ALOの未踏破エリア
攻略を開始してから、かなりの時間が経過していた。
迷宮のように入り組んだ通路。
次々と現れる強力なモンスター。
そして、通常のダンジョンでは見られないような仕掛けの数々。
それらを乗り越え、キリトたちはついに最深部へと辿り着いていた。
残すは、最後のボスのみ。
「……よし。ここまで来たな」
キリトが、目の前にそびえ立つ巨大な扉を見上げた。
「ああ! 長かったぜ、まったく!」
クラインが刀を肩に担ぎ、満足げに笑う。
「でも、これでようやく最後なんですね!」
シリカも、期待に満ちた表情を浮かべていた。
「ここまでのモンスターも強かったけど……ボスはもっと手強いんでしょうね」
リズが武器を握り直す。
「油断は禁物だな。最後まで気を引き締めていこう」
エギルが落ち着いた声で告げた。
「うん。何が出てくるか分からないしね」
リーファも頷く。
その隣では、ユイも周囲を見回していた。
現実世界ではノートPCを介して会話に参加することしかできない彼女だが、ALOでは他のプレイヤーと同じように身体を持ち、こうして仲間たちと一緒に冒険できる。
「ここまで来るのに、かなり時間がかかりましたね」
「そうだな。途中の仕掛けも厄介だったし、モンスターも予想以上に強かった」
キリトが答えると、ユイは小さく頷いた。
「ですが、もう少しです。皆さん、頑張りましょう!」
その一方で、アスナは扉をじっと見つめていた。
この先にいるボスを倒せば、アインクラッドに関する情報が手に入る。
そして、その情報がレイにつながる可能性もある。
確実な保証はない。
それでも、今の彼女たちにとっては、見逃せない手掛かりだった。
「……レイ君」
アスナは小さく呟いた。
必ず情報を手に入れる。
そして、あなたについて知りたい。
あなたが本当に生きているのなら、もう一度会いたい。
その思いは、未踏破エリアの奥へ進むほど強くなっていた。
◇
「……なあ、キリト」
クラインが、隣に立つキリトへ声をかけた。
「ん?」
「お前、ずいぶん張り切ってるじゃねえか」
キリトは一瞬だけクラインを見た。
「……そういうお前もな」
「当たり前だろ!」
クラインは即座に答えた。
「もしかしたら、レイが……」
そこで、言葉が止まった。
その先を口にするのは、少し怖かった。
期待して、もし違っていたら。
また、レイがいないという現実を突きつけられることになる。
それでも、期待せずにはいられなかった。
「……そうだな」
キリトが静かに答えた。
「レイのことが分かるかもしれない。だったら、何としてもボスを倒す」
「……うん」
アスナが頷いた。
「私も、同じ気持ち」
彼女は拳を握り締める。
「どんな相手でも、絶対に勝とう」
リズたちも、それぞれ頷いた。
誰もが同じことを考えていた。
あの画像に写っていた人物は、本当にレイなのか。
なぜ、レイらしき人物が、見知らぬ場所にいたのか。
そして、もし本当にレイなら、どうして――。
疑問は尽きない。
けれど、今は考えていても仕方がなかった。
答えを得るためには、目の前のボスを倒すしかない。
アスナは仲間たちを見渡した。
「……みんな、準備はいい?」
「ああ!」
キリトが剣を構える。
「いつでもいいぜ!」
クラインも刀を抜いた。
シリカ、リズ、エギル、リーファ、ユイも、それぞれ武器を構える。
全員の準備が整った。
アスナは、最後に一度だけ扉を見上げた。
そして。
「みんな、行くよ!」
力強い声とともに、巨大な扉を押し開いた。
◇
ギィィィィィ……。
重々しい音が、広大なボス部屋に響き渡る。
扉の向こうには、薄暗い空間が広がっていた。
天井は高く、壁には奇妙な模様が刻まれている。
奥には、何かが待ち構えているような気配があった。
キリトたちは警戒しながら、一歩ずつ足を踏み入れた。
そして。
『フハハハ……』
どこからともなく、笑い声が響いた。
『ハーハハハハッ!』
「……っ!」
全員が足を止める。
不気味な笑い声が、部屋全体に反響していた。
『よくぞ此処まで来た!』
低く、どこか芝居がかった声。
『数々の試練を乗り越え、この最深部へ辿り着いたこと……まずは褒めてやろう! だが、ここから先へ進めると思うなよ!』
「……ボスか?」
キリトが剣を構える。
「みんな、警戒して!」
アスナの声に、全員が一斉に戦闘態勢へ入った。
クラインは刀を構え、リズは武器を握り直す。
シリカも身構え、エギルとリーファも敵の姿を探した。
「どこだ……?」
クラインが周囲を見回す。
「声は聞こえるのに、姿が見えませんね……」
シリカが警戒しながら呟く。
ユイも周囲を見渡し、声の発生源を探っていた。
『フハハハハッ! 我が姿を見て驚くがいい! そして、ひれ伏すがいい!』
声が、ひときわ大きく響いた。
そして。
ボス部屋の中央に、何かが浮かび上がった。
金色の球体。
黒いサングラス。
そして、以前よりもさらに巨大になったその姿。
見覚えのある、あまりにも見覚えのあるシルエット。
「…………」
キリトが固まった。
アスナも、目を見開いたまま動かない。
リズの表情が引きつる。
クラインは、ゆっくりと口を開いた。
「……おい」
金色の球体が、ゆっくりと回転する。
そして、聞き覚えのある声が高らかに響いた。
『ダンディー! ダンディー! ダンディズム!』
『天高くそびえ立ち優雅に……なんだ?』
『あー、あれだ…今日も我が肉体は美しい! 』
「…………」
沈黙。
誰もが、目の前の光景を理解するのに時間がかかった。
いや。
理解したくなかった。
「…………は?」
キリトの口から、ようやく声が漏れた。
「……嘘でしょ」
リズが額を押さえる。
「な、何で、また……?」
シリカが困惑した表情で尋ねた。
リーファも、目の前の球体を見つめている。
「……えっと。あれが、この未踏破エリアのボス?」
エギルは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……どう見ても、アイツで間違いねえな」
その中で、クラインだけは違った。
「またお前かよおおおおおおっ!!」
彼の叫びが、ボス部屋に響き渡った。
「何でここにもいるんだよ! お前、いったい何体いるんだ!?」
『フハハハハッ! 何体だと? 愚問だな! ダンディーは何処に現れようともダンディー! その存在そのものが至高なのだ!』
「答えになってねえよ!」
『細かいことを気にするな! そのような小さな器では、我がダンディズムを受け止めることなどできんぞ!』
「誰の器が小さいって!?」
クラインが食ってかかる。
ダンディーは、そんな彼を気にする様子もなく、誇らしげに空中を旋回した。
『強敵と書いて友と読む! 会いたかったぞ、我がライバルよ!』
「誰がライバルだあああああっ!」
クラインが即座に叫び返す。
「俺じゃねえよ! そっちの黒い奴だろうが!」
ダンディーは、サングラス越しにキリトたちを見渡した。
そして、ぴたりと動きを止める。
『……む?』
その視線が、一人の少女へ向けられた。
「…………」
アスナは、呆然とダンディーを見つめていた。
「……ダンディー……?」
彼女の声には、驚きと困惑が入り混じっていた。
まさか、こんなところで再会するとは思っていなかった。
そもそも、再会という言葉を使っていいのかすら分からない。
ダンディーは、以前SAOで何度もレイの前に現れた、あの正体不明の存在だ。
そして今、ALOの未踏破エリアのボスとして、目の前に浮かんでいる。
「……何で、ここにもいるのよ……」
リズが、心底うんざりした声で呟いた。
「知らないわよ……」
アスナも、思わず答えてしまった。
そのとき、リーファが小さく声を上げた。
「えっと……みんなが知ってる相手なの?」
彼女にとっては、目の前の金色の球体も、突然叫び始めたクラインも、理解の追いつかない光景だった。
「……ああ。まあ、知ってるというか……」
キリトは言葉を濁した。
「SAOにいた頃、一度顔を合わせた相手だ」
「一度?」
リーファは改めてダンディーを見つめた。
金色の球体に黒いサングラス。
その姿だけでも十分に奇妙なのに、本人は自分の美しさを疑っていないらしい。
「……これと?」
「ああ……」
「……大変だったんだね」
「……ああ」
キリトは、遠い目をした。
一方、ユイはダンディーの姿をじっと見つめていた。
「……あの方が、ダンディーさんなのですか?」
「ユイ、知ってるのか?」
キリトが尋ねる。
「いえ。ダンディーさんご本人にお会いするのは初めてです。ただ、スカル・リーパーとの戦いのときに、レイさんが身につけていたダンディーストラップの存在は知っています」
「ダンディーストラップ……?」
リーファが聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「はい。ですが、私が知っているのはストラップのことだけです。まさか、こんな大きい方だとは思いませんでした」
ユイは改めてダンディーを見上げる。
「……何度見ても、大きいですね」
『むむっ!?』
その言葉に、ダンディーが勢いよくユイの方を向いた。
『そこの小さき者よ! 大きいとは何事だ! 我が存在感を表すには、この程度の大きさなど当然! むしろ、まだまだ成長の余地があると言っても過言ではない!』
「えっ……あ、はい。すみません」
ユイが少し戸惑いながら答える。
『よい! 我輩の寛大な心で許してやろう! それにしても、我輩の肉体の美しさに気づくとは、なかなか見る目があるではないか!』
「……大きいとは言いましたけど、美しいとは言ってませんよ?」
ユイが小さく首を傾げた。
『な、何だと!?』
ダンディーの動きがぴたりと止まる。
『我輩の美しさを理解できぬとは……まだまだ修行が足りぬようだな! よかろう! このダンディー自ら、真の美しさというものを教えてやろう!』
「……何か始まったぞ」
クラインが呆れたように呟いた。
「……相変わらずだな」
キリトも深いため息をつく。
リーファは、そんな2人を交互に見た。
「ねえ、お兄ちゃん。あれって、いつもあんな感じなの?」
「……ああ。だいたいな」
「そ、そうなんだ……」
リーファは、何とも言えない表情でダンディーを見つめた。
◇
「……ちょっと待て」
キリトが額に手を当てた。
「何で、こいつが未踏破エリアのボスなんだよ……」
誰も答えられなかった。
そもそも、ダンディーがなぜここにいるのか。
ダンディーとALOに、何か関係があるのか。
それとも、ただの偶然なのか。
何一つ分からない。
『フハハハハッ! どうした、我がライバルよ! 久々の再会に感動しているのか!』
「してねえよ!」
クラインが叫んだ。
『ならば、もっと喜ぶがいい! このダンディーとの再会など、そう何度も経験できるものではないぞ!』
「何でだよ!」
『この輝き、この存在感、この圧倒的なダンディズム! 世界が違おうとも、我が美しさは決して色褪せぬ!』
「自分で言うな!」
『自分の魅力を理解し、誇ること。それこそが真のダンディズム!』
「もういい! 黙ってろ!」
クラインが頭を抱えた。
その様子を見ながら、リーファが恐る恐る尋ねる。
「……お兄ちゃん。あの人、いつも自分のことをあんなに褒めてるの?」
「……人というか、あれは……」
キリトは言葉に詰まった。
「まあ、そういう奴だ」
「そ、そうなんだ……」
リーファは、もう一度ダンディーを見た。
金色の球体。
黒いサングラス。
そして、妙に堂々とした態度。
初対面の相手にどう接すればいいのか、正直なところ分からない。
一方、ダンディーは楽しそうに空中を回転していた。
『今日もダンディーだぜ~!』
『我が輝きに、暗闇すら道を譲る!』
『天高くそびえ立ち、誰よりも優雅に輝く! それが我が生き様よ!』
「……生き様って」
エギルが、思わず呟いた。
「そもそも、どういう仕組みで浮いてるんだ……?」
『何だと!?』
ダンディーが、勢いよくエギルの方を向いた。
『我が存在の神秘を問うか! よかろう! だが、凡人に理解できるほど単純なものではないぞ!』
「いや、別に仕組みを聞いただけなんだが……」
『我が肉体は美しいぃぃぃぃぃー!』
「うわっ!?」
突然の大音量に、全員が肩を跳ねさせた。
リーファは思わず耳を塞ぎ、シリカはびくりと身体を震わせる。
リズは深々とため息をついた。
「……もう嫌。ボス戦が始まる前から疲れたわ」
「……同感だ」
キリトも、珍しく心の底から同意した。
ユイは、そんな一同の様子を見ながら、少し困ったように首を傾げる。
「皆さん、以前からこの方に振り回されていたんですね……」
「ああ。説明するのも面倒なくらいにな」
キリトが答える。
「なるほど……。レイ君の持っていたストラップのことも、少し気になってきました」
ユイはダンディーを見つめた。
ただの装飾品だと思っていたものが、目の前の存在とどう繋がっているのか。
今はまだ、何も分からない。
アスナは、ダンディーを見つめたまま小さく息を吐いた。
本当なら、今はレイのことだけを考えていたい。
ボスを倒し、情報を手に入れたい。
そのために、ここまで来たのだ。
なのに。
「……どうして、こうなるの……」
思わず、本音が漏れた。
◇
『さあ、我が挑戦者たちよ!』
ダンディーが、ボス部屋の中央で大きく回転した。
『我を倒し、この未踏破エリアを制覇してみせよ! もっとも、我が前に立つことすら叶わぬであろうがな!』
「……倒せば、情報が手に入るんだよな?」
キリトが確認するように呟いた。
「ああ。そのはずだ」
エギルが答える。
「なら、やるしかない」
キリトは剣を握り直した。
相手がダンディーだろうと、関係ない。
レイの手掛かりを得るためには、こいつを倒す必要がある。
それだけだった。
「……アスナ」
キリトが、彼女へ視線を向けた。
「大丈夫か?」
アスナは一瞬だけ目を伏せた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……うん」
表情から、戸惑いが完全に消えたわけではない。
むしろ、困惑は増すばかりだった。
なぜダンディーが、ALOの未踏破エリアにいるのか。
なぜ、また自分たちの前に立ちはだかるのか。
考えても答えは出ない。
けれど、今は進むしかなかった。
「……絶対に倒そう」
アスナは、しっかりと武器を構えた。
「そして、レイ君のことを聞くの」
「……ああ」
キリトが頷く。
クラインも、刀を構え直した。
「よっしゃあ! こうなったら、今度こそぶっ倒してやる!」
『フハハハハッ! その意気だ! 我が強さを前にしてもなお挑む、その心意気だけは認めてやろう!』
「上から目線で褒めてんじゃねえ!」
『だが、勝てると思うなよ! 我が美しき輝きの前に、貴様らの剣など届きはせぬ!』
「やってみなきゃ分からねえだろうが!」
『よかろう! ならば見せてやろう! ダンディーの名に懸けて、この戦いを華麗に彩ってみせる!』
「戦いを彩るって何だよ!」
『ダンディー! ダンディー! ダンディズム!』
「だから、うるせえって言ってんだろおおおおっ!」
ボス部屋に、クラインの叫びが響き渡る。
こうして。
ALOの未踏破エリア、その最後の戦いが始まろうとしていた。
相手は、金色の球体に黒いサングラスをかけた謎の存在。
これまで何度もレイの前に現れた、あのダンディーだった。
困惑と疲労、そしてわずかな期待を胸に。
キリトたちは、未踏破エリアの裏ボスへと挑む。
おまけ『ゲーム機戦争』全15話
第11話「携帯機たちの戦い」
ゲームボーイ「据え置き機ばかり、目立ちやがって……!」
ゲームギア「画面の美しさなら、俺だって負けていない!」
ゲームボーイ「大事なのは、いつでもどこでも遊べることだ!」
ゲームギア「ならば勝負だ!」
ゲームボーイ「望むところだ!」
ドゴッ!
ゲームギア「ぐっ……! なかなかやる!」
ゲームボーイ「お前もな!」
そこへ、さらに新たな携帯機が現れた。
DS「二つの画面という発想、どうだ!」
PSP「映像も音楽も、ゲームも楽しめる。携帯機の可能性は無限だ!」
ゲームボーイ「な、何だかすごいのが来たぞ……!」
ゲームギア「俺たちの時代も、ずいぶん変わったな……」
DS「時代は進化する!」
PSP「だが、携帯機の戦いはまだ終わらない!」
ゲームボーイ「よし! 俺もまだまだ頑張るぞ!」
ファミコン「……あいつら、元気だな」
メガドライブ「俺たちも負けてられないぞ!」
ファミコン「お前はまず、壊れないことを目指せ」
メガドライブ「だから根に持ちすぎだろ!」
――第11話・終