異世界でオフラインFPS【銃が強くても無双できない紙装甲の少年は頭をフル回転させて脅威を嵌め殺し生き残る】   作:PUKIKA

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【ヨブアク=アーロウラ】

 

「ホッフ エスト ヒット?」

 囁くように尋ねてから、相手の目に浮かんだ戸惑いを見て、アキラは日本語で言い直す。

「ナリ?」

「こっちの言葉……喋れるんだな」成田がしわがれ声で言う。

「うん、勉強したから」

「そっか。勉強か」成田が残念そうにつぶやく。

 そして発作的に嗚咽を漏らし、涙を流しながら肩を震わせ、唐突に止まる。魂が抜けたような顔だ。再会したときと同じ、空っぽの廃墟。アキラは年長の友人のほうを見やる。その視線を受けて、リランが昼食の皿と共に場を外す。アキラは成田に注意を戻す。

「ナリ……あー、調子は?」

 成田が深皿に視線を落とし、小さく肩をすくめる。

 アキラは自分の舌を噛みたくなる。心身ともに深く傷ついているやつに調子を尋ねてどうする? どこまで馬鹿なんだ、おまえは。

 二人は無言のまま肉とパンを口に運ぶ。かけるべき言葉は見つからず、適切な振る舞いもわからず、ひとえに散文的な理由から、アキラは重い沈黙を破る。

「ナリ、教えてほしいことがある」

 パンを千切る手が止まる。成田の横顔からは何も読み取れない。

「あの日、何があった? 畑に軍隊の連中が現れて、シノが矢で撃たれて、小林がシノのとこに走って……ぼくが憶えてるのはそこまでだ。なんでかわかんないけど、気を失ったから。後ろから殴られたのかな。ナリ、そのあと何が――」

 成田が微かに首を振る。

「見てないの? 何も?」

「おれも、気絶した。同じくらいのタイミングで」横目でアキラを見、逸らし、ぼそぼそとした聞き取りにくい声で続ける。「おまえのほうが詳しそうじゃん。軍隊がどうとか。おれはずっと、警察みたいなやつらじゃないかって思ってた。今おまえに言われるまで、あいつらが軍隊なんて知らなかった」

「そんなに詳しいわけじゃないよ。とにかく、ぼくは目が覚めたら地下室にいた。たぶん軍の基地だ。二階建ての煉瓦の建物に囲まれた広場みたいなのがあった。サッカー場ぐらいの広さの。確認だけど、ナリが今いるのはそこ?」

「ああ」

「捕まった日、どうなった?」

 視線が深皿に戻る。「おれも。おれも地下室にいた。石で出来た部屋で、あの赤毛のオッサンがいた」

「赤毛のオッサン?」

「御者。街に行く途中ですれ違った、馬車の」

 アキラはたちどころに思い出す。

「あの人? ちょっと待って。あのオッサンも軍人だったってこと?」

「さあ? わかんねえけど、おれのこと指さして、すぐ出てった」

「ああ……そういうことか。たぶんわかった。赤毛のオッサンが、ぼくたちのことを軍に報せたんだ。この国は今、エクサリオって国と戦争してる。ぼくたちがこっちに来たときはまだ、休戦協定が結ばれてなかった。だから軍が飛んできて、もろ外国人で不審者のぼくたちを捕まえたんだ。ま、戦争のことがなくても、アジア人ってだけで捕まってたろうけど。

 きっとあのオッサン、気絶してるぼくのことも指さしたんだろうな。ええ、こいつです、こいつで間違いありませんって」

 成田と目が合う。〝ほら、おまえのほうが詳しいじゃねえか〟と責めるような目つきだ。アキラはその目つきに怯む。そして罪悪感を覚える。対比は残酷だ。ナリは無知のまま、言葉すらわからない状態でなぶりものとしての過酷な三ヶ月を過ごした。翻ってぼくの三ヶ月は、リランの権威に護られ、言葉を学び、知識を得た。ナリは終身刑同然の状態に置かれている。ぼくはあと少しで自由の身に――

「ぼくは一人で地下室に隔離されてた。ナリは? 小林、見なかった?」

「見てねえ。おれも一人だった」

「地下室から出たあとは?」

「いいや」

「そっか」

 となると、小林の行方はリランの調査結果を待つしかない。あのとき篠原に駆け寄ったことで、小林も弓で射られたんだろうか? 最悪の可能性を覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。

「おまえのこと、死んだと思ってた」成田が言う。

「ぼくも似たようなもんかな。二度と会えないって思ってた。ナリを見たとき、めちゃくちゃ驚いたよ。会えて嬉し――」

「頭がおかしくなって、おまえの幻覚を見てるんだと思ってた。最近、自分が何考えてるのか……全然……」

「ぼくは生きてる。幻覚じゃない。確かめるか?」と握手の手を差し伸べる。

 成田がその手をちらりと見、実在を疑うかのようにアキラを凝視する。

「おまえ……どこに捕まってんの?」

「捕まってるって言うか、地下室を出てすぐこの街に売られた。奴隷として」

「奴隷?」

「そう、奴隷」一拍置いて、付け加える。「ナリも」

「おれも……囚人とかじゃなくて?」

「違う。ぼくたちは奴隷だ」

「おまえは……街に売られた。おれは?」

「まだ軍隊に管理されてる。つまり、軍の奴隷」

 成田の視線が揺らぎ、アキラを上から下まで眺める。成田と再会したときに、アキラもそうしたように。その呆然と見開かれた目に、非難の色がまた浮かぶ。アキラはその非難を甘受する。ナリはこの五日間、ぼくらのグループと労役を共にした。ぼくが周囲の奴隷や警備兵と良好な関係を築いている姿を目にし、しょっちゅう上がる笑い声を聞いた。言葉はわからずとも、冗談を言い合っているのは一目瞭然だったろう。責めたくなる気持ちはわかる。立場が逆なら、ぼくも恨んだはずだ。

 成田が犯罪奴隷の一群のほうを見やる。「じゃあ……おれらを見張ってるやつら、ただの看守とかじゃないんだな」「うん、そういう職業の人たちじゃない。こっちのグループは市の警備隊が看守の仕事をしてる。あっちは、ナリのグループのほうは、軍隊が同じことやってる」

「なんで……おまえは街に売られたの?」

「それが軍のフツーの対応らしい。だから、おまえが軍隊に管理されてるのはおかしいんだ。ナリ、そのことで訊きたいことがある」

 

「心当たりはないと」

「本人はそう言ってる」

 アキラとリランは、夕空の下を西門へ向かう隊列から二〇メートルほど遅れて歩いている。リランが迷える魂の霊的な相談に乗るためだのなんだのと理屈をこねて、警備隊長に話を通したのだ。聖職者の職権乱用に万歳三唱。警備兵たちは二人のほうを振り向きもしない。

「ナリタは軍をチョハツするようなことを一切していない。捕まったときにぼくたちの世界のものを持ち歩いてもいなかった。靴と下着だけだ。靴は、ぼくたちを捕まえた兵士にその場で盗まれたんだと思う。下着はレイピストどもに破られたみたいだ。話を聞く感じ」

「れいぴすと?」

「あー、無理やりカイインする人」

 リランが顔をしかめる。「兵士が靴を盗んだというのは?」

「捕まって二〇日ぐらいしてから、ナリタも軍の人間に、ぼくの靴を見せられたそうだ。ローファーという名前の革の靴さ。この世界の靴より高い……あー、ギジュツで作られてる。あいつも見せられたのはその一足だけ。ぼくのときに軍の人間は言っていた、部下が勝手に自分のものにしていたのを知ったばかりだと。ほかの三足の靴は、手癖の悪い不正直者がまだ持っているんじゃないかな」

 アキラはふと疑問に思う。篠原のシガレットケースとライターも同じ運命を辿ったんだろうか?

「なるほど」とリラン。「それから?」「地下室で意識を……起きたとき、ナリタは、別の世界から来たことを説明しようとした。でも言葉が通じなくてまったく伝わらなかった。今もあいつは、単語を三〇個かそこら使える程度だ。しかもリュシナリア語とロフト語の区別すらついていない」

「ところで、拘束理由が〝別の世界〟かどうかは、ぼくたちのあいだで決着がついていたはずでは?」

「可能性を消しておきたかったんだ」

「潰す、のほうが自然だ。まあ、確認手順としては間違っていないね。続けてくれ」

「ナリタも地下室でいろいろ質問されて、頬をぶたれた。そしてぼくとは違い、基地から出ることなく軍の監房に入れられた。市に売られなかった理由は謎だ。確認したけれど、軍に管理されている原因になりそうなことは何も訊き出せなかった」

「たとえ彼が手掛かりを耳にしていても、言葉がわからないんじゃあね」

「うん。サプーンだかサヴィアンだかいう言葉をかろうじて憶えているだけだ。尋問のとき、ぼくも繰り返しその言葉を言われたよ」

 リランが指を立てる。「サピアン、じゃなかったか?」

「それだ。たぶんそれ。意味は?」

「敵のことを秘密裏に調べる人」

 スパイか。

「じゃあ、それが原因で……違うな」

「違うね。本気でスパイだと疑われていたら、きみが市に売られるはずがない。第一、エクサリオは軍事作戦に有色人種を使わない。差別というより実務的な理由で。北部じゃ目立つからね」

 鳥の羽音に気を取られたのか、リランが頭上を仰ぐ。アキラも仰ぐ。血の色に染まった空を背景に、市壁が黒々とそびえている。赤と黒――その不吉なコントラストが、同郷の友人の運命を暗示しているかのようだ。牢獄の街だ、とアキラは思う。成田を閉じ込める、チェーシェン嫌いの牢獄。いや、違う。この世界全体が、ぼくたちを閉じ込める牢獄だ。

「リラン、コバヤシとシノハラのことを調べるのに、どれぐらい時間がかかりそうだい?」

「言ったはずだよ、軍の内部を嗅ぎ回るのは簡単な仕事じゃないと。だから答えは〝とても〟だ」

 黙り込んだアキラに、リランが続ける。

「カルナリーにアーロウラという詩人がいた。リュシナリア語の訳ではその凄まじさがほとんど伝わらないだろうが、がんばってみよう。彼はこう言っている――」

 

  水平線を赤く燃え上がらせる日の出

  この青ざめた唇におまえの接吻を受けるため

  この袋小路を 夜の底を 血を濁らせる懊悩を

  あと一度だけ 越えてみよう

 

「忍耐せよ、ってこと?」「解釈はご自由に。彼はこうも書いている――」

 

  不幸と 大惨事と 悪運が

  いちどきにやって来た午後

  ぼくはワッフを飲んで天使たちと戯れた

  不幸と 大惨事と 悪運にも関わらず

  大地は抜けなかった

  花売りの呼び声に束の間の慰めを得

  駆け回る子供たちの哄笑に

  幸福な過去の匂いを嗅ぎ

  そして空き瓶をかき抱いた敗残者は

  現在にへなへなと崩れ落ち

  両のまなこはふらふらと未来に引き寄せられる

  ――あの希望とかいう輩が

  空約束ばかりの詐欺師と知りながら

  人の心をもてあそぶ忌まわしいごろつき!

  ぼくを生かす灯火よ

  いっそのこと消えてしまえ!

  ぼくを生かす呪いよ

  時を告げる鐘を直ちに止めろ!

 

「その詩はきみの意図と真逆のコウカをぼくにくれてると思うよ」

「もたらす、とすべきだ。まあ聞きたまえ。彼は後年、こう書き足している」

 

  しかしぼくは生き 生き 生き

  果てしない苦難と

  たまさかの栄光をくぐり抜け

  誇らしい幾つかの仕事を手に

  今 死を侮蔑する

  希望よ おまえにありったけの感謝を

  やり直す機会が与えられたならば

  ぼくは迷わず 同じ人生に飛び込むだろうから

 

 吟唱が終わる。

 アキラは数秒の沈黙ののち、口をひらく。

「ワッフって何?」

「チエトロ葉を使った強い幻覚作用のある酒だ。アーロウラが生きていた時代は禁制品じゃなかったのさ。伝説によると、若い頃の彼はワッフの影響下で詩作に励んだそうだ」

「その詩人の本、手に入るかな?」

「リュシナリア語の翻訳は出ているけれど、北部じゃ手に入らない。人心を惑わすとかで禁書になってる。でもぼくは、彼の詩集を二冊、暗記している」

「聞かせてくれ。ぜんぶ」

 

 

 




次話は本日21時05分に投下いたします。
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