異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
「ナリ! おい、ナリ!」
アキラは日本語で怒鳴り、成田に駆け寄る。
酷い有り様なんて言葉では到底足りない。成田は見るからに身も心も壊れている。青痣だらけで、片目が腫れて塞がり、無事なほうの目は焦点が合っていない。半開きの口の中は前歯が何本も失われている。体重が落ち、どす黒い隈をこしらえ、げっそりと面やつれし……。そこにはもう、お調子者の少年の面影はない。虐待されて萎縮した人間の残骸が、廃墟じみた空っぽの顔で幽霊よろしく突っ立っている。
「ナリ」と成田の両肩をつかむ。手の下に骨を感じる。
「アキラ……?」
アキラは成田を上から下まで見る。なんだってこんな……
「おい、おまえ、何してるんだ?」相手側の警備兵が詰問する。
「彼はぼくの友人です。話がしたい。少しだけ。いいですか?」
警備兵が二人の異邦人をじっと見、やがてうなずくと、三々五々と散り始めていた受け持ちの集団に注意を戻す。アキラは成田に向き直る。目を背けたい衝動をねじ伏せて、半壊した顔を正視する。
「ナリ、何があった? あの日、あれから何があった?」
裂けた唇が動いたものの、言葉は発せられない。
「ナリ?」
「おれのヴィカサになんの用だ、チェーシェン?」
新手のグループの一人が、少年たちの傍にぶらりとやって来る。三〇歳前後。長身。一八五センチほどある。男はアキラの手を払いのけ、気安い調子で成田の肩に太い腕を回す。成田が無事なほうの目をぎゅっと閉じ、うつむく。
「彼はぼくの友人だ」
「そうか。でもこいつは今、おれのヴィカサだ。おまえもおれのヴィカサにしてやろうか、チェーシェン?」
ヴィカサってなんだ?
「ぼくは友人と話がある。少し……あー、外してくれないか?」
男が微笑む。アキラはぞっとする。
「おまえはそこそこ言葉が喋れるんだな。それに、黄色人間にしちゃ可愛い顔してるじゃないか。こいつより楽しめそうだ」
言いながら、男が成田の肩を揺さぶる。成田がさらに縮こまるのを目にした瞬間、アキラの頭の中で何かがプツンと切れる。視界が揺らぎ、音が遠のき、激発が臆病風を吹き飛ばす。
「あんたがしたのか? ぼくの友人を。こんな風に」
「こいつはみんなのヴィカサで、みんなで可愛がってる。共有のヴィカサだ」
男の背後に複数の人影が加わる。全員、新手のグループのメンバー。全員、石のように乾いた目。
「おまえらが、ナリを――」
「なんだって、黄色人間?」
「どうしたんだい?」
リランがアキラの肩に手を置く。その隣には、口髭の警備隊長ヨヒト。
「こいつらが、こいつらがナリを――」「アキラ、落ち着いて。きみは今、自分の言葉で喋ってる」
「彼らが、ぼくの友人を暴力した」
リランは文法上の誤りを指摘せず、成田を注視する。
「きみの友人か。では、昼食に招待しなくてはいけないな。隊長、頼めるかい?」
ヨヒト隊長がいかつい男たちを眺め渡してから、相手側の警備兵に声をかける。つい先ほどアキラを詰問した革の胸当ての男だ。
「おーい、そっちの若者を一人、借りていいか? 大した用じゃない。すぐに返す。昼飯のあいだだけだ」
「どこから来たって?」リランが訊き返す。
「別の世界」
リランが目玉をぐるりと回す。念を押すまでもなく、この秘密を墓まで持って行ってくれるだろうが、信じていないのは火を見るよりも明らか。ブリーフトランクスをまだ穿いていれば、ささやかな証拠として使えたかもしれない。しかしアキラは、不潔きわまりなくなった下着を奴隷生活開始から一〇日と経たずに川に捨ててしまっていた。
「とにかく、ぼくたちは捕まった。街から……」アキラはメートル法を異世界の単位にざっと直す。「北に四タンネのとても広い畑で。ぼくたちは四人いて、別の世界から来たばかりだった。街は危険そうだから……あー、入らずに南へ行こうとしていた」
「もしかして、迂回と言いたいのかな?」
「それ、迂回。迂回しようとしていた。そしたら、武器を持った人たちがいきなり一〇人ぐらい現れて、友達を一人殺して、ぼくはなぜか気を失って、細かいことは省くけれど、ぼくだけが硬貨一〇枚で警備隊に売られた。友人が同じ街にいるとは思っていなかった。でもいた」
「別の世界はともかく――」
「本当なんだぜ」
「正真正銘の別の世界であれ、外国のことであれ、きみたちを捕らえたのは軍だ」
「軍?」
「そうとも」リランが新しいグループのほうへ小さく顎をしゃくる。「いきなり現れたとかいう連中は、あの兵士たちのような格好をしていなかったかい?」
「いや、全然。あんな革の鎧じゃなくて、普通の服を着て武器を持ってた」
「ふうん。偽装していたのかな。なんであれ、きみの話からすると捕まった場所はアクトホーポヘン村だ。警備隊は原則、市から出ない。でもロフト軍のハルドガルダ駐留部隊は、戦争のこともあって、市外の巡視を活発に行っている。だから軍だよ、きみたちを捕らえたのは。それにしても、きみの友人だが……」リランが言葉尻を濁す。
「ああ」
二人は昼食のお代わりの列の最後尾に並んだところだ。リランはスープと会話のために。アキラはただ会話のために。ぎりっと奥歯を噛みしめて、ミハイらと一緒にいる同郷の友人を見やる。地べたに座り込んでパンをもそもそと食べている成田の姿は、亡霊じみている。成田は最初にアキラの名を呼んだきり、ひと言も発していない。アキラは成田にこれまでのいきさつを尋ね、思い出話を振り、軽い冗談まで試したが、目立った反応を引き出せなかった。成田は心を堅く、堅く閉ざしている。
「なあ、ヴィカサってどういう意味だい?」
リランが顔をしかめる。「どこで聞いたんだ、そんな言葉?」
「さっきの連中が、ナリタをそう呼んだ」
「なるほど。ぼくは教えたくないし、きみは知るべきじゃない」
「リラン」
「アキラ、本当に――」
「リラン」
嘆息。「とても悪い言葉だ。意味は〝女〟」
「つまり……」
「そうとも。そういうことだ」
アキラは心の温度が下がるのを感じる。力任せに踵で地面を蹴る。痛みはない。三ヶ月弱の裸足生活で、足裏の皮がすっかり厚くなったせいだ。
二〇〇メートルほど離れた場所に先刻の男たち。空堀に腰かけてスープをがつがつ平らげている。成田を〝おれのヴィカサ〟と呼んだ小麦色の髪の男が、一団の頭目らしい。クソ野郎、クソ野郎、クソ野郎――
給食の馬車の脇で、ヨヒト隊長が部下の一人と何やら話し込んでいる。アキラはヨヒト隊長を見、その隊長を顎で使ってのけた年長の友人を見る。
「リラン、頼みがある」
「ぼくにできることであれば」
「ナリタを助けられないか? もし可能なら、あいつを自由に――」
言い終える前に、リランが首を横に振る。
「じゃあ……なんて言ったっけ? 動かすのは? ぼくらの集団に。隊長にお願いして」
「移す」と正してから、リランが平坦な声で言う。「不可能だよ。隊長にはそのオウクトウリアがない」
「オウクトウリアって?」
「ある立場にいる者が命令できる範囲」オウクトウリア――権限や職権のことか。「でも、集団が違うだけだろ? あっちとこっちで」
「大きな違いだ」
次話は本日18時05分に投下いたします。