あれから、いろいろなことがあった。
アスナは、血盟騎士団を脱退した。
副団長として過ごしてきた日々に、一区切りをつけたのだ。
もっとも、そのことをレイにはまだ伝えていない。
伝えようとは思っている。
けれど、いざ彼の顔を思い浮かべると、なかなか言い出すきっかけが見つからなかった。
一方、キリトはユイという少女を仲間たちに紹介した。
そして、そのユイはというと――。
「パパ!」
「……だから、ここではパパって呼ばなくてもいいんだぞ、ユイ」
「はい、パパ!」
「……聞いてないな」
キリトが困ったように頭を抱えれば、隣にいたリズが笑いを堪えていた。
「いいじゃない、キリト。ユイちゃん、私のこともママって呼んでくれるのよ?」
「ママ!」
「はーい、ユイちゃん!」
リズは嬉しそうに返事をする。
「……お前ら、順応するの早すぎないか?」
クラインが呆れた声を上げた。
「いいじゃないですか。ユイちゃん、可愛いですし!」
シリカはユイの頭を優しく撫でる。
エギルも微笑ましそうに、その様子を眺めていた。
そして、レイはというと。
「……賑やかだな」
いつもの調子で、ぽつりと呟いていた。
そんな日々を過ごす中で、アスナには楽しみにしている時間があった。
レイと二人きりで会う時間だ。
そして、今日はその日だった。
◇
約束の時間まで、あと少し。
アスナは自分の部屋で、鏡の前に立っていた。
「……よし」
鏡に映る自分の姿を確認する。
服装に問題はない。
髪もきちんと整っている。
そして、最後に――。
「……笑顔」
アスナは、にこりと微笑んだ。
鏡の中の自分も、同じように笑う。
「うん、いい感じ……!」
思わず頬が緩んだ。
レイと会う日には、いつの間にかこれが習慣になっていた。
以前、レイから届いたメッセージ。
『笑顔の確認、可愛いな』
その一文を思い出すだけで、今でも胸が弾む。
(レイ君……今日も、可愛いって思ってくれるかな……)
そんなことを考えた途端、頬が熱くなった。
「……だ、駄目駄目! 遅れちゃう!」
アスナは慌てて首を振る。
以前、鏡の前で夢中になりすぎて、危うく約束に遅れそうになったことがある。
あの失敗を繰り返すわけにはいかない。
もう一度だけ鏡を確認して、アスナは勢いよく振り返った。
「よし! 行こう!」
扉を開け、軽い足取りで出掛ける。
その表情は、誰が見ても分かるほど嬉しそうだった。
◇
待ち合わせ場所の飲食店。
レイは、いつものように静かに席についていた。
黒い装備に、腰には愛用の剣。
そして、その剣には――。
黄金色の球体に黒いサングラスをかけたストラップがぶら下がっている。
「…………」
レイはストラップを一瞥した。
「……何で、まだついているんだ」
もちろん、自分でつけたからだ。
捨てられない以上、仕方がない。
そう考えて、レイは小さく息を吐いた。
そのとき。
「レイ君!」
聞き慣れた声がした。
顔を上げると、アスナがこちらへ歩いてくるところだった。
「……ああ。アスナ」
「待たせちゃった?」
「いや。今来たところだ」
「よかった!」
アスナはほっとしたように笑い、レイの向かい側に座った。
その笑顔を見て、レイは一瞬だけ目を留めた。
「……今日は機嫌がいいな」
「えっ?」
アスナの心臓が跳ねた。
「そ、そうかな?」
「ああ」
レイはいつもの調子で頷く。
「何かいいことでもあったのか?」
(レイ君と会えるからです!)
そう答えたかった。
けれど、そんなことを正面から言えるほど、アスナは素直ではなかった。
「……ふふっ。秘密」
「……そうか」
レイは特に追及しなかった。
そのあっさりした反応に、アスナは少しだけ物足りなさを感じた。
けれど、すぐに気持ちを切り替える。
今日は、レイと二人きりなのだ。
それだけで十分に嬉しかった。
「ねえ、レイ君。今日は何を食べる?」
「……好きなものを頼めばいい」
「もう、そういう答え方ばっかり」
アスナはくすくすと笑った。
「レイ君のおすすめを聞いてるの」
「……なら、ここの肉料理は悪くない」
「じゃあ、私もそれにしようかな」
二人はメニューを開き、それぞれ注文を済ませた。
料理が届くまでの間も、会話は途切れなかった。
最近見つかった狩場の話。
攻略組の様子。
キリトたちと一緒に過ごした日のこと。
そして、ユイのこと。
「ユイちゃん、本当に可愛いのよ」
アスナは嬉しそうに話した。
「キリト君のことをパパって呼ぶし、リズのことはママって呼ぶし……」
「……キリトがパパか」
レイは少し考え込んだ。
「……似合わないな」
「ふふっ、そう思う?」
「……ああ」
「でも、キリト君もユイちゃんのことを大切にしてるわ。リズも、すっかりママになっちゃって」
「……賑やかそうだな」
「うん。とっても!」
アスナは楽しそうに頷いた。
レイはそんな彼女の様子を、静かに眺めていた。
アスナが笑っている。
それだけで、この時間は悪くないと思えた。
◇
食事を終えても、二人の会話は続いた。
飲み物を口にしながら、ゆっくりと話す。
攻略の話から、最近の出来事へ。
最近の出来事から、何でもない日常の話へ。
特別なことが起きているわけではない。
ただ、二人で向かい合って話しているだけ。
それなのに、アスナにとっては大切な時間だった。
(……楽しいな)
心の中で、そっと呟く。
以前は、レイとこうして過ごすことさえ難しかった。
彼は一人で攻略を続け、他人と必要以上に関わろうとしなかった。
けれど今は、こうして定期的に会ってくれる。
二人で食事をして、話をして、笑い合う。
恋人ではない。
それでも、アスナにとっては十分すぎるほど幸せな時間だった。
「……アスナ」
「ん? 何?」
レイに呼ばれ、アスナは顔を上げた。
「……こうして話すのも、悪くないな」
「……え?」
思いがけない言葉に、アスナは瞬きをした。
レイは窓の外へ一瞬視線を向けてから、続けた。
「いつも皆で集まるのも楽しいが……たまには二人だけも良いな」
「…………」
アスナの思考が止まった。
(……え?)
今、レイ君は何と言ったのだろう。
たまには二人だけも良い。
二人だけ。
つまり、今の時間を良いと思ってくれている。
皆で集まる時間とは別に、自分と二人で過ごす時間も楽しいと思ってくれている。
そういうことなのだろうか。
(……うそ)
胸の奥が、じわじわと温かくなっていく。
嬉しい。
とにかく、嬉しい。
けれど、顔に出しすぎるのは恥ずかしい。
アスナは必死に平静を装った。
「……そ、そうね! 私も、二人だけで会うのは好きよ!」
言ってから、はっとする。
(す、好きって言っちゃった!?)
いや、間違ってはいない。
二人で会うのは好きだ。
とても好きだ。
けれど、もう少し言い方があったのではないだろうか。
アスナの頬が、じわじわと赤くなる。
レイは特に気にした様子もなく頷いた。
「……なら、また二人で会おう」
「……っ!」
アスナは、危うく声を上げそうになった。
(また……二人で……!)
胸がいっぱいになる。
今すぐ誰かに話したい。
けれど、この場にいるのはレイだけだ。
そして、そのレイが原因で、こんなにも幸せな気持ちになっている。
「……うん!」
アスナは、満面の笑みで頷いた。
「約束ね、レイ君!」
「ああ」
レイも静かに頷いた。
その何気ない返事さえ、今のアスナには特別なものに思えた。
◇
しばらくして、二人は店を出た。
外は穏やかな雰囲気に包まれていた。
「今日は楽しかったわ、レイ君」
「ああ。俺もだ」
「……また会おうね」
「……ああ。またな、アスナ」
レイは軽く手を上げ、歩き出した。
アスナはその背中を見送る。
姿が見えなくなるまで見送ってから、ようやく自分も帰路についた。
そして――。
「…………」
数歩歩いたところで、アスナの口元が緩んだ。
「……ふふっ」
思い出すのは、先ほどの言葉。
『たまには二人だけも良いな』
「……ふふふっ」
頬が緩む。
どうしようもなく緩む。
(レイ君が……二人だけも良いって……!)
胸の前で、ぎゅっと両手を握った。
(また二人で会おうって……!)
足取りが軽くなる。
自然と笑みがこぼれる。
(……嬉しい……!)
周囲に人がいないことを確認して、アスナは思わず頬を押さえた。
「……えへへ」
完全に、緩みきった顔だった。
普段の彼女を知る攻略組のプレイヤーが見たら、きっと驚いただろう。
かつて血盟騎士団の副団長として、冷静で厳格な姿を見せていた少女。
その面影は、今の彼女にはほとんどなかった。
ただ一人の少年の言葉を思い出して、幸せそうに笑う少女がいるだけだった。
「……レイ君、大好き……」
ぽつりと呟いてから、アスナは慌てて周囲を見回した。
誰もいない。
ほっと胸を撫で下ろす。
「……もう。私ったら……」
そう言いながらも、笑顔は消えなかった。
レイには、まだ伝えていないことがある。
血盟騎士団を脱退したこと。
これから、自分がどうしていきたいのか。
話さなければならないことは、きっとこれからも増えていく。
けれど、今はまだ。
今日の幸せを、もう少しだけ噛みしめていたかった。
アスナは再び、口元を緩ませる。
そして、誰にも見られない帰り道で。
何度も何度も、レイの言葉を思い返しながら歩いていった。
「……たまには二人だけも良いな、かぁ……」
「……ふふっ」
閃光の少女の帰り道は、今日も幸せでいっぱいだった。
──────────────────────
◇その日の夜◇
アスナは、リズと少し話がしたくなり、キリトとリズが一緒に暮らしているログハウスを訪ねていた。
扉をノックしようとした、そのとき。
中から、聞き覚えのある声が響いてきた。
「我が美しい肉体を見よ!」
「きゃー! 見ちゃう!!」
「…………」
アスナの手が止まる。
「…………」
「…………」
数秒間、扉の前で無言のまま立ち尽くしたあと、そっと手を下ろした。
「……帰ろ」
結局、アスナはノックすることなく、その場を後にしたのだった。
◇翌日◇
アスナはリズと顔を合わせると、昨日の夜のことを思い出して口を開いた。
「そういえば、昨日の夜、リズのところに行ったんだけど……」
「えっ? 昨日の夜?」
リズは思わず聞き返した。
「うん。ちょっと話がしたくてね。でも、ノックする前に中から声が聞こえてきたから」
「あ……」
リズの表情がわずかに引きつる。
「キリト君が『我が美しい肉体を見よ!』って言って、リズが『きゃー! 見ちゃう!!』って返してたよね?」
「あ、あはは……」
リズの額に、うっすらと汗が浮かぶ。
「それで、ああいう遊びはやめたほうがいいと思うよ。だってダンディーだよ?」
「そ、そうだよねー……」
リズはぎこちない笑顔で頷いた。
アスナは満足そうに頷くと、それ以上は何も言わなかった。
どうやら、アスナは2人が何をしていたのか、まったく理解していないらしい。
――閃光の少女は、今日も純粋だった。
おまけ『ゲーム機戦争』
第2話「黒き反逆者メガドライブ!」
ファミコン「俺の帝国に逆らうとは、いい度胸だな!」
メガドライブ「帝国? 笑わせるな。ゲーム界はお前だけのものじゃない」
ファミコン「ならば、力で分からせてやる!」
メガドライブ「望むところだ!」
ドゴォォォン!
二台のゲーム機が激突する!
ファミコン「ぐっ……! なかなかやるじゃないか!」
メガドライブ「お前こそな。だが、俺にはまだ切り札がある!」
ファミコン「何だと!?」
メガドライブ「来い! 俺の力をさらに引き上げるんだ!」
メガCD「呼んだか?」
スーパー32X「俺もいるぞ!」
ファミコン「な、何だ、その二台は!?」
メガドライブ「これが俺の新たな力だ!」
メガCD「追加装備、装着!」
スーパー32X「性能強化、開始!」
メガドライブ「フハハハハ! これで俺は無敵だ!」
ファミコン「……何だか嫌な予感がするぞ」
メガドライブ「黙れ! 次回、俺の真の力を見せてやる!」
――第2話・終