異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
スープのお代わりをよそってもらい、給食の馬車警備兵たちをさり気なく顎で指し示す。
「見たまえ。先ほど軽く触れたが、彼らはハルドガルダ駐留部隊の兵士だ。つまり今やって来た者たちは、きみの友人を含めて、軍の管理下にある。一方、ぼくらを管理しているのは市だ。市の警備隊に所属するヨヒト隊長は当然、市から給金をもらっている。ここまで言えば、なぜ不可能かわかるだろう?」
「わかるよ。でもなんでナリタは軍に管理されてるんだ? ぼくは市なのに」
「さてね。ところで彼、言葉のほうは?」
「さあ? たぶん、できても片言だと思う。この世界の言葉を一から教えてもらえるほど親切な扱いを受けているようには見えないよ」
リランはアキラの辛辣な口調にぴくりと片方の眉を上げたが、〝この世界〟という部分は聞き流したようだ。
「では、渦中の人とはいえ耳が聞こえないのと同じでは、本人から詳しい事情を聞くのは難しそうだね。口を利けるぐらい落ち着いたとしても」
「どんなジジョウが考えられる?」
「彼が重い罪を犯した、としか説明がつかない」
「いや、ぼくたちは――」〝何もやってない〟と続けかけて、アキラはあの二日間の出来事を思い出す。客観的には数ヵ月前だが、主観的には一〇年前に等しい。「ぼくと友人は、誰もいない村で勝手に家に入って、そこにあった食べ物を食べて、服と道具を借りた。ほかに方法がなかった。それが原因か? でもそれならドウ……ドウザイだろ?」
「法的判断はぼくにはできない。ただ――」と人さし指を立てる。「一つはっきりしているのは、軍が引き取るのは犯罪奴隷に限られる、という点だ。犯罪と言っても、パンを盗んだとか、酔って暴れたとか、その手のケチな連中じゃない。殺人、誘拐、強請、不敬または冒涜行為などに関わって奴隷に落とされた者たちだ」
「ぼくとナリタは違う。つまり、そういうことはやってない」
「きみの言葉を信じよう。続きだが、軍は滅多なことで自分たちの奴隷を解放しない。たとえ市議会が口を利いても効果はないだろうね」
「じゃあ、何も方法はない? あいつのためにしてやれることは一つも?」
「犯罪奴隷は市民権を半永久的に剥奪されている。素直に言って、彼らが娑婆に戻れる見込みはゼロだ。自然な寿命を迎えることもね。彼らは多くの場合、鉱山へ送られる。ときには――この工事のように――軍事活動を支える最底辺の労働力として使われ、ときには戦場に立たされ、ときには――特に悪質な者は――利用価値なしと見なされて処分される。残念だけれど……きみの友人にしてあげられることはないよ」
アキラは足元を睨みつける。
「しかし謎と言えば謎だ」リランが臭いものでも嗅いだような顔で言う。「きみは軍に捕まり、市に売られた。これは、身元の怪しい者への軍のウィウマリスな対応だ」
「ウィウマリス?」
「普通の。いつもの。一般的な」
ロフト軍、ひいてはこの会話で軍属と判明した冷たい男に対してむかっ腹が立ったものの、いま気にすべき点はそこじゃない。
「じゃあ、なぜナリタは市に売られなかったんだ?」
「そこが謎だと言っている。きみの知らないところで彼が重罪を犯したか――」アキラが口を開く前に片手で押しとどめて、「落ち着きたまえ。あくまで仮定の話だ。こうも考えられる。きみの友人の何かが、軍の注意を強く引いた」
そんなもの、自分たちの特殊な出自ぐらいしか思い当たらない。人種的偏見の可能性も否定はできないが、だったらなぜぼくだけが市に売られた? 連中の小遣い稼ぎのため? それも否定はできない。でも靴のことがある。冷たい男の所有となった茶のローファー。成田も裸足だ。
「ぼくたちが別の世界から来たことに気づいて……駄目だ。辻褄が合わない」
「仮にそうだったとして、うん、辻褄が合わない。もしそれが原因なら、軍はきみを手放さなかったはずだ」
「売ったあとで気づいた?」
「なら、とっくにきみを買い戻しているだろうね。そもそもだ、別の世界云々では、きみの友人のナリタだけが軍に管理されている理由を説明できない」
「何かやったのかな、あいつ。ナリタは……ふざけてばかりいるから」
リランが空いているほうの手をひょいと振る。異世界人がよくやる仕草で、地球人の肩すくめに等しい。
「彼は軍にとって利用価値があるのではないか、とも思ったんだが、あの扱いを見るとどうも……」リランがスプーンの腹で唇を叩きながら考え込み、独り言のように続ける。「それとも見込み違いで今の扱いに……いや、これも矛盾か。軍が手元に置きたがるほどのメイヴスなら、それこそ大事に教育されて……」
アキラはアキラで物思いに沈む。ナリのやつ、何か馬鹿をやって軍の連中を怒らせたんだろうか? ああ、やらかしてそうだ。不適切な言動はナリの十八番だ。
リランがぽつりと言う。「きみの友人だけれど」
「何?」
「彼を救う試みは、川の流れを反転させようとするようなものだ。でも……」
「でも?」と期待を込めて先を促す。
「いくらかの身の安全を確保してあげられるかもしれない」
「どうやって?」
「きみに理解できる言葉で言うと……そうだな……比較的大人しい犯罪奴隷の監房に、彼を移してもらう」
「できるのか?」
「五分五分かな。それにこれは、きみの友人をワイオの口からリョーシャンの口の中へ投げ込むだけかもしれない」
「何と何って?」
「どちらも怪物の名前だ。つまり――」
「いや、わかった。一つの危険から別の危険へ、だろ?」
「うむ。断っておくが、監房を移せるかどうかは約束できないぜ?」
「それでもいい。やってくれ、リラン」
「わかった。伝手に当たってみよう。あと、きみの友人がなぜ軍の管理下にあるのか、その辺りの事情も探ってみるよ。ぼくも気になる」
「頼む。あー、できれば、もう一人の友人の消息も調べてくれないか? 殺された友人がそのあとどうなったのかも」
「いいとも。友人たちの名前は?」「生きているはずのほうがヒカル・コバヤシ。殺されたほうがミツル・シノハラ」
何度か口の中で繰り返してから、「ヒカル・コバヤシとミツル・シノハラ。憶えた」「恩に着る。いつか必ず、何かの形でお礼を――」
リランが首を振る。「ぼくは毎日、きみの酒をもらってる。借りがあるのはぼくのほうだ」
「なんであれ、本当にありがとう」
「礼を言うのはまだ早いよ。軍のやり方に干渉するのも、内部を嗅ぎ回るのも、簡単な仕事じゃないんだ。さ、きみの友人のところへ戻ろう」
「その前に」
「うん?」
「きみは何者なんだ、リラン」
「前に話しただろう? 二度も」
「ああ、聞いたよ。プティントとかなんとかって」
「プティント? そりゃいったいどこの言葉だ?」
「二回ともそう聞こえたんだ。二回とも何も理解できなかった。ひと言も」
「ああ、きみがまだ言葉に不自由していた頃だっけ」スープを一口啜り、「ぼくはプライディケアーだ」
わかるかい、と尋ねるようにリランが見つめる。
アキラはうなずく。
今はその言葉の意味を知っている。本に出てくる聖者たちの多くが、人生のどこかの時点で精霊から啓示を得たり、自分の内側に神を見い出したりして、異世界の教会だか寺だか、とにかく宗教組織に入り、プライディケアーになるからだ。プライディケアー――放浪の辻説法師。または、教会だか寺だかの専属説教師。
「聖職者だったのか」
「意外かい?」
「いや、ナットキした。いろいろと」
「納得」リランが厳かに訂正する。
これまた聖者たちの物語によると、聖職者の社会的地位はとても高く、その社会的影響力はとても大きい。梯子の一番下にいる助祭でさえ、あらゆる場面で厚く遇されている。この度し難いほど後進的な世界において、聖職は立身出世の数少ない道であり、また、王族や大貴族ですら対応に気を遣う霊的・知的エリート集団らしかった。
本を仕入れたりヨヒト隊長に口利きしたりと、リランの腕が長いのもナットキだ。
「でも、なぜ奴隷と一緒にいるんだ? 聖職者の資格を取られたのか?」
「それを言うなら〝取り上げる〟または〝剥奪〟。いいや、剥奪されていないよ」
「じゃあなぜ?」
リランが恥ずかしそうに笑う。「原因は、酒と決闘の悪しき組み合わせさ」
「ケットウ?」同音異義語の類かと思い、アキラはオウム返しに尋ねる。
「取り決めと作法に則った戦い。果し合い」リランが語義を説明する。
「一対一でやる、あの決闘?」
「そうだってば」
「きみが?」
いつも礼儀正しくいつも穏やかなリランが決闘をしている姿など想像できず、アキラは得心のいかぬまま相手を見つめる。
「ぼくだって決闘くらいするさ」
「でも、聖職者が?」
「きみは本当にものを知らないな。聖職者も決闘をするよ。宗派にもよるけどね。ぼくの宗派は、戦の女神メイジア=ウギ=アルマ=クフを奉じている。アルマ=クフ派の僧侶たちは日々の肉体鍛錬を義務付けられている。そしてアルマ=クフ派の僧侶たちは、売られた喧嘩は買うべしと戒律で定められている。
ぼくが新米司祭としてハルドガルダに赴任してからしばらく経った日のことだ。部下の助祭と酒場で飲んでいたら、アルマ=クフ派に物申したい輩がからんできた。受け流していたんだが、相手はしつこく、最後には決闘を宣言して短刀を抜いた。アルマ=クフ派の司祭として、挑まれたらやるしかない。うちの助祭と相手方の連れが立会人になり、その場で方法を取り決めて、空手だったぼくは酒場の主から肉切り包丁を借りた。どんな決闘も血が一滴流れたら終了だ。かすり傷一つでお互いに体面は守られる。ぼくはそうするつもりだった。でも酒が入っていたせいで、手元が狂った」
「つまり……殺したのか?」
「まさか。殺していたらとっくに縛り首だよ。相手の右手をうっかり斬り飛ばしたんだ。ま、それくらいなら通常はお咎めなしなんだが、今回は相手が悪かった。マーザフ派の司祭殿だったのさ。平服だったからそのときはわからなかったけれど。
事件のあと、アルマ=クフ派とマーザフ派の上のほうで話し合いが持たれて、ぼくが半年間の社会奉仕活動に従事することで落ち着いた。平たく言うと、強制労働だ」
「それでここに?」
「然り」
なんとまあ。
「残りの時間……あー、どれだけ残っているんだい?」
「期間。あと三分のひと月ってところかな」
まだリュシナリア語の言い回しと暦に慣れていないため、ほんの一瞬、アキラは考える。
三分のひと月――この世界の一週間。一二日。
「じゃあ……きみはもうすぐ出ていくんだね」アキラはしょげた顔で言い、形ばかりの祝辞を口にする。「おめでとう」
リランが微笑み、肉の塊を口に放り込む。
「ところで、チェーシェンってどういう意味だい?」
微笑が消える。「公の場で使うと品性を疑われる言葉だ。きみはそれ以上知るべきじゃないし、ぼくは絶対に教えない」
チェーシェン――タブー。了解。
次話は21時05分に投下いたします。