異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
高い石壁に囲まれた中庭に、五〇人ぶんの雑音が満ちている。
実際には五四人だ。首輪を嵌められた男たちが五〇人に、警備兵が四人。雑音の発生源は首輪の男たちで、銘々好きな場所で朝食を取り、賑やかに談笑している。警備兵のほうは壁際に佇み、その様子を見守っている。アキラは同房の若者と一緒に地べたに座って、具がたっぷり入ったスープを木のスプーンで口に運び、焼きたての赤パンをかじる。パンはそれなりで、スープはとても美味い。食欲なんてまったくないが、体のやつは栄養を欲している。
「タクステアリ、エズド ヒット?」と若者。「タクス」
「たくす」とアキラ。
どういう意味なのかはさっぱりだが、相手がにこにこする。
その丸顔の若者は、大きな灰色の目が印象的な人懐っこいタイプ。高窓から朝陽が挿しこんだとき、同房の男たちはアキラを警戒して距離を置いていたが、彼は、近所の顔見知りでも相手にしているかのように気安く声をかけてきた。そして扉が解放されて監房を出る段になると、見るからに世間知らずで不器用な(そして陰気な)新入りの世話を焼き始めた。言葉がまるで通じないと見るや、身振り手振りでああしろこうしろと指示し、おかげでアキラは、見当違いの行動で周囲の者――特に警備兵――の怒りを買うことなく、無事朝食にありつけた。若者が良くしてくれる理由は謎だ。連帯責任の罰則か何かを疎ましがってのことかもしれない。ほぼ同年代の仲間が出来て嬉しいのかもしれない。
現に、中庭にいる男たちの中で二五歳より下に見えるのは彼とアキラの二人だけだ。首輪の男たちは若い部類で壮年といったところで、禿頭や白髪頭の老人もちらほら目につく。見たところ、平均年齢は四〇代後半。若者が年少の新入りを歓迎するのも無理はない。
それとも単に、とアキラは胸の中でつぶやく。黄色人種を珍しがってのことか。
人種となると、五四名の男たちの中でアジア人の特徴を持つ者はアキラ一人。中庭で朝食の列に並んだ際も、こうして朝食を取っている今も、不躾な視線の集中砲火にさらされている。動物園の珍獣というより、見世物小屋の呼び物といった扱いに近い。中庭に出たとき、険悪な声音で〝チェーシェン〟と呼びかける者もいれば、挑戦的な目つきで何か猥褻な意味合いがありそうなジェスチャーをする者もいた。好奇と嫌悪の比率は、二対一といったところか。この分では、概念の域を出なかった人種差別を実地体験する羽目になりそうだ。クソったれ異世界め。
若者はというと、明白に好奇の側。眼差しから強い興味と関心が窺える。
アキラは若者のことなど眼中にない。自分の今後にひたすら不安を覚え、小林と成田の行方にひたすら気をもむ。中庭の男たちの中に二人の姿はない。ひょっとして、シノを殺したあのろくでなしどもに……?
篠原の無残な死が自動再生される。一晩中、幾度となく心の目に映じたように、フルカラー、バイノーラル音響で。
「エイ」
若者の声でアキラは我に返る。
「ディスト リラン。ネススィアス ダネク メイトゥン ズュ」
アキラはかぶりを振る。
「ディー、エスト、リラン」若者が手で自分を示して、「ディー、リラン。リラン」
「でぃー、リラン」
「ネー」と人さし指を振り、「リラン」「リラン」
若者がウィンクする。「ジィル」
ジィル――肯定を意味する語らしい。
「ホッフェスト ズュオ ヌーメ?」とアキラを指さす。
アキラはまたかぶりを振る。
リランが思案するように宙を見、視線を戻す。「ディー」と自分を示し、「ズュ」とアキラを示す。正直なところ、異世界語の即席講座などクソくらえだが……頭を使っていれば、不安を忘れられるかもしれない。もう見たくない篠原の惨殺シーンを心から閉め出せるかもしれない。リランが「ディー」と「ズュ」から成る身振りを繰り返している。
わたし、あなた――たぶん合ってるはずだ。
アキラは「でぃー」と自分を指でさして、「ずゅ」とリランをさす。
リランがうなずく。「ディー エスト リラン。ディム ヌーメ エスト リラン。ズュオ ヌーメ?」
ディムとズュオは所有格だろう、とアキラは見当をつける。ヌーメは〝名前〟か?
「でぃむ ぬーめ、雨宮アキラ」と言ってみる。
「ホッフ? アマ……?」
「アキラ。でぃむ ぬーめ、アキラ」
「アァ、アキラ。ズュオ ヌーメ エスト アキラ」
「じぃる」
エスト――使われ方を見るに、おそらくBE動詞と同じ働き。
「でぃむ ぬーめ えすと アキラ。ずゅお ぬーめ えすと リラン」
リランが大きく笑い、大きくうなずく。「クホォト」
クホォト――良し、または肯定の意。
朝食のあいだ、リランは手近なものの名称を一つずつ挙げていき、アキラはその都度、耳馴染みのない単語を口の中で繰り返す。 ブロホト、赤パンまたは一般名詞のパン。サパ、料理名または一般名詞のスープ。マズ、何かの肉または一般名詞。パタタ、何かのイモまたは一般名詞。スラン、スプーン。ズィスタ、皿。ダラス、服。スワイト、シャツ。ブワイト、ズボン。ドリダン、土。ハンカ、手。ホンカ、指。ホト、足。ウクオラト、目。ネイザズ、鼻。ムンド、口。ジェナ、顎。
警備兵の一人が声を張り上げる。「ホーイェン ウフ!」
リランがスープの残りを慌てて掻き込みながら、アキラに言う。
「ホーイェン、ホーイェン」
ホーイェン――急げ。
どこへ?
五〇名の男たちは二列縦隊になり、中庭の一隅に設けられた大きな扉を抜ける。
誰も彼もが私語に耽っている。同行の完全武装の警備兵たちでさえ、一緒になって大声で笑っている。獄吏と囚人、と言うには、妙にフランクな関係だ。アキラは不思議でならない。ぼくたちはいったいどういう集団なんだ? まるでぺちゃくちゃやってる小学生みたいじゃんか。
リラン先生にしても、授業を中断するつもりはないようだ。中庭を出る際は、トゥリ(扉)とカリーク(通路)の二語を教え、早朝の閑散とした表通りでは、右手に見える市門――鉄の板を格子状に組み合わせた巨大な代物――が上がるまで手近なものを教材にする。リダン(道路)、パヴメタ(歩道)、ストラド(建物)、インドガ(窓)といった語を覚えながら、アキラは、朝日をたっぷりと浴びるクソったれ異世界の街を観察する。軒を連ねる石造りや煉瓦造りの五階建てまたは六階建ての建物。鎧戸の開け放たれた上階の窓で輝くガラス。がたがたの石畳の隅に掃き寄せられた砂埃とゴミ。朝食を戻したくなる腐敗物と排泄物の悪臭。異国情緒はあるものの、素直に言って感銘からはほど遠い。そこらの屋根にぺプシの広告看板を設置したら現代ヨーロッパの観光都市で通用しそうだ。アキラがぎょっとさせられたのは、リランが警備兵を教材にしたとき。しかし警備兵は笑顔だ。ベラン(鉄兜)、スバス(槍)、サスト(剣)、ザラダス(兵士)。
市門が三分の一くらいの高さ、地上四メートル前後で止まる。その反対側では、鎖の音を響かせて架け橋がゆっくりと下ろされている。どしん、と地響きを立てて架け橋が下りる。隊長らしき羽飾り付きの鉄兜の警備兵の号令の下、男たちは二列縦隊で進む。
門の外へ。
文字どおりの外へ。
架け橋の先には野原があり、市壁と並行に流れる大きな河があり、長い橋がある。対岸には野原と森。アキラは背後の市壁を仰ぎ見る。疑いが確信に変わる。ここは昨日(でいいのか? 気絶していたのはどれくらいだろう?)迂回しようとしていた街だ。太陽を背負っているのだから、現在地は西門で、高台から見下ろした東門は街の反対側ということになる。
首輪の男たちは、ここでも思い思いの場所で雑談に興じる。同行の警備兵たちは、職責を放棄しているように見える。タイミングを計って、さりげなくやれば、いけるか?
リランがアキラの肩に片手を置く。
「エズド」
濁ったエスト――おそらく否定形。ニュアンスから判断するに――やめろ。
どうやら、表情から考えを見抜かれたらしい。
リランの眼差しは厳しい。
アキラは邪気のない笑みをこしらえて、肩をすくめる。
「エズド」リランがもう一度言い、自分の首輪を指さす。首輪は幅一センチ、厚み五ミリほどの茶色い革帯で、バックルのような金具ではなく、頭の潰れた鋲でもって、帯の端と端が重ねて留められている。設計者は取り外しをまったく考慮しなかったようだ。
アキラは自分の首輪に手を伸ばす。
リランがうなずく。「ヒット ヴァリィ クウェラン ズュ イヴュー ズュ アオーナン」
そのせりふはともかく、手刀の先を喉の上で横に滑らせるジェスチャーの意味は火を見るよりも明らか。
なるほど、馬鹿をやれば殺されると。
「じぃる」
「クホォト」
荷馬車が市門から出てくると、警備兵たちは、首輪の男たちを二つのグループに分ける。半分は、市壁に沿って伸びる幅六メートル、深さ二・五メートルの空の堀に集められ、もう半分は、大河に架かっている橋の前に集められる。
アキラとリランは前者のグループだ。
これから何をやらされるのかは、荷馬車から下ろされた大量の薄汚い袋と二五本のシャベルが雄弁に物語っている。
穴掘り。
クソったれ異世界め。
次話は本日18時05分に投下いたします。