異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
二階には、長い廊下を挟んで八つの部屋がある。四人がかりで角部屋の隣に寝室を設えたあと、篠原がアキラを廊下の隅に連れ出す。
「おれとナリが出てたあいだ、小林、どんな様子だった?」
「かなり追い詰められてる感じがした」
「そっか。おまえは?」
「かなり追い詰められてる感じがする」
「軽口叩けるなら上等だ」
「軽口じゃないんだけどね」
「でもまだ余裕がある、と信じたい」
「ぼくもそう信じたい」
「なんであれ、あとで小林と話してみる。何ができるってわけでもねえけど、少しは気分がマシになるだろ。ただあいつ、おれに対して距離があるからな。素人カウンセラーはお呼びじゃねえかも。おまえもそれとなく見といてくれ」
「了解、隊長。で、そう言うおまえはどうなの? メンタル的に」
「〝朝起きたらぜんぶ夢でした〟ってオチを心の底の底から、期待してる」
「望み薄じゃない? 昼寝したとき、夢オチにならなかったんだし」
「昼寝は数に入れないことにした」
「シノも重症じゃん」
アキラは蝋燭に照らし出されている廊下を見回す。「えらく簡素っていうか、手作り感アリアリだね、この家」
「ほかの家に比べたらタージマハルに等しいぜ、こんなでも。村長かなんかの家なのかもな。じゃ、見張りに行ってくる。ゆっくり休めよ」
篠原が角部屋のほうへ歩き出す。ふと足を止めて、肩越しにアキラを見、指を一本立てる。
「そうだ、一個修正」
「何を?」
「この世界の文明度。この集落が、時代に逆行して生きる過激なヒッピーもどきのコミューンじゃないのなら、近代に達してないくさい。良くて産業革命の夜明け前か、ルネサンス後期。悪くて暗黒時代を抜けたぐらいの、狭義の意味での中世」
「てことは……ごめん、西暦で言うと?」
「一二世紀から一八世紀初頭。中世の最盛期の始まりを一一世紀と見る向きもある」
アキラは日本史に置き換えてみる。平安時代後期から江戸時代末期――いずれにせよ、大昔だ。ヤワな現代っ子の自分には、生きていける気がしない。
「根拠は?」と正午と同じ質問をする。
「この辺りの住居はどれも、台所が土間になっていて、ドーム状のかまどを使ってる。納屋の中にあった農具らしき代物はほぼ例外なく木製。そして窓ガラスが一枚もない。風呂場がない。水道がない。農具の刃、かまどの中の鍋を吊るす棒、床とこのキャンドルホルダーの釘を除くと――鍋やなんかは持って行ったんだろうが――鉄製品が見当たらない。残されていた僅かな食器は木の皿と木のコップと木のスプーン。残されていた僅かな服は『ドン・ジョバンニ』のエキストラの衣装みてえなぼろ」
「どんな服、それ?」
「ちょっと待ってろ」
篠原が手近な一室に入り、数着の衣類を腕に抱えて出てくる。手渡された一着の服をアキラは大きく広げる。ごわごわの生地の長袖Tシャツに見える。薄暗くてよくわからないが、両脇の下に汗が変色したとおぼしい黒い染みがある。
「この服も手作り感が凄いな。やけにぶかぶかだし」
「工場から出荷された大量生産品じゃないのは確かだよ」篠原が簡素なワンピースを両手で掲げる。「これなんか貧しい村娘の普段着に見えないか?」
「見える。じゃあ、住人は人間で決まり?」
「誰にわかる? 人型のトカゲやバッタかもしれない」
「ぞっとしないな、それ」
篠原がワンピースを先の部屋に放り込む。
「なんにしろ、今の年代仮説は話半分で聞いといてくれ。おれは特別歴史に明るいわけじゃねえし、建築や生活様式も詳しくねえし、そもそもここは地球じゃねえし、判断材料も足りてねえから。要は、雑学レベルの知識に基づく印象。なんなら、この集落が地球で言う二〇世紀中葉の、ろくにインフラの整備されていない第三世界の寒村って可能性も充分にある」
「もし一二世紀でも、ジュラ紀よりはマシか」
「そうとも。〝コップは半分いっぱい〟だ。特にこういうクソな状況じゃな。でないとあっという間に身も心も擦り切れちまう」
アキラは肩をすくめる。ぼくは昔から〝コップは半分いっぱい〟タイプだけれど、この世界に来てからというもの、〝コップは半分空で、しかも小便が注いである〟との物の見方に傾きつつある。
そういえば、おしっこがしたい。
「この家、トイレある?」
篠原が角部屋へ向かいながら答える。
「裏の掘っ立て小屋。落ちるなよ」
「どこに?」
「文字どおりの穴に。マジおぞましいから覚悟しとけ」
窓から見える夜空は素敵だ。
都内ではまずお目にかかれないほどたくさんの星屑、無数の白い光点に交じる宝石のような赤や青や緑、天の川を思わせるやや明るい帯。そして、低くかかった輪っか付きの月。 南に面した窓辺で、アキラはたびたび見張りの役目を忘れそうになる。陥っている状況は何もかも気に入らないが、この世界の夜空だけは、好きになれそうだ。アキラは水を一口飲むと、西側の窓辺の椅子に陣取っている成田の背中を窺う。マットレスもシーツもない、DIY精神溢れるがたぴしのベッドで床に着いたときから、成田は妙に静かだった。見張りを交代したときも篠原の小言を素直に頂戴して、減らず口で応じなかった。今も、まるで舌を抜かれたかのように大人しくしている。五分と黙っていられないやつがこうも静かだと、不気味だ。
アキラは隣室で休んでいる篠原と小林を慮って、小声で話しかける。
「ナリ、何か気になってんの?」
「ん? なんで?」
「寝る前からずっと何か考え事してるだろ?」
「ま、ね。そりゃいろいろ考えますよ」
「例えば?」
「例えば、おれたちが異世界で生きていく方法。ていうか、専らそれ」
「コンビニのバイトは募集してなさそうだね」
「おいおい、雨宮氏。もうちょい前向きに行こうぜ」
「じゃ、前向きになれる話をしてよ。前向きな話に飢えてるんだ」
隣からぎーぎーと床板の軋む音がする。見ると、成田が両足を窓枠に載せて、椅子の二本の脚だけで危なっかしくバランスを取っている。
「こけるなよ」
「こけねえよ。さぁて」といささか芝居がかった声を出す。「転移系のテンプレでいくと、異世界でやっていく方法は大別して三つある。冒険者、スケールのデカい成り上がり、スケールの小さい成り上がり。冒険者は言わずもがなだから飛ばして――」
「ナリ、冒険者って聞いてぼくがイメージしたのは南極探検隊」
「おっと、そうでした。全然知らないんだったな。簡単に言うと、冒険者ギルドっていう何でも屋みたいなとこに登録して、仕事をもらって、報酬をもらう」
「どんな仕事?」
「主に薬草採取とモンスター討伐。モンスターの討伐は、モンハンみたいなもんって考えれば、だいたい合ってる」
「モンハンって、なんか恐竜と戦うやつだっけ?」
「モンハンも知らねえの? まあいいや。とにかく、冒険者はゴブリン、オーク、ドラゴンなんかを倒してカネをもらう仕事」
「ドラゴン? その生き方はちょっとハード過ぎる気がする」
「完全に同意。実際の話、今のおれらにはムリゲー。でもだ、もしこの世界にモンスターがいて、冒険者ギルドがあって、おれらがなんらかのきっかけでチート能力に目覚めたら、冒険者やるのが案パイ。てか、手っ取り早い。何より、理想的」
「理想的ってどこが?」
「手に汗握る冒険こそファンタジーの醍醐味ってもんでしょうが」
「命の危険がなければ楽しいのかもね」
「そこはチート能力次第だな。おれなら魔法の才能を選ぶ。才能だけで付加要素なし。初っ端からステータスがアホみたいに高くて無敵とか、ゼッテーつまらん。やっぱ成長していく楽しみがないと。次点で、獲得経験値数倍か、倒したモンスターのスキル吸収。唯一無二のレアスキル発現も捨てがたいな。ほかにもさ――」
次話は本日18時05分に投下いたします。