Romancing SaGa 2: Revenge of the Seven   作:そらひかる

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祝賀会と子猫

幾重にも連なる水晶のシャンデリアが、黄金色の魔術灯の光を反射して眩いばかりに煌めいていた。

 バレンヌ帝国の首都アバロン。その中心にそびえ立つ白亜の王宮の大広間は、今夜、かつてないほどの熱気と歓喜の渦に包まれている。

 長きにわたり南バレンヌへの航路を封鎖し、帝国を脅かし続けていた難攻不落の要衝、運河要塞。その支配者であった強敵ヴァイカーたちを討ち破り、ついに要塞を陥落させた第2代皇帝ジェラールの凱旋を祝う、盛大な戦勝祝賀会が開かれていたのだ。

 広間に設えられた長大なテーブルには、香ばしく焼き上げられた仔牛のローストや、南方の海から届いたばかりの新鮮な魚介、そして芳醇な香りを漂わせる琥珀色の葡萄酒が所狭しと並べられている。

 楽師たちが奏でる軽快な弦楽器の調べと、着飾った貴族や騎士たちの高らかな笑い声が、高い天井に幾重にも反響していた。

 その華やかな喧騒の中心から少し離れた壇上の席で、バレンヌ帝国皇帝ジェラールは、金糸の刺繍が施された濃紺の皇族用礼装に身を包み、静かに銀のグラスを傾けていた。

 シャンデリアの光を受け、彼の気品あふれるブロンドの髪が柔らかく輝き、端正な顔立ちに宿る澄んだ碧眼が穏やかに細められる。

 かつては偉大な父皇帝レオンや武勇に優れた兄ヴィクトールの陰に隠れ、白地に金の縁取りが施された柔らかいチュニック姿から「パジャマ皇子」などと陰口を叩かれていた気弱な青年は、もうそこにはいなかった。

 七英雄クジンシーの襲撃によって兄を失い、そしてソーモンから帰還した父レオンから帝国秘伝の「伝承法」によって歴代の記憶と技術、さらには皇帝としての重い宿命を受け継いだあの日から、ジェラールは生まれ変わったのだ。

 父と兄の仇であるクジンシーとの死闘を剣技の「パリイ」と大剣の「流し斬り」で制し、ゴブリンの襲撃を退け、ついには運河要塞をも攻略した若き英雄皇帝。引き締まったその体躯からは、誰もが自然と頭を垂れるような凛とした威厳が滲み出ていた。

 

「陛下、これほど見事な勝利はバレンヌの歴史においても類を見ません。南への航路が開かれたことで、アバロンの交易は今後ますます発展していくことでしょう。亡きレオン先帝陛下やヴィクトール皇子も、天上でさぞ誇らしく思われているはずです」

 

 グラスを手にしたまま壇上へと歩み寄ってきたのは、重装歩兵のベアだった。

 どんな時でも生真面目で礼節を重んじる親衛隊長格の彼は、祝宴の場でありながらも背筋をピンと伸ばし、我が事のように胸を張っている。

 その隣からは、軽装歩兵のジェイムズが豪快に笑いながら肩を並べてきた。

 

「まったく、ベアの言う通りですよ、陛下。かつてお城の片隅で静かに本を読んでおられた第2皇子殿下が、今や黄金の鎧を纏って戦場の先頭に立ち、陣形インペリアルクロスの要として俺たちを導いてくださるんですから。城の兵士たちも街の娘たちも、みんな陛下の武勇伝で持ちきりですぜ」

 

「よせよ、ジェイムズ。私が前を向いて剣を振るえるのは、お前たち親衛隊が常に背中と両翼を守ってくれているからだ。私ひとりの力では、ソーモンの館も運河要塞も突破することはできなかったよ」

 ジェラールは苦笑を浮かべ、本来の心優しい青年の素顔を覗かせながら二人を労った。

 そこへ、普段の狩猟装束から窮屈そうな礼装に着替えた猟兵のテレーズと、知性的な微笑みを浮かべた宮廷魔術師のエメラルドも歩み寄ってくる。

 テレーズは首元の襟を引っ張りながら、うんざりしたように大きなため息をついた。

 

「それにしても、こういう堅苦しい宴会は本当に骨が折れますね、陛下。お貴族様たちのお世辞を聞いているくらいなら、弓を持って城外の森でモンスターを追いかけていた方がよほど気が楽ですよ」

 

「こら、テレーズ。陛下の御前でなんという口の利き方をするのだ。今夜は帝国の歴史に残る祝賀の席だぞ」 

 

「まあまあ、ベア。テレーズの気持ちも分かりますわ。……それに、この華やかな宴の席に少しばかり退屈していらっしゃるのは、テレーズだけではないようですものね?」

 

 エメラルドが艶やかな唇の端をわずかに上げ、意味ありげな視線をジェラールへと向けた。

 ジェラールに火術の「ファイアーボール」や「セルフバーニング」の基礎を授けた彼女は、誰よりも鋭い観察眼を持っている。

 図星を突かれたジェラールがわずかに言葉を詰まらせると、エメラルドは周囲の貴族たちに聞こえないよう、扇子で口元を隠しながら声を潜めて続けた。

 

「先ほどから、陛下の視線が何度も広間の入り口や窓の外へと向いておりますわ。……お探しですのね? 今回の運河要塞攻略における、影の最大の功労者であるあのお方を」

 

「……エメラルドには何でもお見通しだな」

 

 ジェラールは観念したように小さく息を吐き、グラスの中で揺れる赤い葡萄酒へと視線を落とした。

 

 周囲の歓声が遠ざかる中、彼の脳裏には、あるひとりの少女との鮮烈な記憶が鮮明に蘇ってくる。

 

 ――ある夜、自室のベッドで休もうとした際に耳にした、アバロンの街を騒がせる泥棒の噂。

 

 ――城下町のよろず屋の暖炉から屋根を経由し、自室へと侵入してきた金髪の少女との思いがけない遭遇。

 

 ――そして、墓場の下のシーフギルドで交わした約束と、運河要塞での共闘の日々。

 外ハネした鮮やかな金髪のショートヘアに、頭の上でピンと立った大きなオレンジ色のリボン。

 自らを「アバロンのダークエンジェル」と名乗った17歳のシティシーフ、キャット。

 あの日、屋根伝いに忍び込んできた彼女は、自室にいたジェラールと鉢合わせるなり、エメラルドグリーンの大きな瞳を丸く見開いてこう叫んだのだ。

 

『…皇帝!? どうしてこんなところに!?』

 

 普通ならば即座に衛兵を呼んで捕らえるところだが、ジェラールは驚きに固まる彼女を処罰せず、「もう泥棒はするなよ」と優しく諭して見逃した。

 すると彼女は、窓枠に両手をかけて赤いカーテン越しに振り返り、「バイバイ。」と悪戯っぽく笑って夜の闇へと飛び降り、逃走していったのだ。

 その直後、モンスターに絡まれて悲鳴を上げた彼女を見捨てることができず、「仕方がない、助けよう」と剣を抜いて救い出したことで、二人の不思議な縁が始まった。

 その後、運河要塞の攻略に頭を悩ませていたジェラールは、街の酒場の親父や墓場の老人から裏社会の話を聞き出し、墓場の下に広がるシーフギルドのアジトへと足を運んだ。

 地下のアジトで再会したキャットは「うふふ、来てくれたのね。うれしいわ!」と笑顔で迎え入れてくれ、ジェラールたちが地下水路に巣食うモンスターを退治して協力すると、彼女は片目を閉じて愛らしくウインクをしながら「運河要塞で待ってるわ。」と約束してくれたのだ。

 

「要塞の突入直前、彼女は隣の小屋から私を手招きして、『運河要塞の秘密をさぐっておいたわ。私についてきて』と道を開いてくれた。そして最後に『ご無事で』と声をかけてくれたんだ。だが、ヴァイカーを討ち取って表へ出た時には、もう彼女の姿はどこにもなかった。城へ招いて褒美を渡すどころか、正式な礼すらまだ伝えられていないというのに……」

 

 ジェラールが寂しげに呟くと、生真面目なベアが腕を組んで唸るように言った。

 

「ふん、しょせんは街の地下に巣食うシティシーフの娘です。我ら帝国軍の表舞台に立つことを嫌って、元のねぐらへ戻ったのでしょう。地下水路の魔物を討伐してやったのですから、貸し借りはすでに終わっております。陛下がそこまでお心にかけられる必要はございません」

 

「そう堅いことを言うなよ、ベア。よろず屋の煙突から屋根伝いに城へ忍び込むような度胸のある小娘だ、並の物差しじゃ測れねえさ。あの子が要塞の抜け道を見つけてくれなけりゃ、俺たちは今頃まだ運河の前で立ち往生して、要塞からの矢の雨を浴びてたかもしれないんだぜ。俺もひと言礼を言っておきたかったくらいさ」

 

「ええ、本当に。地下水路の魔物を退治した時にも思いましたけど、あの子の素早い身のこなしと度胸、同じ女として私もすっかり気に入っちゃいましたよ。今度見かけたら、城の訓練場でぜひ手合わせ願いたいくらいです」

 

 ジェイムズとテレーズが楽しそうに笑い合う。

 

 仲間たちの言葉を聞きながら、ジェラールは胸の奥に広がる奇妙な疼きを感じていた。

 

 伝承法によって父レオンの記憶を受け継いで以来、城の誰も彼もが、ジェラールの中に「偉大な先帝の面影」と「完璧な皇帝の姿」を見るようになった。父ならどう決断するか、兄ならどう剣を振るうか。その重圧と孤独が、時にジェラールの呼吸を浅くさせる。

 

 だが、あのキャットという少女だけは違った。

 

 彼女は部屋に侵入して遭遇した時から皇帝の権威など少しも恐れず、ジェラールの目を見て「お人好しね、皇帝さん」と対等に笑いかけてきた。彼女と接している時だけ、自分は伝承法の器ではなく、ただのジェラールというひとりの青年に戻れるような気がしたのだ。

 

「……少し、夜風に当たってくる。祝賀会の続きは、お前たちで楽しんでいてくれ」

 

「あ、陛下……! 護衛にお供いたします!」

 

「いや、城の中だ、心配はいらない。少しひとりになりたいんだ、ベア」

 

 慌てて追おうとするベアを手で制し、ジェラールはグラスをテーブルに置くと、喧騒に満ちた大広間から静かに歩み去っていった。

 

 

 

………。

 

……。

 

…。

 

 

 

 同じ頃。

 

 華やかな祝祭の音楽が鳴り響くアバロンの大通りの遥か真下、墓場の地下から続く湿った石畳と水路が入り組む「シーフギルド」のアジトでは、まったく別の空気が流れていた。

 石造りの円柱や木樽が並ぶアジトの一角で、キャットは愛用の小剣を柔らかい布で丹念に磨き上げていた。

 外ハネした鮮やかな金髪のショートヘアに、頭頂部でぴょこんと跳ねたアホ毛、そして頭の上でピンと立った白いクロス模様入りの大きなオレンジ色のリボン。

 左耳では赤い小花のイヤリングが揺れ、首元には黒いリボンチョーカーと、緑色の四つ葉のクローバー型ブローチで留めた赤とピンクの縞模様のマフラーが巻かれている。

 胸元が大きく開いた濃紺のビスチェの上に白と金のショートベストを重ね、金の刺繍が入った白い付け袖と濃紺のショートパンツを纏ったその姿は、17歳らしい豊かなプロポーションと抜群の敏捷性を兼ね備えていた。

 

「おいおい、キャット。こんな湿っぽい地下室で短剣の手入れなんて、らしくないんじゃねえか? 今夜、運河要塞の陥落祝いで大騒ぎだぜ。酒場の親父も樽を開けっ放しにしてるし、浮かれた貴族連中の懐から財布を拝むには絶好の夜だってのによ」

 

 背後から気だるげな声をかけてきたのは、ギルドの兄貴分であり相棒でもあるシティシーフの青年、スパローだった。

 彼は石柱に背中を預け、腕を組んでキャットの横顔をニヤニヤと眺めている。

 キャットは小剣の刃から視線を上げることなく、ぷいっと唇を尖らせた。

 

「うるさいわね、スパロー。私は強欲な悪徳商人や鼻持ちならない貴族からしか盗まない主義なの。街のみんなが平和を祝って喜んでる夜に、水を差すようなスリなんて粋じゃないでしょ」

 

「へえ、ずいぶんと殊勝な心がけじゃねえか。……だがよ、その平和な夜を持ってきた一番の立役者は、ほかでもないお前だろ? 『運河要塞で待ってるわ。』なんて格好つけて飛び出していって、見事に要塞の隠し通路を突き止めてあの金ピカ鎧の皇帝陛下を手引きしてやったんだからな。本来なら今頃、お城のど真ん中で山ほどの金貨を褒美にもらって、特等席でごちそうを頬張っててもおかしくないはずだぜ」

 

「な、なに言ってるのよ! 私がそんなものに釣られるわけないじゃない!」

 

 キャットは顔を赤くして立ち上がると、磨いていた小剣を腰の鞘へと素早く収めた。

 右手の人差し指にはめた黒い指輪と手首のブレスレットを鳴らしながら両手を腰に当て、澄んだエメラルドグリーンの大きな瞳でスパローを睨みつける。

 

「私はただ、あのお人好しな皇帝さんへの借りを返しただけよ! 最初によろず屋の暖炉から屋根を伝ってお城の部屋へ忍び込んだ時、鉢合わせたあの人は私を捕まえるどころか『もう泥棒はするなよ』って見逃して、モンスターから助けてくれた。そのあと、酒場の親父や墓場の爺さんから話を聞いてこのギルドまで本当に訪ねてきて、地下水路の厄介なモンスターまで退治してくれたじゃない! 借りは返す主義、それがアバロンのダークエンジェルの流儀なんだから。要塞の案内を終えた時点で、あの皇帝さんとの貸し借りはきっちりチャラになったのよ!」

 

「ふうん? 口ではずいぶん威勢のいいことを言うが、要塞から戻ってきてから、さっきまで何度も天井を見上げてはため息をついてたのはどこのどいつだっけなぁ?」

 

「なっ……! た、ため息なんてついてないわよ! 地下水路の空気がちょっと湿っぽいなって思っただけ!」

 

「はいはい、そういうことにしておいてやるよ。だがな、キャット。自分の気持ちにまで嘘をつくのは、三流の盗賊のやることだぜ。運河要塞の攻略に協力して仲間になったってのに、挨拶もなしに飛び出してきちまって……本当は、あのジェラールって皇帝が傷ひとつなく戻って、元気にやってるかどうか、ひと目確かめてきたいんだろ?」

 

 スパローの核心を突いた言葉に、キャットはぐっと言葉に詰まった。

 強がってはみたものの、相棒の言う通りだった。運河要塞の小屋で「私についてきて」と先導し、突入直前に黄金の鎧に身を包んだジェラールへ「ご無事で」とだけ言い残してその場を離れたあの日から、胸の奥がずっとソワソワと落ち着かないのだ。

 お城の部屋で遭遇し、「…皇帝!? どうしてこんなところに!?」と焦った自分を、ジェラールは「アバロンのダニ」と呼びかけて口ごもり、「いや、シティシーフだな?」と言い直した。

 窓から「バイバイ。」と逃げた自分を心配して剣を抜き、さらにはわざわざ墓場の下のアジトまで足を運んで地下水路の魔物を一掃してくれた、あきれるほど真っ直ぐでお人好しな皇帝。

 もし要塞の激しい戦いで無理をして怪我でもしていたらどうしよう。あるいは、皇帝としての重たい責務に押し潰されて、あの澄んだ青い瞳を曇らせてはいないだろうか。そんな柄でもない心配が、頭から離れてくれないのだ。

 

「……べ、別に、あんたに言われたからじゃないわよ! ただちょっと、外の夜風に当たりたくなっただけ! それに、お城の警備が祝賀会でどれだけたるんでるか、よろず屋の屋根からもう一回忍び込んで抜き打ち検査をしてあげるだけなんだから!」

 

「ははっ、素直じゃねえなぁ。ま、せいぜい今度こそ衛兵に捕まって牢屋にぶち込まれないように気をつけな、お姫様」

 

「誰がお姫様よ! 私がそばにいるときはお財布に気を付けてくださいねって、あの皇帝さんに直接言ってきてやるわ!」

 

 悪戯っぽく笑ってウインクしてみせると、キャットはくるりと踵を返し、背中の赤いマフラーの端を揺らしながら地上へと続く梯子へ向かって軽やかに駆け出した。

 

 

………。

……。

…。

 

 

 外に出ると、ひんやりとした心地よい夜風が火照った頬を撫でていく。

 静まり返った夜の墓場の隠し扉から地上へと滑り出たキャットは、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 風が鮮やかな金髪のショートヘアと、頭の上の大きなオレンジ色のリボンを優しく揺らしていく。大通りからは祝祭の賑やかな音楽と人々の歓声が届き、夜空には満天の星と、銀貨のように輝く大きな月が浮かんでいた。

 キャットは建物の影から影へと、まるで本物の猫のように足音を完全に消して駆けていく。目指すのは、以前にも城への侵入ルートとして使った「よろず屋」だ。

 営業を終えて火の消えたよろず屋の暖炉から煙突を伝い、スルスルと屋根の上へと躍り出る。シティシーフ特有の【抜け目ない】観察眼で、祝賀会に浮かれた街の衛兵たちの巡回ルートを瞬時に見極めると、連なる民家の屋根瓦の上を軽快に走り抜けていった。

 よろず屋の屋根から時計塔の脇を抜け、アバロン城の外堀に面した大屋根へと差し掛かった、その時だった。

 

「あいつ……イヤーな予感!」

 

 キャットはぴたりと足を止め、月明かりの届かない屋根の棟飾りの陰へと鋭い視線を向けた。

 そこには、祝祭の騒ぎと警備の隙に紛れて空から舞い降りてきたと思しき、二体の小型の悪魔系モンスター、インプが潜んでいたのだ。城壁の近くをうろつき、あわよくば城下町の住民や城内へ奇襲を仕掛けようと、邪悪な赤い目を光らせている。

 

「まったく、せっかくのお祝いの夜に無粋な連中ね。地下水路の魔物の次は屋根の上の悪魔ってわけ? ……いいわよ。遊んであげる! さっさと終わらせましょ!」

 

 キャットは腰の鞘から銀色に輝く小剣を抜き放つと、傾斜のある屋根の上を疾風のように駆け出した。

 

 気配を察知したインプの一体が、けたたましい奇声を上げながら鋭い鉤爪を振りかざして飛びかかってくる。しかし、キャットのスピードと身のこなしはその遥か上を行っていた。

 

「当たらないよっ!」

 

 闘牛士のように敵の突進を紙一重でひらりとかわし、すれ違いざまに背後から小剣の切っ先を正確に叩き込むカウンター技【マタドール】が炸裂する。

 夜の闇に鮮やかな赤い火花が散り、背後を突かれたインプが悲鳴を上げて屋根瓦の上に転がった。

 すかさずもう一体のインプが闇の魔力を帯びた牙を剥いて死角から襲いかかるが、キャットは小剣を逆手に持ち替えると、猫のようにしなやかな跳躍から体術【ネコだまし】で相手の顔面を驚かせて動きを止め、流れるような巧みな足さばきから小剣技【フェイント】を繰り出して完全に体勢を崩させた。

 

「さ・て・と♪ これで決める! とおりゃーー!」

 

 スタンして無防備になったインプの懐へ一気に踏み込み、摩擦と魔力の火花を刃に纏わせた【感電衝】を急所へと鋭く突き刺す。

 バチバチと青白い電撃が弾け飛び、さらに追い討ちとばかりに、華麗な回転から繰り出す鋭い後ろ回し蹴り【ソバット】と、逆立ちするようなアクロバティックな体勢からの連続回転蹴り【カポエラキック】を続けざまに叩き込んだ。

 凄まじい風切り音と共に蹴り飛ばされた二体のインプは、瓦を砕く暇もなく宙を舞い、ひとたまりもなく光の粒子となって夜の闇へと霧散していく。

 キャットは消えゆく魔物の残滓の中から、アビリティ【スティール】の華麗な手さばきで小さな魔石をちゃっかりかすめ取ると、それを腰のポーチに放り込んで満足げに息をついた。

 

「いっちょあがり! ふふん、アバロンのダークエンジェルをなめないでよね!」

 

 小剣の刃を月明かりにかざして汚れがないことを確認し、鞘へと戻す。ちょっとした運動で身体が温まったおかげで、さっきまでの迷いはすっかり吹き飛んでいた。

 キャットが顔を上げると、屋根伝いのルートのすぐ先に、月光を浴びて白く輝くアバロン城の本丸と、幾つもの尖塔がそびえ立っていた。城の下層からは、今も戦勝祝賀会の賑やかな明かりが漏れている。

 

「さあて、あの皇帝さん、今頃どんな顔してお貴族様たちに囲まれてるのかしらね。……あの夜みたいに自室の近くまで忍び込んで、ほんのちょっとだけ顔を見て、元気そうならすぐに帰るんだから!」

 

 自分に言い聞かせるように小さく呟くと、キャットは助走をつけてよろず屋側から続く屋根の端を蹴り、アバロン城の城壁へと大きく跳躍した。

 

 

………。

……。

…。

 

 

 かつて侵入した時と同じように、城壁の装飾や窓枠のわずかな段差を足場に、キャットは人間離れした敏捷性で白亜の壁面と屋根をスルスルと渡っていく。

 厳重に配置された衛兵たちの視界の死角を完璧に突き、わずか数分のうちに、彼女はジェラールの自室がある城の上層エリアの屋根へと辿り着いていた。

 地上から吹き上げてくる夜風が、城の屋根の上ではいっそう強く、そして澄み渡っていた。

 眼下には、宝石箱をひっくり返したように無数の灯りが煌めくアバロンの街並みと、よろず屋の煙突、そしてその先に続く運河と遠く輝く南の海までが一望できる。

 キャットは屋根の棟飾りに手を添え、ジェラールの私室へと続くテラスのすぐ上の屋根へと音もなく降り立った。

 しかし、そこでキャットのエメラルドグリーンの瞳が、驚きに丸く見開かれることになる。

 祝賀会に出席していて誰もいないはずの上層のバルコニーに、月明かりを浴びて輝く黄金色の髪を揺らしながら、ひとりで手すりに身を預けて夜空を見上げている青年の背中があったからだ。

 

「…皇帝!? どうしてこんなところに!?」

 

 かつて自室で鉢合わせたあの日とまったく同じ言葉をキャットが思わず口にしたのと、夜風の中でふいに振り返ったジェラールの澄んだ碧眼が、屋根の上でオレンジ色のリボンを揺らす小さな影を捉えたのは、まったくの同時だった。

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