翌日
第五十層の飲食店に、7人の姿があった。
テーブルを囲んでいるのは、レイ、アスナ、キリト、リズベット、シリカ、クライン、エギル。
それぞれ食事を注文し、昨日の探索について話していた。
ただし、話題の中心は未探索エリアでも、そこで遭遇した大量のモンスターでもない。
「……で、結局あいつは何なんだ?」
クラインが、真剣な顔で尋ねた。
昨日、7人を苦戦させた巨大な黄金色の球体。
黒いサングラスをかけ、やたらと陽気な声で叫び続ける謎のモンスター。
その名は――ダンディー。
「レイ、お前は前からあいつを知ってたんだよな?」
キリトが尋ねる。
「ああ」
レイは短く答えた。
「じゃあ、詳しく教えてくれよ。あんなモンスター、聞いたこともなかったぞ」
「……最初はバスケットボールくらいの大きさだった」
「……は?」
クラインが固まった。
「ちょっと待て。昨日のあのデカさで、最初はバスケットボールくらいだったって?」
「ああ」
「どんだけ成長してんだよ!?」
クラインの叫びが、店内に響いた。
周囲のプレイヤーたちが一瞬こちらを見る。
しかし、レイは気にした様子もなく、話を続けた。
「倒しても、しばらくすると復活する」
「……復活?」
シリカが目を丸くした。
「倒したら終わりじゃないんですか?」
「普通はな」
「普通は、って……」
リズベットが額を押さえた。
「つまり、倒しても倒しても、また出てくるってこと?」
「ああ」
「最悪じゃない!」
「しかも、時々分裂する」
「…………」
6人が黙り込んだ。
数秒後。
「……分裂?」
キリトが聞き返した。
「ああ」
「……何体に?」
「二体」
「いや、増えてるじゃねえか!」
クラインがテーブルを叩きそうな勢いで叫んだ。
「一体でもあれだけ面倒なのに、二体になるのかよ!?」
「そうだ」
「そうだ、じゃねえよ!」
レイはクラインを一瞥した。
「……落ち着け。いつも分裂するわけじゃない」
「いつもじゃなくても十分嫌だわ!」
クラインは頭を抱えた。
キリトも難しい顔をしている。
「復活するうえに、どんどん巨大化して、分裂までする……。そんなモンスターがいるなんてな」
「しかも、会うたびに強くなる」
レイが付け加えた。
「…………」
今度こそ、全員が完全に黙り込んだ。
「……会うたびに?」
アスナがおそるおそる尋ねる。
「ああ。攻撃も厄介になるし、動きも速くなる。おまけに必殺技も増える。」
「ちょっと待って。昨日のあれより、さらに強くなる可能性があるってこと?」
リズの声が裏返った。
「ある」
「嫌よ! 絶対に嫌!」
「……同感だ」
レイが即答した。
そのあまりにも迷いのない返事に、キリトは思わず苦笑した。
「お前、よっぽどあいつが嫌いなんだな……」
「好きになる理由がない」
「それは……そうだな」
キリトも否定できなかった。
強い。
倒しても復活する。
時には分裂する。
そして、会うたびに強くなる。
普通なら、そんなモンスターに何度も関わりたいとは思わないだろう。
しかし、ダンディーには、さらに厄介な問題があった。
「……それから」
レイが口を開いた。
「いつの間にか、俺を友と呼ぶようになった」
「…………は?」
クラインが再び固まった。
「友?」
「ああ」
「……あいつが?」
「ああ」
「お前を?」
「ああ」
クラインはゆっくりとキリトを見た。
「……なあ、キリト」
「何だ?」
「……俺、今、何かとんでもない話を聞いた気がするんだが」
「いや、俺も聞き間違いじゃなければ、今そう聞こえた」
「だよな……」
2人は揃ってレイを見た。
レイは至って真面目だった。
「最初はライバルと呼んでいた。だが、いつの間にか『友』と呼ぶことも増えた」
「……何でだよ」
キリトが思わず呟く。
「知らん」
レイは即答した。
「お前が何かしたんじゃないのか?」
「何もしていない」
「本当に?」
「ああ」
レイは一切表情を変えない。
「否定しても聞かない。何度違うと言っても、友と呼んでくる」
「……面倒くさすぎるだろ」
エギルが深く息を吐いた。
「昨日も、レイ君のことを『我がライバル』とか『我が友』とか呼んでいたわね……」
アスナが思い出したように呟く。
「そうだ」
レイはアスナに視線を向けた。
「だから、お前たちも気をつけろ」
「……え?」
シリカが首を傾げる。
「何をですか?」
「そのうち、お前たちまで友と呼ばれるかもしれない」
「いらないです!」
シリカが即座に叫んだ。
「まだ何も起きてないだろ!」
クラインが突っ込む。
「でも、あんなのに友って呼ばれるのはちょっと……!」
「気持ちは分かるわ」
リズも頷いた。
「私も遠慮したいわね……」
「……俺もだ」
キリトも真顔で同意した。
エギルは腕を組み、重々しく頷いた。
「友と呼ばれるだけならまだしも、あの妙な口調まで真似することになったら厄介だな」
「……そのとおりだ」
レイの声が、わずかに低くなった。
「実際、戦闘が終わったあとに口調がうつる」
「…………」
6人の表情が変わった。
「……うつる?」
キリトが尋ねた。
「ああ」
「何が?」
「ダンディーの口調」
「…………」
レイは淡々と言い切った。
「気をつけても無駄だ。……最早、呪いだ」
「呪い!?」
クラインが叫んだ。
「ちょっと待て! モンスターの口癖がうつるって、そんなことあるのか!?」
「実際にうつっている」
「いや、そうだけど!」
クラインは昨日のことを思い出した。
戦闘が終わったあと。
自分が、無意識に口にしていた言葉。
『ダンディー、ダンディー……』
あれは確かに、自分の意思で言ったわけではなかった。
「……まさか、昨日のあれも?」
リズが青ざめる。
「そうだろうな」
レイが答えた。
「……私も、帰り道で変なことを言っていたわ」
アスナが口元に手を当てた。
『今日もダンディーだぜ~!』
昨日、自分が呟いた言葉が脳裏によみがえる。
「……あれ、口調がうつっていたの?」
「そういうことだ」
「そんなの、どうやって防げばいいのよ!?」
「無理だと言った」
「何でそんなに落ち着いてるのよ!」
リズベットが思わず突っ込んだ。
レイは少し考えた。
「……慣れろ」
「慣れたくないわよ!」
リズベットの叫びに、シリカも何度も頷いた。
「私もです! もう二度と、あんなことを言いたくありません!」
「ダンディー……」
クラインが、ぽつりと呟いた。
全員の視線が一斉に彼へ向いた。
「…………」
クライン自身も、口を押さえた。
「……今のは違う! わざとじゃねえ!」
「……始まっているな」
レイが冷静に指摘する。
「始まってねえよ! まだ俺は大丈夫だ!」
「ダンディズム……」
今度はリズが呟いた。
「ちょっと! リズまで!」
「わ、私だって、今のは無意識よ!」
「……全員、重症だな」
エギルが呆れたように言った。
「エギル、お前も気をつけろよ!」
「分かっている」
「今日も我が肉体は美しい……」
「エギル!?」
キリトが叫んだ。
「……すまん。今のは、口が勝手に」
エギルは苦々しい顔で口元を押さえた。
レイは深く息を吐いた。
(……やはり、呪いだ)
自分1人でも十分に厄介だった。
それが、仲間全員にまで広がっている。
考えるだけで頭が痛くなる。
◇
その後も、七人の話題はダンディーから離れなかった。
「でも、あんなに大きくなるなら、最初のバスケットボールくらいのときに倒しておけばよかったんじゃないか?」
キリトが尋ねる。
「倒した」
「……え?」
「何度も倒した」
「……何度も?」
「ああ」
レイは水を一口飲んだ。
「復活する」
「……そうだったな」
キリトは、納得したような、納得したくないような顔をした。
「じゃあ、逃げればいいんじゃないの?」
リズが言う。
「逃げても、また会うことがある」
「何でよ!?」
「知らん」
「知らんって……!」
「しかも、あいつは俺を見つけると、すぐに寄ってくる」
レイは無表情のまま続けた。
「『我が友よ!』とか『我がライバルよ!』とか言いながら」
「……うわぁ」
シリカが顔を引きつらせた。
「それは……大変ですね」
「大変なんてものじゃない」
レイの声には、珍しく疲労が滲んでいた。
「……会いたくない」
その一言には、これまでの苦労が凝縮されているようだった。
アスナは、そんなレイを見つめた。
(レイ君がここまで嫌がるなんて……)
普段のレイは、どんな時も冷静だ。
強敵と戦っているときでさえ、必要以上に感情を表に出さない。
そのレイが、ダンディーの話になると、明らかに疲れた様子を見せる。
よほどの相手なのだろう。
「……レイ君」
「何だ?」
「本当に、大変だったのね……」
「ああ」
レイは短く答えた。
「……もう二度と会いたくない」
「うん……」
アスナは、心から同情した。
そのときだった。
「……そういやよ」
クラインが、ふと思い出したように口を開いた。
「昨日のあいつ、LAボーナス(ラストアタックボーナス)は何だったんだ?」
「…………」
レイの動きが止まった。
ほんの一瞬。
だが、キリトは見逃さなかった。
「……レイ?」
「……ゴミだ」
レイは即答した。
「ゴミ?」
クラインが身を乗り出す。
「何だよ、そこまで言うなら見せてくれよ!」
「……見る価値はない」
「いいから、いいから!」
クラインがしつこく迫る。
キリトたちも気になったのか、レイへ視線を向けた。
「……本当に、くだらないものだぞ」
「いいって! どんなアイテムだったんだよ?」
レイはしばらく黙っていた。
やがて、諦めたようにメニューを操作する。
そして、一つのアイテムを取り出した。
「……これだ」
テーブルの上に置かれたものを見て。
6人は、言葉を失った。
それは――
ダンディーのストラップだった。
黄金色の球体。
黒いサングラス。
妙に自信満々な笑顔。
どう見ても、昨日のあの珍獣を小さくしたストラップだった。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙
誰も、何も言わない。
レイはストラップを見下ろし、淡々と説明した。
「……LAボーナスだ」
「…………」
「ゴミだ」
「…………」
「……捨てるのも面倒だから、持っている」
6人は、依然として沈黙していた。
キリトは、目の前のストラップを見つめている。
アスナは口元を押さえていた。
リズベットは、何かを言おうとして、結局言葉を失っていた。
シリカは困惑しきった表情で固まっている。
エギルは腕を組んだまま、じっとストラップを見ていた。
そして、クラインは――。
「……ぷっ」
笑いを堪えきれなかった。
「……何だ?」
レイが視線を向ける。
「い、いや……! 悪い……!」
クラインは肩を震わせた。
「だってよ……! あんなに苦労して倒したモンスターの報酬が……!」
「……笑うな」
「いや、無理だって!」
クラインはついに吹き出した。
「ダンディーのストラップって何だよ!? 何に使うんだよ、そんなもん!」
「知らん」
「お前も知らねえのかよ!」
キリトも、とうとう顔を背けた。
「……確かに、これは……」
「笑うな」
レイの声が低くなる。
「いや、でも……!」
キリトも肩を震わせていた。
リズは、ついにテーブルに突っ伏した。
「ちょっと待って……! 昨日、あんなに命懸けで戦ったのよ……!?」
「……そうだな」
「それで、報酬がこれって……!」
「……そうだな」
「何なのよ、これ!」
レイは無言でストラップを手に取った。
「……押すと喋る」
「…………は?」
笑っていたクラインが、ぴたりと止まった。
レイはストラップの丸い身体を指で押した。
すると。
『ダンディー! ダンディー! 今日も我が肉体は美しい!』
やけに元気な声が、テーブルの上に響き渡った。
「…………」
6人が固まった。
レイは、何事もなかったかのようにストラップをもう一度押す。
『天高くそびえ立ち優雅に……見たいか?』
「…………」
さらに、もう一度。
『キャー、ダンディー! ダンディー、キャー!』
甲高い裏声まで再現された。
「…………」
レイはストラップをテーブルに置いた。
そして、いつもどおりの無表情で言った。
「……いらないだろ」
次の瞬間。
「「「「「「いらな!!」」」」」」
6人の声が、見事に揃った。
店内の何人かが、驚いてこちらを振り返る。
だが、7人はそれどころではなかった。
「何だよ、その余計な機能!?」
クラインが叫ぶ。
「せめて音が出ないようにできないの!?」
リズベットがストラップを指さした。
「これ、アイテム欄に入れておくだけでも嫌なんですけど……!」
シリカが本気で困った顔をする。
「……捨てればいいんじゃないか?」
キリトが言った。
「実は試した」
レイが答える。
「……捨てられなかった」
「何でだよ!?」
クラインが再び叫んだ。
「呪いのアイテムなの!?」
「……知らん」
レイはストラップを見下ろした。
「ただ、捨てようとすると、なぜか手が止まる」
「怖いこと言わないでよ!」
リズベットが身を乗り出した。
「……まさか、本当に呪いなんじゃ……」
シリカが青ざめる。
アスナは、レイの顔をそっと覗き込んだ。
「レイ君……それ、持っていて大丈夫なの?」
「……大丈夫ではない」
「じゃあ、どうするの?」
「……考え中だ」
レイはストラップをメニューに戻した。
その瞬間。
『我が友よ!』
どこからともなく、あの声が響いた。
「…………」
7人が、一斉に固まった。
レイは、ゆっくりと目を閉じた。
「…………」
そして、低い声で呟いた。
「……本当に、二度と会いたくない」
その言葉に、6人は深く頷いた。
心の底から。