光り輝く太陽に導かれ   作:光り輝くダンディー

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第4話 いつの間にか隣に

デスゲーム開始から三週間

 

アインクラッド第一層の攻略は、少しずつ進んでいた。

 

プレイヤーたちは生き残るために戦い、情報を集め、時には他人と協力しながら、この世界での生活に順応し始めていた。

 

そんな中、レイは相変わらずソロプレイヤーとして活動していた。

 

誰ともパーティーを組まず、誰かと行動を共にすることもない。

 

ただ一人で狩りを続け、装備を整え、着実に強くなっていく。

 

そして、そんなレイの行く先々で、なぜか一人の少女と顔を合わせることが増えていた。

 

アスナである。

 

最初は、本当に偶然だった。

 

狩り場で出会い、短い会話を交わす。

 

街の近くですれ違い、互いに気づけば軽く視線を向ける。

 

迷宮区へ続く道で出会ったときなどは、どちらからともなく立ち止まり、必要な情報を交換することもあった。

 

それだけの関係だった。

 

少なくとも、最初のうちは。

 

     ◇

 

「……また、あなた?」

 

ある日の午後 フィールドの岩場で、アスナは呆れたような声を上げた。

 

少し先に立っていたレイは、彼女を見る。

 

「それはこっちの台詞だ」

 

「何よ、それ。私がここに来ちゃ悪いの?」

 

「別に」

 

「だったら、いちいち変なこと言わないで」

 

「言ってないだろ」

 

「言ってるじゃない」

 

アスナは不満そうに眉を寄せた。

 

レイはそんな彼女を一瞥すると、近くの岩に腰を下ろした。

 

「……休憩か?」

 

「そうよ。悪い?」

 

「いや」

 

それだけ答えると、レイは水筒代わりのアイテムを取り出した。

 

アスナは少し離れた場所に立ったまま、彼を見ていた。

 

以前なら、こんなときはすぐにその場を離れていたはずだった。

 

無愛想で、何を考えているのか分からない少年。

 

一緒にいても会話は続かないし、こちらが話しかけなければ、向こうから話しかけてくることもほとんどない。

 

それなのに。

 

「……私も、少し休もうかな」

 

気づけば、そんな言葉が口から出ていた。 

 

レイは特に反応せず、隣の岩を顎で示す。

 

「空いてるぞ」

 

「……言われなくても分かってるわよ」

 

そう言い返しながら、アスナは彼から少し距離を空けて腰を下ろした。

 

二人の間に、沈黙が落ちる。

 

遠くからモンスターの鳴き声が聞こえ、草原を風が吹き抜けていく。

 

アスナは何か話そうとした。

 

しかし、何を話せばいいのか分からない。

 

レイも、無理に話題を探す様子はなかった。

 

普通なら気まずくなってもおかしくない状況だった。

 

けれど、不思議なことに。

 

アスナは、そこまで居心地の悪さを感じていなかった。

 

(……何なのかしらね、これ)

 

隣にいるのは、ほとんど喋らない少年だ。

 

愛想もない。

 

気遣いの言葉も、ほとんどない。

 

それでも、無理に会話を続ける必要がないというのは、思っていた以上に楽だった。

 

沈黙を埋めるために気を遣わなくていい。

 

自分をよく見せようとする必要もない。

 

ただ、そこにいるだけでいい。

 

そんな時間が、少しだけ心地よかった。

 

「……ねえ」

 

アスナが口を開いた。

 

「何だ?」

 

「あなたって、いつもそんな感じなの?」

 

「そんな感じって?」

 

「……何ていうか、誰にも興味がなさそうなところ」

 

レイは少し考えた。

 

「そう見えるか?」

 

「見えるわよ。というか、実際そうでしょ」

 

「まあ、否定はしない」

 

「……やっぱり」

 

アスナは呆れたように息を吐いた。

 

けれど、口元はほんの少しだけ緩んでいた。

 

「でも、意外と面倒見はいいのよね」

 

「そうか?」

 

「自覚ないの?」

 

「ないな」

 

「……本当に、変な人」

 

以前にも口にした言葉だった。

 

けれど、今度はそれほど刺々しくなかった。

 

レイは特に気にすることなく、立ち上がる。

 

「そろそろ行く」

 

「……そう」

 

アスナも腰を上げた。

 

本当は、もう少し休んでいてもよかった。

 

けれど、彼が行くのなら、自分もそろそろ動こう。

 

そんなことを考えた自分に気づき、アスナは内心で首を傾げた。

 

(……私、何やってるんだろ)  

 

    ◇

 

それからも、二人は何度も顔を合わせた。

 

ある日は、始まりの街の道具屋で。

 

「……あっ?」

 

「アスナか」

 

「何買ってるの?」

 

「回復アイテム」

 

「見れば分かるわよ。そうじゃなくて、そんなに買い込んでどうするの?」

 

「使うからだろ」

 

「……そういうことを聞いてるんじゃないんだけど」

 

また別の日には、迷宮区へ向かう途中で。

 

「そっちの道はやめたほうがいいわ」

 

「何でだ?」

 

「少し先に、巡回型のモンスターが何体かいたの。ソロで進むには面倒な配置よ」

 

「そうか。助かる」

 

「……え?」

 

「情報、ありがとな」

 

あまりにも自然に礼を言われて、アスナは一瞬だけ言葉に詰まった。

 

「べ、別に! 私は自分が通る道の情報を教えただけよ!」

 

「そうか」

 

「そうよ!」

 

レイはそれ以上何も言わず、別の道へ進んでいった。

 

その背中を見送りながら、アスナは小さく呟いた。

 

「……もう少し、何かないの」

 

何を期待していたのか、自分でもよく分からなかった。

 

     ◇

 

そして、いつからだったのだろう。

 

アスナが彼を呼ぶとき、自然と名前に「君」をつけるようになったのは。

 

「レイ君、そっちじゃないわ」

 

フィールドで道を間違えかけたレイに、アスナが声をかける。

 

レイは足を止めた。

 

「……そうなのか?」

 

「そうよ。そっちは行き止まり。迷宮区に向かうなら、もう少し東へ進まないと」

 

「分かった」

 

「まったく……。ちゃんとマップを確認しなさいよね」

 

「面倒だった」

 

「面倒って……。あなたねぇ」

 

アスナは呆れた顔をした。

 

しかし、口から出た「レイ君」という呼び方に、特別な意識はなかった。

 

いつの間にか、そう呼んでいた。

 

最初は当たり前だが「レイ」という名前すら知らなかった。

 

名前を知ってからもしばらくは、どこか距離を置くように接していた。

 

それが、いつの間にか。

 

「レイ君、今日はどこで狩りをするの?」

 

「北側」

 

「北側? あそこ、少し強いモンスターが出るでしょう」

 

「問題ない」

 

「……そうでしょうね」

 

アスナは小さくため息をついた。

 

レイの強さは、何度も目の当たりにしている。

 

彼が自分よりずっと強いことも、すでに認めていた。

 

悔しくないと言えば嘘になる。

 

けれど、それ以上に、レイと話していると不思議と肩の力が抜けた。

 

彼は自分を特別扱いしない。

 

弱いと決めつけることもなければ、無理に守ろうとすることもない。

 

危険なときには助けられたこともあるが、普段は一人のプレイヤーとして接してくる。

 

それが、アスナには心地よかった。

 

「……ねえ、レイ君」

 

「何だ?」

 

「今日、狩りが終わったら街に戻る?」

 

「ああ」

 

「……そう」

 

少しだけ間を置いて、アスナは続けた。

 

「私も、そっちに戻る予定なの」

 

「そうか」

 

「……一緒に行くとか、そういう意味じゃないからね! たまたま帰る方向が同じってだけ!」

 

レイは彼女を見た。

 

「まだ何も言ってないが」

 

「分かってるわよ!」

 

アスナは顔を背けた。

 

(……何で私、いちいち言い訳してるのよ)

 

自分でも不思議だった。

 

別に、レイ君と一緒に街へ戻るくらい、何でもないはずなのに。

 

そう考えている間に、レイは歩き始めていた。

 

「行くぞ」

 

「……待ちなさいよ、レイ君!」

 

アスナは慌てて後を追った。

 

     ◇

 

二人は並んで歩いていた。

 

もちろん、パーティーを組んでいるわけではない。

 

互いに狩り場も違えば、攻略の進め方も違う。

 

ただ、帰る方向が同じだった。

 

それだけのことだ。

 

「……今日の狩りはどうだった?」

 

アスナが尋ねた。

 

「いつも通り」

 

「それじゃ分からないわ」

 

「モンスターを倒した」

 

「……もう少し詳しく話せないの?」

 

「何を話せばいい?」

 

「だから……!」

 

アスナは言いかけて、やめた。

 

レイに悪気がないことは、もう分かっている。

 

話すのが苦手なのか、それとも本当に必要だと思っていないのか。

 

どちらにしても、無理に変えさせる必要はないだろう。

 

「……もういい」

 

「そうか」

 

「でも、今日の狩り場はどうだったのかくらい、教えてくれてもいいんじゃない?」

 

「敵が多かった」

 

「それで?」

 

「倒した」

 

「…………」

 

アスナは足を止めた。

 

レイも少し進んだところで立ち止まり、振り返る。

 

「どうした?」

 

「……レイ君って、本当に会話が続かないのね」

 

「そうか?」

 

「そうよ!」

 

アスナは思わず声を上げた。

 

その直後、二人の間に沈黙が落ちる。

 

けれど

 

「……ふふっ」

 

不意に、アスナの口から小さな笑い声が漏れた。

 

レイは彼女を見つめた。

 

「何がおかしい?」

 

「別に。……あなたと話してると、何だか調子が狂うなって思っただけ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

アスナは笑みを残したまま、再び歩き始めた。

 

レイも隣に並ぶ。

 

会話は、そこで途切れた。

 

それでも、どちらも気にしなかった。

 

無理に言葉を探す必要はない。 

沈黙が訪れても、気まずくならない。

 

それどころか、隣を歩く相手の存在が、どこか自然に感じられた。

 

デスゲームが始まってから、アスナはずっと一人で戦ってきた。

 

誰かに頼ることを避け、自分の力だけで生き残ろうとしていた。

 

レイもまた、一人で戦うことを選んでいた。

 

二人とも、誰かと深く関わるつもりなどなかった。

 

だからこそ、今の関係は不思議だった。

 

友達と呼ぶには、まだ少し違う。

 

仲間というわけでもない。

 

恋愛感情など、もちろん?まだ意識していない。

 

ただ、何度も偶然出会い、短い会話を交わすうちに。

 

互いの存在が、少しずつ当たり前になり始めていた。

 

「……レイ君」

 

「何だ?」

 

「また、どこかで会ったら話しましょう」

 

口にしてから、アスナは少しだけ目を見開いた。

 

自分から、そんなことを言うつもりはなかった。

 

けれど、言葉はもう出てしまった。

 

レイは特に驚くこともなく答えた。

 

「ああ。会ったらな」

 

「……うん」

 

アスナは前を向いた。

 

胸の奥が、ほんの少しだけ温かかった。

 

隣を歩くレイは、相変わらず無愛想で、何を考えているのか分からない。

 

それでも、彼といる時間は嫌いではなかった。

 

むしろ――。

 

(……こういうのも、悪くないかも)

 

心の中でそう呟き、アスナは小さく笑った。

 

レイは、その変化に気づかなかった。

 

彼にとっても、アスナと一緒に歩く時間は、特別なものではないはずだった。

 

会えば話す。

 

帰る方向が同じなら、並んで歩く。

 

それだけだ。

 

だが、誰とも関わらずに過ごしてきたレイにとって、沈黙を気にせず隣にいられる相手というのは、決して多くなかった。

 

そして、アスナもまた、彼といるときだけは、ほんの少しだけ気を張らずにいられた。

 

二人とも、それをわざわざ言葉にすることはなかった。

 

ただ、次に偶然会ったときも、きっと同じように話すのだろう。

 

「また会ったわね、レイ君」

 

「……ああ」

 

そんな何気ないやり取りを繰り返しながら。

 

二人の関係は、ゆっくりと変わり始めていた。




改行というモンスターに悪戦苦闘
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