ダンディーのストラップを手に入れてから、少し時間が経った。
結局、レイはそのストラップを捨てることができなかった。
捨てようとすると、なぜか手が止まる。
理由は分からない。
本当に呪いなのか、それとも単に妙なアイテム仕様なのか。
どちらにしても、持っているだけで気分が悪い。
そこでレイは、ある決断をした。
ストラップを、剣につけることにしたのだ。
「……何でそうなるのよ」
それを初めて見たアスナは、呆れた声を上げた。
レイの剣の柄には、黄金色の球体に黒いサングラスをかけたストラップが揺れていた。
剣を動かすたびに、ゆらゆらと揺れる。
どう見ても、剣の雰囲気に合っていない。
「捨てられないからだ」
「だからって、剣につける必要はないでしょ!?」
「……持ち歩くなら、ここが一番邪魔にならない」
「そういう問題じゃないの!」
リズが即座に突っ込んだ。
「せっかくの黒い装備と剣が台無しじゃない! どうしてそんなものをつけちゃうのよ!」
「呪われそうだからな」
「理由になってないわよ!」
「……呪いなら、目の届くところに置いておいた方がいい」
「その理屈も分からない!」
クラインは腹を抱えて笑っていた。
「くっ……! お前、何だかんだ言って気に入ってんじゃねえのか?」
「断る」
「何を断ったんだよ!?」
「気に入っているという話だ」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「……顔に書いてある」
「書いてねえよ!」
キリトも、レイの剣にぶら下がるストラップを見て苦笑していた。
「まあ、本人がいいならいいんじゃないか?」
「キリト君、甘いわよ」
アスナは腕を組んだ。
「このままじゃ、レイ君が剣を抜くたびに、あの声が聞こえてくるかもしれないのよ?」
「……押さなければ喋らない」
レイが答える。
「そういう問題じゃないの!」
シリカも困った顔で頷いた。
「レイさんの剣に、あのストラップ……。何だか、すごく目立ちますね」
「……そうか?」
「はい……」
「……なら、仕方ない」
「何が仕方ないんですか!?」
エギルは腕を組み、真剣な顔でストラップを眺めていた。
「だが、考えようによっては、敵の注意を引く囮になるかもしれんな」
「……なるほど」
レイが頷いた。
「エギル! 変なことを教えないでよ!」
リズが叫ぶ。
「いや、可能性の話だ」
「それにしたって、ダンディーのストラップを囮にするなんて……!」
「……使えるなら使う」
レイは淡々と言った。
その言葉に、6人は一斉にため息をついた。
こうして、レイの剣にはダンディーのストラップがつくことになった。
本人以外には、すこぶる不評だった。
◇
そして今日。
7人は、またも未探索エリアにいた。
「未発見の場所、ねえ……」
クラインが地図を確認しながら呟いた。
「この辺りに、まだ誰も踏み込んでいない区域が見つかったらしい。奥に何があるかは分からねえけど、探索してみる価値はあるだろ?」
「そうだな。まだ調べられていない場所なら、何か発見があるかもしれない」
キリトが頷いた。
「罠や強いモンスターがいる可能性もあるわ。みんな、油断しないでね」
アスナが全員を見回す。
「分かってるって!」
クラインが刀を肩に担いだ。
「昨日みたいな珍獣が出なければいいけどな」
キリトが冗談めかして言った。
その瞬間。
7人の視線が、自然とレイの剣に集まった。
黄金色のストラップが、風もないのに揺れている。
「…………」
「…………」
「……何だ?」
レイが尋ねる。
「いや……」
キリトは視線を逸らした。
「……何でもない」
「……そうか」
レイは気にせず歩き始めた。
その背後で、クラインが小声で呟く。
「……あれ、今日も持ってきてるんだな」
「聞こえているぞ」
「聞こえないと思ったんだよ!」
「……残念だったな」
「お前、最近ちょっと口が悪くなってないか!?」
「……気のせいだ」
「本当かよ……」
アスナは、レイの剣をちらりと見た。
(レイ君……本当に、それをつけたまま探索するのね……)
少し複雑な気分だった。
しかし、本人が決めたことだ。
アスナは小さく息を吐き、仲間たちと一緒に歩き出した。
◇
未発見区域の探索は、思いのほか順調だった。
道中のモンスターは、7人で連携すれば問題なく倒せる程度の強さだった。
罠もいくつか見つかったが、キリトとアスナが慎重に確認し、レイが危険な場所を先に調べることで、大きな問題にはならなかった。
「……何だか、すんなり進めてるな」
クラインが拍子抜けしたように言った。
「そうね。もっと厄介な仕掛けがあるかと思ったけど……」
リズも周囲を見回す。
「でも、こういうときほど油断しちゃ駄目ですよ」
シリカが真面目な顔で言った。
「おっ、シリカがまともなことを言ってる!」
クラインが笑う。
「クラインさん! 私、いつもまともです!」
「はいはい」
「もう!」
シリカが頬を膨らませる。
そんなやり取りをしながら、7人は奥へと進んでいった。
やがて、通路の先に巨大な扉が現れた。
「……ここが最奥か」
キリトが扉を見上げる。
「どうやら、そのようだな」
エギルが頷いた。
「全員、準備はいい?」
アスナの問いかけに、6人がそれぞれ武器を構えた。
レイも剣の柄に手をかける。
そのとき、ストラップが小さく揺れた。
「…………」
レイは無言でそれを見た。
「……何だよ、レイ」
クラインが尋ねる。
「……何でもない」
「またかよ」
レイはストラップを軽く押さえ、剣を構え直した。
そして、キリトが扉を押し開けた。
重々しい音が響く。
その向こうには、広大なボス部屋が広がっていた。
中央にいたのは――巨大な異形のモンスターだった。
胴体の大部分を占めるのは、赤黒く濁った巨大な眼球。
その周囲からは、無数の触手が不規則に伸びている。
触手の先端には小さな眼のような器官がいくつも浮かび、まるで7人を観察するかのように動いていた。
その姿は、生物というよりも悪夢そのものだった。
「……何だ、あれ」
エギルが思わず呟いた。
「気持ち悪い……」
リズが顔をしかめる。
「巨大な目玉に触手……。あんなモンスター、見たことありません」
シリカも不安そうに呟いた。
「ボスモンスター、か」
キリトは剣を構えたまま、相手の様子を窺う。
「全員、気を引き締めろ。見た目だけじゃない。何をしてくるか分からないぞ」
「ええ。慎重にいきましょう」
アスナも細剣を握り直した。
レイは、異形のボスをじっと見つめていた。
(……面倒な相手だな)
そのとき。
巨大な眼球が、ゆっくりと開いた。
「来るぞ!」
キリトが叫ぶ。
次の瞬間、眼球から不気味な光が放たれた。
「っ……!」
光が部屋全体を包み込む。
直後、7人の視界に状態異常を示すアイコンが次々と浮かび上がった。
「麻痺!? それに出血まで……!」
リズが驚きの声を上げる。
「身体が……動かしにくい!」
シリカも思うように動かない身体に戸惑っていた。
さらに、足元へ伸びてきた触手がキリトの脚に絡みつく。
「くっ……!」
触手が巻きついた瞬間、スキルゲージが目に見えて減少した。
「触手に捕まると、スキルゲージまで減らされるのか!」
キリトが顔をしかめる。
「厄介ね……。状態異常にスキルゲージの減少まであるなんて!」
アスナも触手を避けながら叫んだ。
ガストレイゲイズ。
その邪眼による広範囲の状態異常と、触手による継続的なスキルゲージの減少。
まともに相手をすれば、長期戦になるほど不利になる相手だった。
「ちっ! こいつ、面倒くせえな!」
クラインが刀を振るい、迫ってきた触手を弾き飛ばす。
その横を、レイが駆け抜けた。
「……下がっていろ」
一閃
黒い剣が触手を切り裂く。
さらに踏み込み、別の触手を斬り払った。
ガストレイゲイズの巨大な眼球が、レイを捉える。
その周囲の触手が、一斉に持ち上がった。
「レイ君、気をつけて!」
アスナの声が響く。
しかし、レイは動じなかった。
迫り来る触手の隙間をすり抜け、巨大な眼球へと接近する。
そのまま剣を振り抜こうとした、そのときだった。
剣の柄にぶら下がっていたストラップが、勢いよく揺れた。
そして、触手の一本に軽くぶつかる。
ぷにっ。
『ダンディー! ダンディー!』
場違いなほど陽気な声が、ボス部屋に響き渡った。
「…………」
7人の動きが止まった。
ガストレイゲイズも、ぴたりと動きを止めた。
『今日も我が肉体は美しい!』
「…………」
静寂。
巨大な眼球が、ゆっくりとレイの剣へ向けられる。
「……レイ君?」
アスナが、ゆっくりとレイを見た。
「……何だ」
「今の……」
「……ストラップだ」
「それは見れば分かるわよ!」
リズが即座に突っ込んだ。
「何で今、あの声が出るのよ!?」
「……触手に当たった」
「見れば分かるわよ!」
「……そうか」
「そうか、じゃない!」
クラインが腹を抱えた。
「おいおいおい! ボス戦の真っ最中だぞ!? 何でここでダンディーなんだよ!」
「……俺に聞くな」
「お前の剣についてんだろうが!」
「……捨てられないから仕方ない」
「まだその言い訳を続けるのかよ!」
キリトは笑いを堪えながらも、ボスから目を離さなかった。
「いや、待て……。まだ終わってないぞ」
その声に、全員がガストレイゲイズを見た。
巨大な眼球は、動かない。
無数の触手も、先ほどまでの動きが嘘のように静止していた。
その中心にある眼が、レイの剣にぶら下がるストラップを見つめている。
正確には、黄金色の球体と黒いサングラスを。
「……?」
レイが首を傾げた。
『ダンディズム! ダンディズム!』
ストラップが、もう一度喋った。
次の瞬間。
「――――ッ!?」
ガストレイゲイズの巨大な眼球が、激しく震えた。
無数の触手が一斉に縮こまり、床を這うように後退する。
「……は?」
キリトが目を見開く。
ガストレイゲイズは、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、眼球を大きく見開いていた。
『天高くそびえ立ち優雅に……見惚れるがいい!』
「――――ッ!!」
その瞬間、ガストレイゲイズが悲鳴のような音を発した。
「……何だ?」
エギルが呆然と呟く。
巨大な眼球が震え、無数の触手が逃げ場を探すように暴れ回る。
そして――
くるりと身体の向きを変えた。
「……逃げる?」
シリカが呆然とした声を漏らす。
次の瞬間、ガストレイゲイズは触手を使って身体を引きずりながら、部屋の奥にある通路へと猛然と移動し始めた。
その異様な速さに、7人はただ見送ることしかできなかった。
やがて、巨大な眼球も無数の触手も、通路の奥へと消えていった。
「…………」
7人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
ボス部屋には、静寂が戻っている。
先ほどまでの緊張感が、嘘のようだった。
やがて。
「……何だったんだ、今の」
キリトが呟いた。
「……分からん」
レイが答える。
「……いや、お前のストラップが原因だろ!」
クラインが叫んだ。
「……そうかもしれない」
「そうかもしれない、じゃねえよ!」
リズもレイの剣を指さした。
「ちょっと待って! あのボス、明らかにストラップを見て逃げたわよね!?」
「……そうだな」
「何で!?」
「……知らん」
「知らんで済ませないでよ!」
アスナは呆然としたまま、レイの剣についたストラップを見つめていた。
「……レイ君」
「何だ?」
「それ……すごく役に立ったんじゃない?」
「…………」
レイはストラップを見下ろした。
黄金色の球体。
黒いサングラス。
どう見ても、ふざけたアイテムだった。
だが、先ほどのボスは、これを見て逃げていった。
「……そうだな」
レイが静かに頷いた。
その瞬間。
「……めっちゃ役に立つじゃん!」
クラインが叫んだ。
「本当だ! まさか、あのストラップにそんな効果があったなんて……!」
キリトも驚きを隠せない。
「すごいです! あの気持ち悪いボスを、一瞬で追い払っちゃいました!」
シリカが目を輝かせた。
「ちょっと待って……。これ、もしかしてボス特効のアイテムなの?」
リズが真剣な顔で考え始める。
「……いや、単にあのボスがダンディーストラップを怖がっただけかもしれん」
エギルが冷静に指摘した。
「どっちにしても、めっちゃ役に立ったじゃない!」
アスナも思わず声を上げた。
6人の視線が、一斉にレイへ集まる。
レイは、剣についたストラップを見下ろしたまま、しばらく黙っていた。
そして
「……捨てなくてよかった」
ぽつりと呟いた。
「そこ!?」
リズが突っ込む。
「いや、でも……!」
クラインが笑いながら言った。
「これからは大事にしろよ、そのストラップ!」
「……断る」
「何でだよ!?」
「……役に立つのと、好きかどうかは別だ」
「相変わらずだな、お前!」
キリトは苦笑した。
「まあ、何にしても助かった。あのまま戦っていたら、かなり面倒な相手だっただろうしな」
「……攻略したことになるのか?」
レイが尋ねる。
「……どうだろう」
キリトは、ガストレイゲイズが消えていった通路を見た。
ボスのHPを削ったわけではない。
倒したわけでもない。
ただ、ストラップの声を聞いて逃げていっただけだ。
「……一応、奥まで進めるようになったんだ。探索としては成功じゃないか?」
「そうね。これ以上戦う必要もなさそうだし」
アスナが頷いた。
「今日はこれで帰りましょう。思った以上に疲れたわ……」
「……賛成だ」
レイが答えた。
その声に、全員が頷いた。
◇
帰り道。
7人は、ほとんど口を開かなかった。
戦闘らしい戦闘は、ほとんどしていない。
それなのに、全員が妙に疲れていた。
理由は分かっている。
あのボスの悲鳴。
逃げていく姿。
そして、何よりも――
レイの剣にぶら下がる、黄金色のストラップ。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も、その話題に触れようとしなかった。
レイも、何も言わずに歩いていた。
剣の柄では、ダンディーのストラップが揺れている。
しばらくして。
「……ダンディー」
シリカが、小さく呟いた。
「…………」
本人は、すぐに口元を押さえた。
「……今のは違います」
誰も何も言わなかった。
さらに少し歩くと。
「……ダンディー、ダンディー……」
クラインが呟いた。
「……おい」
キリトが横目で見る。
「……何だよ」
「……いや、何でもない」
キリトは視線を前に戻した。
そして、数歩進んだところで。
「……ダンディズム」
今度はリズだった。
「…………」
アスナが、そっと顔を覆う。
「……天高くそびえ立ち優雅に……」
「アスナまで!?」
キリトが思わず声を上げた。
「ち、違うの! 今のは無意識で……!」
「……見よ、この美しいフォルム!」
エギルが、重々しい声で呟いた。
「エギルさんまで!?」
シリカが叫んだ。
「……いや、俺も止められん」
エギルは深いため息を吐いた。
キリトは、しばらく無言で歩いていた。
そして。
「……ダンディー」
「お前もかよ!」
クラインが突っ込む。
「……口が勝手に」
キリトは額を押さえた。
最後に、全員の視線がレイへ集まった。
レイは無言だった。
いつもの冷静な表情。
ただし、その目は少しだけ遠くを見ていた。
「……レイ君?」
アスナが恐る恐る声をかける。
レイはゆっくりと口を開いた。
「……ダンディー」
「…………」
全員が、黙り込んだ。
そして、誰もが同じことを思った。
――この呪い、いつまで続くんだ。
7人は、再び無言で歩き始めた。
剣についたストラップだけが、楽しそうに揺れていた。
おまけ『ゲーム機戦争』
第1話「ファミコン帝国、爆誕!」
【ゲーム機たちの集会所】
ブロック崩し機「今日も平和だなぁ……」
テレビテニス機「このままずっと、平和が続くといいな」
???「――甘い!」
ブロック崩し機「な、何だ!?」
テレビテニス機「この声……いったい誰だ!?」
???「これからは、俺の時代だ!」
ドンッ!
そこに現れたのは、赤と白のボディを持つゲーム機だった。
ファミコン「俺の名は、ファミリーコンピュータ! 略してファミコン! これからゲーム界は、俺が統一する!」
ブロック崩し機「と、統一だと!?」
テレビテニス機「そんなことができるわけ……!」
ファミコン「できるかどうかじゃない。やるんだ!」
ゲーム機たち「おおおおおっ!」
ファミコン「さあ、俺についてこい! ゲーム界に新たな帝国を築くぞ!」
こうして、ファミコン帝国が誕生した。
だが――。
???「フッ……面白い」
ファミコン「……誰だ?」
???「俺の名は……メガドライブ!」
ファミコン「何だと!?」
黒き反逆者の登場により、ゲーム界は新たな時代を迎えようとしていた。
――第1話・終