散りゆく乙女じゃいられない!〜運命なんてどうでもいいです〜 作:eternal17
ローマンの宿屋の元で、いろいろな人に触れながら暮らしています。
そんな時に、絵本を見つけてきて・・・。
【看板娘ルフィア】
ルフィアがアレキアの町に来てから、1年は経った頃だろうか。
「ルフィア、ちょっとお使いを頼まれてくれ」
帳場から顔を出したローマンが、小さな籠と一枚の紙切れを差し出した。
「お使い? わたし一人で?」
「ああ。パンと卵と、野菜をいくつかだ。紙に書いてあるから、読めるだろう」
「読めるわよ! 馬鹿にしないで」
ルフィアは胸を張って紙を受け取り、声に出して読み始めた。
「ぱん、たまご、にんじん、じゃがいも……えっと、これは……」
紙の端に書かれた細い文字で、指が止まった。
「はちみつ、だ。昨日、客に聞かれて切らしちまってな」
「……読めたもん。今、読もうとしてたのよ」
「そうかそうか。ならいいんだがな。釣り銭はちゃんと数えるんだぞ」
「わかってるわよ!」
宿を出ると、昼前の通りは人であふれていた。
石畳の両側には露店の幌が連なり、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、果物の甘い匂いが入り混じって流れてくる。
荷車の車輪がごとごとと鳴り、あちこちから客を呼ぶ声が飛ぶ。
いままでの自分なら、この人混みで足がすくんだかもしれない。
今は籠を両手で抱え、大人たちの間をするりと抜けていった。
最初はパン屋だった。
「こんにちは、おじさん。丸パンを三つください」
「おっ、ルフィアちゃん。ローマンのお使いかい。えらいねえ」
粉だらけの手で、パン屋のおじさんは焼きたての丸パンを紙に包んでくれた。
「ほら、おまけだ。端っこの焦げたやつだが、味は変わらんぞ」
「ありがとうございます!」
籠の隅に収まったおまけのパンが、ほかほかと温かい。
今すぐかじりたい気持ちをぐっとこらえて、ルフィアは次の店へ向かった。
卵は、藁を敷いた籠にそっと並べてもらった。
はちみつは小さな壺で、代金のコインを指で数えながら払うと、店のおじさんに笑われた。
三度数え直して、ようやく釣り銭が合った。
最後の八百屋では、赤い林檎が山のように積まれていた。
にんじんとじゃがいもを頼んでいると、隣で果物の籠を抱えていた女の人が、ふとこちらを見た。
「おや、ルフィアちゃんじゃないか」
見覚えのある顔だった。初めて町に来た日、途方に暮れていた自分をローマンのところまで連れてきてくれた人だ。
「あっ、おばさん! こんにちは!」
「はい、こんにちは。一人でお使いかい? あのときはほとんど何もしゃべらなかったのに、今じゃすっかり宿屋の看板娘だね」
「かんばんむすめ?」
ルフィアは籠を抱えたまま、首をかしげた。
「お店の顔ってことさ」
「わたし、看板じゃないわよ?」
女の人が吹き出した。
「そういう意味じゃないよ。あの宿屋のご主人も、いい子を預かったもんだねえ」
そう言って、籠の中から林檎をひとつ、ルフィアの籠に入れてくれる。
「ほら、お使いのごほうびだ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
籠はずいぶん重くなった。
よろよろと歩きだしたとき、通りの向こうから聞き慣れた声が飛んできた。
「おーい、ルフィア!」
人波をかき分けて走ってきたのは、赤毛の少年だった。腰には木の枝を一本差している。剣のつもりらしい。
「お使いか? 持ってやるよ」
「平気よ! わたしが頼まれたんだもの」
「でも重そうじゃないか」
「重くない!」
ルフィアはつんと顎を上げて歩きだした。少年は肩をすくめて、隣を歩く。
両手を籠の下に構えたまま、落としそうになったらいつでも受け止められるように。
気づかないふりをして、ルフィアは宿までの道を歩いた。
「おう、戻ったか。坊主も来てたのか」
「こんにちは、ローマンさん!」
帳場で籠の中身を確かめたローマンは、釣り銭を数えて頷いた。
「ぴったりだ。よくやった」
「ほらね!」
得意そうに笑ってから、ルフィアは何か思い出したように奥へ駆けていった。
【冒険を描いた絵本の話】
「ねえ、これ見て!」
戻ってきたとき、その腕には一冊の本があった。
二人は窓際の小さなテーブルに並んで座った。
「本? 外で遊ぶんじゃなかったのか?」
「いいから! わたし、これ読めるようになったの!」
少し前までは、絵を見ることしかできなかった。
この一年で文字もずいぶん覚えて、今では帳面の名前も、お使いの紙も読める。
もちろん、まだ難しい言葉には時々つまずく。
「へえ。じゃあ、読んでみろよ」
「言われなくても読むわよ!」
ルフィアは両手で表紙を開いた。子供の腕には少し大きな本で、テーブルの上でごとりと傾く。
そこには、赤い髪のおとこのこと、美しいおんなのこの絵が描かれていた。
おんなのこは長い髪をして、白い服を着ている。
「このおんなのこ、きれいでしょう?」
「うん。お姫様みたいだな」
「お姫様じゃないみたいよ。ええと……ふしぎな……力を持った……おんなのこ、だって」
「ふうん」
少年は頬杖をついて、あくびをかみ殺している。
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるって!」
絵本の中で、赤い髪のおとこのこは、ふしぎなおんなのこと出会う。
二人は一緒に暗い洞窟を抜け、古い塔に登った。
困っている人を助けたり、恐ろしい魔物から逃げたりもした。
最初はあまり笑わなかったおんなのこも、おとこのこと過ごすうちに笑うようになる。おんなのこが笑うと、おとこのこも嬉しそうに笑った。
ルフィアはその絵が気に入って、指でそっと撫でた。少年も身を乗り出して覗き込む。
「この二人、ずっと一緒にいればいいのにね」
「まだ終わってないだろ?」
「そうだけど!」
ページをめくる。
物語の終わりが近づくと、おとこのこは遠くの大きな国を目指して、旅に出ることになる。
おんなのこは、村に残った。最後の絵には、丘の上で空を見上げるおんなのこが、一人だけ描かれていた。
おとこのこの姿は、もうない。
「……あれ?」
次のページは、何もない白い紙だった。
ルフィアは本をひっくり返して裏表紙を見て、もう一度最後のページを開く。
やっぱり、そこにはおんなのこしかいない。
「おしまい?」
「そうみたいだな」
「ちょっと待ってよ。おとこのこは?」
「行っちゃったんだろ?」
「……どうして、おんなのこは一緒に行かないの?」
少年は首をかしげた。
「あんなに仲良しだったのよ。一緒に塔にも登ったし、魔物からも逃げたのに」
「遠くの大きな国って書いてあるぞ。危ないから、連れていけなかったんじゃないか?」
「そんなの、書いてないじゃない! おんなのこだって、一緒に行きたかったかもしれないのに!」
ルフィアは前のページへ戻った。おんなのこが笑っている場面。
二人で魔物から逃げる場面。洞窟の中で手をつないでいる場面。
一枚ずつ確かめて、また最後に戻る。
「待ってるだけなんて、つまらないわ」
「そんなこと言われても……」
少年は頭をかいた。
「おんなのこが自分で、残るって言ったのかもしれないだろ?」
「そうなの?」
「わかんないけど」
ルフィアは少し考えて、ページの端を指先でくるくるとなぞった。
「……それなら、しょうがないのかな。でも、行きたかったのに残されたんだったら、おとこのこは迎えに来てあげてほしいな」
「そうだな」
少年が頷くと、ルフィアは勢いよく顔を上げた。
「ねえ。あなたなら?」
「何が?」
「あなたが旅に出るとしたら、わたしを置いていくの?」
少年はきょとんとした。それから、なぜか視線を泳がせて、腰の木の枝を見た。
「おれが?」
「そうよ」
しばらく黙っていた。
「……行くかも」
「えっ」
「おれ、騎士になりたいし。そしたら、遠くへ行くこともあると思う」
「ひどい!」
「だって、うそついたらだめだろ!」
ルフィアはぷいと顔をそむけた。
頬がみるみる膨らんでいく。
少年が困ったように頭をかく。
窓の外では、子供たちの笑い声がしていた。
「……その時は、連れていってよ」
「え?」
「置いていったら、許さないんだから」
「でも、危ないぞ」
「平気よ! 魔物が出たら、わたしが……」
そこまで言って、ルフィアは口をつぐんだ。
自分でも、何を言おうとしたのかわからなかった。
「おまえが?」
「……なんでもない! とにかく、連れていくの! わかった?」
少年はすぐには答えなかった。ルフィアの顔をじっと見て、膝の上で握った自分のこぶしに目を落とす。
「……わかった」
低い声だった。さっきまでの軽い調子とは、少し違っていた。
「ほんとに?」
「ほんとだって」
「約束よ?」
ルフィアが手を差し出すと、少年は一瞬ためらってから、その手を握った。
「約束だ」
ルフィアは少し拍子抜けしたようだったが、すぐにいたずらっぽく笑った。
「でも、すっごく遠いかもしれないわよ?」
「それでも連れていく」
「途中で疲れちゃうわよ?」
「おぶってやるよ!」
「お腹もすくわよ?」
「ご飯くらい分けてやる!」
「魔物が出たら?」
「おれがやっつける!」
「強い魔物だったら?」
少年は少しだけ考えてから、真面目な顔で答えた。
「……もっと強くなってから行く」
ルフィアはとうとう吹き出した。
「ふふっ。じゃあ、信じてあげる!」
「なんだよ、それ!」
「いいの!」
絵本を閉じて、ルフィアは言った。
「このお話、続きがあればいいのにね。おんなのこも旅に出るお話!」
「それじゃ、また冒険が始まっちゃうじゃないか」
「いいじゃない! きっと楽しいわよ!」
少年は呆れたように笑い、それから急に立ち上がった。
「よし、おれ、もっと強くなる!」
腰の枝を抜いて、ひゅん、ひゅんと振り回す。
「ちょっと、危ないわよ!」
「大丈夫だって!」
ごつん、と枝の先がテーブルの脚に当たった。
「こら、坊主! 宿の中で振り回すな」
帳場からローマンの声が飛んだ。
「あっ、ごめんなさい、ローマンさん!」
「騎士団の兄ちゃんたちの真似か。あいつらもうちの常連だが、店の中で剣を抜いたことは一度もないぞ」
「はい……」
しゅんとして枝を下ろす少年を見て、ローマンは小さく息をついた。
窓の外では、いつの間にか陽が傾き、通りを歩く人たちの影が長くなっている。
「……まあいい。今日はうちで食っていけ。ただし、家にはちゃんと知らせておけよ」
「いいんですか!」
「ああ」
「はい! じゃあ、ちょっと行ってきます!」
「走るなよ! 転ぶぞ!」
「大丈夫です!」
扉から飛び出していく後ろ姿を見送って、ローマンは苦笑した。
「まったく、元気なやつだ」
「そうね!」
ルフィアも笑いながら、絵本を棚の上に戻した。
【焦げたパンの味】
少年は、夕食の支度が終わる少し前に戻ってきた。
「ただいま!」
「おかえり! 遅いわよ!」
「ちゃんと知らせてきたんだから、しょうがないだろ!」
「はいはい、二人とも。口を動かす前に手を動かしてくれ。坊主は皿を並べて、ルフィアはパンを頼む」
「はーい!」
「わかりました!」
少年が皿を落としそうになってルフィアに笑われ、ルフィアはお使いのパンをつまみ食いしようとして、ローマンに見つかった。
「こら、ルフィア!」
「えへへ。ちょっとだけ!」
「ちょっとでも駄目だ」
やがて食卓に温かい料理が並び、三人は席についた。
「いただきまーす!」
ルフィアは早速パンを手に取った。昼間のおまけの、焦げた端っこのパンだ。
「おい、そんなに慌てなくてもなくならんぞ」
「だって、お腹すいたんだもの!」
「さっきつまみ食いしてたくせに」
横から少年が口を挟む。
「もう! その話はいいでしょ!」
ローマンは笑いながら、二人の皿にスープをよそった。
「ねえ、明日は何して遊ぶ?」
「そうだなあ。町の外まで行ってみる?」
「いいわね! あ、でも、午後は本も読みたいわ」
「えー、また本かよ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけどさ」
「じゃあ、決まりね!」
「まだ何も決まってないだろ!」
また二人が言い合いを始めたので、ローマンは呆れたように首を振った。
「明日のことは、飯を食ってからにしなさい」
「はーい!」
二人の返事が重なった。
湯気の向こうで言い合う子供たちを、ローマンは少しのあいだ、目を細めて眺めていた。
窓の外では夕暮れの鐘が鳴り、町のあちこちに灯りがともり始めている。
ルフィアはふと、棚の上の絵本に目をやった。けれど、すぐにパンへ視線を戻した。
ローマンの宿では、今夜もいつもと変わらない夕食が続いていた。
原作の世界でも、こんな感じのやり取りがあったのではないでしょうか。
赤毛の少年は、当時から騎士に憧れて、木の枝を振り回したり・・・って、このくらいの年齢の男子ならそんなもんです(笑)。
絵本は・・・ルフィアからすれば人と別れることが怖い、理解できないんでしょうか。
そして、ローマンはじめとした人々も、温かく見守るって感じにしました。