異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲のぼくは頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】 作:PUKIKA
アキラは視線を落とす。成田があの環境で何年、何十年ももつとは思えない。半年後ですら怪しい。あいつのために何をどうしてやればいいのかもわからない。でも、リランの言うとおりだ。ここにいるよりは、できることが増える。
「ジィー、とても悦びな提案だね」
「それはちょっとおかしな言い方だが……では?」
壁際で食事をしている奴隷仲間に立ち聞きされる恐れはなかったものの、アキラは声を落とす。
「問題がある。ぼくは軍からまだギオ……ギワクを向けられているかもしれない。どこの誰なのかって。ひょっとしたら、別の世界のことで」
「別の世界、ねえ」
「これは冗談じゃないんだ。二ヶ月半前――」とグレゴリオ暦で言い、訂正する。「じゃなくて、あー、ひと月半前、夕食の最中にぼくが連れて行かれたことがあったろう?」
リランが数秒考える。「うん、あったね、そんなこと」
「あの夜、ぼくを呼び出したのは軍人だ。たぶん偉いやつさ。捕まったときのぼくは、別の世界の靴を履いていた。彼はその靴を出して、どこで手に入れたのかと尋ねた。ぼくは、父親からもらった靴だから詳しいことは知らないと嘘をついた。それきり誰も来ていないから、上手く誤魔化せたんだと思う。でもわからない。ぼくがジュウシャになったら、きみにもギワクが向くかもしれない」
「ふむ」リランが推し量るようにアキラを見る。「ぼくのことはさておき、もしもきみが帰依して助祭になる勉強を始めれば、教会の庇護もいくらか得られる。万全とはいかないが、突然、不自然な状況下で行方不明になることはないだろう」
「だったら熱烈な転向者になるさ。勉強もする。ぼくが助祭なんて想像もつかないけれど。ただ、きみのことが心配だ」
リランが含み笑いをする。「いいかい? アルマ=クフ派は非主流だが、ロフトの国王陛下といえど、現職の司祭を不当に拘束などできやしない。そんなことをすれば、教会はおろか、総本山のあるカルナリー王国も敵に回す。カルナリーを敵に回せば、南部連合も敵に回す。独断専行で南部とのへその緒を切るほどロフト軍は馬鹿じゃないよ」
「でもこっそり連れて行かれたら?」
「現職の司祭と言ったぜ? こっそり連れて行くなんて不可能だ。ぼくが消えたら、ハルドガルダ教区の同僚が気づく。同僚がロフトの王都のロタリア教区へ報告し、ロタリア教区が総本山へ報告する。あっという間 に知れ渡よ」
「その同僚や総本山に裏から手を回されたら? 罪をでっち上げられたら?」
リランが鼻白む。「きみは……ずいぶん偏執的な考え方をするんだな」
「現実的って言ってよ。それに、ぼくのいた世界ではそういうことがよくあった。大きな利益のためなら人はなんでもやる。驚くほど汚くなる」
「きみにそれだけの価値があると」
「実のところ、ない。でもそう信じる人が出るかもしれない」
「まあ、教会関係者の皆が皆、清廉潔白じゃないのは認めるよ。世俗の利益追求に汲々としている聖職者は現実に存在する。派閥や足の引っ張り合いや権力闘争もある。でも、ぼくが嵌められる恐れはないと断言できる。ぼくは俗世の身分を捨てた一聖職者だが、大貴族の令息、という事実はどこまでもついてくるし、それに護られている」
「きみ、貴族なのか?」
「だった。過去形だよ。聖国の神学校を卒業するまでは、貴族だった」
「セイコクって?」
「カルナリー王国の俗称だ。ぼくはそこの西部を治めるアミピダス家の四男坊なのさ。父は毎年、カルナリーの現国王ネクトポンティ三世の狩りのお供を務める大物であり、教会の上層部とも強い結びつきがある。よって、ロフトが血迷ってぼくを陥れようと画策しても、確実に失敗する。もし根回しの手間を省いて暴挙に出ようものなら、ぼくの消息が途絶えた時点で、ネクトポンティ三世と教皇ラテッジの名の下に、つわもの揃いの猟犬がこの地に派遣される。
ほんの五年前に、似たような事件が起きているんだ。ピアネン王国の教区の一つで司教以下四名が失踪した。同地で急速に高まっていた外国人弾圧の告発を企図したくだんの司祭には懐柔策も賄賂も効かず、ピアネン国王自らが下知したわけさ――消せ、と。手抜かりと杜撰な仕事のおかげで、すべての罪が調査団に暴かれ、教皇はピアネン国王を破門し、南部連合は同盟破棄を宣言し、国王派と王子派で分裂したピアネンは現在、内戦で国土が荒れているのみならず、民が諸外国へ大量に流出して国力が急速に低下している。
要は、ぼくの身に何かあればピアネンの悪夢よふたたび、というわけだ。特にこのロフトは、大陸の病巣とも称されるエクサリオと国境を接し、常に不安を抱えている。現に戦争中だ。南部連合と教会の支援を失うのは誇張なしで致命傷になる」
リランがにっこりとして、アキラの背中をどやしつける。
「偏執狂にして不信の徒よ、恐れと不安を捨てよ」
「でもリラン、本当にきみに迷惑をかけたくな――」
「もう一度言うぞ。ロフト軍は、不正義でもって、ぼくに、手出し、できない。アキラ、秘書になれよ。きみの友人のためにも」
「本当の本当に、大丈夫なんだね?」アキラは念を押す。
「ぼくは三重に護られてる。貴族の血、司祭の地位、政治的損得勘定。さあ」
「ジィル。なるよ」
「よし」
「これからは〝はい、ご主人様〟って返事をしたほうがいいのかな?」
「絶対によせ。ではと、早速、きみを買い取る手筈を整えるとしよう。ぼくが自由市民に戻ってからでもいいんだが、こういうことは早いほうがいい。何が起こるかわからないからね。市のほうで植民地行きの話を進めてしまうとか」
「どれくらいかかりそうだい?」
「担当者の予定に左右されるが、来週まで持たされることはないはずだ。そして話がまとまり次第、正式な作法に則った主従契約を結ぶ。今後のことを考えると、無駄にできる時間はないな。きみの勉強に、助祭の資格に必要な内容も盛り込んでいくとしよう」
その宣言どおり、翌日から宗教の勉強が始まる。アキラは昼食のあいだ、異世界版の創世記を聞かされて、神々が知的遊戯を兼ねた実験の場としてこの宇宙とこの惑星を創造し、魂が遊び場として地上での生を選ぶとの説話に、開始五分で早くも頭が痛くなる。このぶんだと、助祭になるための勉強は大学受験の万倍、苦労させられそうだ。
「アキラ」と横から声をかけられる。
そっちを見る前にわかる。成田が五日ぶりに口を利いたのだ。
次話は本日18時05分に投下いたします。