「なにこの赤ぇチップ……とりあえず挿しちゃおっと」 作:ちいさくないけどかわいいおじさん
「……見ない顔だね、新入りかい?」
複雑そうなキングとのお話を済ませてアフターライフん中へ入ったら、カウンター席が空いてるんで、とりあえずドカッと勢いで座ってみりゃあ、一発でアフターライフ慣れしてねぇことがバレちまった。
「ま、そんなトコ。……ワトソン地区まで来るのに喉乾いちまったからさ、一杯なんかくんない?」
「
柔らかな物腰だが、視線はこちらに向けていない。グラスを拭いて綺麗になってるか確認して、またグラスを拭いて……わざとらしいったらありゃしないね。
傭兵ってのはピンからキリまでうじゃうじゃいる。インプラントの入れすぎで常にラリってるやつもいれば、マトモなのになにがスイッチかわからず、にこやかなままリボルバーを引き抜くやつまで、大勢と。
つまりはこうだ。バーテンダーの女は俺を見極めてる。コイツだけじゃない。奥にいるなんて無さげに葉巻を吸ってるゴツいオッサン、後ろで愛銃の手入れをしてるガリガリの男、楽しそうに酒を飲んで店の廊下をフラついてる若年層。
みんな、俺が下手なことをしたらすぐに殺せるように、殺気を放ってる。……アンダーグラウンドな世界は舐められちゃあオシマイだもんね?あぁ……おもしろいトコだなぁ、アフターライフ……!
「……あははッ、それは言えてるな! ……じゃあ、常連になるためにアンタの名前を知らないとだ。俺ぁルーシー。アンタは?」
「ふふ……おもしろい」
「……んあ? なにがおもしれーのよ」
「名は体を表す──ジャパンタウンの連中が聖書の一節みたいによく呟く言葉よ。本当の意味は知らないけれど、あなたにぴったりな言葉だと思って、ルーシー。私はクレアよ、あなたとは仲良くなれそうな気がする」
「……それ、女みてーな名前に、女みてーな見た目だって言いたいのか?」
「はぁ……謙虚なのはいい事だけど、あなたのは卑屈なだけね。ポジティブに捉えなさいよ、N54でMCを張れそうなくらいに美丈夫だって」
『まァ……顔だけ見りゃあ女と見紛うか。髪色も男らしくねーし』
ぜってーそう言うニュアンスで話してなかったじゃん。ひでー女!俺の名前ってさぁ、ナイトシティとかでお坊ちゃまとして産まれてたらよ、ギリ納得できっかなって名前じゃん。でも俺の産まれバッドランズ!わかるか!?田舎くさくて可愛げのねーバッドランズなんだよ!
「……好んでんな見た目してねーっつの。なあクレアさんよ、イイ感じに見た目をゴツくしてくれるリパードク知らね?こう……髭もじゃのムキムキ!って感じね。OK?」
「ふぅん……あなたのその顔、手を加えてなくてそれなのね。……ふふ、じゃあ、教えてあげない」
「おい、ダメだろ傭兵が望む情報を情報屋が教えねーのは! クレアのケチ! アホ! セクシー!」
「あらぁ? 喉が乾いてるのではなかったの? よく叫んで元気なのね」
『ヒュ〜〜♪ こりゃ一本取られたね、ルーシー!』
「あ゛ぁ〜〜口喧嘩が上手ェなぁ、このアマァ!!」
○
なにがそんなに面白かったのかわからねーけど、クレアは上機嫌でひとつカクテルを作ってグラス1杯分をテーブルに置いてくれた。タダで貰えるもんほど危ねーものはない。代金は?というと、「たくさん笑わせてもらったお礼よ」と言ってエディを頑なに受け取らなかった。
効率よくカクテルを冷やすためにカットされた氷の塊が、アルコールに浸されてネオンライトみたくキラキラしてる。グラスを揺らしてそれを楽しんでると、クレアが一気に飲め、男ならとそういう催促をジェスチャーでしてくるから、不服ながらも一気に喉に流し込むことにした。
『うげ……俺でもやったことのねぇ飲み方だぜ……?』
『こーいう時って脳の修復機能をオフにしたほうがいいかなぁ? アルコールを自動分解しちゃって酔えないよねー?』
まっっっじでオンのままにしといて、お願い、お願いしますカプリさん!アルコールで酔うだけが酒の楽しみ方じゃないじゃん?口に含んで果実の風味を口腔内で楽しむとか、製法による口触りの違いとかを楽しむのも酒でしかできないことだろ?なぁ!?
「……んぐっ、げほっごほっ!! ……ん゛っ、……お? 美味い、な?飲み込んだあとの口触りも悪かねぇ」
「ほぼモスコミュールだもの。違うのは愛情があるかないかだけ。ウチではコレをJackie Wellesって名前で出してる」
ジャッキー、ウェルズ……?ウェルズ、ウェルズ……あー?ヘイウッドのあの酒場を切り盛りしてたババアもウェルズ姓だったよな、そーいや。んでもって、ロマンも「伝説になり損ねた男の……偉大なる母が営む酒場」だって言ってたし。関係ないわけ……ないよなぁ。
「なぁ、ジャッキーって人の名前? 俺の知ってる人にウェルズって姓を持つヤツがいるんだけど」
「ええ。ジャッキーは人の名前よ。ジャッキー・ウェルズはね、彼が死してもなお生涯の友として語り継いだ男がいてくれたの」
「……そいつは今なにやってんの?」
「さぁ? コーポの工業地帯の空に揺蕩う薄汚い化学ガスみたいに蒸発して消えたかもしれないし、今でもナイトシティのどこかを奔走してギャングたちを荒し回ってるかもしれない。……ただそうね、一つ言えることがあるなら彼は……Vは
────V?なんかDみてぇなあだ名だな。Dはなんか知ってっか?
『……いや、知らね。そもそも俺もノーマッドだ。シティの内情は詳しくねぇ』
「……あー、特別? 特別っていうのはアラサカに大立ち回りを繰り広げたデイヴィッドみたいなヤツのことを言うんじゃないのか?」
「デイヴィッド……彼も素晴らしいサイバーパンクだったけれど……彼ほどじゃない。あなたも彼を一目見たらわかると思う。あれは人の見た目をした……枠組みを超越した、得体の知れないもの」
よくわからん人物像だ。持ちうる情報の全てを整理して推測するなら、ジャッキーは傭兵として仕事をしていて、ド三流の傭兵あるあるみたく仕事中にツキが回らずトチって死んだかしたんだろう。
そのジャッキーにゃ、Vっていう友人がいた。恐らくはトチった仕事にこいつもいたのか?そうじゃなきゃカクテルの名前なんかにして友を語り継ぐなんてしねーもんな。……それだけじゃあなく、Vは傭兵としてピカイチの才能があった。クレアが特別と評しただけの、才能が。
愛情たっぷりのモスコミュール。誰が定めたか知らねーが、花言葉みたいに酒……っつーかカクテルにもカクテル言葉ってのがあるらしくてよ、これにゃあ「けんかをしたらその日のうちに仲直りをする」って意味があんだと。
「……どーにもワケわからんが、これだけは確かだな。Vってヤツは、ジャッキーとつるんでて気持ちのいいヤツだと思ってたんだな」
「ええ。血の繋がった兄弟なのかって思うくらいに、何をするにも二人は一緒だった」
『
『え、聞きたい! Dの過去、聞きたい! 私聞いた事ないんだけど!』
『ヤだね、教えてやんねぇ。 でも……ああそうだ、ケンゾーのことなら教えてやるよ。 アイツァ曲がったことが大嫌いな……ちょっと偏屈なヤツだったんだよ。 それでよく揉め事になって誰彼構わず喧嘩すンだけど、なぜかスっと片付いて……後腐れがねーんだ』
○
さてこれから足繁く通うことになるだろうアフターライフの皆さまにお顔合わせを済ませて、大通りを歩いていると服の襟を引っ掴まれて小さい路地の目立たないトコに拉致られちまった。
「……ここってワトソンだよな? ヘイウッドから出張? 他のギャングとかにドヤされないわけ?」
俺を拉致ったのはヴァレンティーノズの連中だった。前の入りたてで殺り方も心得てないビキナーじゃなくて、大分洗練されたやり口のベテランども。各々バラバラに彫られてる十字架をこれみよがしにチラつかせて、ヴァレンティーノズの権威を示してやがる。
「誰がヘイウッド以外に足を運んではいけないと決めた?我々は檻に閉じ込められたライオンではないからな。それにギャングを束ねる位置にある者の多くは私のようにどこか一つに肩入れはしない。あるのは……そう、バランスを保つことだけだ」
「……ヴァレンティーノズを顎で使ってよく言うわ、おっさん」
「パドレと呼べ。……キングスリーの弟子のルーシーと言ったか。お前には
……ハッ、俺の軽口もなんのそのってか?後ろについてるボディーガードだけが唯一ヴァレンティーノズの構成員じゃない。両腕のクローム……そこらの廉価品とは比べ物にならないくらい、高級なアームだ。適当な弾なら貫きもできずに終わんだろーな。
「穴埋め? なにのさ」
「ここ最近で台頭したフィクサー……名を、ロマンといったか?アレに良いように使われたヴァレンティーノズの構成員を生かさず殺さず、おもしろおかしくのしたそうじゃないか」
「ああ? アイツら元気してる? 今ごろ老朽化の酷いホコリ臭ェ民間病院でくしゃみでもしてる頃か?」
「いいや。使えない人間を使い続けるほど私たちは優しくはない。今ごろは……北太平洋の真ん中あたりをぷかぷか泳いでる頃合いだろう。あるいは……重たくって敵わん機械の義肢に悩まされて奥深くに沈んでいるかもしれないな」
ヴァレンティーノズの礼儀。それは外側にも内側にも適用されるモノだ。よほど致し方ないアクシデントでリスケになるくらいじゃなきゃあ、要はてめーの不始末でしかねぇぞというくらい、ミスは命で償ってもらうのがマナーなんだ。
俺が殺そうが殺さまいが、見切りをつけたパドレによって息の根を止められてた。……っていうのを、十中八九ロマンもわかってて初めの遊び相手をヴァレンティーノズにしやがった。そして、パドレが俺に目をつけることまでも。
「お前は4人を相手取っておきながら、コーヒーを優雅に飲み干すくらいの余裕を持て余して勝ってみせた。実にいいことだ。優秀な傭兵は、報復によって殺すよりももっと良い使い道がある」
「拒否権は?」
「ない。仮に拒否権があったとして、お前を海に沈めてまた4人分頭の弱いヤツらをいつも通りに配置するだけのことだ」
『ケッ、いけ好かねぇジジイ。逃げ道を塞いで首を縦に振らせる……手口がコーポのヤツとまんまじゃねェか』
『ルーシー、どうする? ウザいしやっちゃう!?』
あ゛〜〜……根無し草のグズのままだったなら、このジジイの顔面がヘコむくらい気持ちよく散弾銃をぶちかましてやってるとこなんだけどよォ……。生憎と傭兵っつーのは信用と約束でできてんだわ。
「……仕事の詳細をよォ〜〜、お聞かせ願おうかねェ? クソ神父殿?」
「フッ、立場を弁えているヤツは長生きする。その平衡感覚を維持することだな、ルーシー」
「脅してるやつが言うことじゃねンだよ。さっさとデータ寄越せ」
最新機種に鞍替えしていない暗号処理プロセッサが頭の中で演算し始めた。うげ、やけに複雑化された暗号じゃねぇか。ンな漏洩を怖がるくらいに厳密なデータ、ギャングとの小競り合いとかそういう次元じゃねぇじゃん。こりゃあ、企業相手に中指立てようとしてるレベルの案件だ。
「────オイ、これはどーいう了見だジジイ」
「知ってなにになる。お前はコーポの重役どもの考えに深く感銘を受けるのかね?」
「綺麗事の字面次第では涙を流すかもな?退屈すぎてあくびと一緒に。……この娘を誘拐してどーすんだって聞いてんだよカス」
ご丁寧に作成された依頼概要。ざっくり言えばここ6年でアラサカの後を追うように下火に苦しめられているカンタオ役員の遺児、タリア・ヤンの身柄確保を目的としたものだった。
カンタオは近年、企業競争による他社からの責任追及に対して完璧な隠蔽を取ることができなかった。暴走したカプリに投入された兵隊の用途、銃器提供を担っていた味方だと思っていたミリテクから「我々が開発した銃器の数々は、民間を不安に陥れるため生み出されたものではない」といった裏切りの一言。
タリアには、真に後ろ盾となるものが存在しない。そしてタリアは奇跡的にも人工コンストラクトと混じりあって帰ってこれた類を見ない貴重な実験サンプルである。6年。むしろよくこれまでコーポの連中から手を出されなかったほうだ。
「ハッ……ハハッ……あー、サイコーにクソったれな世の中だぁ……」
「こんな悲劇はナイトシティではごまんとある。だというのに、お前はそれによる恩恵──サイバーウェアや高性能なインプラントに肖っているというのに……一丁前に可哀想などという同情を抱いているのか?未熟、だなルーシー」
なぁカプリ、D。多数決を採ろう。俺たちはクレバーにタリアを差し出して目的のロマンに近付くほうを選ぶか……それとも、ここでさもナイトシティの代弁者かのごとくふんぞり返ってるジジイの鼻の穴に人差し指と中指でフックを立ててやるか……どっちがいい?
『私はタリアに会いたいから最初のほーで! 元っ気かなぁ〜!? ふんふん〜あはは〜!』
『んじゃ、俺ァ最後で。ロマンは従順な傭兵の、どこにでもあるような出世街道をカメラのレンズに収める気なんてハナからねェと見た』
OK、結局は俺の匙次第ってことか。イイね、おもしろい。なぁ、でも思うんだ。二択を突き付けた俺が言うのもアレだけどよ……別に
「────よぉし、イイこと思いついた!」
「腹を決めたか?ならば早速仕事に……
「いやぁ?
アンタのそのプランに握手する気はないね!」
…………なんだと?」
「もっとイイことしようぜ、なあパドレ。俺たちはストリートらしく、コーポの言いなりになんかならなくていいんだ!金だけ掻っ攫って、お姫様もこっちのモン……そーいうシナリオにしちまうんだよ!!オイ、耳遠くて聞こえねーか!?ジジイ!!」