異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
軍の管理奴隷と市の管理奴隷は、明らかにトラブルの回避目的で、工事区域が分けられている。が、成田だけは、労役と休憩を市の奴隷と共にする。日中だけとはいえ、成田は安全だ。この特例を勝ち取るためにどういう手づるを使ったのかをリランは語らなかったし、アキラも深く詮索しない。
三日経っても成田は抜け殻のままだが、痣と腫れが引き始める。
「監房を移せたのか?」
「彼の様子を見るに、そのようだね」とリラン。
どうりで、小麦色の男を中心とする人でなしどもがこっちを睨むわけだ。
その夜、アキラは夕食を取りながら成田のことを考え、自分のことを考え、もうすぐいなくなるリランのことを考える。そして、答えを知るのが怖くてずっと先延ばしにしてきたことをリランに尋ねる。
「犯罪奴隷以外の奴隷も、一生、奴隷のままなのか?」
リランが赤パンをスープに浸す手を止めて、アキラをじっと見つめる。
「場合によるね。一口に奴隷と言っても、事情は人それぞれさ。借金の形に売られた者、口減らしのために売られた者、人攫いに売られた者、食事と寝床を目当てに自らを売った者。まさにきみがそうであるように、身元の怪しさゆえに捕縛されて売られた者。あるいはぼくのように、刑罰的措置として一定期間の社会奉仕を命じられた者。本当にいろいろだ。彼らのうちの何割かは、遅かれ早かれ市民権を取り戻す。わかりやすい例だと、社会奉仕期間の終了や、買われた先で自由を与えられたり、そこの給金を貯めて自分を買い戻したりする場合だ」
リランが顎先で、周りの男たちをさりげなく示す。
「ぼくたちが寝起きを共にしている人たちは少し事情が異なる。何か気づかないかい?」
「みんな年寄りだ」
「そう、みんな年寄りだ。彼らの多くは出戻りなんだよ。一度は――あるいは何度か――どこかに買われて、最終的に市に売られた者たちだ。ここはそういう人たちを集めた管理区で、高齢の彼らに買い手が付くことは二度とない。だから競売にもかけられない。そして市の維持に必要な雑用をしながら生涯を終える。指物師として豊かな経験を持つミハイみたいな少数は、まだ望みがあるんだが」
「お先真っ暗の割に、みんな性格が明るいね?」
「良くも悪くも達観しているのさ。下手なところに買われて抜け出せないでいるより、ここのほうがいいって。市は労働力を大事に扱うから。アキラ、きみの事情はさらに特殊だ。気を悪くしないでほしいんだが……」
「どうぞ続けて」
「きみは有色人種だ。きみとナリタは褐色人種でも黒色人種でもないし、諸島民族とも違うようだが、有色人種であることに変わりはない。保守的な北部における有色人種の位置づけは、いわば、永遠の最下層」
アキラは力なく笑う。「一生奴隷のままってことか。どうもありがとう、おかげで元気が沸いてきた」
「まだ終わっていないよ。加えてきみは、訳ありと思われてる」
「訳あり?」
「逃亡奴隷」
「なんで――ああ、永遠の最下層が飼い主なしで外を歩いていたから?」
「まさに。だからきみは、この管理区にいる。ハルドガルダ周辺では有色人種なんてまず見かけないから、ますます扱いに困っているらしい。なんにしろ、市議会はきみのことを各地に照会している。このまま持ち主が名乗り出なければ――」
「出るわけがない。いないんだから。ぼくたちは逃亡奴隷じゃない」
「事実はどうあれ、さ。持ち主が現れなければ、競売にかけられるか、市の奴隷として正式に登録されるか、新大陸の植民地に送られるかの、三つに一つだ」
「植民地に?」
「聞くところによると、向こうでは若い労働力の需要が高いそうだ。ヘブラナの褐色人種やオールト大陸の黒色人種が、次から次へと船で送られているらしい」
「となると」アキラは視線を落とし、長く、深く、息を吐く。「ぼくは植民地に送られそうだな。この街はチェーシェン嫌いが多いし」
「おい、その言葉をぼくの前で――」
「悪かった。もう使わない」
リランが赦すようにうなずく。「きみにはほかの道もある」
「うん、あるね。自分で自分をあの世に招待する道が」
「冗談でもそんなことを口にしてはいけないぜ。さて置き、ほかの道だ。しばらく前から考えていたんだが……アキラ、ぼくがきみを買おうか?」
アキラはリランに目を戻す。
「ぼくを買う?」
「うむ。交渉次第だが、難しいことじゃない。戦時下でごたごたしている今なら、なおさらね。市議会は逃亡疑惑のある厄介事の種を喜んでぼくに押し付けるだろう」
「でも……聖職者が奴隷を? なんたのために?」
「別に奴隷がほしいわけじゃない。これは、従者にならないか、という誘いだ」
「ジュウシャ?」
「従者とは、主に忠誠を誓うことで神聖な契約を――」
「いや、意味はわかる。本にたくさん出てきた」
「ならば、従者は主に付き従う、ということも理解しているはずだ。つまり、奉仕期間が明けてぼくがここを出るとき、きみも出ることになる」
アキラはリランを見つめる。穴が開くほどに。
思いがけなく射した希望の光は、目が眩みそうなほどまばゆい。しかしそんな簡単にいくものなの? そんなにあっけなく……? 上ずった声が出る。
「リラン、なぜぼくなんだ? ぼくは宗教的な人間ですらないんだぜ?」
「承知しているとも。きみは宗教を毛嫌いしている人文主義者であり、火炙りにすべき不信の徒であり、教会の邪悪な敵だ。しかも驚くほど常識がないとくる。しかしたった二ヶ月と少しで、リュシナリア語をある程度使いこなせるようになった語学の才がある。ややこしい加算、減算、乗算、除算も難なくこなせる。しかも暗算で、速く、正確に。語学と計算――この二つのどちらかが、思うに、きみのグラティアなのだろう」
アキラは頭の中の単語帳を繰る。グラティア――該当あり。語意の解説が不親切になりがちな辞書の定義によると――〝神々より賜る加護。社会的身分や道義上の優劣を問わず誰もが授かる何かしらの恵み〟。リュシナリア語の習得は現実逃避/がり勉の成果であり、暗算は数字に強いおかげだが、この場でわざわざ指摘するほどのことではない。
「グラティア――才能のことだね」アキラは自分なりの解釈を口にする。
「そうとも言える」とリラン。「語学と計算のどちらが素地に由来するのであれ、優れた資質の証左だ。腐らせておくには惜しい。だから従者にほしいと思った。そしてこれも重要な点だが、ぼくはきみを、友人として信用している。本に出てくる従者は忘れてくれ。対外的かつ伝統的な名称がそれしかないから使ったけれど、ぼくたちのあいだに上下関係を持ち込むつもりなどこれっぽっちもないんだ。公的な場では主従を明確にする必要も出てくるが、私的な場ではこれまでどおりさ。そしてきみに実際にやってもらうのは、秘書の仕事だ」
リランがスープに浸けすぎてぐずぐずになった赤パンの切れ端を口に入れる。
「秘書だって?」
「秘書とは――」
「それもわかる。ここを出たら、何か……大きな仕事をするの?」
「個人的な希望はともかくとして、そうなる公算が大だね。自分で言うのもなんだが、ぼくは上から期待されているんだ。出世頭さ。遅くとも一年以内に別の教区を任されるだろう」
「どこの?」
「アルマ=クフ派の教会が置かれている主要都市のどれか――東部だな、きっと。奉仕活動を命じられたとき、社会復帰した暁には難しい仕事が待っている、と上役がほのめかしていたから。なんにしろ、ぼくはとても忙しくなる。雑務全般を処理してくれる者が必要だ」
「でも見習いがいるんじゃ? ザツムのための。本にそんなことが書いあった」
「うん、助祭や執事がいる。でも彼らが有能かどうかは別の話だ。だったら、気心の知れた賢いやつがいてくれると心強い。ぼくにとっての利点ばかり挙げたが、もちろん、きみにも利点はある」
「自由」
「法的な制限はあるけれど、そう、自由が一つ。ぼくと契約を結び、従者になることで、きみはぼく個人の庇護下に置かれる。単純にきみを市から買うだけなら、三日もあれば話をつけられる。でも奴隷から解放するには、有色人種に寛容な大陸南部で手続きをしなきゃだね。任地へ赴く途中で寄るとなると……半年か一年は先になるかな」
「一生このままかもしれないと思ってたんだ。半年や一年なんてすぐだ」
「では――」
「待って。ナリタも従者にできないか?」
「犯罪奴隷はさすがに無理だよ。そこでもう一つの利点だ。きみが奴隷でなくなれば、友人のためにしてあげられることが増える」
「でも、この街を出て、だろ? しかも外国で」
「きみの気持ちはわかるよ。友人を置いて旅立つのは抵抗があるだろう。しかし、思わぬところで彼を救い出す妙案を思いついたり、いい知恵がもたらされたりするかもしれない。といっても、変に期待させるつもりはないんだ。何年、何十年とかけても結局、彼を救い出すことはできないのかもしれない。しかし今現在のきみの境遇よりは確実に、できることが増える。どうだい?」
次話は明日12時05分に投資いたします。