「なにこの赤ぇチップ……とりあえず挿そっと」 作:ちいさくないけどかわいいおじさん
人生で数回くらいしか来たことがねぇ、あのナイトシティには俺は入ることができた。
検問所のいけすかねぇミリテクのカスに色々詰問されたが、カプリちゃんの電子データ改竄能力でどうにか事なきを得ることができ、平穏無事に突破。
街ン中に入ってみるとあら不思議、外から見て膨らませていた妄想は空気を入れすぎた風船のごとく破裂して瓦解した。品のねぇサイバーウェアで上裸の男連中がいるわ、半分ケツ見えてんぞってくらいセックスアピールの酷いアバズレはいるわでもう目に悪い悪い!
だけどなんだろうな。Dと意識が混ざりあった経験からか知んねーけど、懐かしい。恥ずべき記憶だが、アラサカ狩りをしてた時に通った道だな、とか。
ここ、カプリと初めてバカやったトコじゃん!とか。久しぶりに美味くもねぇNiColaを浴びるように飲んでみて、カプリと口を揃えて「不味っ!」って酷評してやったりとか。俺の人生にある体験じゃねぇ、だけど間違いなく俺の網膜には焼き付いてた。焼き付いて離れてくれなかった。
『変わってねぇな、しみったれたナイトシティだ』
「っは、ノスタルジーに浸れるほど俺もDもナイトシティで暮らしてねぇだろ」
『うっせ。……アレン通りにあと数分もすりゃあ着く。そこの他の建物と比べりゃ狭そうな建物の屋上がロマンの家だ』
「あんだけドン引きされてもお邪魔できたくらいだもんな、ずいぶん、記憶力良いねぇ……」
……あ、やめてな?頭ン中を意味のない電子ミームで埋め尽くすの。あーうぜぇこっちが消すよりも早く倍のミームを送り付けやがって、死ねっ!この電脳男!
『ハッ! もう死んでんだよ』
『……うーん? おっかしいなぁ……』
あんま胸を張ることじゃないマウントでイキってるバカを差し置いて、なんか微妙そうな表情で顎に手をあてて考え込んでいるカプリに目をやる。これやるとすれ違うやつらにヘンな目で見られるんだが、道端でBDやってションベン撒き散らかしてるアホよりはマトモそうに見えないか?なあ?……ああ、見えない?あっそ。
「どーしたよ、カプリ」
『んーとね、この建物にあの少年とそのお父さんが住んでる形跡が無いんだよね! ……お引越しかな?』
『……どーなってやがる。あのビデオを撮ってから、なんの連絡もねぇし……。まさか──ナイトシティから出た?』
「いや。それはないね」
屋内階段、音を立てて上がる。建付けの悪りぃドアを蹴り上げて開けると、錆びかけのパラソルが特徴的な、見晴らしのいい屋上に出た。
「バカのランナーじゃ気付かないけど、すこし造詣に深いやつならわかるくらいの絶妙なジャミングポイントが数個設置されてる」
『あ、ホントだ! よく気付いたね〜』
『……“ママ・ウェルズの酒場で”?』
「解読したらそーなるな。んで?……ママ・ウェルズってのは……コイツか」
乱暴に屋上に来たかと思えばぶつぶつと話し出す俺にビビって、誰もこんなとこ来ねぇと思って乳繰りあってるチンピラどもが固まってる。男の方は焦ってズボンを履こうとして、かえってつっかえてダセェ。
「おうおう、邪魔したな〜! ……あ、でもそーいうのはラブホでも行ってやれよ?最低でもモーテルで部屋確保してやんな!」
「……余計なお世話だコンチクショウ!!」
○
アレン通りのあるカブキからママ・ウェルズの経営する酒場「エル・コヨーテ・コホ」があるヘイウッドまでの道のりは……まあクソ長かった。なにしろナイトシティの真ん中くらいに位置するもんで、方角にすりゃざっと南西方向に向かわにゃならんかった。
地図上で言えば左斜め下をズバッと一直線に行けば到着。だけどここはナイトシティだ?バカのおつむよろしく後付けされた補助インプラントみてぇに焼き増しで設置されたインフラがはびこる街だ。
クネクネした道をもう一度クネクネして、そうしたらまた右の曲がり角を……クソくらえ!バッドランズじゃあ気持ちよく走れたってのに、今じゃ相棒のマーヒアに八つ当たりしちまうくらいにムカついてる!
『だから言ったのにさ。ほら、脳内地図にピン刺して!』
『あとは目標に向かって自動走行させっからよ。なんか聴くか?』
「それじゃあお言葉に甘えて。In Love With Myselfって曲を流してくれないか」
『あいよ』
ヘイウッドは俺好みの地区だった。化学調味料で構成された小籠包とかがザラに露店のイチオシ料理だったりするカブキとは違って、酒もメシも舌触りのいい、それでいて味が薄かったりしない、いい塩梅の食文化だった。ま、ジャンクなのもあるけどよ。
メシの良し悪しってのは重要でな、俺の知り合いに完全栄養食のレーションを週の3回うなじにぶち込めば活動OK!みたいなわからず屋がいたんだが、ありゃダメだ。食ってのは人の性格までひん曲げちまう。
カブキのやつらはケミカルなもん食いすぎて血の気が多い。ヘイウッドのやつらも正直似たり寄ったりだがよ、まだこっちのほうが義侠心っつーものがある。日中系アメリカ人の多いカブキの方が「和」のココロがあるって?知るか。
メシも食って準備も整ったって具合で、さてママ・ウェルズんとこ行くかと足を踏み出して店ン中に上半身を前のめりにめり込ませると、狙い澄ましたかのようにホロコールがかかってきた。
名前は「Roman」──俺たちが探してた、ロマン・カラックスの綴りだった。
『──おいルーシーッ、体貸せッ!』
体の主導権が強引に奪われて、前のめってた上体を思いっきり地面に打ちつける。ちくしょうが、痛覚はこっち負担なのかよ、いてぇな゛ぁ゛ぁ゛!?
『「ロマン!? お前、ロマンなのか!?」』
ホロコール越し、珍しく体をインプラント漬けにしていない、生の声帯からなる声変わりしたての笑い声がうっすらと耳に届いた。
《思い立ったらすぐに行動に移すトコ……変わんないね。ひさしぶり──D》
嬉しさ、早くごめんって謝らなきゃっていう焦り、ロマンはまだ忘れてなかったということに対しての気恥しさ。そして、もうロマンも成長して青年になったんだという月日を感じた寂しさが、胸の奥を襲ってきた。いや、実際はニューロンコネクタによる誤認なんだろうけど。
『「オイ、いまお前どこにいる!? お前ん家チンピラに占領されててもぬけの殻だったじゃねぇか!」』
《僕も稼げるようになったし、親孝行だよD。コーポ勤めとかは死んでもゴメンだけどさ、ギャングがうろつく居住区にずっと住まわせたいとも思わないでしょ》
『「稼げっ……っはあ? おまっ、成長したっつってもまだ18かそこらだろ?」』
《……あはは、そうだね。
やっけに遠回しな物言い。直接的な表現は避けて、こちらに解釈を委ねようとする態度。まるで、「今君が望めばあの頃のロマンに戻ってあげますよ」って言ってるみたいな──そんな雰囲気。
『「……何が言いてぇ。さっさと言えよ、らしくないぜ、ロマン」』
《らしくない……らしくない、か。あっはは!ははははっ! はーっ……そうだね。らしくないね》
Dに主導権を譲った俺は、今現在Dと混ざりあっているような状況にある。だからダイレクトにDの感情が伝わってきて、その心中にある怯えが見てとれた。
知らない。こんなロマンは知らない。それが、怖い。ただ、思えばそうだった。あの事件から6年だ。6年も経ちゃあ、人なんてのは大きく変わる生き物だった。ましてや、いつどこで誰が死体で転がるかわかりもしないナイトシティじゃ。
《ねぇD……遊ぼうよ。僕はね、D。君の最期のあの笑顔が頭に焼き付いて離れない。あんなに楽しそうに心から笑って、胸を締め付けるような思いをさせるDが、忘れられないんだ》
実はこの会話をしてる間、ずっと地面と熱い接吻中。頬がそろそろギブアップを告げるくらいだった。……情けなくぶっ倒れる俺の目の前に、ヴァレンティーノーズの連中がたむろしだすまで。
《Dなら知ってると思うけど……彼らはここらのギャングの中ではまだマシな部類の派閥だ。それに、伝説になり損ねた男の……偉大なる母の営む酒場だからね。失礼のないようにしてよ?》
『「……ここじゃ客にも店にも悪ぃし、外で話そうぜ」』
それから、赤いスパークが店内を駆け巡って……停電を起こした。時間にしてコンマ数秒。気付けば、ギャングたちと俺は外の大通りへと弾かれていた。
『サイバーウェアを着てるやつが大半のこの世界だ。電気信号をちょいとイジって吹き飛ばすことなんて朝メシ前なンだよ』
『けっこーひさしぶりに遊ぶね!? どんなカンジであの人たちおちょくろっか!? D、ルーシー!』
「……そりゃあ、スグに終わっちゃつまんねーし? 怒らせまくって、そんでもってションベン漏らさせるくらいのすげーことやって……んでそうだなぁ、どっかでふんぞり返ってるロマンに中指立ててやろーぜ、なぁ?」
そうと決まれば善は急げだ。いきなりの出来事に目眩してやがるヴァレンティーノーズの一人にラリアットかまして、ゴングを鳴らそう!
○
どんなRPGでもファーストアタックってのは大事だ。先制という文字のごとく、
その点俺のラリアットはガチで良かったね。折れた鼻を手で被って痛そ〜に追いかけてきやがる。その情けない姿ったらなくて、もうそれだけでバカ笑いモンよ。
それに加えて、人工眼球の認識改変もしてあげちゃったらも〜大変!俺だと思ってた一般人を鬼の形相で追いかける頭おかしいギャングの完成だ!一般人が被害に遭うのはちっとマズいから後ろからそろりと技キメてオとすけど。
『キャハッ、キャハハハハハハハハ!! たのしー、たのしーね!?』
『カンタオのやつらと比べると物足りねーが……まぁこういう鬼ごっこもたまにはイイな!』
「お前らはいいよねぇっ……! 俺の脳みその中で悠々自適に寛いでりゃいいんだもん、よぉっ!」
『代わりに
『いっそのこと全身サイバーウェアづくめにしようよ、ルーシー! そしたら私が壊れたトコをすぐに補完してあげられるよ!』
「ヤだね! それやったらサイバーサイコシスにぜってーなる! なりたくないから俺は程々でいい!」
『カプリに耐えられてるンだから多分他のサイバーウェアやインプラントも耐えられるだろ、多分』
『そーそー、中々いないよ? 私と混ざらずに自己を保ってられる人間! 耐えられるって、多分!』
「言葉の最後を多分で締めんじゃねぇガキんちょどもォ!!」