異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】   作:PUKIKA

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【街】

 

 

 

 立派な街が広がっている。

 というか、たいそう立派な市壁が。

 石材を高く積み上げた長大な壁がぐるりを囲っているため、中の様子はほとんどわからない。それでも高台からは、市壁内のごく一部を覗き見ることができる。

 陽光にけぶる遠い家並み、カボチャの馬車が乗り付けそうな白亜の屋敷、公園だか並木道だかの背の高い木々の梢、教会らしき峻厳な尖塔……

 先の川はどうやら、北側の市壁の脇を流れているらしく、一・五キロほど左手にかろうじて銀色の帯を確認できる。一方、道はなだらかな斜面をジグザグに下って、アーチ型の巨大な市門に通じている。

 門の前は大混雑だ。何十台もの荷馬車や荷車が並び、脇道のほうも長い列が伸びている。

 そこから二五〇メートルほど離れた雑木林で、アキラと篠原は身を潜めている。深い下生えの中から混雑の模様を観察したのち、樹木に覆われた高台の斜面を登って、道から充分に奥まった木立の一角に戻る。小林と成田はいつでも逃げ出せる体勢で身構えていたが、物音の正体が見知った二人とわかるなり、肩から力を抜く。

「どんな按配?」成田が尋ねる。

「下の行列、避難民で間違いねえよ」

 篠原の視線を受けて、アキラは説明役を引き継ぐ。

「さっきの馬車みたいに、みんな目いっぱい荷物を運んでた。徒歩の人も荷物を背負ってたし、お年寄りと子供がわんさかいたし、怪我人も交じってた。北のほうからひっきりなしに来てて、南からもちょいちょい来てる」

 成田が眉根にしわを寄せる。「怪我人って多いの?」「けっこう多い。見た感じ、一〇人に一人は怪我してる。馬車の一台なんか、荷台に血だらけの人がたくさん乗ってた」

「マジですか。何か悪いことが起きてんのは確実じゃん。どう? 中に入れそ? こういうの、税金取られるのがテンプレだけど」

「入るのは難しいんじゃないかな。あれが映画の撮影じゃないのなら、鎧の胸当てを着けた本物の騎士がいる。門の両脇に一四、五人ずつ。そんな冗談みたいな連中が中に入る馬車と人を徹底的に調べてる」

 成田の顔が輝く。「騎士って〝やあやあ我こそは〟の騎士? ナイト?」

「そう言ったよ」

「おまけにだ」と篠原。「雨宮が確認した限り、避難民も騎士も全員白人だ。おれらが隠れてた場所の近くで小便したのが何人かいたけど、そいつらもヨーロッパ北部の人種的特長を持つ白人だった。ほら、イタリア人とかスペイン人とは違って、顎の線が細くて、全体的にひょろっとした感じの連中。かなり日焼けしてたから肌の色はよくわかんなかったが、顔立ちと髪の色と目の色がもろ白人」

 そう聞いても、成田と小林は何が問題なのかいまいちピンときていない顔だ。アキラも偵察中に講釈を受けなかったら、ピンとこなかっただろう。

「おれらちょっと目立つかもな」やがて成田がコメントする。

「ちょっと目立つどころじゃねえよ」篠原が呆れたように返す。「地球の歴史だと、二〇世紀の半ばを過ぎるまで西欧社会におけるおれら黄色人種の扱いは〝言葉を喋る猿〟にすぎなかったって点を、よーく考えてみるんだな。異世界だったら事情が異なるかもなんて期待するのは能天気にすぎる。

 特に甲冑着た連中が厄介だ。もしあいつらが、暗黒時代スタイルの無知で愚かで偏見と迷信にまみれた封建社会の薄ら馬鹿どもなら、列に並んだとたん面倒なことになる」

 成田が顔をしかめる。「異世界で人種差別とかマジ勘弁なんですけど」

 小林はほとんど真っ青だ。「じゃあ……来た道を戻る感じ……?」

 成田がさらに顔をしかめてみせる。「コバっち、いま雨宮氏が言ってたでしょ、難民は北からどんどん来てるって。ちょいズレてるけど、方角的には、おれらが昨日泊まった集落とか、この世界に来たときの原っぱのほうってことになる。途中の広い農地も無人だったし、プチ民族大移動の跡もある。北か東、あるいはその両方で何かが起きてるんでしょうよ」

「そうな……戻るのはナシか」小林の不安気な瞳が、成田とアキラを交互に見やる。「でもさっき、南からも人が来てるっつったじゃん? そっちでもなんかあるってことか?」

「それか、この辺全体で異常事態が進行中か」と成田。

「補足すると――」とアキラ。「騎士の人たちの対応は荒っぽかった。救助活動って言うより、厳しい検査って感じで。実際、何人か突き飛ばされてた。怪我人もだぜ? 槍とか持ってなんか物々しかったし」

「うーわ」成田が両手を頭に当てがう。「災害って感じじゃねえなそれ。マジで戦争でもやってんの?」

「現状、採れる選択肢は四つだ」篠原が人さし指を立てる。「A、街を迂回して、余所者の外国人でも受け入れてくれそうな友好的な町、村、集落なんかを探しながら川沿いを進み続ける。河口には高確率で人が住んでる。迷子にはならねえはずだ。ただし、異常事態が近隣一帯で起きている場合、難民の原因にぶち当たる危険を伴う。一種の理想郷を探し当てる前に食料が尽きる危険もある」

 次に中指を立てる。「B、当座の安全を優先して、街に入れるか試す。ただし、人種が異なり、言葉すら通じない状況で、知能程度と思考態度が数世紀は遅れていると思われる騎士の連中と交渉する必要がある。下手したら門前払いじゃ済まない」

 続いて薬指。「C、状況がより明確になるまでここで様子を見る。ただし、難民の原因が本当に戦争だった場合、どこかの国の軍隊がここにやって来くるかもしれない。おれたちは動くに動けなくなるか、発見されるかのどちらかだ。隠れる場所なんかろくにねえし」

 最後に小指。「D、最初の集落に戻って隠れ住む。戻るときにさっきの農地の対岸も家捜しして、食料と使えそうものを集めれば、しばらくもつだろうよ。安全面で言えば、あの集落はデカい川から引っ込んでる。もし軍隊がここらに来ても、簡単な偵察だけやってそれっきりかもしれない。偵察が来たときは、畑か森に隠れてやり過ごす。もうわかってると思うが、これは『森の生活』というより『アンネの日記』だ。発見される危険がつきまとう。二四時間休みなしでストレスにさらされる。閉塞感もそのうち大きな問題になる」

 篠原はいったん口を閉じ、三人を見回す。

「おまえらはどうしたい? 何か考えはあるか?」

 成田が小さく挙手する。「Aだけどさ、戦争の可能性を考えると、土地勘ゼロでうろうろすんのは自殺行為かもよ。下流が安全とは限んねえわけだし。しかもおれら徒歩だし。シャベルとかしか身を護るモンがないし。仮に武器があっても戦えないし。でもわかんね。おれの考えすぎかも」

「いや、一理ある。ほかには?」

「できたらBはナシの方向で」とアキラ。「封建社会の薄ら馬鹿かどうかはともかく、騎士に良い印象を受けなかった。怪我人にあんな対応だと、何されるかわからない」

「ああ。おれもあいつら相手に運を試すのは最後の手段だと思ってる」

「Cもなあ」成田がまたもや顔をしかめる。「正しい情報は必要だけど、なんかあったときのリスクが高すぎるっつーか。Dは一時しのぎ感ハンパないし。ちなみに、『森の生活』って本かなんかのタイトル?」

「少しはまともな読書の習慣を身につけろよ」篠原が腕時計を見る。「いま三時一五分。どうするか三〇分ほど考えてくれ。C以外を選ぶなら、日が暮れる前に動きたい。ナリ、さっきの干し肉、おれにもくれよ」

 アキラも干し肉をわけてもらう。ちょっとやそっとでは噛み千切れないほど硬いが、唾液でふやかしているうちに濃厚な旨味が口内に広がる。その旨味を楽しめないほど胸中は虚ろだ。どの道を選んでも肥溜めに頭から突っ込んでしまいそうで……。ああ、安全なところへ行きたい。安全で静かな場所へ……

 なんとか噛み切った数センチ大の肉を咀嚼しながら、無い知恵を絞る。数分後、アキラは食べかけの干し肉の先端を篠原に向ける。

「シノ、さっきの四択だけど」

 篠原が先を促すように見つめる。

「隊長に任せるよ。考えたけどやっぱり――そんな顔するなってば。ぼくはおまえと違って、経験の幅が狭い。海外なんて家族旅行で短期間しか行ったことないし、学校の勉強以外の知識もない。つまりさ、このクソみたいな状況でぼくが一番信用できないのは、自分の判断なわけ。だから……頼りっきりで悪いけど、最終的な決断はシノに任せる」

「概ね右に同じ」と成田。「リアル路線じゃ、おまえみたいなやつがパーティのリーダーじゃないと生き残れない。シノが決めてくれ」

 小林も口を開くが、結局、何も言わずに閉じる。

「おれだってお手上げだよ」篠原が深いため息をつく「AかDだな。目先の安全に飛びつくならD。個人的な好みはA」

「じゃあAで」とアキラ。

「おし。どうやって迂回する?」と成田。

「なあ、おまえら本当にそれでいいのか? 小林は?」二つの大きなうなずきと、一つの小さなうなずきを確認すると、篠原がしばし緑の天蓋を見上げる。「後悔するなよ?」と釘を刺してから、「一旦さっきの農地に戻ろう。埋めた荷物を回収して、地下の食料庫にあった備蓄を残らずかき集める。腐ってそうだからって理由で置いてきたやつもぜんぶ」

「あの黴びたドライフルーツみてえのも?」成田が嫌悪感を滲ませて確認する。

「あれも」と篠原。「洗えば食えるかも。元々ああいう食い物なのかも。とにかく、食料は多いに越したことはねえよ。鞄の回収は……後回しでいいか。あの近くにも橋があったし、出発するときに掘り返せばいい」

「食料を集めて、鞄を回収。ほかには?」とアキラ。

「夜のうちに動く。橋を渡って対岸から行けば、面倒なしに街を素通りできるかもだ。迂回したあとは、そのまま行けるところまで行く。できれば朝まで歩く。昼間眠って、夜に移動する。どうだ?」

 アキラと成田に異存はない。

「小林、いけるか?」篠原が尋ねる。

「ああ、大丈夫」この世の終わりのような顔で小林が答える。

 

 

 

 




次話は本日18時05分に投下いたします。

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