光り輝く太陽に導かれ   作:光り輝くダンディー

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第7話 そういうこと言うんだ

 

第一層の主街区

 

昼下がりの広場は、多くのプレイヤーで賑わっていた。

 

露店からは食欲をそそる料理の匂いが漂い、武器屋の前では装備を品定めするプレイヤーたちが声を上げている。

デスゲームという異常な状況に置かれていても、人々は少しずつ、この世界での日常を築き始めていた。

 

そんな街の大通りを、二人のプレイヤーが並んで歩いていた。

 

レイとアスナである。

 

正確には、レイがアスナの少しだけ前を歩いている。

 

「……ねえ、レイ君」

 

「何だ?」

 

「今日、どこに行くの?」

 

「武器屋。あと、道具屋」

 

「それだけ?」

 

「今のところはな」

 

「ふうん……」

 

アスナは小さく頬を膨らませた。

 

もう少し会話が続いてもいいと思うのに、レイはいつもこんな調子だった。

 

聞けば答える。

 

けれど、自分から話題を振ってくることはほとんどない。

 

それなのに、なぜか一緒に歩いていると気まずさを感じなかった。

 

むしろ、一人で街を歩いているときよりも、ほんの少しだけ気持ちが楽になる。

 

その理由が何なのか、アスナ自身にもよく分かっていなかった。

 

「……あ」

 

ふと、レイの視線が横へ動いた。

 

アスナもつられて、そちらを見る。

 

通りの向こうから、一人の女性プレイヤーが歩いてきていた。

 

長い金髪に、整った顔立ち。身に着けている装備も上品で、街中ですれ違えば思わず振り返る人がいても不思議ではない。

 

レイは、その女性を一瞬だけ見ていた。

 

ほんの一瞬

 

それだけのことだった。

 

けれど――

 

(……何よ)

 

アスナの胸の奥に、小さな棘のようなものが刺さった。

 

(何、見てるのよ。別に、誰を見たってレイ君の勝手だけど……)

 

自分でも、どうしてこんな気持ちになるのか分からなかった。

 

レイが誰を見ようと、アスナには関係ない。

 

二人は恋人でも何でもないのだ。

 

ただ何度か街で出会い、一緒に歩くようになっただけ。

 

それなのに、レイが自分以外の女性を見ているというだけで、胸の奥が妙にざわついた。

 

「……あの人、可愛いもんね」

 

気がつけば、そんな言葉が口からこぼれていた。

 

言ってから、アスナは内心でしまったと思った。

 

何を言っているのだろう、自分は。

 

まるで、レイがあの女性を気にしていることに文句を言っているみたいではないか。

 

慌てて話題を変えようとした、そのときだった。

 

「……何言ってんだ?」

 

レイが、こちらを見た。

 

「え?」

 

「アスナも可愛いだろ」

 

――時間が止まった。

 

少なくとも、アスナにはそう感じられた。

 

「…………は?」

 

間の抜けた声が出た。

 

レイは、特に気にした様子もなく視線を前へ戻す。

 

「何か変なこと言ったか?」

 

「なっ……! な、何言ってんのよ、レイ君!」

 

思わず声が大きくなった。

 

近くを歩いていたプレイヤーが、ちらりとこちらを見る。

 

アスナは慌てて口をつぐんだ。

 

顔が熱い。

 

頬だけではない。耳まで熱くなっている気がする。

 

(な、何なのよ、今の……!)

 

可愛い

 

レイが

 

あの、いつも無愛想で、必要なことしか話さなくて、何を考えているのかさっぱり分からない男が。

 

そんな言葉を。

 

しかも、まるで当たり前のことを言うように。

 

(私が……可愛い?)

 

頭の中で、その言葉が何度も繰り返された。

 

「……レイ君」

 

「ん?」

 

「あなた、そういうこと……誰にでも言うわけ?」

 

アスナは、できるだけ平静を装って尋ねた。

 

声が少し裏返りそうになったのは、何とか誤魔化した。

 

レイは少し考えるように黙った。

 

「いや」

 

「……いや?」

 

「言わないな」

 

「…………っ!」

 

アスナは思わず足を止めた。

 

レイも数歩先で立ち止まり、振り返る。

 

「どうした?」

 

「な、何でもない!」

 

「そうか」

 

それだけ言って、レイは再び歩き出した。

 

本当に、それだけだった。

 

自分がどれほどの爆弾を投げ込んだのか、まるで理解していないような顔で。

 

アスナは慌てて、その後を追った。

 

(言わないって……何よ、それ!)

 

胸がうるさい。

 

顔の熱が引かない。

 

さっきまで気になっていた金髪の女性のことなど、すっかり頭から消えてしまっていた。

 

今は、それどころではなかった。

 

◇

 

しばらく歩いたあと。

 

二人は武器屋の前を通り過ぎ、広場の外れにある露店街へと向かっていた。

 

レイはいつも通り、無言で歩いている。

 

アスナは、その隣で何度も彼の横顔を盗み見ていた。

 

(……本当に、何も考えてなさそう)

 

いつもと変わらない顔。

 

さっきの言葉を口にした本人だというのに、照れた様子もなければ、こちらの反応を気にしている様子もない。

 

それが、なんだか悔しかった。

 

自分だけがこんなに動揺しているみたいで。

 

(……待って)

 

そこで、アスナはふと、あることを思い出した。

 

以前、街を歩いていたときのこと。

 

露店の前で、綺麗な服を着た女性プレイヤーを見かけた。

 

そのとき、アスナは何気なくレイに尋ねたのだ。

 

『ねえ、あの人、可愛くない?』

 

レイの返事は、たった一言だった。

 

『そうか』

 

それだけ。

 

別の日にも、似たようなことがあった。

 

街角で見かけた女性プレイヤーについて、アスナが何となく感想を口にしたときも。

 

『そうか』

 

やはり、それだけだった。

 

ほかにも何度か、そんなやり取りをした覚えがある。

 

そのたびに、レイは興味がなさそうに返事をしていた。

 

だからアスナも、特に気に留めていなかった。

 

――けれど。

 

(……一度も、言ってなかった?)

 

アスナの歩みが、ほんの少しだけ遅くなった。

 

レイが、誰かを見て。

 

誰かを可愛いと言ったこと。

 

今まで、一度もなかったのではないだろうか。

 

少なくとも、アスナが知る限りでは。

 

どんなに綺麗な女性を見かけても、どんなに目を引く相手がいても、レイは自分から感想を口にすることはなかった。

 

尋ねても、興味がなさそうに「そうか」と返すだけ。

 

なのに。

 

さっきは、違った。

 

アスナが自分のことを口にしたわけでもないのに。

 

レイは、迷うことなく言ったのだ。

 

『アスナも可愛いだろ』

 

(……どうして?)

 

胸の奥が、また熱くなる。

 

(どうして、私には……そんなこと言ったの?)

 

理由なんて、分からない。

 

レイが特別な意味を込めて言ったのか、それとも単に思ったことを口にしただけなのか。

 

本人に聞けば、きっといつも通りの短い返事が返ってくる。

 

もしかしたら、本人は今の会話すら大して覚えていないかもしれない。

 

そう思うと、少しだけ腹が立った。

 

けれど同時に。

 

どうしようもなく、嬉しかった。

 

  ◇

 

「……アスナ」

 

「ひゃっ!?」

 

突然名前を呼ばれ、アスナは飛び上がりそうになった。

 

「何よ!?」

 

「……いや」

 

レイが怪訝そうにこちらを見る。

 

「さっきから、何か考えてるみたいだからな」

 

「べ、別に! 何でもないわよ!」

 

「そうか」

 

レイは、それ以上追及しなかった。

 

そして、再び歩き始める。

 

そのとき。

 

前方から、荷物を抱えたプレイヤーが慌ただしく走ってきた。

 

アスナが気づくよりも早く、レイが半歩前に出る。

 

自然な動きだった。

 

彼はアスナの進路をさりげなくかばい、走ってきたプレイヤーが通り過ぎるのを待ってから、元の位置に戻った。

 

「……危ないな」

 

レイが小さく呟く。

 

「……うん」

 

アスナは、素直に頷いた。

 

まえなら、きっと「別に自分で避けられたわよ」と言っていたはずだ。

 

けれど、いまは言わない。

 

レイが自分を守るような位置を取ってくれたこと。

 

それが当たり前のように感じられること。

 

そして、さっきの言葉。

 

いろいろなことが頭の中で混ざり合って、うまく言葉にならなかった。

 

「……レイ君」

 

「何だ?」

 

「……さっきのことだけど」

 

「さっき?」

 

「だから……その……」

 

言いかけて、アスナは口を閉じた。

 

『私を可愛い』と言ったこと。

 

どういう意味なのか、聞いてみたい。

 

でも、聞くのは怖かった。

 

もし、レイが何の意味もなく口にしただけだったら。

 

もし、自分だけが勝手に喜んでいるのだとしたら。

 

そう考えると、どうしても先を続けられなかった。

 

「……やっぱり、何でもない」

 

「そうか」

 

レイは、相変わらず淡々としていた。

 

けれど、少しだけ首を傾げてから、ぽつりと付け加えた。

 

「……何かあるなら、言えばいい」

 

アスナは目を見開いた。

 

レイは前を向いたままだった。

 

「聞くくらいはできる」

 

たった、それだけ。

 

慰めるような言葉でもなければ、優しい声を作ったわけでもない。

 

いつもと同じ、少しぶっきらぼうな口調。

 

それなのに。

 

(……ずるい)

 

アスナは、唇をきゅっと結んだ。

 

(本当に、ずるいわよ……あなた)

 

誰にでも優しいわけではない。

 

誰にでも愛想がいいわけでもない。

 

それなのに、ふとした瞬間に、こちらの心へ踏み込んでくるような言葉を口にする。

 

しかも、本人にはその自覚がまるでない。

 

そんな相手に、どう接すればいいというのだろう。

 

「……何でもないって言ってるでしょ」

 

アスナは、いつものように少しだけ刺のある口調で返した。

 

「そうか」

 

「……うん」

 

それから二人は、また並んで歩き始めた。

 

いや、正確にはレイが少しだけ前を歩き、アスナがその隣を追いかけるように歩いていた。

 

いつもと変わらない光景。

 

けれど、アスナの中では何かが確かに変わっていた。

 

  ◇

 

その日の夜

 

宿屋の一室で、アスナはベッドに腰掛けていた。

 

窓の外には、第一層の街並みが広がっている。

 

現実世界に戻れないという事実は、今も変わらない。

 

明日も生き残れる保証はない。

 

それでも、今日一日の出来事を思い返すと、どうしても頬が熱くなってしまう。

 

『アスナも可愛いだろ』

 

「…………っ!」

 

思い出した瞬間、アスナは両手で顔を覆った。

 

「な、何なのよ、もう……!」

 

誰もいない部屋で、小さく声を上げる。

 

レイはきっと、何も考えていない。

 

自分があの言葉をどんな気持ちで受け取ったのかも、知らないだろう。

 

それが分かっているからこそ、余計に困る。

 

(……私、何を期待してるの?)

 

アスナは、自分の胸に手を当てた。

 

レイがほかの女性を見ていたとき、嫌な気持ちになった。

 

自分のことを可愛いと言われたとき、どうしようもなく嬉しかった。

 

そして、彼が誰にでもそんな言葉を口にするわけではないと気づいたとき。

 

胸が、今まで以上に大きく跳ねた。

 

(……まさか)

 

そこまで考えて、アスナは慌てて首を横に振った。

 

「違う、違う違う……!」

 

声に出して否定する。

 

「別に、そんなんじゃないから……!」

 

けれど、何が違うのかは、自分でも説明できなかった。

 

レイと一緒にいると、妙に落ち着く。

 

無言で歩いていても、嫌ではない。

 

自分が危険なときには、何も言わず助けてくれる。

 

そして今日、あんな言葉まで口にした。

 

一つひとつは些細なことだ。

 

けれど、その些細なことが、少しずつ自分の中に積み重なっている。

 

「……レイ君のせいよ」

 

アスナは、小さく呟いた。

 

「レイ君が、変なこと言うから……」

 

そう言いながらも、口元がほんの少し緩んでしまう。

 

明日、レイに会ったら。

 

いつも通りに話せるだろうか。

 

顔を見るだけで今日のことを思い出してしまうのだろうか。

 

考えれば考えるほど、分からなくなった。

 

ただ一つだけ、確かなことがある。

 

――明日も、レイ君に会えたらいい。

 

そう思ってしまった自分を、アスナはもう否定できなかった。

 

まだ、それが何なのかは知らない。

 

いや、もしかしたら。

 

気づき始めているからこそ、認めたくないのかもしれなかった。

 

そして、アスナは最後まで気付かなかった。

 

レイが先ほど目にした金髪の女性。

 

それは、以前レイが「護衛クエストの対象者かもしれない」と考えていた人物だったのだ。

 

つまり、レイが彼女を見ていたのは、特別な理由があったからではない。

 

ただ、以前に出会った護衛対象の人物かもしれないと、そう認識していただけだった。

 

しかし、その事実をアスナが知ることは、最後までなかった。




お店で知人だと思って親しげに話しかけていたら、実はまったくの別人だったと気づいたときの、あの何とも言えない恥ずかしさ
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