異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
【末端価格】
声を聞いたのが先か、頬を張られたのが先か。
痛みをぼんやりと感じながら、アキラは目をしばたく。
自分の太腿が見える。椅子に座っている。びしょ濡れだ。前髪と鼻先から冷たい水が滴り落ち、濡れそぼったズボンと石の床の上で、水滴が弾けている。後ろ手に縛られ、凍え、左頬が痛い。それから、足元の水溜りの端に折り返しのついた二足のブーツ。
恐る恐る視線を上げると、肌着姿のいかつい男が見下ろしている。男は古傷で左目が潰れ、左手には空の桶。無事なほうの目をアキラに据えたまま肩越しに呼びかける。
そこはカンテラが配された薄暗い小部屋で、もう一人の人物が石壁に背を預けて立っている。冷たい目をした細面の男だ。アキラは腹の底が抜けるような恐怖を覚えるが、それが自分の置かれている状況に対してなのか、冷たい目の男に対してなのか、判然としない。ただただ恐ろしい。
冷たい男が近寄り、短く言葉を発する。
アキラはか細い声で答える。「すみません、言葉がわからないんです」
冷たい男は眉を吊り上げると、ゆっくり、はっきりと発音する。「エスト、ズュ、エスーク、ランゲシャ」
「すみません、わかりません」
片目の男のびんたが飛んでくる。首がもげそうな衝撃と共にアキラは椅子ごと床に倒れる。片目の男が椅子とアキラを持ち上げて、所定の位置と姿勢に戻す。涙で視界がぼやける。
「クイ エスト ズュ?」冷たい男が言う。「エスト ズュ エ サピアン?」
「本当にわからないんです。助けてくだ――」
冷たい男直々の、バックハンドの鋭いびんた。
「エズド ヴァスタス アウス ティーデン。エスーク ランゲシャ」
「だから、わからないって――」
速く重いびんた。片目の男だ。
冷たい男が母音を強調して繰り返す。「エスーク、ランゲシャ」
自棄になって英語で叫ぶ。「F#$% you! I don't understand what you are...」
今回、びんたは飛んでこない。ナイフが抜かれる。アキラは声を失い、肉厚の刃を見つめる。まさか〝フ#$%ユー〟が通じたのか? というか、英語が?
というわけではないらしい。冷たい男が何事か独りごち、片方の手でアキラの頭髪を鷲づかみにして、仰け反らせた喉に刃先をあてがう。
「ズュ サピアン?」
「助けてください。助けて」
「エホト イオス フェウジーン スカラヴァ?」
皮膚にナイフがめり込むのを感じ、アキラは思わず目をつむる。いやだ、やめてくれ。死にたくない。死にたくない。死にたくない――
数秒後、髪の毛から手が、喉から刃先が離れる。
こわごわと目を開けると、冷たい男はすでに背を向けている。片目の男がドアへ向かい、薄暗い通路に呼びかける。直ちに姿を見せた二人の男が、アキラを無理やり立たせて小部屋から引きずり出す。片目の男が通路の反対方向へ消え、冷たい男が後ろからついてくる。アキラの喉にはまだ、鋼の鋭い感触が残っている。
カンテラの灯りと影が踊る石造りの暗い通路を進む。何度か小突かれたり乱暴に引き上げられたりしたあと、アキラは自分の足で歩こうとする。が、膝に力が入らない。恐怖の余韻で吐き気がする。現実感を喪失し、呆然としている。フラッシュバックに襲われる。二本の矢、小林の叫び声、自分の血に溺れている篠原。
シノ……
なんてこった、シノ。
「ぼくの連れは? あいつらはどこ? ここにいるんですか?」
左右を固める男たちがアキラに一瞥をくれる。冷たい男が背後で何か言い、左肘をつかんでいるほうが短く返し、右肘をつかんでいるほうが鼻で笑う。
言語。忌々しい謎言語。
アキラはふと自分が裸足なのに気づく。石造りの螺旋階段を上る頃には、靴の行方などどうでもよくなっている。今や元の世界との繋がりがブリーフトランクス一枚である点にも気づいたが、やはりどうでもいい。ぐるぐると一階ぶんか二階ぶんの階段を上ると、唐突に出入口が現れる。
二階建ての建物に四方を囲まれた、広場のような場所。ここでは松明の灯りが夜の闇に対抗している。進路上に現れた半ダースほどの男たちは、一人の例外もなく冷たい男に会釈し、「サイアール」だか「シアール」だかと短く声をかける。その多くがアキラをじろじろ見つめる。
広場を渡って連行された先は、門扉の脇にある守衛詰所のような場所。暗がりに四人の男が所在なげに立っている。三人は兵士風で、剣を佩き、鉄兜を小脇に抱えている。最後の一人は燕尾服に似ていないこともない洒落た服装の、禿頭の男。すっと前に進み出たところからして、どうやら禿げ頭が一行のリーダーらしい。
右隣の男がアキラの背中を乱暴に押す。躓くようにしてアキラが一歩前に出ると、兵士風の一人がその二の腕をがっちりとつかむ。禿げ頭がアキラの周りを一周し、品定めするような視線を上から下まで走らせる。
禿げ頭と冷たい男のあいだで活発なやり取りが始まる。アキラのほうを見ながらしばらくやり合ったあと、禿げ頭がひょいと片手を振り、上着の懐から小さな革袋を取り出す。革袋から銀色の歪んだ硬貨を一枚ずつ出しては、冷たい男の手の平に載せていく。一〇枚めが載ると、冷たい男が空いているほうの手を差し出し、禿げ頭が上品なロー・ファイヴといった感じでその手を軽くはたく。冷たい男が気取った笑みを浮かべ、気取った仕草で胸に片手を当て、気取ったお辞儀をする。禿げ頭が返礼する。
アキラは愕然としながらそのやり取りを眺める。
もしかして……ぼくは売られたのか? 玩具みたいな硬貨一〇枚で? ドナドナかよ?
禿げ頭が懐から別のものを取り出す。アキラにはそれが丸めた革帯に見える。半分正解。禿げ頭が帯をするするとほどき、アキラの首に巻きつけて、バチっと金具を留めてから、帯を何度か引っ張り、しっかり固定されているのを確認する。首輪。クソな首輪。この先の扱いが目に見えるようだ。
二の腕をつかんでいる兵士の手は、アキラの頭から〝逃走〟の二文字を消し去るほど大きく、力強い。肩越しに見やると、冷たい男を含む三人はすでに来たほうへ立ち去ろうとしている。
アキラは腕を引かれる。引かれるまま通用口を抜け、路地に出る。路地は暗いが、鉄兜の三人と禿げ頭は月明りを頼りに苦もなく歩く。アキラは路地に立ち込める悪臭に思わずえずく。何かべたべたしたものを踏み、固いものを踏む。パニックしたまま逃走の成功率を秤にかけ、脳がすぐさま計算結果を弾き出す。見込みはゼロに等しい。狭くて暗い路地をどこまで逃げられるというのか。土地勘もなく、後ろ手に縛られた状態で。どこかに頭をぶつけて転ぶのがオチだ。そもそも、万力のような手を払いのけられる自信がない。
膝からふたたび力が抜け始める。
気づいたときには、人通りのない、五、六階建ての建物に挟まれた広い通りに出ている。異国の街、という以上の印象を受けない。ポストカードになりそうな外国の街。クソったれ異世界の街。シノを殺した世界の街。ぼくは売られ、首輪をはめられ、そんな街を歩いてる。
なんでこんな目に……
客観的には半キロ、主観的には一千万マイルの一千万倍を歩いたのち、また路地へ。
終着点だ。
禿げ頭が手の平で扉をバンバン叩く音が路地に反響する。中からスリット状の覗き穴があく。次いで、扉それ自体がひらく。バスケットコートサイズの中庭、守衛風の男。禿げ頭は守衛風の男と短くやり取りしてから、表通りのほうへ姿を消す。鉄兜の三人組はアキラの腕を引いて中に入り、そのまま奥の建物へ連れて行く。
その建物は二階建てで、大昔の木造校舎を思わせる。
建物の中も、大昔の木造校舎を思わせる。
灯されたランタンと共に地下へ導かれ、石造りの階段を下り、石造りの床に辿り着く。酒蔵に似ていなくもない広い空間だ。隅のほうに暗い戸口がぽっかり口をあけており、連行者の一人が戸の建付けを確かめ、閂の具合を試す。合図を受けて残りの二人がアキラを中に押し込み、手首の縛めをほどく。約六メートル四方の、天井の高い石の部屋だ。床の上の四つの人影と、鉄格子のはまった高窓。牢獄?
それほど意外な展開ではなかったものの、アキラの胃がよじれる。
連行者の一人が戸口から言う。「シセスト エ ネオス アン。フュイ ネススィアス」
房内の人影の一つがもぐもぐと答える。「ジィル」
背後で扉が閉められ、閂が下ろされる。その音が終末のラッパよろしく響く。
実際のところ、終わったも同然だ。
アキラは隅に座り込んで、膝を抱える。
次話は明日12時05分に投下いたします。
【告知】
コメント欄は半無政府状態の解放区です。主人公の武器弾薬・ギア選択や戦術は妥当なのか、印象派と表現主義ではどちらがクールなのか、ドガとカンディンスキーがモッシュピットで暴れ回ったら迷惑なのはどちらか。オアシス対ブラー、モリッシー対全世界、トランプ(核武装)対プーチン(核武装)、くびれ対寸胴、ドラゴンボール対いちご100%、といった自由なテーマで、クイーンズベリー・ルールに準拠した言葉のボクシング(敬語・丁寧語・ビジネス文書風・お嬢様言葉・演劇風)で気兼ねなくお話ください。
※ただし、他者への純粋な罵倒・誹謗中傷表現は「警告なしの一発退場(即座に銃殺処分・コメント削除)」といたします。洗練された紳士・淑女のリングをお楽しみください。
例文: 「笑わせないでくれたまえ! 誰が何と言おうと少年漫画の最高傑作は『ドラゴンボール』ではない、『いちご100%』である。なぜなら、たくさんの少女とたくさんのパンチラによる負荷で読者の脳を享楽主義に作り変え、衝撃のラストで絶望の深淵に叩き落し虚無主義に塗り替え、発狂した者から順次“東でも西でもエエジャナイカ、パンチラありゃエエジャナイカ”と踊り狂う享楽的虚無主義者へと転生せしめる、軽薄なラブコメの皮を被った歴史上最も実用的な物語形式の哲学書だからである。しかし、パンとサーカスでは癒えぬ渇きに苦しみ、意味感覚に取り憑かれ、意志によるそれの再現を志ざさんがため生活を化学する者たちへの回答としては不充分でもある。そこで、新実存主義を再構築・再定義し一段階推し進める試みである『いちご0%』をこの闘論から共同で生み出そうではないか。友よ、きみのドラゴンボール的知性でわたしの論理展開に挑戦してくれたまえ」