異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
穀倉地帯を抜けると、先の丘陵地帯そっくりの地形一行は畑の際に沿って川に向かい、慎重に土手道まで進む。
アキラは土手の斜面をのぼって道の高さで目を出し、辺りをぐるりと見渡す。ここにも一本、橋がある。川は真西の方角へ大きく弧を描いて蛇行し、その両岸に、低い山とも高い丘ともつかない隆起が連なっている。対岸の様子から察するに、隆起と隆起のあいだは広く間隔が空いているようだ。
「良くないね。丸見えだ」アキラは首を巡らせながら言う。
「土手の下を歩けばいいんじゃねえの?」と小林。
「それだと誰かが来たときに発見が遅れる。特にカーブの内側を歩いてるときに。一人だけ土手の斜面を歩いて道を警戒する手もあるけど、見晴らしが良すぎる。場所によっては、こっちが通行人を見つけたときには、相手からも見えてる」
篠原が隆起のほうへ目を細める。「丘も良くなさそうだな」
「だね」とアキラ。「木がほとんど生えてないから、丸見え」
成田がきょろきょろしながら言う。「道から見えないくれー奥に行けば良くね?」
「それもいい考えじゃないよ」とアキラ。「気づかないうちに川から逸れるかも。ぼくたちが方向を間違えるとか、川の流れが急に変わるとかで。地図があればナリのやり方でもいけるけど、ここでも見つからなかったし」
「それとは別に――」と篠原。「肉食獣がいたら? そういうのはまだ一匹も見てねえけど、もし出くわしたら終わりだ。原住民が普段から使ってる場所を離れるべきじゃない。〈ディスカバリー・チャンネル〉の知識がこっちでも適用されるなら、おそらく、何もない野っ原を行くよりも道沿いのが安全だ」
「まあ、わかるけどさ」成田が疑わしそうに隆起を見やる。「餌を探す動物は、そういうのお構いなしって聞きましたけど? 東北の熊とか問題になってたじゃん」
「そのときはこのピッチフォークで可能な限り抵抗する」篠原が、倉庫で見つけた農具をぽんぽんと叩く。「あとはサボり気味の守護天使に祈る」
「で……結局どうすんの?」と小林。
「逆に訊くけど、おまえらはどっちがいい?」篠原が三人に顔を向ける。「準備ゼロで原住民と接触するリスクを冒すか、準備ゼロで捕食動物と遭遇するリスクを冒すか」
言うまでもなく、異世界版のヒグマやクーガーに襲われるのは願い下げだ。
「もう一つの問題――少しでも原住民に溶け込む努力をするか、このままいくか」
「どういう意味?」アキラは土手道を警戒したまま篠原に尋ねる。
「服だよ、服。こっちの世界で見つけた服はどれも、作りがお粗末だ。おれらのシャツみたいにボタンを使ってない。ベルトも使ってない。ジッパーもホックもない。そもそもデザインが違う。着てるもんだけ取っても、おれらはかなーり怪しいだろうぜ」
「あるいは高貴な身分と勘違いしてくれるかもよ」と成田。
「その可能性は……ないとも言い切れないのかもな。妙ちくりんな道化集団と見なされるか、風変わりで常識のない外国人で通用するか、それ以前に、新種の生き物としてショックと恐怖を撒き散らすか……」篠原が成田と目を合わせる。「なあ、専門家先生、どうしたらいいと思う?」
成田が驚いたふりをする。「ちょっと待った。深呼吸して落ち着かなきゃ。おまえが、おれに、意見を求めてるの?」
篠原が露骨にうんざりした表情を浮かべる。「三流コメディアンの形態模写は別の機会に取っておいてくれないか? マジで訊いてる。どうしたらいいと思う?」
「そうだな……現代の服は奇異の目で見られるってのが、異世界もののテンプレ。服屋に高く売れるパターンもある。あと、服に限らず持ち物ぜんぶ、おれらの立場を証明して、保護と活動の足がかりを得る物証として使えるかもしれない」
「じゃあ――」
「いや、ちょい待ち」と片手を突き出す。「状況は今んとこ、神さまの支援なし、ご都合主義な出逢いなしの、リアル路線の転移系に沿ってる。だったら、トラブルになりそうなもんは身につけないのが吉かも」
「と、いうのが専門家の意見だが、雨宮、小林、おまえらは? 特に意見がないなら、溶け込む努力の方向で進めるぞ。いいか?」
篠原がサドルバッグ大の布袋を地面に下ろす。袋は集落の倉庫にあったもので、道々で拝借した食料や小物や衣類が中に放り込んである。成田も自分の袋を下ろし、口の紐をほどく。
「雨宮、おれたちが着替えてるあいだ、見張りを頼む。終わったらおまえの番」
着替えを終えた篠原と成田と小林が畑から出てくると、アキラはその姿をとっくりと眺める。異世界の服を着た三人――違和感しかない。目に見える形で日常が一歩遠のいた気がして、寂しさと悲しさを覚える。学生服姿に戻ってくれたらいいのに。
「どう?」成田が気取ったポーズで顎をつんと逸らす。「イケてるか?」
「ラルフ・ローレンの下着モデルかと思った」とアキラ。「皮肉がお上手ですこと。でもま、貫頭衣なんて誰が着てもこんなもんでしょ。つんつるてんのコバっちよりはマシなはずだし」
一番大きなサイズでも小林の体格には小さく、前腕と脛の半ばまでむき出しになっている。発達した胸板と太腿の辺りがきつそうだ。
「子供の服着てるみてえ」小林が体をひねったり脚を上げたりしながら言う。「動きにくいってほどじゃねえけど、キチキチ」
「おまえらの革靴はいいとして」と篠原。「おれのスニーカーはちょっと浮いてるな」
「靴を履かないわけにもいかないんだし、ちょっとは妥協せにゃ」と成田。「でもコンバースのツートンカラーが黒いズボンとマッチしてて、お洒落さんに見えるぜ」
篠原が平坦な声で返す。「どうもありがとよ」
アキラが受け取った服は、成田のとよく似ている。上はクリーム色、下は形容しがたいドブネズミ色。着心地は上下ともごわごわ。ベルト代わりの腰紐を結び終えたところで、元の世界との繋がりを断たれたような感覚に襲われる。アキラはその感覚が好きになれない。
「念のために持ち物も徹底しよう」篠原が、丸めた制服を突っ込んである自分のナップサックを蹴る。「こいつも注意を引くはずだ」
「隠すのはいいけど、どこに?」と成田。
篠原が隆起の下の薄い木立を指さす。「小林のシャベルであそこに穴を掘って、ぜんぶまとめて埋める」
「雨が降ったら水浸しにならん? 家ん中に隠すのはないにしても、風車とか水車小屋の軒下はどうよ? わかりやすい目印だし、雨避けにもなる」
「荷物をこっそり回収することを考えたら、原住民がしょっちゅう出入りしてそうな場所は避けたほうがいい。でもあっちの木立なら、ま、比較的目立たずに回収できる。夜にこんな畑の外れまで来るやつはそうそういないだろ。持ち物が濡れることより、安全第一だ」
「おれの鞄、防水になってる」小林がスポーツバッグのジッパーを開ける。「教科書とか出せば、おまえらの制服も入るかも」
「悪いな。じゃ、濡れたら困るもんを小林の鞄に入れよう」
アキラはルーズリーフ・バインダーを振る。「隊長、これは持ってていいの?」
篠原が数秒、思案する顔になる。「いや、できるだけおれらの世界のものは置いていく。入り組んだ路地を行くわけじゃねえし、おおよその地形と距離、歩いた時間を記憶して、あとで地図にすればいい」
「〝あとで〟?」
「隠すっつっても、何ヶ月も放置するわけじゃない。なるべく早く回収する」
「スマホは?」と成田。
「持っててもしょうがねえだろ? 飴も置いていくほうがいいな。しばらくもつだろ、個別包装されてるし。チョコは……虫がたかるか。いま食っちまうか?」
「賛成。ポテチも食おうぜ。食いもんならあるんだしさ」
アーモンド・チョコレートは美味しい。
コンソメ風味のポテトチップスも美味しい。
アキラは手の平の上の四粒のチョコレートを見つめる。コンビニやスーパーで売っているありふれたお菓子。この世界では絶対に売っていないであろうお菓子。日本を感じさせる貴重な味/接点。一粒食べるごとに、その接点が失われていく。こんなチョコレートをいつかふたたび食べられる日は来るんだろうか? 見ると、小林も似たような感慨に耽っているようだ。指先でもてあそんでいるチョコレートを見る目つきが、途方もなく暗い。不意に肘で小突かれる。篠原が目顔で小林を示してから、アキラにうなずきかける。〝様子に注意していろ〟という意味にも〝今は放っておいてやれ〟という意味にも取れるが、もしかしたら一種の諦めを意味しているのかもしれない。
引き続き見張り役を任されたアキラは、穴掘りを免除される。一人で歩哨に立つあいだ、出口のない心の迷路に迷い込んでしまいそうになる。浮かんでは消える思いは三つに集約される。どうしてこうなった? これからどうなる? 日本に、家に帰れるのか?
『異世界で始める億万長者計画』のことを考えて気を紛らわせようとしていたら、当の提唱者が土手にやって来る。
「シノが呼んでる。荷物埋めた場所を自分の目で確認しとけってよ」
「わかった。じゃあ見張りよろしく」
「なあ」と成田が引き止める。「コバっち、かなりキテないか?」
「うん。見てて心配になる」
「順応っていうか、受け入れるのに時間がかかってるくさいな」
「〝くさい〟どころか」
「ま、もうしばらくの辛抱だ」
「どういう意味?」
「こっちの世界に足がかりを得るまでって意味。言い換えれば、建設的かつ生産的な活動で忙しくなるまで。したら落ち込んでる暇なんかなくなるでしょ?」
「ナリ、そういう問題じゃない。小林は日本に帰りたがってる」
「日本にね」と木立のほうに顔を向ける。「慰めてもあんま意味なさ気だし……本人が自覚するしかないか、腹を据えるしかないって」
「小林は自覚してるから、鬱っぽくなってる。そう簡単に割り切れるもんじゃないよ。ぼくもとやかく言えないけど」
「アキの字も帰りたい派?」「切実に」
成田が下唇を突き出し、アキラの肩をぽんと叩く。
「昨日話した予感あんじゃん?」
「それが?」
「強くなってる。今んとこ状況は芳しくねえけど、おれら全員、上手くいく」
その場を離れながら尋ねる。「当てにしていいの、それ?」
成田がにっこりする。「モチ。ほとんど予言って言いましたよ、おれは」
「日本に帰れるっていう予言がほしいな」
「お生憎さま。でもゼッテー上手くいく」
次話は21時05分に投下いたします。