異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
永劫の穴掘り。永劫の授業。たくさんの食事。
日々の活動はルーティンワークだ。夜明の最初の鐘で監房が解放され、中庭で朝食を取り、日中は飲み食いしながら門の外で土木工事に励んで、日没後に中庭でメニューの当たり外れが大きい夕食を取り、一日の最後の鐘――異世界人の言う〝八の鐘〟――の音で監房に戻される。
リラン先生のスパルタ気味の語学教育はときにいら立たしいとはいえ、それがいい気晴らしになっていることをアキラは認めないわけにはいかない。強制労働仲間や警備兵たちが二人のやり取りに注目するのもむべなるかな。娯楽が皆無なのだ。
最初の五日間、アキラは毎夜、地球の夢を見る。夢の中、クソだるいと思いながら古典の授業を受け、FPSに興じ、ファミレスで篠原や成田や小林と雑談し、妹の幼稚な嫌味を聞き流す。
ありふれた日常の断片の数々。
今となっては、どれも愛おしい。
そして、生々しい。
その日常をふたたび生きているかのように。朝が来て監房の天井が目に飛び込んできたとき、その現実を受け入れられず、絶望を覚えるほどに。
しかし六日もすると、頭と心が現実を受け入れだす。
アキラは地球の夢を見なくなる。
ただ泥のように眠り、無感動に目を覚ます。
一〇日めには体が慣れてきて、凄まじい全身筋肉痛から解放される。また、言葉に耳が慣れてきて、異世界語初級編の文法と時制と語順配置をものにする。リランは、アキラが聞き取れていようといまいと、長文で話しかけるようになる。
アキラが理解したところでは、異世界語はSVOが基本。主語・動詞・目的語――英語と同じだ。
が、英語ほど厳密な時制はなく、過去分詞もなく、そこは日本語の緩さに似ている。例えば、過去時制は動詞の前に〝ドゥ〟をつける。過去完了は情報の付け足しでニュアンス的に表現される。単純未来は〝エスト〟ではなく〝ヴァリィ〟を用いる。過去・現在・未来の進行形は〝フュイ〟を使う。定冠詞は〝エ〟の一つきり。定冠詞は人によって付けたり付けなかったりするが、目的語を強調する際は必ず使用される。複数形の〝サン〟または〝サイ〟も付けたり付けなかったりで、目的語の数は付加情報で提示されることが多い。疑問文は〝エスト〟〝ドゥ〟〝フュイ〟などの時制助動詞や〝ホッフ〟〝クイ〟〝エアリ〟などの5WHに相当する副詞を文頭に置くことで成立する。また、単に語尾を跳ね上げたり、〝エウル〟や〝エイ〟を文末に付けて疑問文にすることもままある。
アキラは初級文法と単語会話法を駆使してリランに尋ねる。
「ホウヴァ エスト ハイア?」ここはどこ?
リランが昼食の肉を飲み込んで、市壁を指さす。「ハルドガルダ」
「ハルドガルダ、ジィー。バイツェン……あー、クラント。ネウト プラテイア」ハルドガルダ市、うん。でも地面。この場所。
リランが眉をひそめる。 アキラは地面に四角形を描いて、「ハルドガルダ」と指さしてから、「プラテイア」と両手をその周囲で広げる。リランがうなずき、簡単な地図を描く。
その日、アキラは大陸の地理を学び、およその現在地を知る。知ったところでどうにもならないが、これは気分の問題だ。Y空間のX地点にいるという漠然とした認識と、具体的な情報の一地点にピンを刺すのとでは、まったく違う。
ここはユーエリカ大陸北西部の国、ロフトの、北部国境からほど近いハルドガルダ市――了解。
手書きの地図を用いた各国の位置関係や方位、距離と長さの単位を学んでから、アキラは自分の首輪をつまんで尋ねる。
「ホッフ エスト ヴァー?」ぼくたちは何?
「エ スカラヴァ」スカラヴァさ。
「エ ホッフ?」何って?
それに続くリランの説明は、アキラにとって、意味を成さない音の集まりと化す。特定の概念を説明する複雑な形容詞についていけないのだ。でもまあ、と胸の中で言う。最初の印象で正しいはずだ。人身売買と監房と強制労働のコンビネーションは、奴隷の身分を強く示唆している。
クソったれの、クソったれの、クソったれ異世界め。
続けてもう一点、尋ねる。
「ホッフェスト ネウト ランゲシャ? ダズ ヴァー フュイ エスーク」この言語は何? ぼくたちが喋ってるやつ。
アキラは以前から、首輪の男たちと警備兵が異なる響きの言葉で会話をするのが気になっていた。彼らは総じてバイリンガルらしい。
「リュシナリア」とリラン。
ここでも先の地図が利用される。左手でロフト国を指して「セウイ エスーク ロフト(彼らはロフト語を喋る)」、右手でお隣のネマルク国を指して「ワドゥ セウイ エスーク ネマルク(そしてこっちはネマルク語を喋る)」、それから両手をぱくぱくと動かし、すぐにその両手を広げ、顔をしかめる。次に、ロフトとネマルクをリュシナリアに入れ替えて、今度は両手のぱくぱくを延々と続ける。
わかった、いま習っているのは国際語だ。リュシナリア語は、現代の英語やかつてのフランス語のようなものなのだろう。
昼休憩が終わる前に、もう一つ尋ねる。
「クイ エスト ズュ?」きみは誰なんだ?
「リラン」
「ワドゥ?」そして?
リランが説明し、アキラはまたもや理解不能に陥る。
なんにしろ、リランは不思議なやつだ。ただの囚人/奴隷とは思えない。分野を問わず、質問すれば即座に返答があり、一つ訊けば一〇答えてくれるところから、知的な青年だと察せられる。
加えて、リーダー格とまではいかないまでも、明らかに周りの男たちから一目置かれている。彼らは、自分の息子や孫の年代のリランに対して、丁寧な物腰を崩さない。そこには敬意と礼節がある。
夕食の終わり際に見られる一コマが典型的。一人または数名の男がやって来て、リランに声をかける。リランがロフト語でもリュシナリア語でもない言語で短く何か言う。言われたほうは自分の手の甲に接吻し、リランに謝意を表して立ち去る。この場面を初めて目にしたとき、今のはなんのかとアキラは尋ね、複雑な概念を説明されるといつもそうなるように、理解不能に陥った。
知性と教養と周囲から向けれる敬意――まったくもって不思議なやつだ。やんごとなきご身分の子弟か何かなのだろうか? そしてヘマをやらかしてここに?
アキラは次第に同房のほかの三名、ここでは若い部類のミハイ、ずんぐりむっくりで無口なニムト、ヘルター爺さんと親しくなり、ほかの男たちからも概ね受け入れられる。リランが仲良くしているのなら悪いやつじゃない、というわけだ。それでも罵倒らしき文句を浴びせてくる者が一定数いるが、語学教師・兼・保護者のリランがひと言いうと、たちどころに場が収まる。一時的には。
そんなリランの影響力は警備兵にも及ぶ。
その影響力を目の当たりにしたのは、一四日めの朝食でのこと。三日置きに交替する警備隊長の一人が、分厚い書物を数冊、リランに手渡したのだ。首輪の男たちに私物などという贅沢品は許されていない。持ち物といえば、四日に一度支給される着替えとぼろぼろの靴くらいのもので、その靴にしても、履いている者は半数に満たない。書物の貸与もしくは謹呈は、かなりの特別扱いを意味する。リランが何者であれ、こうして二冊の叙事詩風の書物と、一冊の辞書がアキラの手元にやって来る。この世界で初めて目にする本だ。
リュシナリア語で荒く印刷された革装丁の本が教材に加わったことで、言語学習の深度が劇的に増す。冒頭の一ページを読むのに二日もかかったが――そして辞書を引くのにもいちいち苦労させられたが――リランに言わせると、アキラは呑み込みが速い。自分でもそう思わないでもない。五ページ、一〇ページと読み進むにつれ、リランの手を煩わせる頻度が減り、一人で消化できる文章量が着実に増えいている。そして四〇ページほど読んだとき、偉人列伝か何かだと思っていたこの本が、実は異世界版の聖書の類だと気づく。根っからの無神論者のアキラには、神がどうの精霊がどうのという挿話は眉唾もいいところだが、登場人物である聖者・英雄・英傑・戦士・犯罪者たちの波乱万丈の人生模様を大いに楽しませてもらっている。とはいえ、娯楽皆無のこの環境下では、洗濯機の取り扱い説明書でも大いに楽しめただろうけれど。
次話は明日12時05分に投下いたします。
【告知】
コメント欄は半無政府状態の解放区です。主人公の武器弾薬・ギア選択や戦術は妥当なのか、印象派と表現主義ではどちらがクールなのか、ドガとカンディンスキーがモッシュピットで暴れ回ったら迷惑なのはどちらか。オアシス対ブラー、モリッシー対全世界、トランプ(核武装)対プーチン(核武装)、くびれ対寸胴、ドラゴンボール対いちご100%、といった自由なテーマで、クイーンズベリー・ルールに準拠した言葉のボクシング(敬語・丁寧語・ビジネス文書風・お嬢様言葉・演劇風)で気兼ねなくお話ください。
※ただし、他者への純粋な罵倒・誹謗中傷表現は「警告なしの一発退場(即座に銃殺処分・コメント削除)」といたします。洗練された紳士・淑女のリングをお楽しみください。
例文: 「笑わせないでくれたまえ! 誰が何と言おうと少年漫画の最高傑作は『ドラゴンボール』ではない、『いちご100%』である。なぜなら、たくさんの少女とたくさんのパンチラによる負荷で読者の脳を享楽主義に作り変え、衝撃のラストで絶望の深淵に叩き落し虚無主義に塗り替え、発狂した者から順次“東でも西でもエエジャナイカ、パンチラありゃエエジャナイカ”と踊り狂う享楽的虚無主義者へと転生せしめる、軽薄なラブコメの皮を被った歴史上最も実用的な物語形式の哲学書だからである。しかし、パンとサーカスでは癒えぬ渇きに苦しみ、意味感覚に取り憑かれ、意志によるそれの再現を志ざさんがため生活を化学する者たちへの回答としては不充分でもある。そこで、新実存主義を再構築・再定義し一段階推し進める試みである『いちご0%』をこの闘論から共同で生み出そうではないか。友よ、きみのドラゴンボール的知性でわたしの論理展開に挑戦してくれたまえ」