光り輝く太陽に導かれ   作:光り輝くダンディー

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第32話 絶望へのカウントダウン

 

 

第五十七層

 

発見されたばかりの未探索区域へと足を踏み入れた7人は、慎重に通路を進んでいた。

 

「へえ……思ったより広いな」

 

先頭付近を歩くキリトが、周囲を見回しながら呟いた。

 

石造りの壁

 

天井には淡い光を放つ結晶が埋め込まれ、足元には長い年月を感じさせる模様が刻まれている。

 

これまで攻略してきたダンジョンと似ている部分もあるが、明らかに異なる点もあった。

 

通路の構造が複雑なのだ。

 

分かれ道が多く、壁には見慣れない文字や紋様が刻まれている。

 

そして、ここまで進んできたにもかかわらず、他のプレイヤーが残した痕跡がほとんど見当たらなかった。

 

「本当に誰も入ったことがないみたいね」

 

リズが壁の紋様を眺めながら言った。

 

「入口が見つかっても、奥まで進めるとは限らないからな」

 

エギルが答える。

 

「それにしても、何があるんでしょうね? 珍しいアイテムとか、隠しクエストとか!」

 

シリカは期待に満ちた表情を浮かべていた。

 

「宝箱があったら、まずは中身を確認しないとな!」

 

クラインが楽しそうに言う。

 

「罠がないかも確認しろよ」

 

キリトが釘を刺した。

 

「分かってるって!」

 

「その返事が一番不安なんだけど……」

 

アスナが苦笑する。

 

そんなやり取りを聞きながら、レイは無言で周囲を観察していた。

 

足跡

 

壁の傷

 

通路の幅

 

天井の高さ

 

何かが潜んでいるとすれば、どこから襲ってくる可能性が高いか。

 

そうした情報を、レイは歩きながら自然に拾い上げていた。

 

そのときだった。

 

「でぇああぁぁぁ!!」

 

突然、クラインが奇妙な声を上げた。

 

いや、正確にはクシャミだった。

 

あまりにも独特なその音に、全員が一瞬、動きを止める。

 

レイはクラインへ視線を向け、ぽつりと呟いた。

 

「……3分たったのか?」

 

「何でだよ!?」

 

クラインが即座に叫ぶ。

 

「……いや、別に」

 

「いやいや、何がどうなったらその質問が出てくんだよ!?」

 

「……さあ?」

 

「お前なぁ!!」

 

「ぷっ……!」

 

キリトが思わず吹き出し、リズも口元を押さえて笑った。

 

「クラインさん、今のクシャミ、すごかったですね……」

 

シリカまで笑いをこらえている。

 

「お前ら、笑ってんじゃねえ! つーか、レイ! お前は何なんだよ!」

 

「……何がだ?」

 

「それだよ!!」

 

「……くだらない」

 

「誰のせいだと思ってんだ、こらぁ!!」

 

クラインの叫びが、石造りの通路に響き渡った。

 

そんな騒ぎの中でも、レイだけはいつもどおりの無表情だった。

 

アスナは小さく笑いながら、再び歩き出す。

 

未探索区域の探索は、まだ始まったばかりだった。

 

◇

 

「……止まれ」

 

不意にレイが言った。

 

先ほどまでの空気が、一瞬で引き締まる。

 

全員が足を止めた。

 

「どうした、レイ?」

 

キリトが尋ねる。

 

レイは通路の先へ視線を向けた。

 

「来る」

 

その直後だった。

 

ゴゴゴゴゴ……。

 

低い地響きとともに、通路脇の石壁が動き始めた。

 

壁の一部が内側へと沈み込み、その奥から巨大な人影が姿を現す。

 

「うわっ!?」

 

クラインが驚きの声を上げた。

 

現れたのは、5体の人型モンスターだった。

 

全身は灰色や白を基調とした石で構成されており、まるで古代の神殿から切り出された彫像が、そのまま動き出したかのようだった。

 

石の表面には大理石を思わせる質感があり、筋肉の隆起まで精巧に造形されている。

 

その巨体には、古代の甲冑やトガを思わせる装飾が一体化していた。

 

人間の戦士を模しているようでありながら、生身の人間とは明らかに異なる。

 

感情を感じさせない無機質な顔。

 

そして、両手に握られているのは、身の丈を超える巨大な石造りの両手斧だった。

 

金属製の武器とは異なり、刃は分厚く、直線的で重々しい。

 

まるで建造物の一部をそのまま削り出したかのような、荒々しくも厳かな形状だった。

 

石像のような巨体と相まって、神の裁きを執行する存在を思わせる。

 

その威圧感は、ただのモンスターとは思えないほどだった。

 

頭上には、モンスターの名前が表示されている。

 

《ディケスティオ》

 

「……ずいぶんと物騒な連中が出てきたな」

 

エギルが低く呟いた。

 

ディケスティオたちは、無言のまま7人へと顔を向ける。

 

次の瞬間。

 

「グオオオオッ!」

 

地を揺らすような咆哮とともに、5体が一斉に動き出した。

 

巨大な両手斧が振り上げられる。

 

「前衛、迎撃するぞ!」

 

キリトが剣を構える。

 

アスナもすぐに細剣を抜いた。

 

「シリカ、クライン、エギルは後ろに注意して!」

 

「おう!」

 

「分かりました!」

 

全員が戦闘態勢に入る。

 

そのとき。

 

「俺がやる」

 

レイが一歩前へ出た。

 

「えっ?」

 

キリトが思わず声を漏らす。

 

「レイ、一人でか?」

 

「問題ない」

 

短く答え、レイは剣を抜いた。

 

その姿を見て、アスナは少しだけ表情を和らげた。

 

彼女は知っている。

 

レイがどれほど強いのか。

 

そして、必要以上に力を誇示しないことも。

 

だが、キリトたちは違う。

 

彼らにとって、レイの戦闘を見るのはこれが初めてだった。

 

「グオオオオッ!」

 

先頭のディケスティオが、巨大な両手斧を振り下ろした。

 

石の刃が、凄まじい勢いでレイへと迫る。

 

その瞬間、レイの姿が消えた。

 

「なっ……!?」

 

キリトの目が見開かれる。

 

次の瞬間には、レイは最初の一体の背後に立っていた。

 

一閃。

 

石の巨体に、鮮やかな光が走る。

 

モンスターのHPバーが、一気に削れた。

 

「速い……!」

 

シリカが息を呑む。

 

ディケスティオが振り返るよりも早く、レイは二撃目を放った。

 

甲高い衝撃音が響く。

 

次の瞬間、石の巨体に亀裂が走り、全身が光の粒子となって砕け散った。

 

一体目、撃破。

 

「おいおい……」

 

クラインが呆然と呟いた。

 

残る4体が、仲間を倒されたことに反応したかのように、レイへと殺到する。

 

前後左右から迫る、巨大な両手斧による同時攻撃。

 

一撃でもまともに受ければ、相当なダメージを覚悟しなければならない。

 

通常なら、回避するだけでも難しい。

 

だが、レイは慌てなかった。

 

一歩、身体をずらす。

 

石の刃が空を切り、地面へと叩きつけられた。

 

轟音とともに石床が砕け、破片が周囲へと飛び散る。

 

その刃の下をくぐり抜け、レイは一体の懐へ入り込んだ。

 

斬撃。

 

さらに一撃。

 

モンスターの身体に亀裂が広がり、石の破片を散らしながら光の粒子へと変わる。

 

二体目、撃破。

 

背後から迫る両手斧を、レイは振り返りもせずに避けた。

 

巨大な刃が黒い装備のすぐ横を通り過ぎる。

 

レイはそのまま身体を回転させ、敵の腕へ剣を叩き込んだ。

 

硬質な音が響き、石の腕に亀裂が走る。

 

直後、剣が閃いた。

 

三体目が崩れ落ちるように砕け散った。

 

「……嘘だろ」

 

キリトは目の前の光景に釘付けになっていた。

 

剣技そのものは、決して理解できないものではない。

 

だが、判断が異常に速い。

 

敵の動きを読む。

 

攻撃を避ける。

 

隙を見つける。

 

そして、迷いなく急所を斬る。

 

そのすべてが、ほとんど一瞬で行われていた。

 

しかも、相手は巨体を持つ石像型のモンスターだ。

 

一撃ごとの威力はもちろん、攻撃後の隙も大きいはずだが、レイはそのわずかな間さえ逃さない。

 

まるで、敵の行動をすべて見通しているかのようだった。

 

残る2体が、同時に両手斧を振り下ろす。

 

レイは前へ踏み込んだ。

 

左右から迫る刃の間をすり抜けるように移動し、片方の胴体を斬り裂く。

 

続けて、もう一体へと剣を振るう。

 

二つの斬撃が重なった。

 

次の瞬間、最後の2体もほぼ同時に砕け散った。

 

静寂が戻る。

 

レイは剣を軽く振り、付着したエフェクトを消すと、そのまま鞘へ収めた。

 

「……行くぞ」

 

それだけだった。

 

まるで、今の戦闘など大したことではなかったかのように。

 

「…………」

 

誰も、すぐには言葉を発せなかった。

 

◇

 

「……お前、今の何だよ」

 

ようやく口を開いたのは、クラインだった。

 

「何がだ?」

 

「いや、敵を倒したことじゃなくてよ……あの数を相手にして、どうして一発も攻撃を受けてねえんだ?」

 

「……避けただけだが」

 

「それが普通にできるなら苦労しねえよ!」

 

クラインが思わず声を上げた。

 

リズも、感心したようにレイを見ていた。

 

「確かに。あれだけ囲まれていたのに、ほとんど足を止めなかったわね。しかも、攻撃を避けた直後には、もう反撃に移っていたし」

 

「レイさん、敵が攻撃する前から、次にどう動くのか分かっているみたいでした……!」

 

シリカが驚いた様子で呟く。

 

エギルも腕を組み、先ほどの戦闘を振り返った。

 

「相手の動きを見てから反応するんじゃ、あの数を相手にするのは難しい。攻撃の軌道や次の動きを予測して、先回りしていたんだろうな」

 

キリトは、まだレイを見つめていた。

 

(……やっぱり、判断が速い)

 

自分もソロで攻略することが多い。

 

危険な戦闘も経験してきたし、強敵と戦うために技術を磨いてきた。

 

だからこそ、先ほどの戦闘でレイが何をしていたのか、ある程度は理解できた。

 

敵の攻撃を避けるだけなら、自分にもできる。

 

隙を見つけて反撃することも、決して不可能ではない。

 

だが、レイはそれらをほとんど間を置かずに繰り返していた。

 

5体の敵がそれぞれ別の動きをしているにもかかわらず、攻撃が重なる瞬間を見極め、最小限の動きで回避し、確実に反撃へとつなげていたのだ。

 

(……あれだけの状況で、よく瞬時に判断できるな)

 

キリトは、思わず感心した。

 

単純な速さだけではない。

 

積み重ねてきた経験と、戦闘中の冷静な判断力。

 

それらが合わさって、先ほどの無駄のない動きを生み出しているのだろう。

 

そう考えながら、キリトは改めてレイの背中を見つめた。

 

「……レイ君、怪我はない?」

 

アスナが心配そうに声をかけた。

 

「……ああ。問題ない」

 

レイは短く答えた。

 

「そ、そう……」

 

アスナはほっとしたように息を吐いた。

 

レイはそんな彼らの視線を気にする様子もなく、通路の先へと目を向けた。

 

「立ち止まっていても仕方ない。進むぞ」

 

「……ああ、そうだな」

 

キリトが頷く。

 

こうして、7人は再び歩き始めた。

 

◇

 

探索は、その後も順調に進んでいった。

 

何度かモンスターとの戦闘が発生したものの、攻略組として経験を積んできた7人にとって、苦戦するような相手ではなかった。

 

キリトは前衛として敵の攻撃を受け止め、アスナは素早い細剣の連撃で敵を圧倒する。

 

エギルは大柄な身体を活かして仲間を守り、クラインも得意の刀を振るって敵を迎え撃った。

 

シリカはピナと連携しながら戦い、隙を見つけて攻撃を仕掛ける。

 

リズもメイスを振るい、必要に応じて仲間を援護していた。

 

そして、レイもまた、無駄のない動きで敵を着実に仕留めていく。

 

誰か一人に頼る必要はない。

 

それぞれが自分の役割を理解し、互いの動きを把握しているからこそ、戦闘は滞りなく進んでいた。

 

「リズ、こっちは俺が見る。無理に前へ出なくていいからな」

 

キリトが声をかける。

 

「分かってるわよ。私だって、自分の実力くらい理解してるもの」

 

リズは少し不満そうに頬を膨らませた。

 

「ただ、何もできないのは悔しいけどね」

 

「そんなことないさ。後ろを任せられるのも助かる」

 

「……そういうこと、さらっと言うんだから」

 

リズは小さく呟いた。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「何でもない!」

 

彼女は少しだけ顔を赤くし、キリトの背中を軽く押した。

 

「ほら、前を見て。敵が出てくるかもしれないでしょ!」

 

「分かった、分かった」

 

キリトは苦笑しながら前を向いた。

 

その様子を、少し離れた場所からアスナが見ていた。

 

(……いいな)

 

ふと、そんな気持ちが胸をよぎる。

 

キリトは自然にリズを気遣っている。

 

危険な場所では彼女を守る位置に立ち、敵が現れれば、すぐに前へ出る。

 

リズも、そんなキリトに信頼を寄せているようだった。

 

二人の間には、互いを大切にしていることが伝わる空気がある。

 

もちろん、アスナは二人が恋人同士であることを知っている。

 

だからこそ、羨ましいと思ってしまった。

 

(……私も、レイ君と)

 

そこまで考えて、アスナはそっと視線を落とした。

 

自分だって、レイと一緒にいる。

 

二人で会う時間もあるし、今日だって同じパーティーで探索をしている。

 

それでも、キリトとリズのような関係を見ると、胸の奥が少しだけ疼いた。

 

レイは、少なくとも自分を嫌ってはいない。

 

それは間違いない。

 

けれど、あのときの彼は交際を望まなかった。

 

無理に求めるつもりはなかった。

 

(……今は、これでいいの)

 

アスナは自分に言い聞かせる。

 

レイと一緒にいられる。

 

一緒に話せる。

 

ときどき、彼の優しさに触れられる。

 

それだけでも、十分幸せなはずだ。

 

「アスナ?」

 

不意に、レイから声をかけられた。

 

「えっ? な、何?」

 

「少し遅れている」

 

「あっ、ごめん!」

 

アスナは慌てて歩き出した。

 

レイは彼女の様子を一瞬だけ見たが、何も尋ねなかった。

 

「……気をつけろ」

 

「うん。ありがとう、レイ君」

 

アスナは微笑み、彼の隣へ並んだ。

 

その表情は、いつもどおりだった。

 

けれど、胸の奥に生まれた小さな羨望は、まだ消えていなかった。

 

◇

 

さらに、探索は続いた。

 

通路を抜け、階段を下り、いくつもの部屋を調べていく。

 

途中で見つかった宝箱には、いくつかのアイテムが入っていた。

 

珍しい素材もあったが、期待していたほどの大発見はない。

 

それでも、誰も不満は口にしなかった。

 

「ここまで来たんだ。もう少し調べてみようぜ!」

 

クラインが意気込む。

 

「そうだな。せっかくの未探索区域だし、行けるところまで確認したい」

 

キリトも同意した。

 

「私も賛成。ここまで何も見つからないのも、逆に気になるし」

 

リズが言った。

 

「ただし、危険だと判断したら戻る。それは忘れないでくれ」

 

エギルが念を押す。

 

全員が頷いた。

 

レイも異論はなかった。

 

むしろ、奥へ進むほど、妙な違和感を覚えていた。

 

通路の構造が変わっている。

 

壁の装飾も、先ほどまでとは異なる。

 

そして、モンスターの出現頻度が少しずつ減っていた。

 

まるで、何かを守るために配置された場所を通り抜けているようだった。

 

(……奥に何かあるな)

 

レイはそう判断した。

 

単なる宝物庫か。

 

特殊なクエストに関わる場所か。

 

それとも、強力なモンスターが待ち受けているのか。

 

まだ分からない。

 

だが、確認する価値はある。

 

7人は慎重に進んだ。

 

やがて、通路の先に大きな空間が見えてきた。

 

そこへ足を踏み入れた瞬間、全員が立ち止まった。

 

「……これは」

 

キリトが呟いた。

 

広い部屋だった。

 

壁は高く、天井は見上げるほど遠い。

 

部屋の奥には、巨大な扉がそびえ立っていた。

 

黒ずんだ金属で覆われ、表面には複雑な紋様が刻まれている。

 

左右には、扉を守るように二本の柱が立っていた。

 

これまでに見つけた扉とは、明らかに違う。

 

ただの通路の先にある扉ではない。

 

何かを封じているかのような、重々しい存在感があった。

 

「……ずいぶん大きな扉ね」

 

リズが思わず呟く。

 

「ここが最奥なのかな……?」

 

シリカが不安そうに言った。

 

「分からない。だが、普通の場所じゃなさそうだな」

 

エギルは扉を見上げながら答えた。

 

クラインは興奮した様子で、刀の柄に手をかけた。

 

「おいおい……。こういうのって、絶対に何かあるだろ!」

 

「だからこそ、慎重に考えないといけない」

 

キリトが扉を見つめたまま言った。

 

それから、仲間たちを振り返った。

 

「ここまで、かなり時間が経っている。みんな、まだ進む余裕はあるか?」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

長時間の探索で、疲労は少しずつ蓄積している。

 

HPは十分に残っているが、回復アイテムの残量も確認する必要がある。

 

そして何より、扉の向こうに何があるのか分からない。

 

「俺としては、一度戻るのもありだと思う」

 

キリトは続けた。

 

「準備を整えて、明日また来てもいい。無理をして全滅したら意味がないからな」

 

「……確かに」

 

エギルが頷いた。

 

だが、クラインは扉を見上げたまま、首を横に振った。

 

「いや、ここまで来たんだぜ? 目の前に何があるか分からないってのに、何も見ずに帰るのはもったいなくねえか?」

 

「気持ちは分かるけどね」

 

リズも扉を見つめた。

 

「ここまで誰も来ていなかったんでしょう? だったら、何か特別なものがあるかもしれないわ」

 

「私も……少しだけ、気になります」

 

シリカが小さく手を挙げた。

 

「もちろん、危険ならすぐに戻るべきですけど……。中を確認するくらいなら、できるんじゃないでしょうか?」

 

エギルは考え込んだ。

 

キリトも、すぐには答えなかった。

 

そのときだった。

 

「……私は、進んでみたい」

 

静かに口を開いたのは、アスナだった。

 

全員の視線が彼女に集まる。

 

「アスナもか?」

 

キリトが少し意外そうに尋ねた。

 

「うん。もちろん、危険があるのは分かってる。でも、ここまで誰も入ったことがない場所なんでしょう? だったら、何があるのか確かめてみたいの」

 

アスナは扉を見上げた。

 

その表情には、探索者としての好奇心が浮かんでいる。

 

けれど、彼女の胸の内には、もう一つの理由があった。

 

(……もう少しだけ、レイ君と一緒にいたいな)

 

今日は、レイと同じパーティーで探索をしている。

 

普段なら、こうして長い時間を一緒に過ごせる機会はそう多くない。

 

扉の先に何があるのかは分からない。

 

危険が待ち受けている可能性だってある。

 

それでも、今この時間が終わってしまうのは、少し寂しかった。

 

もちろん、そんな理由を口にするつもりはない。

 

レイに知られたら、きっと困らせてしまう。

 

だからアスナは、あくまでも探索者としての意見を伝えた。

 

「それに、ここまで来たんだから、せめて扉の向こうを確認してから戻りたい。危険だと判断したら、すぐに撤退すればいいと思う」

 

「……なるほどな」

 

キリトは考え込むように腕を組んだ。

 

「レイはどう思う?」

 

再び、全員の視線がレイへ向いた。

 

レイは巨大な扉を見つめていた。

 

その奥から、何かが聞こえるわけではない。

 

危険を知らせる表示もない。

 

ただ、扉そのものが妙に気になった。

 

ここまで来て、何も確認せずに帰る。

 

それは、それで合理的な判断かもしれない。

 

だが、今の自分はまだ探索を続けられる。

 

周囲に注意を払う余裕もある。

 

そして、アスナが進みたがっていることにも気づいていた。

 

「……そこまで望むなら、進んでもいい」

 

レイが静かに答えた。

 

アスナの表情が、ぱっと明るくなる。

 

「本当、レイ君?」

 

「ああ。ただし、条件がある」

 

「条件?」

 

「何か異常があれば、すぐに撤退する。敵が強すぎる場合も同じだ。無理に戦う必要はない」

 

レイは一度、全員を見回した。

 

「それを守れるなら、進んでも構わない」

 

「……うん! 分かった!」

 

アスナは嬉しそうに頷いた。

 

(よかった……!)

 

胸の内で、そっと安堵する。

 

レイ君が、自分の希望を受け入れてくれた。

 

それだけのことなのに、嬉しかった。

 

もちろん、レイは自分の気持ちを知っていて了承したわけではないのだろう。

 

それでも、彼ともう少し一緒にいられる。

 

今は、それだけで十分だった。

 

アスナは頬が緩みそうになるのをこらえ、改めて扉へと視線を向けた。

 

「じゃあ、決まりだな」

 

クラインが勢いよく頷く。

 

「ただし、レイの条件は絶対だ。少しでも危険を感じたら、すぐに戻るぞ」

 

キリトが念を押した。

 

「ああ。分かってる」

 

クラインも、今度は素直に頷いた。

 

「私も異論はないわ」

 

リズが答える。

 

「私も大丈夫です!」

 

シリカも頷いた。

 

エギルも短く同意を示す。

 

「よし。なら、全員で慎重に進もう」

 

キリトはそう言って、剣を構え直した。

 

7人は互いに顔を見合わせる。

 

誰もが、扉の向こうに何があるのか知りたかった。

 

未探索区域の最奥。

 

これまで誰も立ち入っていない場所。

 

その先には、貴重なアイテムがあるのかもしれない。

 

特別なクエストが待っているのかもしれない。

 

あるいは、誰も知らない秘密が隠されているのかもしれない。

 

期待と緊張が入り混じる中、7人は巨大な扉へと近づいていった。

 

レイもまた、静かに剣の柄へ手をかけた。

 

その隣で、アスナはそっと彼の横顔を見上げた。

 

(……もう少しだけ、一緒にいられるね。レイ君)

 

胸の奥に、温かな喜びが広がる。

 

けれど、そのときのアスナはまだ知らなかった。

 

この選択が、どれほど大きな後悔につながるのかを。

 

そして、レイもまた、知る由もなかった。

 

あのとき、アスナを止めていれば。

 

彼女の願いを聞き入れず、引き返していれば。

 

――あんな、あんなことにはならなかったのに。

 

7人を待ち受けていたのは、未知の宝でも、珍しいアイテムでもなかった。

 

ましてや、簡単に切り抜けられる程度の危険でもなかった。

 

その先に待ち受けていたものこそ――

 

絶望だった。





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