浮遊城アインクラッド、第七十五層
ボス部屋には、張り詰めた空気が満ちていた。
その中心に立つのは、二人の剣士。
黒衣の少年、キリト。
そして、この世界を創り上げた男、茅場晶彦。
「……あんたを倒す」
キリトが二本の剣を構える。
「このゲームを終わらせる」
対する茅場は、静かに盾を構えた。
「いいだろう。君の力を見せてもらおう」
その言葉が終わるよりも早く、キリトが動いた。
「うおおおおおっ!」
二本の剣が閃く。
左右から繰り出される連続攻撃。
しかし、茅場は盾を巧みに操り、そのすべてを受け止めた。
金属音が連続して響く。
「くっ……!」
キリトは攻撃の手を緩めない。
斬撃を重ね、角度を変え、隙を探す。
だが、茅場の防御は崩れなかった。
「どうした、キリト君。その程度では、私には届かないぞ」
「うるせえっ!」
キリトがさらに踏み込む。
二本の剣が交差し、鋭い斬撃を放った。
しかし。
ガキィンッ!
またしても、盾に弾かれる。
直後、茅場の剣が動いた。
「なっ……!」
キリトの身体が大きく弾き飛ばされる。
HPバーが減少した。
「キリト君!」
動けないアスナが叫ぶ。
だが、彼女の身体はシステムに拘束されたままだった。
指先一つ動かせない。
走ることも、剣を握ることもできない。
ただ、目の前で戦うキリトを見守ることしかできなかった。
「……キリト」
レイもまた、身体の自由を奪われたまま、戦いを見つめていた。
茅場の強さは理解できる。
あの男は、単に剣技に優れているわけではない。
システムそのものを支配しているのだ。
正面から戦えば、通常のプレイヤーに勝ち目はない。
そして今、キリトはその絶対的な壁に挑んでいた。
◇
「はああああっ!」
キリトが再び突撃する。
二刀流のソードスキルが発動した。
目にも留まらぬ連撃。
だが、茅場は落ち着いた動きで攻撃を受け流していく。
「素晴らしい反応速度だ。さすがは君だな、キリト君」
「黙れ!」
キリトの剣が盾を打つ。
「二年間、どれだけの人間が死んだと思ってる!」
「……」
「どれだけの人間が、帰りたいって願いながら死んでいったと思ってるんだ!」
キリトの声には、怒りが込められていた。
「お前は、それを全部分かったうえで……!」
「私は、私の望みを実現しただけだ」
茅場は静かに答えた。
「この世界を創造し、そこに生きる人々がどのような行動を取るのかを見届ける。それが私の望みだった」
「ふざけるな!」
キリトが斬り込む。
しかし、その一撃も盾に阻まれた。
茅場の剣が振るわれる。
キリトはとっさに二本の剣を交差させて防いだが、衝撃を受け止めきれず、後方へ押し戻された。
「ぐっ……!」
HPバーが、さらに減少する。
アスナの顔が青ざめた。
「やめて……」
小さな声が漏れる。
「お願い……キリト君……」
彼女は必死に身体を動かそうとした。
腕に力を込める。
足を動かそうとする。
だが、システムの拘束は解けない。
「どうして……!」
涙が滲む。
自分は、何もできない。
仲間が傷ついているのに。
大切な仲間が命を懸けて戦っているのに。
何もできない。
その現実が、アスナの心を締めつけた。
隣では、リズが歯を食いしばっていた。
「キリト……!」
クラインも、シリカも、エギルも。
全員が、ただ見ていることしかできなかった。
そして、レイも。
「…………」
黒い剣を握る手に、力がこもる。
動け。
動け。
動け。
どれほど念じても、身体は反応しなかった。
(……ふざけるな)
レイの瞳が、鋭くなる。
(俺は……こんなところで、何もできずに見ているだけなのか)
だが、システムは沈黙したままだった。
◇
「ぐあっ!」
キリトが床に膝をついた。
HPバーは、すでに危険な領域まで減少している。
二刀を支えにして立ち上がろうとするが、身体が思うように動かない。
茅場がゆっくりと歩み寄った。
「もう終わりにしよう、キリト君」
「……まだだ」
キリトは剣を握り直す。
「まだ……終わってねえ……!」
「君はよく戦った。だが、これ以上は無意味だ」
茅場が剣を構えた。
「君の挑戦は、ここまでだ」
「キリト君っ!」
アスナの叫びが響く。
茅場の剣が振り上げられた。
キリトは立ち上がろうとする。
しかし、間に合わない。
剣が振り下ろされる。
その瞬間だった。
「みんなで……帰るんだあああああっ!!」
アスナの声が、ボス部屋に響き渡った。
誰もが驚いて彼女を見る。
アスナは、全身に力を込めていた。
システムによって固定された身体。
動くはずのない腕。
踏み出せるはずのない足。
それでも、彼女は諦めなかった。
「私は……!」
声が震える。
それでも、アスナは叫んだ。
「私は、みんなで一緒に帰りたい!」
キリトを見つめる。
「キリト君も!」
次に、仲間たちを見る。
「リズも、クラインさんも、シリカちゃんも、エギルさんも……!」
そして。
「レイ君も!」
アスナの瞳から涙がこぼれた。
「みんなで、一緒に帰るんだ!」
その瞬間。
アスナの身体を拘束していたシステムに、変化が起きた。
「……え?」
アスナの指先が、わずかに動く。
次いで、腕が動いた。
足が動く。
システムによる拘束が、彼女の意志を押さえきれずに解けていく。
「そんな……!」
リズが目を見開いた。
「アスナ……!」
アスナは駆け出した。
キリトへ向かって。
茅場の剣が振り下ろされる。
キリトの身体が、目前に迫る死を理解した。
そして。
「キリト君っ!」
アスナが、キリトの前へ飛び出した。
◇
「アスナ……!?」
キリトの目が見開かれる。
アスナは両腕を広げ、キリトを守るように立っていた。
その顔には、恐怖があった。
それでも、彼女は退かなかった。
茅場の剣が迫る。
アスナは目を閉じた。
(…ごめんね、レイ君)
その瞬間。
黒い影が、彼女の前に飛び込んだ。
「……え?」
アスナが目を開けたときには、もう遅かった。
目の前に立つ黒衣の少年。
その身体を、茅場の剣が斬り裂いていた。
「……レイ君?」
アスナの声が、かすかに震えた。
レイは答えない。
ただ、彼女を守るように、その場に立っていた。
システムに拘束されていたはずの身体。
動くことなどできなかったはずなのに。
レイは、自分の意志だけで、その絶対的な拘束を破ったのだ。
このままでは、アスナが死ぬ。
その事実を理解した瞬間、レイの中で何かが切り替わった。
システムが何を命じようと関係ない。
動けないなら、動かす。
ただ、それだけだった。
◇
一瞬、世界が止まったように感じられた。
レイの身体が、衝撃に揺れる。
黒い装備に、亀裂が走った。
そして、頭上のHPバーが大きく減少する。
「…………え?」
アスナの口から、かすれた声が漏れた。
レイは、ゆっくりと視線を落とした。
自分のHPバー。
残りわずか。
赤い領域を、さらに下回っている。
「レイ……?」
キリトが呆然と呟いた。
「おい……嘘だろ……」
クラインの声が震える。
リズは、目の前の光景を理解できずにいた。
シリカは口元を押さえ、エギルは拳を握り締める。
誰もが、レイのHPバーを見つめていた。
その数値が、ゆっくりと減っていく。
あと少し。
ほんのわずか。
それがゼロになれば、レイは死ぬ。
「いや……」
アスナが首を振った。
「いや……いや……!」
彼女はレイの腕を掴もうとした。
「レイ君……!」
涙が溢れる。
「お願い……お願いだから……!」
レイは、アスナを見た。
その顔を、じっと見つめた。
昨日、自分の気持ちを伝えたばかりだった。
好きだと。
これからも一緒にいたいと。
もう、逃げないと決めた。
なのに。
「……悪い」
レイの声は、いつもと変わらず静かだった。
「レイ君……?」
「……俺は、ここまでみたいだ」
「嫌っ!」
アスナが叫んだ。
「そんなの嫌! レイ君、お願い! 私を置いていかないで!」
レイは、わずかに目を細めた。
「……アスナ」
「嫌……!」
「……生き抜いてくれ」
アスナの瞳が、大きく見開かれた。
「……っ!」
「……お前は、生きろ」
短い言葉。
いつものレイらしい、飾り気のない言葉だった。
だからこそ、アスナには残酷だった。
「いや……いやあああああっ!」
アスナは、レイの身体を抱き締めようとした。
だが、レイはかすかに首を横に振った。
「……俺は、ずっと……1人でいいと思っていた」
突然の言葉に、アスナは息を呑んだ。
レイは、ゆっくりと言葉を続ける。
「……誰かと一緒にいる必要もない。誰かに頼る必要もない」
いつもと変わらない、静かな声。
けれど、その声には、これまで誰にも語らなかった過去が滲んでいた。
「……いつ死んでも、別に構わなかった」
アスナの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「レイ君……」
「……それでいいと思っていた」
自分の命に執着することもなく、誰かを大切に思うこともなく。
1人で生きて、1人で戦う。
それが当たり前だった。
誰かを失うことを恐れる必要もなければ、誰かに自分の命を心配されることもない。
そう思っていた。
けれど。
「……お前に、出会ってから……変わった」
レイは、アスナを見つめた。
「……誰かと一緒にいるのも、悪くないと思えた」
ほんのわずかに、目を細める。
「……これからも、お前と一緒にいたいと思った」
アスナは、声を出せなかった。
「……アスナ」
レイは、静かに彼女の名前を呼んだ。
「……お前に出会えて、よかった」
そして。
「……ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、アスナの表情が崩れた。
「……っ、レイ君……!」
「……お前のおかげで、俺の人生は変わった」
レイは、わずかに息をつくように言葉を切った。
「……だから……」
「もういい……! もういいから……!」
アスナは首を振る。
「お願い……そんなこと言わないで……!」
それでも、レイは言葉を止めなかった。
「……俺は、お前に出会えて……本当によかった」
アスナの頬を、涙が伝い続ける。
ようやく想いが通じ合ったばかりだった。
これから、たくさんの時間を一緒に過ごすはずだった。
その未来を、レイも望んでくれていた。
それなのに。
「……レイ君……私も……」
声が震える。
「私も、レイ君に出会えて……よかった……!」
レイは、静かに彼女を見つめていた。
「……それに……」
かすれた声で、レイは言葉を続けた。
「……お前がいたから、みんなとも出会えた」
アスナの目が、わずかに見開かれる。
「……お前が、俺と関わってくれたから……こうして、仲間ができた」
レイは、ゆっくりと仲間たちへ視線を向けた。
キリト。
リズ。
クライン。
シリカ。
エギル。
そして、ユイ。
誰もが、涙を堪えながらレイを見つめていた。
「……俺1人だったら、こんな出会いはなかった」
レイは、再びアスナに目を向けた。
「……お前が繋いでくれた縁だ」
「……レイ君……」
アスナの唇が震える。
「……だから……ありがとう」
その言葉に、アスナはとうとう耐えきれず、顔を伏せた。
「……やだ……そんなの……」
涙が、止めどなくこぼれ落ちる。
「……私、何も……」
「……いや」
レイは、静かに首を横に振った。
「……お前がいてくれた。それだけで、十分だ」
アスナは、何も言えなかった。
レイは、そんな彼女を見つめたあと、ゆっくりと仲間たちへ向き直った。
「……みんなも」
レイが口を開く。
「……ありがとう」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
「……お前たちと出会って……」
レイは、わずかに目を伏せた。
「……一緒に戦って、くだらない話をして……」
ほんの少しだけ、口元が緩む。
「……楽しかった」
クラインが、唇を噛み締めた。
リズは涙を拭うこともできず、ただレイを見つめていた。
シリカの頬を、涙が伝う。
エギルは拳を握り締めたまま、俯いていた。
ユイもまた、小さな手を胸の前で握り締めていた。
「……お前たちと出会えて、よかった」
レイは、もう一度言った。
「……ありがとう」
誰も、すぐには返事ができなかった。
いつも無口で、面倒事を嫌い、必要以上に他人と関わろうとしなかったレイ。
そんな彼が、今、自分たちに感謝を伝えている。
その事実が、仲間たちの胸を締めつけた。
「レイ……」
キリトが、震える声で呼びかける。
レイは、そんなキリトへ視線を向けた。
「……キリト」
「……ああ」
「……茅場を倒せ」
レイは、静かに告げた。
「……お前なら出来る」
「…………!」
キリトは唇を噛み締めた。
「レイ……俺は……」
言葉が続かない。
レイは、わずかに首を横に振った。
「……皆を頼んだ」
それは、最後の願いだった。
キリトに、仲間たちの未来を託す。
そして。
「……キリト」
「……何だ?」
レイは、残された力を振り絞るように口を開いた。
「……俺みたいに、後悔するな」
キリトの表情が、わずかに変わった。
「……大切な人を離すな」
その言葉が、キリトの胸に深く突き刺さった。
大切な人。
その言葉を聞いた瞬間、キリトの脳裏に、1人の少女の姿がよぎる。
サチ。
かつて、守ることができなかった仲間。
彼女を失ったときの痛み。
自分だけが生き残ってしまったことへの後悔。
忘れたことなど、一度もなかった。
そして今、目の前では、また大切な仲間が消えようとしている。
「…………」
キリトは、強く拳を握り締めた。
もう、同じ後悔は繰り返さない。
今度こそ、大切な人を守る。
現実世界に帰ったら、必ずリズを連れ戻す。
二度と、失ったままにはしない。
そう、心に誓った。
「……レイ……」
キリトの声が震える。
「……絶対に、茅場を倒す」
その言葉を聞き、レイはわずかに頷いた。
「……ああ」
いつもの、短い返事。
それが、レイから聞いた最後の言葉になるかもしれなかった。
◇
レイのHPバーが、さらに減少していく。
残り、わずか。
「……レイ君……!」
アスナは、必死にレイの手を握ろうとした。
「お願い……いかないで……!」
レイは、アスナを見つめていた。
昨日、ようやく恋人になったばかりだった。
好きだと伝えた。
一緒にいたいと伝えた。
これから先の未来を、初めて誰かと共有したいと思った。
その相手が、アスナだった。
「……悪い」
レイは、もう一度だけ呟いた。
「……レイ君……!」
「……アスナ」
その声は、かすかに掠れていた。
「……生きろ」
「嫌……!」
アスナは、涙を流しながら首を振った。
「レイ君がいない世界で、どうやって生きればいいの……!」
レイは答えなかった。
ただ、彼女を見つめていた。
そして、ゆっくりと視線をキリトへ向ける。
キリトは、目の前の光景を受け止められずにいた。
レイが消えてしまう。
その現実を、認めたくなかった。
「……レイ……!」
レイのHPバーが、ついにゼロへと近づく。
その瞬間。
レイの身体が、光の粒子へと変わり始めた。
「レイ君っ!」
アスナの叫びが、ボス部屋に響いた。
彼女が手を伸ばす。
だが、その指先が触れるよりも早く、レイの姿が光に包まれていく。
「いやあああああああああっ!!」
アスナの悲痛な叫びが、ボス部屋に響き渡った。
レイの身体が、無数の光の欠片となって砕け散る。
昨日まで、確かにそこにいた。
自分を見つめてくれた。
好きだと言ってくれた。
一緒にいたいと言ってくれた。
その人が。
目の前で。
消えた。
「レイ……!」
キリトが手を伸ばす。
しかし、もう何も掴めなかった。
「嘘だろ……レイ……!」
クラインが叫ぶ。
「おい………!」
その声は、震えていた。
「なあ……いつもの無愛想な顔で、くだらないって言えよ……!」
返事はない。
「レイ君……」
シリカの頬を涙が伝った。
リズは両手で口を覆い、声を押し殺して泣いていた。
エギルは顔を伏せ、拳を強く握り締める。
ユイもまた、涙を流していた。
「……レイさん……」
誰もが、言葉を失っていた。
アスナは、レイが最後まで立っていた場所を見つめていた。
「……レイ君……」
声が震える。
「……私、昨日……やっと……」
言葉が続かなかった。
ようやく恋人になれた。
ようやく、同じ未来を見られると思った。
これから、たくさんの時間を一緒に過ごせると思った。
それなのに。
「……どうして……?」
涙が止まらない。
「どうして、私を置いていくの……?」
答える者はいなかった。
茅場晶彦だけが、静かにその光景を見つめていた。
そして。
「……キリト君」
茅場が口を開く。
「君の番だ」
その言葉を聞いた瞬間。
キリトの中で、何かが弾けた。
「……茅場ァァァァァッ!!」
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
そして、レイに託された言葉。
すべてを胸に抱え、キリトは駆け出した。
二本の剣を握り締める。
茅場の剣が迎え撃つ。
だが、キリトは止まらなかった。
「うおおおおおおおっ!!」
剣が交錯する。
茅場の防御を押し切り、キリトの刃がその身体を貫いた。
茅場晶彦のHPバーが、急速に減少する。
そして。
ゼロ。
「…………」
茅場は静かに目を閉じた。
「……見事だ、キリト君」
その身体が、光に包まれる。
やがて、茅場晶彦もまた、光の粒子となって消えていった。
同時に、システムメッセージが世界中のプレイヤーへと告げられる。
――ソードアート・オンライン、クリア。
二年間にわたるデスゲームが、終わった。
◇
世界が、歓喜に包まれるはずだった。
長い戦いの終わり。
現実世界へ帰れるという希望。
誰もが待ち望んだ瞬間。
しかし。
第七十五層のボス部屋にいた者たちは、誰一人として喜ぶことができなかった。
アスナ。
キリト。
リズ。
クライン。
シリカ。
エギル。
ユイ。
彼らの目の前には、もうレイはいない。
生きて帰るはずだった。
みんなで帰るはずだった。
それなのに。
「……レイ君……」
アスナは、消えてしまった恋人の名前を呼び続けた。
返事はない。
いつものように、短く「ああ」と答えてくれることもない。
もう二度と。
「……嫌……」
アスナは、その場に崩れ落ちた。
「……レイ君……帰ろうって……言ったじゃない……」
涙が床に落ちる。
「……一緒に……帰るって……」
リズは、泣き崩れるアスナの肩を抱き締めた。
けれど、かける言葉が見つからなかった。
キリトは、握り締めた剣を見つめていた。
レイに託された言葉。
『お前なら出来る』
『大切な人を離すな』
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
自分は、茅場を倒した。
SAOをクリアした。
けれど。
「……レイ……」
キリトの声が、かすかに震えた。
「……俺は……」
言葉が続かなかった。
勝ったはずなのに。
終わったはずなのに。
胸の中には、深い喪失感だけが残っていた。
クラインは顔を覆い、声を殺して泣いていた。
シリカも、エギルも、ユイも。
誰もが、失われた仲間を想い、涙を流していた。
そして、アスナは最後までレイが立っていた場所を見つめ続けた。
昨日、恋人になったばかりだった。
これからだった。
二人で、歩いていくはずだった。
なのに。
彼は、自分を守って消えてしまった。
SAOはクリアされた。
プレイヤーたちは、現実世界へ帰ることができる。
けれど。
彼らにとって、その勝利はあまりにも残酷だった。
デスゲームの終わりとともに訪れた、絶望。
それは、最愛の人を失った少女と、かけがえのない仲間を失った者たちの心に、深い傷を刻みつけた。
「……レイ君……」
アスナは、もう一度だけ、恋人の名前を呼んだ。
返事はない。
どれだけ待っても、あの静かな声が返ってくることはなかった。
彼女の頬を、再び涙が伝う。
その隣で、キリトもまた、俯いたまま拳を握り締めていた。
SAOは終わった。
けれど、彼らの悲しみが終わることはなかった。
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※この世界線ではユイ眠ってないです
おまけ『ゲーム機戦争』全15話
第8話「3D次元戦争」
プレイステーション「これからのゲームは、立体的な世界が主役になる!」
サターン「待ちなさい! 3Dの時代をお前だけのものにはさせない!」
64「そうだ! 俺だって負けてはいないぞ!」
プレイステーション「来たか、二台とも!」
サターン「計算能力なら、こちらにも自信がある!」
64「俺は立体の世界を自由に駆け回れる!」
メガドライブ「何だか難しい話になってきたな……」
ファミコン「時代が変わったということだ」
メガドライブ「じゃあ、俺も3Dに……」 ファミコン「お前はまず、あのタワーの反省をしろ」
メガドライブ「まだ根に持ってるのか!?」
プレイステーション「さあ、勝負だ!」
サターン「受けて立つ!」
64「俺も混ぜろ!」
ドゴォォォン!
三台の激突で、ゲーム界は大混乱に陥った。
ファミコン「……昔は、もっと平和だったんだがな」
メガドライブ「お前が帝国を作ろうとしたせいだろ!」
――第8話・終