異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
格好のハイキング日和だ。
日中の気温は高いが、空気は乾燥し、北から吹き寄せる風は涼しく、汗をかく一歩手前に留まっている。丘陵地帯のアップダウンが心地良いと思える範囲に収まっていたら、完璧なハイキングになっていただろう。
きつ過ぎる上り坂と下り坂にアキラはげっそりする。川沿いの歩行を不可能にしている切り立った斜面や深い草むらを横目で見下ろし、胸の中で毒づいてから、丘の比較的緩い斜面に設けられている未舗装路に目を戻し、また毒づく。篠原の言ったとおり、体力が落ちている。昨日、歩き慣れていない距離を歩いたせいで、足腰に筋肉痛まで出ている。しかもこのくそ忌々しい上りと下りの連続。二、三〇キロどころか、二、三キロで脱落しそうだ。
「足の裏がめっちゃ痛くてヤバイ」隣を行く成田がこぼす。
「ふくらはぎがずきずきしてヤバイ」アキラもこぼす。「あいつら腹立つほど元気だな」
やや先行している篠原と小林は、坂道を悠々とのぼっている。篠原が時おり振り返っては、重い足取りの二人の様子を確認している。
「今すぐ温泉でゆっくり体を伸ばせるなら、仔犬くらい軽く殺せるな。今ならやれる」
「やるな。代わりに仔猫を殺そう」
「愛猫家のおれになんつーこと言うんだ」
「愛犬家のぼくの前でワンちゃんの計画殺害を口にするからだよ」
成田が息を切らしながらにやりとする。「じゃ、こういうのはどうです、雨宮氏? お目めくりくりの仔犬の命か、クリームチーズを塗ったベーグルか」
「ベーグルを具だくさんの稲荷寿司に変えたら、ジレンマが成立するね」
「フツーの稲荷はダメなん? スーパーとかで売ってるやつ」
「甘ったるい油揚げに酢飯を詰めただけのゴミをぼくは稲荷寿司とは認めない」
「舌が肥えてらっしゃる」
「いつの日かぜひ再現してよ、成田シェフ」
「カレーのあとにやりましょう」
「カレーなんかどうでもいい。稲荷優先で」
「この非国民が。日本が世界に誇るカレーを、どうでもいいだと?」
「インドの人が聞いたらなんて言うか」
「〝あいつらが食ってるのは本物のカレーじゃない〟って言うんじゃね?」
アキラは拳を振り上げる。「〝女神カーリーよ、我らのカレーを気ままに改造する罪深き島国に死の嵐を! 殺せ、殺せ、殺せ!〟に一票」
「インド人を馬鹿にし過ぎだ。二一世紀だぞ。ムハトマ・ガンジーⅦ号とか名づけた核ミサイルの照準を日本に合わせる、に一票」
「その発言をネットの海に放流しよう。インドで人気者になれるよ」
「もしくは――お、体力自慢のあいつらも遂にバテた?」
バテてはいない。丘の頂上で体力自慢の二人は姿勢を低くし、稜線の向こう側を覗いている。南西のほうを見ているようだ。アキラと成田もつられてそっちを見るも、頂上手前の斜面は生憎、雑木林と隣の丘に視界を遮られている。篠原が肩越しに振り向き、手招きする。
「雨宮、こっちに来て見てみろ。頭を突き出すなよ」
アキラは言われたとおりにする。
最初に安堵を覚える。起伏がなだらかになり、概ねフラットな大草原が広がっているからだ。丘の下では、これまで辿ってきた小川が、草原を横断する別の川と合流し、そのY字の合流地点で木造の橋が架け渡され、土手道を繋いでいる。どうやらあちらが本道で、この未舗装路は枝道らしい。
本道/土手道に沿って視線を南西のほうへ向けたとたん、アキラの安堵が緊張に転じる。麦か何かの青々とした畑が広がっているせいだ。午後の光を浴びて鋭い影を落とすいつくもの風車と水車や、広い柵囲いや、家屋と納屋がぽつぽつとある。穀倉地帯。もうハイキングをしなくてもいいことを喜ぶべきなのか、思いのほか早く人里に出たことを憂うべきなのか……。まだ最初の休憩すら取っていないのに。
「さっきの集落よりぜんぜん大きいね」アキラは平坦な声で言う。
「住民は?」篠原が尋ねる。
「いない……と思うけど、広すぎるし、遠すぎる」
「実際の話、どれくらいの距離まで正確に見分けられる?」
「人なら一・五キロかそこら。細かい特徴はわかんなくても、輪郭がはっきり見える。あそこで村人総出の決起集会でもやってたら、五キロくらい離れててもわかるかも。バーベキュー大会ならもっといいね。風に運ばれてくる匂いが視覚を補助してくれる」
「見境のない軽口は――」と篠原が柔らかい声で言う。「ブラックユーモアと同じで、防衛機制の側面があるんだと。怖いのか?」
「ぶっちゃけ、吐きそうなくらい怖い」
「おれもぶっちゃけ、怖いよ。北はなんもなさそうだな」
北は青く霞む山脈と、大河と、草原があるばかり。
「うん、近くに町はないっぽい」とアキラ。
やや後ろから成田の声。「あそこもゴーストタウンかもよ。この辺で本当に何か悪いことが起きてんのなら」
「あ、そうかも」アキラは指さす。「ほら、あの柵で囲われてる牧場みたいな場所。動物が一匹もいない。さっきの集落と同じで」
「はっきりそうとわかるまで油断するなよ」と篠原。「雨宮、手頃な家はあるか? おれたちが近づくのに良さそうなやつ」
丈高い草むらに身を隠しがら、アキラは心持ち首を伸ばし、次いで中腰になる。これが『SNAFU』のマップならどう動くか、という視点で地形を眺め渡す。
「隣の丘……の近くに家が二軒ある。丘のこっち側から行けるところまで行って……あとは林と畑の中を通れば、誰にも見られずに近づけると思う」
「よし。それでいこう。隠れながらぎりぎりまで近づいて、観察する。できそうなら中を確認する。昨日と同じ要領だ」
「その前に地図描く時間くれない?」
「ちょうどいいし、二〇分ほど休憩にしようぜ」
その二軒は閉め切った状態にあり、敷地内は墓場のようにひっそりとしている。勝手口が表の小道から死角になっているため、日が高くとも、誰かに見咎められる気遣いはなさそうだ。先日と同様に篠原と成田が調べに出かけ、先日と同様の結果を持ち帰る。
篠原が眉根を曇らせながら待機組に報告する。
「さっきの集落と瓜二つ。二軒とも家具と小物と服が少し残ってるだけで、誰もいない。埃は溜まってねえし、この畑も長いあいだ放置されてる風には見えない。良いサインじゃねえな」
「ゼッテーなんか起きてる」成田がいつになく真面目な顔で言う。「でもさ、ほかの家には誰かいるかも」
「雨宮、来てくれ」と篠原。「二階の窓から近づくのに良さそうな家を見繕ってほしい」
三軒めの家、風車小屋、四軒め、五軒め、共用らしき倉庫群、水車小屋、六軒めの家……と西進しながら確認を進めるうちに、穀倉地帯は――少なくとも川のこちら岸は――無人と判明する。対岸にしても、住民が残っている様子は見られない。石造りの橋脚に支えられた木造の橋に差し掛かるも、渡っている最中は無防備になるため、大事を取って素通りする。
「もう一枚くれ」
五軒めの地下食料庫で見つけた干し肉を、成田が小林に差し出す。「これめっちゃ美味いよな。なんの肉か知らんけど」
「おまえらそのへんにしとけ」と篠原。「食い過ぎだ」
「やせ我慢してないでシノっちも食わない?」
「夜まで待っておまえらが白目を剥いたり泡を吹いたりしていなければ、食うよ」
篠原がお得意のせりふで応じ、太さ一センチほどの枝を口にくわえる。アキラは最初、口寂しいのを誤魔化すためなんだろうと思うが、どうも様子が違う。篠原は枝を執拗にがじがじやっては、時々、ささくれ立った部分を点検している。
「それ何?」
「さっきの家の庭に生えてたなんかの木の枝。カエデに似てたから、どんなもんか試してる」
「なんでカエデ?」
「歯ブラシの代わりになるから。指で歯磨きするよりキレーになる」
「へえ。もう一本ある?」
「あるけど、夜まで待て。舌が痺れたり喉が腫れたりするのは嫌だろ?」
「え……腫れてきてんの?」
「今んとこ大丈夫。妙な刺激もねえし。いい感じにほぐれてきてる」
「ならいいけど、隊長の自覚を持てよ。そういう役目はぼくみたいな下っ端に――シノ、あとちょっとで畑が終わる。五〇〇メートル切った」
次話で18時05分に投下いたします。