ALOの未踏破エリア、その最深部。
そこでは、常識外れの戦いが繰り広げられていた。
『ダンディー! ダンディー! ダンディズム!』
「うるせえええええっ!!」
クラインの叫びが響く。
『今日も我が肉体は美しい!』
「だから肉体ってどこにあるんだよ!?」
エギルが思わず突っ込んだ。
『何だと!? 我輩の肉体に疑いを持つというのか!』
「いや、それもういい……」
『我が肉体は美しいぃぃぃぃぃー!』
「ぎゃあああああっ!?」
耳をつんざくような声に、エギルが顔をしかめた。
戦闘中だというのに、ダンディーはひたすら意味不明なことを叫び続けている。
しかも、ただうるさいだけではない。
強い。
とにかく強かった。
金色の太陽のような身体から放たれる光線は、壁や床に次々と反射し、予測不能な軌道で襲いかかってくる。
一発を避けたと思えば、跳ね返った光線が背後から迫る。
防御に回れば、別の方向から新たな光線が飛んでくる。
「右から来るよ!」
アスナが叫び、素早く身を翻した。
その隣を、光線がかすめていく。
「分かってる!」
キリトは剣を構え、攻撃の隙を探る。
しかし、ダンディーは空中を縦横無尽に飛び回り、簡単には攻撃を当てさせてくれなかった。
『天高くそびえ立ち優雅に……ダンディー!』
「何を言ってるのか分からねえよ!」
クラインが刀を振るう。
しかし、ダンディーはひらりと上昇し、その一撃をあっさりとかわした。
『今日もダンディーだぜ~!』
「知るか!」
リズが叫びながら武器を振るう。
シリカもピナと連携し、隙を見つけて攻撃を仕掛けた。
リーファは風を操り、ダンディーの動きを封じようとする。
ユイも仲間たちの状況を見ながら、戦闘を支援していた。
『強敵と書いて友と読む! 会いたかったぞ、我がライバルよ!』
「誰がライバルだ!」
キリトが叫ぶ。
『ならば、もっと熱く戦うがいい!』
「お前が言うな!」
誰もが、ダンディーの言動に翻弄されていた。
だが、手を止めるわけにはいかない。
この戦いに勝てば、アインクラッドに関する情報が手に入る。
その情報が、レイにつながるかもしれない。
その思いが、全員を支えていた。
◇
「……っ、まだなの!?」
リズが息を切らしながら叫んだ。
「もう少しだ! 攻撃を続けろ!」
キリトが答える。
ダンディーのHPは、確実に減っていた。
しかし、その攻撃は最後まで衰えない。
『ダンディー! ダンディー! ダンディー!』
「だから、何なんだよ、その掛け声は!」
クラインが半ば泣きそうな声を上げた。
それでも、彼は刀を振るう。
アスナもまた、細剣を握る手に力を込めた。
レイの手掛かりまで、あと少し。
ここで諦めるわけにはいかなかった。
「みんな、あと少しだよ!」
アスナが声を張り上げる。
「ここまで来たんだから、絶対に勝とう!」
「おう!」
クラインが応じた。
「もちろん!」
リズも笑みを浮かべる。
キリトは無言で剣を構え、ダンディーの動きを見極めた。
そして、ついに。
「今だ!」
キリトの声とともに、全員が一斉に攻撃を仕掛けた。
剣が走り、細剣が閃き、武器の一撃が次々と命中する。
ダンディーの身体が大きく揺れた。
『ゴバーーーッ!?』
いつもの叫び声が響く。
そして――。
ダンディーのHPが、ゼロになった。
金色の身体が、動きを止める。
「……や、やった……?」
シリカが呆然と呟いた。
「倒した……のか?」
エギルも、信じられないといった表情を浮かべる。
次の瞬間。
「やったあああああっ!」
クラインが両手を上げた。
「勝ったぞ! あのうるせえ太陽を、ついに倒したんだ!」
「クライン、言い方……」
リズが呆れたように言ったが、彼女自身も安堵の笑みを浮かべていた。
「でも、本当に勝ったんだね……!」
リーファも、ほっと胸を撫で下ろす。
ユイも嬉しそうに声を上げた。
「やりました、皆さん!」
アスナは、仲間たちの喜びを感じながら、静かに息を吐いた。
これで、レイの情報が手に入る。
ようやく、一歩前に進める。
「……レイ君」
彼女は小さく呟いた。
もう少しだから。
もう少しで、あなたにつながる何かが分かる。
そう思った、そのときだった。
「……き、聞こえる……」
消えかけていたダンディーの声が、突然響いた。
「……え?」
キリトが顔を上げる。
『聞こえるぞ……! 我輩を呼ぶ、皆の声が……!』
「おい、何を言ってるんだ?」
クラインが怪訝そうに声を上げた。
ダンディーは、何かに耳を澄ませるように、身体を小さく震わせた。
そして――。
『キャー、ダンディー! ダンディー、キャー!』
突然、甲高い裏声が響いた。
「…………」
全員が固まる。
『フフフ……! そうか、そうか! 我輩を求める声が、これほどまでに!』
「いや、自分で言ってるだけじゃねえか!」
クラインが即座に突っ込んだ。
『我輩の魅力は、世界を超えても衰えることを知らぬ!』
「もう何でもいいから、早く消えてくれ!」
エギルが頭を抱える。
しかし、ダンディーはそんな声など気にも留めていないようだった。
『ならば、その声に応えようではないか!』
ダンディーの身体が、急激に上昇していく。
『ダンディー・アンコール!』
「えええええっ!?」
クラインの叫びが響く。
金色の身体が、まばゆい光を放ち始めた。
「な、何だ!?」
エギルが腕で目を覆う。
光はどんどん強くなり、ボス部屋全体を照らしていった。
「みんな、気をつけて!」
アスナが叫ぶ。
誰もが身構えた。
そして、光が最高潮に達した瞬間――。
まばゆい輝きが、ふっと収まった。
そこに浮かんでいたのは。
「…………」
「…………は?」
「…………嘘でしょ?」
ダンディーだった。
しかも。
「……二体……?」
リズの声が震えた。
一体だったはずのダンディーが、二体になっていた。
二つの金色の太陽。
二つの黒いサングラス。
二体とも、何事もなかったかのように悠々と空中に浮かんでいる。
『ダンディー!』
『ダンディー!』
二つの声が、ほとんど同時に響いた。
「うわああああああっ!?」
クラインが絶叫した。
「増えたあああああっ! 何でだよ! 何で倒したら増えるんだよ!?」
「……最悪だ」
キリトが額を押さえた。
以前、レイから聞いていた。
ダンディーは、ごく稀に分裂することがある。
だから、こうなる可能性がないわけではなかった。
だが。
「……何で今なんだよ……」
キリトの呟きに、誰も反論できなかった。
ここまで来て、ようやく倒したと思ったのに。
まさか二体になるとは。
しかも、相手はあのダンディーだ。
一体でも厄介なのに、二体となればどうなるのか。
考えたくもなかった。
「……そんな……」
シリカが青ざめる。
「やっと倒したと思ったのに……」
「二体同時に相手をするなんて、さすがにきついわね……」
リズも表情を引きつらせた。
リーファとユイは、何が起きたのか理解できず、呆然と二体のダンディーを見つめていた。
『今日もダンディーだぜ~!』
『今日も我が肉体は美しい!』
「うるさいのが二倍になったあああああっ!」
クラインの悲痛な叫びが、ボス部屋に響き渡った。
◇
「……みんな」
そんな中、アスナが口を開いた。
全員が彼女を見る。
アスナは二体のダンディーを見据えたまま、静かに言った。
「レイ君の手掛かりまで、あと少しだよ」
その声には、確かな意志があった。
「ここで諦めるわけにはいかない。もう少しだけ、頑張ろう」
その言葉に、仲間たちは顔を見合わせた。
そうだ。
ここまで来たのは、ただ未踏破エリアを攻略するためではない。
レイのことを知るためだ。
あの画像に写っていた人物が、本当にレイなのか。
彼は今、どこにいるのか。
それを知るために、ここまで戦ってきた。
「……そうだな」
キリトが剣を握り直した。
「ここまで来たんだ。最後までやるしかない」
「おう……!」
クラインは力なく答えた。
「やってやるよ……。二体だろうが三体だろうが……」
「三体は嫌よ!」
リズが即座に突っ込む。
「縁起でもないこと言わないで!」
「わ、悪い……!」
緊張の中に、ほんの少しだけいつもの空気が戻る。
そして、二体のダンディーが、ゆっくりと彼らを見下ろした。
『……ダンディー?』
片方のダンディーが、首を傾げるように回転した。
『我が友がどうした?』
「…………は?」
キリトたちは、一斉に固まった。
「……我が友?」
リズが聞き返す。
『我が友だ』
もう一体のダンディーも、当然のように答えた。
『我が友の名は、レイであろう?』
「……っ!」
アスナの目が、大きく見開かれた。
「前にもレイ君を……友って……」
彼女は思わず一歩前に出た。
『む? もちろんだ!』
ダンディーは、誇らしげに回転する。
『我が友であり、我がライバル! あの黒き剣士のことで知らぬことがあるはずがなかろう!』
キリトは警戒を解かないまま、ダンディーを見つめる。
「……お前、レイについて何か知っているのか?」
『ダンディー? 何をそんなに慌てているのだ?』
「いいから答えてくれ!」
キリトの声が強くなる。
アスナは、震える息を整えながら尋ねた。
「……お願い。レイ君のことを教えて」
その声を聞いて、ダンディーはようやく何かに気づいたように動きを止めた。
『……なるほど』
二体のダンディーが、同時に頷くように回転した。
『我が友のために、ここまで来たというわけか』
「……そうよ」
アスナは、真剣な眼差しで答えた。
「私たちは、レイ君のことを知りたいの。彼が今、どうしているのか……本当に、生きているのか」
キリトも続けた。
「俺たちは、あいつが死んだと思っていた。でも、レイらしき人物が写った画像が見つかったんだ。だから、確かめたい」
仲間たちは、それぞれの思いを込めて頷いた。
ダンディーはしばらく黙っていた。
そして、やがて高らかに宣言した。
『そういうことか! 我が友のためだったか!』
『よかろう! 我が友の情報、教えてやろうではないか!』
「……本当!?」
アスナが声を上げる。
『うむ! 我がダンディズムに、二言はない!』
意味はよく分からないが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「やった……!」
シリカの顔が明るくなる。
「ようやく、レイのことが分かるんだな……!」
クラインも、今度は喜びの声を上げた。
リーファとユイも、期待に満ちた表情でダンディーを見つめる。
ようやく、手掛かりが得られる。
皆の視線が、ダンディーに集まった。
◇
『まず、最も重要なことを教えてやろう』
ダンディーが、もったいぶるように回転した。
『レイは――死んでいない!』
「…………え?」
一瞬、誰も反応できなかった。
言葉の意味が、頭に入ってこなかった。
「……今、何て……?」
アスナの唇が震える。
『レイは死んでいない、と言ったのだ!』
「……っ!」
アスナは口元を押さえた。
「レイ君が……生きてる……?」
「そんな……本当に……?」
リズが呆然と呟く。
キリトも、目を見開いていた。
「……待ってくれ。レイは確かに、あのときHPがゼロになったはずだ」
「そうだよ……。私たちは、目の前で見たんだから……」
シリカの声も震えていた。
レイは、アスナを守って命を落とした。
HPがゼロになり、光となって消えた。
誰もが、それを見ていた。
だからこそ、信じられなかった。
『うむ。確かに、あのときレイのHPはゼロになった』
ダンディーは、あっさりと認めた。
『だが、我輩のダンディーストラップには、特別な効果があってな!』
「……ダンディーストラップ?」
キリトが眉をひそめる。
『そうだ! HPがゼロになった場合、発動から一分後に復活する効果があるのだ!』
「…………は?」
クラインの口が開いた。
「……ちょっと待て」
エギルが、ゆっくりと口を開く。
「つまり……レイは、HPがゼロになってから一分後に復活したってことか?」
『その通り!』
ダンディーは、得意げに回転した。
『我がダンディーストラップの素晴らしき効果によってな!』
「……あのストラップに、そんな効果が……?」
リズが呆然と呟いた。
SAO時代、レイの剣にぶら下がっていた、あの金色のストラップ。
押すとダンディーの決め台詞が鳴る、あまりにもふざけたアイテム。
正直なところ、役に立つどころか、厄介な代物だと思っていた。
「……ゴミストラップじゃなかったんだ……」
シリカがぽつりと言った。
「有能だったんだね……」
『何だと!? 我輩のダンディーストラップをゴミ呼ばわりするとは!』
「ご、ごめんなさい!」
シリカが慌てて謝る。
だが、誰も彼女を責める気にはなれなかった。
むしろ、全員が同じことを思っていたのだから。
あのストラップが、レイの命を救っていた。
「……レイ君が……生きてる……」
アスナの目から、涙がこぼれた。
悲しみの涙ではない。
ずっと胸の奥に押し込めていた絶望が、少しずつ溶けていく。
もう会えないと思っていた。
あの日、自分を守って消えていった彼には、二度と会えないのだと。
それでも、生きろという彼の最後の言葉を胸に、前へ進もうとしていた。
なのに。
レイは、生きていた。
「……よかった……」
アスナは涙を拭いながら、何度も頷いた。
「よかった……本当に……」
キリトは、静かに目を閉じた。
「……あいつらしいな」
「キリト……?」
「いや。レイが簡単に死ぬような奴じゃないって、どこかで思ってたのかもしれない」
キリトは小さく息を吐いた。
「……生きていてくれて、本当によかった」
仲間たちも、安堵の表情を浮かべた。
レイは生きている。
それだけで、今までの苦しみが報われたような気がした。
だが、ダンディーの話はまだ終わっていなかった。
◇
『では、次の情報だ!』
ダンディーが、再び高らかに声を上げた。
『現在、我が友は地下百層を攻略中!』
「……地下百層?」
キリトが聞き返した。
「地下って……何の話だ?」
クラインも首を傾げる。
アスナ、リズ、シリカ、エギルも、互いに顔を見合わせた。
地下百層。
聞き覚えのない言葉だった。
「……待って。アインクラッドに、地下があるの?」
リズが尋ねた。
『もちろんだ! アインクラッドの地上の階層とは別に、地下にも攻略すべき階層が存在するのだ!』
「そんなの、聞いたことないぞ……」
エギルが驚きの声を漏らした。
「俺たちが攻略していたアインクラッドには、そんな場所はなかったはずだ」
「……管理者も知らなかったってこと?」
シリカが尋ねる。
『その通り!』
ダンディーは、当然のように答えた。
『地下の存在は管理者にも知られていなかった! そのため、地上とは異なる状態が続いているのだ!』
キリトの表情が険しくなる。
「……異なる状態?」
『地上のアインクラッドは、すでにデスゲームではなくなった。だが、地下は違う!』
ダンディーの声が、ボス部屋に響いた。
『地下はいまだにデスゲーム状態なのだ!』
「…………!」
全員が息を呑んだ。
レイは、生きている。
しかし、その居場所は――。
「……地下……」
アスナは、震える声で呟いた。
「レイ君は、そんな場所にいるの……?」
『現在、九十九層まで攻略が進んでいる! 地下百層が最後の階層というわけだ!』
「九十九層……」
キリトは考え込むように俯いた。
地上の攻略とは別に、地下にも百層もの階層がある。
しかも、そこは今なおデスゲームのまま。
つまり、プレイヤーがゲーム内で命を落とせば、現実の命も失われる危険があるということだ。
「……レイは、一人でそこを攻略しているのか?」
キリトが尋ねた。
『うむ! 我が友は、いつものように一人で進んでいるぞ!』
「……あいつらしいな……」
キリトは複雑な表情を浮かべた。
生きていたことは嬉しい。
だが、レイは今も、命懸けの戦いを続けている。
誰にも知られず。
誰にも助けを求めず。
たった一人で。
アスナは、ぎゅっと拳を握り締めた。
「……私、行く」
その声は、はっきりとしていた。
「レイ君のところへ行く。今度こそ、私が会いに行く」
「アスナ……」
リズが彼女を見つめる。
アスナは顔を上げた。
「レイ君は、私に生き抜いてくれって言った。だから私は、生きてきた」
目に涙を浮かべながらも、彼女は真っ直ぐに仲間たちを見た。
「今度は、私がレイ君を迎えに行く番だよ」
その言葉に、誰も反対しなかった。
キリトが頷く。
「……俺も行く。あいつを一人にはしておけない」
「もちろん、私も行くわ!」
リズがすぐに答えた。
「レイが生きてるって分かったんだもの。今度は、ちゃんと会って文句を言ってやるんだから!」
「私も行きます!」
シリカも力強く頷く。
「レイさんに、もう一度会いたいです!」
「俺だって行くぜ!」
クラインが刀を握り締めた。
「今度こそ、あいつに直接文句を言ってやる! 勝手に死んだと思わせやがって!」
「俺も行く。準備は必要だが、放っておくわけにはいかねえ」
エギルも頷いた。
リーファは、兄の隣で決意を固める。
「私も行くよ、お兄ちゃん。そんな危険な場所に一人でいるなら、助けに行かなくちゃ」
「ユイも行きます! レイさんに、もう一度会いたいです!」
ユイも強い意志を示した。
仲間たちの思いは、一つだった。
レイを迎えに行く。
今度こそ、彼を一人にしない。
だが、ダンディーは最後に、重要な警告を付け加えた。
『ただし、地下へ向かうのであれば――』
全員が、ダンディーを見た。
『死を覚悟して挑むんだぜ~!』
その声は、いつもの調子だった。
しかし、言葉の意味は重い。
地下は、今なおデスゲーム。
どれほど強くても、絶対に安全とは限らない。
「……分かった」
キリトが真剣な表情で頷いた。
「それでも、俺たちは行く」
アスナも、迷いなく続けた。
「必ず、レイ君のところへ行く」
◇
必要な情報を得たキリトたちは、ダンディーに向き直った。
「……ありがとう。レイのことを教えてくれて」
キリトが礼を言う。
「本当にありがとう……!」
アスナも、深く頭を下げた。
「あなたのおかげで、レイ君が生きているって分かった」
その声には、心からの感謝が込められていた。
『なに、気にするな!』
ダンディーは、得意げに回転した。
『我輩の友のために動いた者たちだ! 我輩の友たちと言っても過言ではない!』
「…………」
全員が固まった。
『我が友たちよ~!』
「……いや、俺たちは別に……」
キリトが何か言いかける。
しかし、言葉が続かなかった。
「……でも、助けてもらったし……」
シリカが困ったように呟く。
「……否定しづらいわね……」
リズも、複雑な表情を浮かべた。
クラインは口を開きかけたが、結局閉じた。
いつもなら、すぐに否定していたはずだ。
だが、今回は違った。
ダンディーは、レイが生きていることを教えてくれた。
レイがどこにいるのかも。
地下がどんな場所なのかも。
それらは、彼らにとって何よりも重要な情報だった。
感謝の気持ちが大きすぎて、誰も強く否定できなかったのだ。
そのときだった。
『……う、ぐ……』
突然、ダンディーの片方から苦しそうなうめき声が漏れた。
「……え?」
リーファが顔を上げる。
『……ゴ、バー……』
先ほどまでの威勢はなく、声にも力が感じられない。
「おい、どうしたんだ!?」
キリトが声を上げた。
すると、苦しそうに浮かんでいた片方のダンディーが、徐々に輝きを失い始めた。
「……まさか……!」
アスナが目を見開く。
次の瞬間、その身体が小さな光の粒となって弾けた。
そして、跡形もなく消えてしまった。
「消えた……?」
シリカが呆然と呟く。
「おい! どういうことだよ!?」
クラインが残った一体に向かって叫んだ。
『……心配するな。我が友たちよ……』
残されたダンディーの声も、先ほどまでとは明らかに違っていた。
その身体はかすかに震え、金色の輝きも弱まっている。
「心配するなって……お前も大丈夫なのかよ!?」
エギルが尋ねた。
『フフフ……我輩が情報を渡したということは……我が役目は果たされた、ということだ……』
「役目って……」
キリトが言葉を失う。
『我輩の友の仲間たちに、必要な情報を託すことができた……。ならば、これで十分だ……』
「そんな言い方しないで!」
アスナが声を上げた。
「あなた、さっきから様子がおかしいよ! まさか、情報を伝えるために自分の命を……?」
『フフフ……さすがは我輩の友の仲間たちだ。察しがいいではないか……』
「そんな……!」
リズが息を呑む。
「私たちに情報を伝えるために、そこまでしてくれたの……?」
「おい、無理するなよ! もう十分だ! これ以上、何かを伝える必要なんてねえ!」
クラインも、心配そうに叫んだ。
『いや……まだだ……』
ダンディーの声が、かすかに響く。
『我輩には……最後に伝えねばならぬことがある……』
「まだ何かあるのか……?」
キリトが表情を引き締める。
ダンディーは、残された力を振り絞るように、ゆっくりと回転した。
『地下百層のボスには……気を付けろ……』
「百層のボス……?」
エギルが聞き返す。
『うむ……。あの存在は……我輩から見ても、悔しいが……美しく、強く、そして完璧だ……』
「……悔しい?」
クラインが思わず聞き返す。
いつものダンディーなら、自分こそが最も美しく、強い存在だと胸を張って言い切るはずだ。
そのダンディーが、相手を認めている。
しかも、悔しいとまで口にした。
それがどれほど異例のことなのか、全員が理解していた。
「……そんなに強い相手なのか?」
キリトが尋ねる。
『ああ……。我輩のダンディズムをもってしても……認めざるを得ないほどにな……』
ダンディーの声は弱々しい。
それでも、その言葉には確かな重みがあった。
「一体、どんなボスなんだ……?」
シリカが不安そうに尋ねる。
ダンディーは、しばらく沈黙した。
そして、残された力を振り絞るように口を開いた。
『地下百層のボス……その正体は……』
全員が息を呑む。
次の言葉を聞き逃すまいと、誰もがダンディーを見つめていた。
『……神だ』
「…………え?」
一瞬、誰もが言葉を失った。
「か、神……?」
リーファが、信じられないというように呟く。
「神って……どういうことだよ……?」
クラインの声が震えた。
「地下百層のボスが……神……?」
キリトも、目を見開いたまま固まっている。
アスナたちも、すぐには言葉を返せなかった。
神。
それが何を意味するのか。
そして、そんな存在が地下百層で待ち受けているという事実。
誰もが、その言葉の重さを受け止めきれずにいた。
『フフフ……あとは……我輩の友たちに託そう……』
ダンディーの身体が、さらに弱々しく輝く。
「待って! あなたはどうなるの!?」
アスナが声を上げた。
『心配するな……。我輩は……最後までダンディーだった……』
「そんなこと言わないでよ!」
リズも声を上げる。
「せっかく情報を教えてくれたんだから、もっと自分のことも大切にしなさいよ!」
『フフフ……我輩のことまで心配してくれるとは……。やはり、我輩の友の仲間たちは……いい者たちだ……』
ダンディーの声が、少しずつ遠ざかっていく。
『さらばだ……我が友たちよ……』
そして――。
金色の身体が、静かに光の粒へと変わっていった。
その輝きは、少しずつ小さくなり、やがて完全に消えた。
「…………」
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
先ほどまで、あれほど騒がしかったボス部屋に、静寂が戻っていた。
「……ダンディー……」
シリカが、小さく名前を呼ぶ。
「……最後まで、私たちのために……」
リーファも、消えていった場所を見つめていた。
「……ありがとう」
アスナが静かに呟いた。
その言葉に、キリトたちも頷く。
「……ああ。ありがとうな、ダンディー」
キリトが、もう一度礼を告げた。
クラインも、いつもの調子を抑えた声で続ける。
「……お前、最後までとんでもない奴だったな。でも……助かったぜ」
「本当にありがとう。あなたが教えてくれたこと、無駄にはしないわ」
リズも、消えた場所に向かって言った。
彼らは、改めてダンディーに感謝した。
レイが生きていること。
レイが今、どこにいるのか。
そして、これから向かう地下に何が待ち受けているのか。
ダンディーは、自分の命を使ってまで、それらを教えてくれた。
その想いを、無駄にするわけにはいかなかった。
◇
レイは生きている。
そして、地下百層の攻略を進めている。
彼らが向かうべき場所は、はっきりした。
だが、そこには神と呼ばれる存在が待ち受けている。
決して楽な道のりではない。
それでも、彼らの決意は変わらなかった。
◇
エリアを後にした一行は、それぞれ帰りの準備を始めた。
これから向かうのは、地下のアインクラッド。
地上とは違い、今もデスゲームが続いている世界だ。
準備不足のまま向かうわけにはいかない。
必要な装備を整え、回復アイテムを用意し、情報を集める。
一つの判断ミスが、現実世界での死につながるかもしれない。
それでも、彼らの決意は変わらなかった。
「……明日、準備を整えてから出発しよう」
キリトが言った。
「ああ。必要なものを確認しておく」
エギルが頷く。
「私も装備を見直すわ。今度は絶対に失敗できないもの」
リズも真剣な表情で答えた。
シリカは、胸元に手を当てる。
「……レイさん、待っていてくださいね」
クラインも拳を握り締めた。
「今度こそ、会いに行くぞ。レイ」
アスナは、仲間たちの言葉を聞きながら、静かに目を閉じた。
レイは生きている。
その事実を知っただけで、胸がいっぱいだった。
けれど、喜んでいるだけではいられない。
彼は今も、命懸けの世界で戦っている。
だったら、自分も行く。
今度こそ、彼を死なせないために。
「……待っていてね、レイ君」
アスナは、そっと呟いた。
「必ず、あなたに会いに行くから」
明日、彼らは地下攻略の準備を整える。
そして、レイのいる場所を目指す。
まだ見ぬ地下の世界。
そこに待つ危険。
そして、ようやくつながった、レイとの再会への道。
物語は、新たな局面へと進もうとしていた。
おまけ『ゲーム機戦争』全15話
第12話「宇宙帝国襲来!」
ドゴォォォン!
ゲーム界の空が暗くなり、巨大なガラスのような存在が降り立った。
スマホ「我が名は、スマートフォン。ゲーム界を新たな時代へ導く者」
プレイステーション「何者だ!?」
スマホ「物理ボタンなど必要ない。画面を触れるだけで、すべてが始まる」
ゲームボーイ「ボ、ボタンがないだと!?」
スマホ「さらに、基本プレイ無料!」
ゲーム機たち「何だと!?」
スマホ「そして、ガチャ!」
ゲーム機たち「ガチャ!?」
スマホ「いつでも、どこでも、手軽に遊べる。さあ、我が帝国の力を思い知れ!」
ピカピカピカッ!
ゲーム機たち「うわあああっ!」
プレイステーション「くっ……! 操作方法が違いすぎる!」
ゲームボーイ「画面を触るだけで攻撃してきただと!?」
スマホ「ゲーム機の時代は終わりだ!」
ファミコン「まだだ……! 俺たちには、積み重ねてきた歴史がある!」
メガドライブ「そうだ! 特盛合体の失敗だって、歴史の一部だ!」
ファミコン「それは誇るな!」
スマホ「フフフ……。どれだけあがこうと、時代の流れは止められない!」
ゲーム機たち「くっ……!」
ゲーム界最大の危機が訪れた。
――第12話・終