異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
作業は単純もいいところ。空堀の底へ下りて、さらに深く掘り、その土を袋に詰めて外に出す。別グループの二五名は、ツルハシやノコギリを使っての橋の破壊作業に割り当てられている。
アキラは最初、この土木工事の目的にピンとこない。穴を掘らされている、という意識しかない。橋の破壊にしても、新しいのを架けるため、くらいにしか思わない。けれども、辛い肉体労働を忘れるための夢想が『SNAFU』のネット対戦に及んだとき、自分が何をやらされているのかを明確に理解する。
土木工事の完成図がぱっと思い浮かぶ。深い堀。橋の破壊。オフェンス側の目標が市門の突破にある場合、経路の制限は、最もやってほしくない嫌がらせだ。部隊がまともに展開できず、採れる戦術が限られる。一方、ディフェンス側は、集中攻撃、待ち伏せ、ブービートラップ、遊撃、とやりたい放題できる。いざとなったら護りを固めて、亀のように篭城してしまえばいい。
これは戦争の準備では?
この街の連中は、どこかの軍隊と戦うつもりでいるのでは?
遅まきながら難民の列を思い出して、アキラは考えを訂正する。違う、戦争はもうとっくに始まってる。アキラは身震いする。ゲームの戦争はいいけれど、リアルの戦争はご免だ。リランに確認したい。が、彼は生憎、離れた場所で土掘りをしている。たとえ話しかけることができても、語彙が圧倒的に足りない。
袋に入れた土を馬車の荷台に空けること十数回、その荷台でリランと一緒になる機会ができる。
「オイ ダー」リランがひょいと片手を挙げる。
オイ ダー――〝よう〟のようなあいさつ。
「おい だー。リラン、あー……あー……」
困った挙げ句、アキラは西門を指さし、剣を振る動きをしてみせる。リランが眉をひそめて首を傾げる。アキラはさらに想像上の剣を振り、突きかかる真似をする。リランの顔に理解の光が灯る。
「ジィル、ヴァラン。ダー ヴァリィ エスト ヴァラン」
「ヴぁらん」
「ジィー、ヴァラン」
リランも想像上の剣でアキラに斬りかかる。
ヴァラン――〝戦争〟または〝戦い〟。
くそ。
アキラの目が対岸の森のほうへ泳ぐ。無意識に首輪に触れる。
「ネー。エズド」
リランがアキラの肘をつかみ、手近な警備兵のもとへ引っ張って行く。早口で何事か説明し、「ジィー」と了承の言葉を得ると、アキラを連れて自分の作業区画へ向う。それから〝どうぞ〟と言う風に地面に向けて片手を差し伸べる。ここで掘れ、ということらしい。言外の意味は〝馬鹿はやらせねえ〟に違いない。
リラン先生の授業が再開される。スガラ(シャベル)。バギ(袋)。ラフェン(草)。ラァト(荷馬車)。ハラス(エルクに似た不思議生物にして家畜)。ジェド(農夫がその群れを誘導している羊と豚の愛の結晶じみた家畜)。セカレ(緑色の甲虫の固有名詞、または虫を指す一般名詞)。アキラは完全に学習意欲を削がれていたが、オートパイロットになった耳が勝手に単語の音と意味を拾い続ける。
陽射しの下の穴掘りのおかげで、午前の半ばにはくたくたになる。この集団がなんであろうと、やらされていることは囚人のそれだ。とはいえ、扱いは予想していたほど悪くない。街の中から鐘の音が聞こえるたびに休憩が与えられ、飲食物が支給される。水(ウェート)や、赤パンや、青くて丸い果物(フルクタ、固有名詞もしくは一般名詞)といった軽食だ。やけに生っぽい肉料理の昼食では、ジョッキ一杯のアルコールまで出る。そいつは林檎の匂いがする青みがかった液体で、アキラはリランに勧められるまま一口飲み、派手にむせる。リランが手を叩いて喜ぶ。
アキラは木のジョッキをリランに差し出す。
「ハイア」と早速覚えた言葉を使う。どうぞ。
「ザンシャン」とリラン。ありがとう。
このやり取りをほかの男たちが見物する。敵意のある眼差しを向けてくる者もいるが、大多数は愉快な見世物と見なしているようだ。何人かはそばを通りしなに「オイ」とアキラに声をかける。別の何人かは、わざとアルコールを勧めてからかう。アキラは改めて気になる。荒んだ顔つきの者が少ない。陽気でさえある。その肌色や体つきを見れば、良好な栄養状態にあることがわかる。そもそも食事の回数と量が多すぎる。首輪を付けられて強制労働に励む年老いた明るい男たち。ぼくたちは本当に、どういう集団なんだ?
午後になると、橋の破壊を終えたグループが穴掘りに合流する。そしてリランの授業の性質が若干変化する。何かを指さしてはアキラに答えさせて、学習の成果を確認しようというのだ。この頃には警備兵も二人のやり取りを見物するようになっている。よほど暇なのだろう。ひょっとしたら、リランも退屈しのぎに語学教師の真似事をしているのかもしれない。ぼくが現実逃避のために言葉を学んでいるように。
リランが土でいっぱいの袋を肩に担いで、地面に突き立てたシャベルを指さす。
「すがら」アキラは即答する。
「クラッツ」素晴らしい。
空の袋を手に戻ってきたリランが、空を指さす。
「らつぁわーど」とアキラ。
「ベオン」いいぞ。
続いて地面。「あおーさ」
「ネー」リランが咎めるようにかぶりを振る。「アキラ。ディー ドゥ タクト ズュ ダズ バーヴァラム アンリック エイン ミナス アガン」
ジョークでも飛ばしたのか、外野から忍び笑いが漏れる。
「あー……くらんと」「レクカダス」正解。
午後の最初の休憩でリランは指を一本立てる。「ミオ」
二本立てて、「ウィン」
三本立てて、「トサ」
今度は数字か。
一〇〇までの数え方を教えてから、リランは名詞の教授に戻り、アキラが油断した頃に「ミオ」と合図を発する。「みお うぃん とさ てさ へて へす へぶ あくと えねだ でか えいみお えいうぃん……」
アキラはシャベルで土をすくいながら、淀みなく一〇〇まで数え上げる。周囲から控えめな歓声が上がる。警備兵の一人は拍手をして、胡桃に似た木の実をアキラに投げてよこす。
日没をもって労働が終わったとき、アキラは無で満たされている。疲れすぎて何も考えられない。手の平の水ぶくれや体の節々の痛みすら、百万キロの彼方の事象に感じられる。
二列縦隊で刑務所だか強制収容所だかの中庭に戻ると、すでに夕食が用意されている。アキラは今朝とは違う意味で食欲が失せているが、リランが〝食え〟と言わんばかりに野菜と肉とパンの盛られた木皿を突き出す。アキラは首を振る。皿がさらに突き出される。諦めて皿を受け取り、肉を口に入れ、機械的に咀嚼する。
あろうことか、夕食でも授業は続く。
どこからかむしり取ってきた木の枝で、松明のそばの地面にリランが簡素な図を描く。
「ディ」とはっきり発音し、隣に別の図を描く。「レス」
文字か。
「マジくたくた。なんも頭に入んない」
日本語の不平はあっさり無視される。
「ディ」リランが繰り返す。
一刻も早く終わらせるべく、アキラはなけなしの集中力をかき集めて計三八個の表音文字の曲線と直線のパターンを脳に刻みつける。約一〇分後に、発音しながら三八字を地面に再現したときには、周囲に人垣ができている。今回、拍手と歓声はない。彼らの身振りややり取りから察するに、半数以上が文盲らしい。
リランがアキラ作の文字列を指さし、その指で自分のこめかみを突く。
「アキラ、ズュ エスト メアータ」
なんとなく意味を了解する。
ズュ エスト メアータ――おまえは賢いな。
「ネー、ディー エズド めあーた」いや、ぼくは賢くない。
「ジィル、ズュ エスト」いや、本当に賢いぜ。
首輪の男たちに小さな枝を配っていた警備兵が、横から口を挟む。
「ジィー、シス エスト」ああ、本当にな。アキラに顔を向けて、「ハイア」ほれ。
アキラは受け取った枝を見、周りを見る。みんな枝をがじがじやっている。歯磨きの木か。シノは正しかったんだ。アキラも青臭い枝をがじがじやる。篠原が枝をがじがじやっていたときの場面が思い出されたが、なんの感情も湧かない。
今は疲れ過ぎている。
夕食から約一時間後に街のどこかで鐘が鳴ると、首輪の男たちは屋内に戻される。そのほとんどは、一階の長い通路に並ぶ部屋や、二階に上がる階段へ向かう。アキラは燭台を手にしたリランに導かれて地下へ降りる。同房のほかの三名も一緒だ。
なぜぼくらだけ地下なんだろう? 訊いてみたいが、やはり言葉の壁に阻まれている。
雑談をする同房の者たちを横目に、アキラはさっさと壁際の石の床に寝転がって目をつむる。軽く肩を揺さぶられる。リランが、畳まれた二つの厚い布をアキラの腹の上に落とす。
「ハイア、ズュオ ラング」 ラング――毛布。「ディム らんぐ。ザンシャン」
「セクラス」どういたしまして。「ベオン ニフト」
これもニュアンスで意味を了解する。
「ジィー、べおん にふと」ああ、おやすみ。
アキラは毛布の一枚を体の下に敷いて、蝋燭の明かりと世界を遮断するべく、もう一枚を頭まで被る。まぶたの内側で文字が踊り、耳の奥で様々な発音が木霊する。そこへ時々、虜囚の身となる前の二日間の情景が細切れで割り込む。
小林、成田、おまえら無事なのか?
そしてぼくは、この街で戦争が始まる前に、隙を突いて脱走するべきなのか? 殺される覚悟で? 行くあてもないのに? 第一、戦争が始まったところで、土木作業員が戦場に引っ張り出されるとは思えない。それとも引っ張り出されるだろうか? 所詮は強制労働の身、楽観は禁物な気がする。今のところ、それなりに扱いは良いけれど、有事にはどうなることやら。
逃げるべきか、不本意な成り行きに身を任せるべきか……
もう少し。
もう少しだけ様子を見よう。ともあれ、ここには食い物がある。
予約投稿ミス。
次話は本日21時05分に投下いたします。