いたところで、クラインが声を上げた。
「ちょっと面白い話を聞いたんだがよ!」
「面白い話?」
リズが首を傾げる。
「ああ。第五十七層で、まだ誰も立ち入っていないエリアが見つかったらしいぜ!」
その言葉に、キリトが反応した。
「第五十七層で?」
「ああ! どうやら、これまでの攻略ルートから少し外れた場所らしい。入口自体は発見されていたらしいんだが、奥まで調べた奴はいなかったんだとよ」
「それって、隠しダンジョンみたいなものですか?」
シリカが目を輝かせた。
「まだ分からねえ。けど、未探索の場所なら、何か珍しいアイテムが見つかるかもしれねえだろ?」
「確かに。未発見の宝箱や、特殊なクエストがある可能性もあるな」
キリトも興味を示した。
「それで、どうするつもりなの?」
アスナが尋ねる。
クラインは待ってましたとばかりに笑った。
「決まってるだろ! せっかくだから、この7人で行ってみねえか?」
「私たち7人で?」
「ああ、そうだ!」
クラインは一同を見回した。
「せっかく知り合いが集まってるんだ。たまには攻略以外の探索も悪くねえだろ? 未知の場所を調べるのも、冒険の醍醐味ってもんだぜ!」
「……まあ、悪くはないな」
キリトが頷く。
「私も賛成! 珍しい素材が見つかったら、鍛冶の参考になるかもしれないし」
リズも乗り気だった。
「私も行きたいです!」
シリカが手を挙げる。
「俺は構わないぞ。準備さえ整えれば問題ないだろう」
エギルも賛同した。
そして、全員の視線がレイとアスナに向いた。
「レイ君はどう?」
アスナが尋ねる。
レイは少しだけ考えた。
未探索の場所。
未知の仕掛け。
発見されていないアイテムや、これまで知られていなかった情報が眠っている可能性。
そう考えれば、探索する価値はある。
それに、7人で行動することにも、以前ほど抵抗はなくなっていた。
(……たまには、こういうのも悪くないか)
「俺は構わない」
「よっしゃあ!」
クラインが勢いよく立ち上がった。
「これで決まりだな!」
「まだ日程も決めてないだろ」
キリトが冷静に指摘する。
「おっと、そうだった!」
「まったく……」
リズが呆れたように笑った。
その後、7人は探索の日程や準備について話し合った。
未探索の場所である以上、何があるか分からない。
回復アイテムは十分に用意すること。
装備の耐久値を確認すること。
危険な仕掛けや強力なモンスターが現れた場合は、無理をせず撤退すること。
キリトとエギルが中心になって、必要な確認を進めていった。
レイも、ときどき意見を求められれば答えた。
「未知の場所なら、退路は先に確認しておいた方がいい」
「そうだな。入口が塞がれたりしたら厄介だ」
キリトが頷く。
「あと、通路が狭い場合は、全員が一度に進まない方がいい」
「なるほど……」
シリカが真剣に聞いていた。
「レイって、こういう探索にも慣れてるのね」
リズが感心したように言う。
「必要なことを言っただけだ」
「はいはい。そういうところ、相変わらずね」
レイは答えず、話し合いへ意識を戻した。
未探索の場所へ向かう以上、事前の準備は欠かせない。
どれだけ実力のあるプレイヤーが集まっていても、油断すれば命を落としかねない。
それは、この世界では誰もが理解していることだった。
だからこそ、レイも必要な確認は怠らなかった。
こうして、7人での探索が決まった。
そのときのレイは、まだ知らなかった。
この決断を、後になって心の底から後悔することになるなど。
◇
「レイ君と探索……!」
話し合いが終わったあと、アスナは嬉しさを隠しきれずにいた。
レイ君と一緒に探索できる。
そう思うだけで、自然と胸が弾んだ。
同じ景色を見ながら、同じ目的地を目指して歩く。
そんな時間を、アスナは心から楽しみにしていた。
(……楽しみ!)
アスナは、ついレイの方を見た。
彼はいつもと変わらない表情で、キリトたちの話を聞いている。
浮かれている様子はない。
けれど、参加を断らなかった。
それだけでも、アスナには嬉しかった。
(レイ君と一緒に探索するの、いつ以来かな……)
かつて、2人で攻略に関わっていた頃。
あの頃とは、少しずつ関係が変わっている。
今は、レイに自分の気持ちを伝えたうえで、一緒に過ごしている。
恋人同士ではない。
レイが自分の告白を断った理由も、アスナは理解していた。
だから、無理に関係を進めようとは思わない。
ただ、今度の探索で、また1つ楽しい思い出が増えたらいい。
そう考えるだけで、自然と笑顔になった。
「アスナ、なんか嬉しそうだな?」
クラインがにやにやしながら声をかけてきた。
「えっ? そ、そんなことないよ?」
「いやいや、分かりやすいって!」
「クライン!」
「はははっ!」
キリトが苦笑し、リズも楽しそうに笑う。
「まあまあ、いいじゃない。久しぶりに一緒に探索できるんだし」
リズの言葉に、アスナは少しだけ頬を赤くした。
「……うん。楽しみなのは、本当」
そう言って、レイを見つめる。
「よろしくね、レイ君」
「ああ」
レイはいつもどおり、短く答えた。
その返事だけで、アスナはさらに嬉しくなった。
◇
一方のレイは。
(……探索か)
未探索の場所を調べる。
それ自体は、嫌いではない。
むしろ、未知の情報を得られる可能性があるなら、積極的に調べる価値はある。
1人で行くなら、何の問題もない。
だが、今回は7人だ。
キリトは戦闘に慣れている。
アスナも攻略の経験が豊富だ。
エギルは落ち着いていて、状況判断もできる。
リズは鍛冶屋としての知識があり、シリカも決して足手まといではない。
そして、クラインは……。
「よっしゃ! 未知のダンジョン探索だ! こういうのこそ、冒険って感じがするよな!」
「クライン、あまり騒ぐなよ。まだ何があるか分からないんだから」
「分かってるって、キリト!」
「本当に分かってるのか……?」
レイは、わずかに目を細めた。
(……まあ、何とかなるだろ)
少なくとも、今の段階ではそう考えていた。
7人で探索することに、特別な問題はない。
全員が十分な準備をして、慎重に進めばいい。
未知の場所とはいえ、SAOのダンジョンだ。
危険はあるが、対処できないものばかりではない。
レイはそう判断していた。
もっとも、彼はまだ知らない。
どれほど慎重に準備を整えようと、どれほど警戒していようと、予想もしない事態が起こることはある。
そして、その事態が自分にとって、これまで経験したどんな戦闘よりも厄介なものになる可能性も。
このときのレイは、そんなことなど考えてもいなかった。
7人での探索。
それは、いつもとは少し違う冒険になるはずだった。
少なくとも、レイはそう思っていた。
そして、その判断こそが――。
後に、自分を激しく後悔させることになるのだった。
未探索ていいよね(ゲームに限り)