SAOクリアから、数日後
現実世界
長い眠りから目覚めた人々が、少しずつ日常を取り戻し始めていた。
2年間にわたるデスゲームは終わった。
多くのプレイヤーが現実へ帰還し、家族との再会を果たしている。
しかし――すべての人間が、目覚めたわけではなかった。
◇
病院の一室。
ベッドの上には、1人の少女が静かに横たわっていた。
長い栗色の髪。
眠ったままの顔には、苦痛も恐怖もない。
まるで、ただ眠っているだけのようだった。
「……アスナ」
少年が、ベッドのそばで彼女の名前を呼んだ。
桐ヶ谷和人――キリト。
現実へ帰還した彼は、こうして何度も病院を訪れていた。
だが、少女は目を覚まさない。
「……まだ、起きないのか」
呟いても、返事はない。
キリトは唇を噛み締めた。
SAOはクリアされた。
自分たちは生きて帰ってきた。
それなのに、隣にいるはずだった仲間がいない。
そして、アスナもまた、目覚めていなかった。
――レイ。
あの第七十五層のボス部屋で、アスナを守って消えた少年。
最後まで冷静で、無愛想で、誰よりも強かった男。
「……お前なら、どうするんだろうな」
キリトは小さく呟いた。
レイなら、きっと余計なことは言わない。
「……くだらない」とでも言って、淡々と行動するのだろう。
そんな姿が、簡単に思い浮かんだ。
だが、今ここにレイはいない。
アスナを守って、命を落とした。
キリトは目を伏せた。
「……必ず、アスナを目覚めさせる」
それは、彼自身への誓いだった。
◇
数日後。
エギルが営む店に、キリトたちが集まっていた。
キリト。
リズ。
シリカ。
クライン。
エギル。
そして、ノートパソコンの画面に映し出されたユイ。
SAOでは何度も共に戦ってきた仲間たちだ。
ただ、今は誰もが以前のように笑うことができずにいた。
「……アスナは、まだ目覚めないのか?」
クラインが、静かに尋ねる。
キリトは小さく頷いた。
「ああ。何度か病院に行ったけど、状況は変わってない」
「そんな……」
シリカが、悲しげに目を伏せる。
リズも唇を引き結んだ。
「アスナ……」
彼女にとって、アスナは大切な友人だ。
SAOで過ごした時間。
一緒に笑ったこと。
恋の相談をしたこと。
そして、ようやくレイと恋人になれたと、嬉しそうに話していたこと。
それらを思い出すたび、胸が締めつけられる。
あの2人は、ようやく想いを通わせたばかりだった。
これから、2人で現実世界を生きていくはずだった。
なのに。
「……レイも、アスナも……」
リズの声が震えた。
キリトは、何も言えなかった。
レイは死んだ。
アスナは目覚めない。
それが、今の現実だった。
『……パパ』
ノートPCの画面に映るユイが、心配そうにキリトを見つめた。
『ママも、アスナさんも……元気になってほしいです』
「……ああ」
キリトは、画面の向こうにいるユイに目を向けた。
「俺も、そう思ってる」
ユイもまた、アスナのことを心配していた。
SAOで一緒に過ごした時間は、彼女にとっても大切な思い出だ。
今は仮想世界の外にいるため、こうして端末を通して会話することしかできない。
それでも、仲間たちと一緒にいたいという気持ちは変わらなかった。
そのときだった。
「お前ら、ちょっと聞いてくれ」
エギルが、いつになく真剣な声で口を開いた。
全員の視線が集まる。
「……何だよ、エギル?」
クラインが尋ねた。
エギルは一度、全員の顔を見渡した。
「アスナのことだ」
その言葉に、キリトの表情が変わった。
「……アスナ?」
「ああ。まだ確かな情報とは言い切れねえ。だが……」
エギルは、ゆっくりと続けた。
「アスナが、別のVRMMOにいる可能性がある」
「……何?」
キリトが目を見開く。
「別のゲームって……」
シリカが戸惑ったように呟いた。
「ALOだ」
エギルが答えた。
「アルヴヘイム・オンライン。SAOとは違うVRMMOだ」
「どうしてアスナが、そんなところに……?」
リズが問いかける。
「まだ詳しいことは分からねえ。だが、アスナらしきプレイヤーの情報がある」
キリトは黙り込んだ。
アスナが、別の世界にいる。
それが本当なら、彼女はただ眠っているわけではないのかもしれない。
「……行く」
キリトは、迷いなく言った。
「キリト……」
リズが彼を見る。
「アスナがそこにいる可能性があるなら、確かめる。どんな状況だろうと、助け出す」
その声には、強い決意があった。
クラインが立ち上がる。
「なら、俺も行くぜ。あいつを置いてきぼりになんかできねえからな」
「私も行く!」
リズが続く。
「アスナを助けるためなら、何だってするわ」
シリカも、力強く頷いた。
「私もです。アスナさんを、絶対に助けたいです」
エギルは腕を組み、静かに頷く。
「もちろん、俺も協力する」
ユイも画面の向こうからキリトを見上げた。
『パパ、ユイも一緒に行きます!』
「ユイ……」
『アスナさんに会いたいです。それに、ママのことも心配です』
ユイの言葉に、キリトは優しく目を細めた。
「ああ。一緒に行こう」
キリトは仲間たちを見渡した。
悲しみが消えたわけではない。
レイが帰ってくるわけでもない。
それでも、彼らにはまだ、救えるかもしれない仲間がいる。
「……ああ」
キリトは、静かに言った。
「みんなで、アスナを助けよう」
こうして、彼らは新たな世界へ向かう準備を始めた。
◇
準備を整えたキリトたちは、ALOへと足を踏み入れた。
そこは、SAOとはまるで違う世界だった。
広大な空。
空中に浮かぶ島々。
そして、自由に飛び回るプレイヤーたち。
剣と魔法が存在する幻想的な世界。
SAOのような閉ざされた世界とは違い、空を自由に飛べるという開放感があった。
しかし、キリトにとって、その美しい景色を楽しむ余裕はなかった。
「……アスナ」
彼は空を見上げた。
この世界のどこかに、彼女がいる。
そう信じて、キリトは歩き始めた。
その道のりは、決して平坦ではなかった。
情報を集め、仲間と協力し、ときには予想外の事態に巻き込まれながらも、彼らは少しずつ手掛かりを追っていった。
慣れない世界での探索。
プレイヤー同士の情報交換。
思うように進まない調査。
それでも、誰1人として諦めることはなかった。
そんな彼らの前に現れたのが、リーファという少女だった。
「えっと……お兄ちゃんたち、こんなところで何してるの?」
明るい声とともに、1人の少女が近づいてきた。
緑色の髪を揺らし、好奇心に満ちた瞳を向けている。
リーファは、キリトたちの様子を不思議そうに眺めていた。
キリトは彼女に視線を向ける。
「……人を探してる」
「人?」
「ああ。大切な仲間だ」
その言葉に、リーファは少しだけ表情を変えた。
「……そっか。じゃあ、私も手伝うよ」
「いいのか?」
「うん。困ってる人を放っておけないし!」
リーファは笑顔で答えた。
その言葉に、キリトは少しだけ表情を和らげた。
「……助かる」
「任せて!」
こうしてリーファも仲間に加わり、キリトたちは彼女の協力を得ながら、さらに情報を集めていった。
探しているのは、ただ1人。
アスナ。
それぞれの想いを胸に、彼らはALOの世界を進んでいった。
◇
やがて。
キリトたちは、ついにアスナのもとへ辿り着いた。
そこは、容易には近づけない場所だった。
そして、その場所にいた少女は――。
「……アスナ」
キリトの口から、彼女の名前がこぼれた。
アスナは、囚われていた。
自由を奪われ、閉じ込められたまま。
だが。
彼女の瞳は、死んでいなかった。
強い光が宿っていた。
悲しみを抱えていないわけではない。
絶望していないわけでもない。
愛する人を失った痛みが、消えたわけでもない。
レイは、もういない。
自分を守るために命を落とした。
最後に残した言葉は――。
『……生き抜いてくれ』
その声が、今も胸の奥に残っている。
アスナは、きっと何度も泣いたのだろう。
レイのいない現実を受け入れられず、何も考えられなくなったこともあったのかもしれない。
それでも。
彼に生きろと言われたから。
彼が命を懸けて守ってくれた命だから。
自分まで諦めるわけにはいかなかった。
アスナは、顔を上げていた。
「……キリト君」
その声は、少しだけ震えていた。
「みんな……来てくれたのね」
「……ああ」
キリトは拳を握り締めた。
「迎えに来た。もう大丈夫だ」
リズが涙を浮かべる。
「アスナ……!」
「リズ……みんな……」
アスナは仲間たちを見渡した。
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……ありがとう」
その笑顔には、悲しみがあった。
それでも、確かな意志があった。
彼女は、まだ前を向いていた。
レイが命を懸けて守ったものを、自分の手でつなげていくために。
◇
「……おいおい、何だよ、あいつは」
キリトたちの前に現れた男が、苛立った声を上げた。
須郷伸之。
ALOでは、オベイロンと名乗る男。
アスナを閉じ込め、彼女を自分の思いどおりにしようとしていた張本人だった。
「せっかく大人しくしていたというのに……。余計な邪魔をしてくれるな!」
キリトは、冷たい目で男を見た。
「……お前が、アスナを閉じ込めていたのか」
「ふん。彼女は私のものだ。君たちに何ができる?」
オベイロンは、嘲るように笑った。
「ここは私の世界だ。君たちのような連中に、何が――」
「……うるさい」
キリトが剣を構えた。
その横では、クラインが刀を抜いている。
「アスナを返してもらうぜ」
「当然よね」
リズが武器を構える。
シリカも、ユイも、エギルも、リーファも、それぞれ戦闘態勢に入った。
そして、キリトは一歩前へ出る。
「……終わりだ」
オベイロンは一瞬、言葉を失った。
「な、何だと……?」
次の瞬間。
キリトたちが、一斉に動いた。
「うおおおおっ!」
「そこまでよ!」
「覚悟しなさい!」
「アスナさんを返して!」
「ちょ、ちょっと待て! 待てと言っているだろう!」
オベイロンは慌てて後退し、何かを操作しようとした。
しかし、多勢に無勢。
しかも、相手はSAOを生き抜いた者たちだ。
圧倒的な連携。
容赦のない攻撃。
オベイロンが何かを言い終える前に、キリトの剣が閃いた。
「ぎゃあああああっ!?」
一瞬だった。
あまりにも、一瞬だった。
オベイロンは情けない悲鳴を上げ、あっという間に倒された。
「…………」
キリトたちは、しばらく沈黙した。
「……え、終わり?」
シリカが目を丸くする。
「……何だったんだ、今の」
クラインも呆れたように呟いた。
リーファは呆然とオベイロンを見下ろした。
「……うわぁ。すっごく情けない……」
リズは肩をすくめた。
「アスナを閉じ込めておいて、これ?」
エギルも、呆れたように息を吐く。
「……拍子抜けだな」
キリトは剣を下ろした。
「……アスナ」
彼は、彼女のもとへ歩み寄った。
「もう大丈夫だ」
アスナはキリトを見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……うん」
彼女の瞳には、まだ悲しみが残っていた。
けれど、もう一人ではなかった。
◇
アスナが解放されてから、数日が経った。
現実世界では、彼女も無事に目を覚ましていた。
長い眠りから覚めた彼女は、病院のベッドの上でゆっくりと目を開けた。
最初に見えたのは、見慣れた天井。
そして、すぐそばには心配そうに自分を見つめる人たちがいた。
キリト。
リズ。
シリカ。
クライン。
エギル。
アスナが目を覚ましたことを知り、皆が駆けつけてくれたのだ。
「……みんな」
まだ声に力はなかったが、その声を聞いたキリトたちの表情が明るくなる。
「アスナ……!」
リズが、涙を浮かべながら彼女の手を握った。
「よかった……本当によかった……!」
「リズ……ありがとう」
アスナは、弱々しくも微笑んだ。
キリトも、安堵したように息を吐く。
「……おかえり、アスナ」
「……うん。ただいま、キリト君」
すべての悲しみが消えたわけではない。
レイが戻ってくるわけでもない。
それでも、アスナは生きていた。
彼に託された言葉を胸に抱きながら。
彼が守ってくれた命を、これからも生きていくために。
そして、ある日。
キリトたちは、再び集まっていた。
場所は、エギルの店。
そこには、アスナもいた。
リーファも、リズも、シリカも、クラインも、エギルも。
そして、テーブルの上に置かれたノートPCの画面には、ユイの姿が映っていた。
全員が揃っていた。
「……それで、今日は何の用なの?」
リズがエギルに尋ねた。
「わざわざ集めたんだから、何かあるんでしょ?」
エギルは、いつになく真剣な表情を浮かべていた。
「ああ。お前らに、話しておきたいことがある」
キリトが眉をひそめる。
「……話?」
「ああ」
エギルは全員を見渡した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……実はな」
その言葉に、全員の視線が集まった。
アスナもまた、静かにエギルを見つめる。
ノートPCの画面に映るユイも、彼の言葉を待っていた。
彼がこれから何を話すのか。
誰も、まだ知らなかった。
おまけ『ゲーム機戦争』全15話
第9話「次世代機たちの野望」
プレイステーション「次の時代も、俺が主役だ!」
64「まだ勝負は終わっていないぞ!」
サターン「こちらにも、まだ切り札がある!」
そこへ、新たなゲーム機たちが姿を現した。
ドリームキャスト「未来のゲーム体験なら、俺に任せろ!」
プレイステーション2「……俺もいるぞ」
プレイステーション「お前は……!?」
プレイステーション2「俺は次の世代。さらに進化した力を持っている」
プレイステーション「ま、待て! 俺の次がもういるのか!?」
メガドライブ「世代交代って、残酷だなぁ……」
ファミコン「お前もいつか経験することだ」
メガドライブ「俺はまだまだ現役だ!」
ファミコン「その前に修理してもらえ」
メガドライブ「ぐっ……!」
プレイステーション2「過去の栄光にすがるつもりはない。俺は新たな時代を切り開く!」
ドリームキャスト「ならば、俺も夢を見せてやる!」
次世代機たちの野望がぶつかり合い、ゲーム界はさらなる激戦へと突入する。
――第9話・終