旅立ち(1/16)
巡礼者、ベイト・シェアンに対してシェラが抱いた第一印象は、ひどく雑で、礼を欠いた人だなというものだった。
「どもー」
気の抜けた挨拶とともに扉を開いたベイトが、あくびをしながら我が物顔で教会内に踏み入ってくる。
その音と声に反応し、窓の拭き掃除に精を出していたシェラがそちらを振り向いた。
シンプルな白のシャツに黒のパンツ。旅の中で履き古したであろう革のロングブーツ。
扉を開くために出された手には、純白の手袋がはめられていた。おそらく、ポケットに突っ込んだままの右手にも、同じものがはめられているのだろう。
彼女の服装から、教会に属する巡礼者らしさはまるで感じられない。
彼女が身に着けているものの中で、唯一それらしさを持つ教会支給のカソックは、くるぶしまであったはずの丈が腰の辺りでばっさり破れて、ジャケットのようになってしまっていた。
シェラの生まれ故郷、ラトゥガ唯一の教会は小さなものだ。入口の扉から講壇までを一本の通路がつなぎ、チャーチベンチがその左右を挟むように五列ずつ並べられている。
入口から見て向こう側には二つの段差の上に講壇があり、その後ろの壁には信仰の象徴とされる大鏡が設置されている。
教会に置かれている、ありとあらゆるものが使い込まれて古びていた。それでいて、丁寧に扱われ続けたそれらが集まる教会内は、自宅でくつろぐようなものとはまた違う、心が洗われるような落ち着いた空気で満ちていた。
そんな静寂に包まれた教会内を、ずかずかと歩むベイトの無遠慮な足音がぶち壊す。
肩口くらいの長さでばっさりと切り落とされた、彼女の白い髪が一歩、また一歩と進むたびに上下に揺れた。
そんな彼女に、拭き掃除を中断したシェラが笑顔で応対する。
「こんにちは、何かご用でしょうか?」
「巡礼者候補生の身元を引き受けに来た、巡礼者のベイト・シェアンだ。この教会付属の孤児院に預けられているシェラ・クレリックに用があるんだが、あんた、どこにいるか知らねえか?」
「……あ」
「あ?」
間の抜けたシェラの声に反応して、ベイトが眉間にしわをよせる。
ベイトの金の左目と、鳶色の右目が、まっすぐにシェラの顔を捉えた。
別人のものを無理やり埋め込んだといわれた方がまだ納得できるほど、左右ではっきりと違う色をした瞳に、シェラが思わず息をのむ。
そんなシェラの内心を見透かしたように、ベイトが納得した様子で口を開く。
「……ああ、そういうこと。あんたがそうなのか」
「は、はい! このたび巡礼者候補生として、聖都の巡礼者訓練所への入寮を希望する、シェラ・クレリックと申します!」
そう言って、シェラはぺこりとお辞儀した。
勢いよく下げられた頭の動きに引っ張られて、肩甲骨の辺りまで伸びた彼女の空色の髪が跳ねる。
「あー、そういう堅っ苦しいのはいいから」
ポケットから引き抜いた右手をひらひらと振りながら、ベイトはたいそう面倒くさそうに応対した。
それと同時に、シェラの全身をちらと観察する。
いたって普通の、どこにでもいるような町娘。大した特徴を持たない彼女から受け取られる印象などその程度だ。
……ただ一つ、彼女の身に着ける、清貧を形にしたようなぼろぼろのワンピースを除けば、の話だが。
ラトゥガの教会に限らず、各地の教会が孤児院を併設していることはさして珍しくない。
預けられている子供の数にもよるとはいえ、そういう孤児院は得てして金銭面で苦労していることが多い。孤児院の子供が古着を着回すのも納得はできる。
だが、それにしても、シェラの身に着ける服は異常だった。
破れ、ほつれ、擦り切れ。彼女のワンピースはいたるところに修繕の跡が見られ、もはや直していない箇所を探す方が難しいくらいだ。
第一、そもそもサイズが合っていない。十五歳になったばかりの彼女が着るものとしては、そのワンピースはあまりにも窮屈すぎる。
物を大切にするにしても限度がある。さすがに買い替えるなりなんなりすべきではないのか。
そんな疑問を、ベイトはこれっぽっちも気にすることなく放置した。
「……ま、いいか。んじゃ上の人間呼んでくんない? 話つけてくる」
「かしこまりました。お呼びしますので、しばらくおかけになってお待ちください」