――いつ死ぬかも分からない。
それが、この世界で生きるプレイヤーにとっての現実だった。
HPがゼロになれば、現実の肉体も命を失う。
どれほど強くなろうと、どれほど攻略を進めようと、絶対に死なないという保証はない。
俺だって例外じゃない。
いつか、どこかの戦闘で死ぬかもしれない。
攻略中の不意打ちかもしれないし、予想外のボスの攻撃かもしれない。
あるいは、何でもない場所で、ほんのわずかな判断ミスをするのかもしれない。
そんな世界で、誰かと恋人になる。
それは、どういうことなのだろうか。
俺は、アスナに告白されたとき、その答えを出せなかった。
いや――答えは、出ていた。ただ、それを認めることができなかった。
好きだった。
あの頃から、アスナのことが好きだった。
一緒に過ごす時間は心地よかったし、彼女の笑顔を見ると、不思議と気持ちが軽くなった。
だからこそ、怖かった。
俺が死ねば、アスナを悲しませる。
アスナが死ねば、俺も悲しむ。
特定の誰かを大切にするということは、その相手を失う可能性を受け入れるということでもある。
この世界では、それがただの想像では済まない。
だから、あのとき俺は彼女の告白を断った。
嫌いだからではない。
一緒にいたくないからでもない。
むしろ、その逆だった。
大切に思っていたからこそ、踏み込むことができなかった。
――なのに。
「…………」
俺は、第二十二層の自分のログハウスで、窓の外を眺めていた。
アスナとは、あれからも何度も会っている。
一緒に食事をした。
他愛のない話をした。
2人で過ごす時間を、何度も重ねてきた。
仲間たちと一緒に過ごすことも増えた。
そして昨日、俺たちは2人だけのギルドまで作った。
ギルド名は『双翼』
拠点は第二十二層。
ギルドを作った理由は、勧誘対策。
それは間違いない。
実際、面倒な勧誘を断るためには都合がいい。
だが、それだけだったのか。
「…………」
俺は、小さく息を吐いた。
アスナと一緒にいたかった。
だから、ギルドを作ることを提案した。
彼女が自分と同じギルドに入ると即答したとき、嫌だとは思わなかった。
むしろ、当然のように受け入れていた。
ずっと2人でいい。
そう言ったのも、嘘ではない。
勧誘対策という理由があったとしても、俺はアスナと2人だけのギルドを悪くないと思っていた。
……いや。
悪くないどころか、嬉しかったのかもしれない。
「……くだらないな」
自分の気持ちを、今さら認めようとしているとは。
俺は、ずっと同じことを繰り返していた。
アスナを好きだと思いながら、失うことを恐れて距離を取る。
それなのに、離れたくないから会いに行く。
一緒にいたいから、2人で過ごす時間を作る。
そして、彼女が隣にいることを当たり前のように受け入れていた。
断ったくせに、近づいている。
自分でも、矛盾していると思う。
「…………はぁ」
俺は椅子から立ち上がり、窓辺へ移動した。
第二十二層の景色は、今日も穏やかだった。
この世界が死のゲームであることを忘れそうになるほどに。
だが、忘れるわけにはいかない。
ここで死ねば、本当に終わる。
それでも――。
「……いつまで逃げているつもりだ、俺は」
口に出した途端、自分の中で何かが変わった気がした。
死が怖い。
大切な人を失うことが怖い。
それは、これからも変わらないだろう。
けれど、死ぬ可能性があるからといって、大切な人を作らないように生きるのか。
失うかもしれないからといって、最初から何も手に入れないのか。
そんな生き方を、これからも続けるのか。
「……もう、いいだろう」
俺は目を閉じた。
死を恐れるのをやめるわけじゃない。
危険を軽視するつもりもない。
俺はこれからも、できる限り生き残るために戦う。
自分の命も、仲間の命も、簡単に危険にさらすつもりはない。
だったら――。
守ればいい。
強くなればいい。
一緒に戦い、一緒に強くなればいい。
それでも、絶対に守れる保証なんてない。
そんなことは分かっている。
それでも、最初から諦める理由にはならない。
「……アスナ」
名前を口にする。
彼女の笑顔が浮かんだ。
俺と一緒にいるとき、楽しそうに笑う顔。
俺の言葉に、嬉しそうに頷く顔。
時々、こちらが戸惑うほど素直に気持ちを表すところ。
そして、俺のことを好きだと言ってくれたときの、真剣な表情。
あの告白を、俺は断った。
それでも、彼女はそばにいてくれた。
無理に答えを迫ることなく、俺の気持ちを尊重してくれた。
それなのに、俺は彼女の気持ちに甘えていたのかもしれない。
「……悪かったな」
誰もいない部屋で、俺は小さく呟いた。
彼女に直接謝るべきだろう。
そして、伝えるべきだ。
今まで、ずっと押し込めてきた気持ちを。
「…………」
俺は、窓から視線を外した。
もう、逃げない。
アスナを好きだという気持ちを、なかったことにはしない。
彼女と一緒にいたい。
これからも隣にいてほしい。
そして、俺も彼女の隣にいたい。
死が付きまとう世界なら、少しでも生き残れるように努力すればいい。
彼女を守れるように、俺自身がもっと強くなればいい。
もちろん、アスナだって守られるだけの人間じゃない。
彼女は強い。
だからこそ、2人で強くなればいい。
「……決めた」
この日、俺はアスナへの想いから逃げるのをやめた。
そして――。
俺は、彼女に会いたくなった。
◇
レイのログハウス前。
――どうしよう。
アスナは、レイのログハウスの前に立っていた。
目の前には、見慣れた木製の扉。
何度も第二十二層を訪れたことはある。
レイと一緒に歩き、食事をし、笑い合った。
2人だけのギルド『双翼』も作ったばかりだ。
けれど、今日は違う。
アスナは、胸の前でぎゅっと両手を握った。
(……もう一度、伝えるんだ)
レイに告白したのは、以前のこと。
あのとき、レイは自分のことが嫌いだから断ったのではないと、アスナは理解していた。
彼は、ただ「すまない」と告げ、恋人になることを拒んだ。
いつ死ぬか分からない。
大切な人を失うかもしれない。
その恐怖を、レイは誰よりも強く感じていたのかもしれない。
だけど、アスナは諦めなかった。
彼の気持ちを尊重し、少しずつ距離を縮めていこうと決めた。
けれど――。
「…………」
アスナは、頬を赤くした。
最近のレイは、以前よりも一緒にいてくれるようになった。
2人きりで会うことも、当たり前になってきた。
そして昨日。
2人だけのギルドを作った。
『双翼』
ずっと2人でいい。
レイは、そう言ってくれた。
もちろん、それが恋愛感情から出た言葉だとは限らない。
けれど、アスナは嬉しかった。
嬉しくて、どうしようもなかった。
そして、改めて気づいたのだ。
自分は、やっぱりレイが好きなのだと。
一緒にいたい。
もっと近づきたい。
彼の隣にいたい。
友達としてだけではなく、恋人として。
「……よし」
アスナは、そっと息を吸った。
もう一度、告白しよう。
今度は、以前よりも素直に自分の気持ちを伝えよう。
返事がどうであっても、後悔しないように。
そう決めて、扉を叩いた。
コン、コン。
「……レイ君? 私、アスナ」
少しして、扉が開いた。
「……アスナ?」
レイが顔を出す。
「どうした?」
「……あのね。少し、話したいことがあるの」
アスナは、緊張を隠せないまま答えた。
レイは彼女の表情を見つめ、短く頷いた。
「……入れ」
「……うん。ありがとう」
アスナは、レイのログハウスへ入った。
◇
室内は、前に訪れたときと変わらなかった。
必要な家具だけが置かれた、落ち着いた空間。
窓の外には、第二十二層の穏やかな景色が広がっている。
レイが飲み物を用意しようとした、そのときだった。
「……レイ君」
アスナが、彼を呼び止めた。
「……何だ?」
振り返ったレイを見つめる。
胸が苦しいほどに、心臓が鳴っていた。
今、言わなければ。
また、いつものように笑ってごまかしてしまう。
そう思った瞬間、アスナの口から言葉があふれた。
「私……やっぱり、レイ君が好き!」
レイは、動きを止めた。
「……」
アスナは、もう止まれなかった。
「前に告白したとき、レイ君がどうして断ったのか、私なりに考えたの。いつ死ぬか分からない世界だから……誰かを大切に思うこと自体が、怖かったんじゃないかな?」
レイは黙っていた。
「私だって、怖いよ。レイ君がいなくなったら、きっと悲しい。考えるだけでも、胸が苦しくなる」
アスナは、ぎゅっと拳を握った。
「でも……それでも、私はレイ君と一緒にいたいの。好きだから。一緒に笑いたいし、いろんな話をしたい。これからも、隣にいたい」
声が少し震える。
それでも、彼女は目を逸らさなかった。
「……だから、もう一度だけ言わせて」
アスナは、まっすぐにレイを見つめた。
「私……レイ君が好き。友達としてじゃなくて、1人の男の人として。……私と、付き合ってください」
言い終えた瞬間、室内が静まり返った。
アスナは、返事を待った。
以前と同じ答えが返ってくるかもしれない。
それでも、伝えたかった。
自分の気持ちを、もう一度。
「…………」
レイは、しばらく黙っていた。
そして――。
「……俺も、お前が好きだ」
「…………え?」
アスナの頭が、真っ白になった。
今、何と言ったのだろう。
聞き間違いだろうか。
「……え? あ、あの……レイ君?」
「……何だ?」
「い、今……私が好きって……」
「……ああ」
レイは、いつもの落ち着いた声で答えた。
「……好きだと言った」
「…………」
アスナは固まった。
「……え、えええっ!?」
数秒遅れて、声が出た。
「ほ、本当に!? 本当に、本当に!?」
「……本当だ」
「えっ、でも! 前は……!」
「……ああ。前は断った」
レイは、静かに頷いた。
「……悪かった」
「…………っ」
「……お前が嫌いだったわけじゃない。むしろ、好きだったからこそ、失うのが怖かった」
レイは、アスナの目を見た。
「……俺が死ねば、お前を悲しませる。お前が死ねば、俺も悲しむ。そう考えて、逃げていた」
アスナは、息を呑んだ。
「……でも、もう逃げるのはやめた」
レイは続けた。
「……死ぬ可能性があるからといって、お前と一緒にいることを諦めるのは違うと思った」
「……レイ君……」
「……俺は、お前と一緒にいたい。これからも、隣にいてほしい」
その言葉を聞いた瞬間。
アスナの目から、涙がこぼれた。
「……っ、う……」
嬉しかった。
本当に、嬉しかった。
ずっと聞きたかった言葉。
ずっと望んでいた答え。
それが、今、目の前の彼から返ってきた。
「……本当に……?」
涙をこぼしながら、アスナはもう一度尋ねた。
「……本当に、私のことが好きなの?」
「……ああ」
「……私と、付き合ってくれるの?」
「……そう言っている」
「……夢じゃない?」
「……夢じゃない」
「……本当に、本当に……?」
「……アスナ」
レイが、少しだけ困ったように彼女を見つめた。
「……何度聞くんだ」
「だ、だって……!」
アスナは、涙を拭いながら笑った。
「だって……嬉しくて……! 信じられなくて……!」
声が震える。
涙が止まらない。
それなのに、笑みも止まらなかった。
「……レイ君……! 私、私……!」
「……ああ」
レイは、静かに頷いた。
「……もう一度、言う。俺も、お前が好きだ」
「……っ!」
アスナは、両手で顔を覆った。
「……う、うわぁ……!」
嬉しさが胸いっぱいに広がって、どうしようもなかった。
泣きながら笑う。
笑いながら泣く。
自分でも、何が何だか分からない。
けれど、これだけは分かった。
レイは、自分のことが好きだと言ってくれた。
そして、自分と付き合ってくれる。
ずっと望んでいたことが、ようやく現実になったのだ。
◇
しばらくして、アスナはようやく落ち着きを取り戻した。
とはいえ、目元はまだ赤く、頬には笑みが残っている。
レイはそんな彼女を見つめ、少しだけ視線を逸らした。
「……泣きすぎだ」
「だ、だって……レイ君のせいよ……」
「……俺のせいか?」
「そうよ……!」
アスナは、涙の残る目で彼を見た。
「……こんなに嬉しいこと、言われたら……泣いちゃうに決まってるじゃない……」
「……そうか」
レイは、それ以上何も言わなかった。
けれど、アスナには分かった。
彼は、もう逃げないと決めたのだ。
自分の気持ちから。
そして、2人の関係から。
「……レイ君」
「……何だ?」
「……ありがとう」
「……何がだ?」
「……私の気持ちを、受け止めてくれて」
レイは、少しだけ黙った。
「……礼を言うのは、俺のほうだ」
「……え?」
「……お前は、俺が一度断ったのに、それでもそばにいてくれた」
レイは、静かに言った。
「……ありがとう」
アスナは、目を見開いた。
そして、再び涙が浮かびそうになる。
「……もう……また泣いちゃうじゃない……」
「……泣きたいなら、泣けばいい」
「……レイ君……」
アスナは、そっと一歩近づいた。
レイも、彼女から目を逸らさなかった。
2人の距離が、少しずつ縮まっていく。
どちらが先に動いたのか。
それは、2人にも分からなかった。
ただ、気づけば――。
唇が、重なっていた。
ほんの短い、優しいキス。
離れたあと、アスナは目を見開いたまま固まっていた。
「…………」
レイも、珍しく言葉を失っていた。
「…………」
「…………」
沈黙。
そして。
「…………っ!」
アスナの顔が、真っ赤になった。
「レ、レイ君……! い、今……!」
「……ああ」
レイの耳も、わずかに赤くなっていた。
「……したな」
「……し、したわね……!」
2人は、しばらく見つめ合った。
やがて、アスナが小さく笑った。
レイも、ほんのわずかに表情を和らげた。
それだけで、十分だった。
「……レイ君」
「……何だ?」
「……これからも、よろしくね」
「ああ」
レイは、彼女の手を取った。
「……よろしくな、アスナ」
その手を、アスナはぎゅっと握り返した。
この世界では、明日さえ保証されていない。
それでも、2人は一緒にいることを選んだ。
失うことを恐れて、気持ちに蓋をするのではなく。
失わないために、2人で強くなろうと決めたのだ。
この日、レイとアスナは恋人になった。
◇
その夜――アスナのログハウス
「~~~~っ!!」
ベッドの上。
アスナは、枕を抱きしめながら足をばたばたさせていた。
「ど、どうしよう……! どうしようどうしよう……!」
ごろり。
反対側へ転がる。
「レイ君と……恋人に……!」
再び足をばたばたさせる。
「~~~~っ!!」
止まらない。
嬉しすぎて、どうにもならないのだ。
「……本当に、夢じゃないんだよね……?」
アスナは、枕を抱きしめたまま天井を見上げた。
今日、レイのログハウスで告白した。
そして、レイは自分も好きだと言ってくれた。
何度も確認した。
本当だと言ってくれた。
さらに、キスまでした。
「…………っ!」
思い出した瞬間、アスナは再び枕に顔を埋めた。
「~~~~っ!!」
足がばたばたと動く。
どうしても、抑えられない。
「……レイ君……好き……!」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
いつもなら、そんなことを口にするだけでも恥ずかしかった。
けれど、今は違う。
恋人になったのだ。
レイも、自分のことが好きだと言ってくれた。
そう思うだけで、胸がいっぱいになる。
「……えへへ……」
頬が緩む。
そして、また思い出す。
『……俺も、お前が好きだ』
「~~~~っ!!」
アスナは、枕をぎゅうっと抱きしめた。
「……もう……レイ君ったら……!」
もちろん、レイは何も悪くない。
むしろ、嬉しいことしか言っていない。
それでも、今のアスナには、彼の言葉一つ一つが強烈すぎた。
◇
しばらく悶えたあと、アスナはようやくベッドの上に座り直した。
「……そ、そうだ。みんなに報告しなきゃ……!」
スマホメニューを開き、フレンドリストからリズたちの名前を探す。
そして、メッセージを送った。
アスナ:みんな、聞いて! 今日、レイ君と恋人になりました!
送信。
数秒後。
返信が届き始めた。
リズ:えええええっ!? ついに!? おめでとう、アスナ!!
シリカ:おめでとうございます、アスナさん! よかったですね!
クライン:マジか!? レイが!? おめでとうな、2人とも!
エギル:そいつはめでたいな。おめでとう!
キリト:おめでとう、アスナ。レイにもよろしく伝えてくれ。
リズ:ねえねえ! どっちから告白したの!? キスした!? ねえ、キスしたの!?
「…………っ!?」
アスナは、スマホを持ったまま固まった。
(……キ、キス……!?)
思い出した。
唇が重なった、あの瞬間。
「~~~~っ!!」
アスナは、再び枕に顔を埋めた。
その間にも、メッセージは次々と届く。
シリカ:リズさん、質問が直球すぎます……!
リズ:だって気になるじゃない!
クライン:レイが恋人か……。いや、あいつがなぁ……。
エギル:本人が聞いたら、面倒くさそうな顔をしそうだな。
キリト:……何となく想像できる。
アスナは、笑いながら返信を打った。
アスナ:ありがとう、みんな! 詳しいことは……ひ、秘密です!
送信。
すぐにリズから返信が来た。
リズ:その反応、絶対キスしたでしょ!!
「~~~~っ!!」
アスナはスマホをベッドに置き、枕を抱きしめた。
「……もう、リズったら……!」
けれど、怒る気にはなれなかった。
みんなが祝福してくれている。
それが、とても嬉しかった。
レイと恋人になったことを、仲間たちに伝えられた。
その事実もまた、幸せだった。
◇
やがて、アスナはようやく気持ちを落ち着かせた。
「……明日は、攻略の日だものね」
そう。
明日は、血盟騎士団と、レイを含めたいつものメンバーで第七十五層に挑む予定だった。
大切な攻略だ。
気を引き締めなければならない。
「……うん。しっかり休まなきゃ」
アスナはスマホを閉じ、ベッドに横になった。
しかし。
「…………」
目を閉じても、レイの顔が浮かんでくる。
『……俺も、お前が好きだ』
「…………っ」
思わず、口元が緩む。
「……だ、駄目。もう寝るの……!」
そう自分に言い聞かせ、アスナはぎゅっと目を閉じた。
けれど、どうしても頬が緩んでしまう。
だって、ついさっきまで、ずっと好きだった人と恋人になれるなんて思ってもいなかったのだ。
しかも、レイのほうから好きだと言ってくれた。
「~~~~っ!」
アスナは枕を抱きしめ、ベッドの上でゴロゴロと転がった。
右へ、左へ。
幸せが胸いっぱいに広がって、じっとしていられない。
「レイ君……レイ君……!」
名前を口にするだけで、また顔が熱くなる。
そして、勢い余って――。
「きゃっ!?」
ゴロッ。
ベッドの端を越えたアスナの身体が、そのまま床へと落ちた。
次の瞬間。
ゴンッ!!
「~~~~っ!!」
額を壁にぶつけたアスナは、声にならない悲鳴を上げて、その場で悶絶した。
「い、痛い……っ! な、何やってるの、私……!」
額を押さえながら、アスナは床の上でうずくまった。
ついさっきまで、幸せいっぱいだったというのに。
まさか、自分の部屋で壁に激突することになるなんて。
「…………」
しばらくして、ようやく痛みが落ち着いてくる。
アスナはゆっくりと立ち上がり、ベッドへ戻った。
そして、布団をかぶる。
「……今度こそ、寝るんだから」
誰に言い聞かせるでもなく、そう呟いた。
けれど。
『……俺も、お前が好きだ』
またしても、レイの声が頭の中でよみがえる。
「~~~~っ! レイ君の馬鹿ぁ……!」
布団の中で顔を隠しながら、アスナは小さく叫んだ。
もちろん、レイは何も悪くない。
それどころか、彼は自分の想いを伝えてくれたのだ。
それが嬉しくて、幸せで、どうしようもなかった。
「……大好き」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、アスナは枕に顔を埋めた。
明日は、第七十五層の攻略。
しっかり休んで、万全の状態で臨まなければならない。
それは分かっている。
分かっているのに――。
その夜、アスナがなかなか寝つけなかったのは、言うまでもなかった。
おまけ『ゲーム機戦争』全15話
第6話「黒いボディのジンクス」
ファミコン「最近、黒いボディのゲーム機が増えてきたな」
メガドライブ「黒は強者の色だからな!」
ファミコン「お前の場合、強者というより大破した印象のほうが強いが」
メガドライブ「うるさい!」
そこへ、黒いボディのゲーム機が静かに現れた。
黒いゲーム機「……俺は、さらなる高みを目指す」
ファミコン「おお、落ち着いた雰囲気だな」
メガドライブ「見ろよ、あの黒いボディ! いかにも強そうじゃないか!」
黒いゲーム機「……ふっ」
その瞬間。
バチッ!
黒いゲーム機「……ん?」
バチバチバチッ!
ファミコン「お、おい! また煙が!」
黒いゲーム機「違う……! これは、俺の力が強すぎるせいだ……!」
メガドライブ「いや、絶対違うだろ!」
ドゴォォォン!
ファミコン「……またか」
メガドライブ「黒いボディって、もしかして呪われてるのか?」
ファミコン「そんなわけあるか!」
その後も、黒いボディのゲーム機が現れるたび、なぜか周囲には不穏な空気が漂うのだった。
――第6話・終